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龍王と狐の来訪者

48話目

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空蝉雑技集団。特定の主義主張を持たずに、遥か昔から機械的に命を殺して殺して殺し続けた彼ら、或いは彼女らは、技術云々ではなく『殺し』という行為に対してのみ限定的に特化した才を獲得してるといえる


その中でも空蝉で特に高い殺傷能力を持つ桐壺をもってしても、正面から打ち合っていて、昨日のアーカーシャ同様、今目の前にいる項遠も何合打ち合おうとも命に手が届く気配はない


(力も。速さも。技も。魔力も)


(僅かに。だが確実に全て私が上回っている。なのに、殺せない……!?)


「戦い方が素直じゃな」


どれだけの強撃を放とうと受け流され、どれだけの連撃を放とうと受け切られる。磨き上げられた戦闘経験という点でのみ大きく劣るという部分を加味しても、桐壺は項遠がどうして対等以上に打ち合えるのか理解出来ない。何度目かの打ち合いの後、堪らず桐壺は一度距離を大きく取った


「どうした?よもや疲れたわけではあるまい」


「……良い気になるんじゃねえ」


「三速」


一呼吸置いて大炎のように激しく発せられるドス黒いオーラに身を包んだ桐壺の姿が蜃気楼のように消え、一瞬で項遠の懐にまで入り込む


武器の有効範囲の更に内側。ここまで近くに寄られては武器を振るうことは出来ない
項遠の鳩尾辺りを押すように、桐壺が全力で突き飛ばした。項遠の鉄のように鍛え上げられた鋼の肉体が分厚い城壁にめり込む


桐壺の強さのレベルが分かりやすく一段階跳ね上がる。項遠ほどの武の極みにいる人間ですら唯の突き押しで即死させられても何らおかしくない程の人外の強さだった


死を恐れない者はいない。それは死線を幾度くぐり抜けてきた項遠とて同様である。だが狼狽えるでも怯えるでもなく、楽しいものでも見つけた子供のように彼は血を吐きながら無邪気に笑みを溢していた


「ヌハハ。流石に強いのう。流石に手を抜く余裕はないか。なら少し大人気ないが全力でいくぞ」


「手を抜いたから負けたと言われるのも癪なので、是非そうしてくだせえよ」


「もうしておるよ」


彼は奥の手を使ったらしいが、だが桐壺は何が起こったのか変化を察知できない


「所でどうして、儂が武王などと呼ばれておるか分かるか?」


「知らねえし、そもそも興味がねえです」


警戒しつつ桐壺が軽く腕を振るうと、凄まじい光と魔力のうねりが空間ごと項遠の体を覆い尽くした

何もしていなければ間違いなく死んだといえる規模の破壊の嵐が項遠を中心に巻き起こる。そのうねりの中から飛び出してきた項遠は全身を灰色の鎧に包んでいた。その手には偃月刀の代わりに大岩ほどもある大錐を握り締めている


「空間魔法から武器でも出しましたか」


「バカを申せ。そんな聞くからに頭の良さそうな魔法など使えるか。儂に出来るのはせいぜい魔力で身体や武器を強化できる程度が関の山ぞ」


「……」


「話を戻すが、軍国の王なら軍王と呼ばれるじゃろう、だがそうは呼ばれてない」


彼は王都の中心に位置する巨大な建築物ヴルカーンを指差す


「アレを管理しているかぐやという存在と儂は契約を結んでおる。それ故に儂はヴルカーンの武器庫にアクセスして、こうやって自在に武器を使う権限がある」


「かぐやと契約して真に認められた者は武器庫の支配人と名乗るのが通例なのじゃが些か好かなくてな。だから」


「武王と名乗ることにした」


項遠の背後の空間を覆い尽くすほどの無数の武器が現れる。その矛先は全て桐壺に狙いをつけている。そしてそれら全てが項遠の動きに合わせて武器が砲火のように一斉に降り注いだ。剣や槍や斧や戟そのどれもが魔力を帯びている
圧倒的な物量を前に桐壺は高速で避けながら、避ける合間に今度は蹴りで竜巻のような斬撃を引き起こした


項遠はそれをまともに受ける。鎧ごと身体を真っ二つに裂かれてもおかしく無かったが、踏みとどまり、胸を叩いている。鎧の頑強さを自慢でもするかのようにアピールしていた


「この鎧は物理攻撃や斬撃に対して強い魔法防御を働かせる鎧竜の鱗で出来ておる 名をディアブロ。超カッコ良いだろう。大した攻撃じゃが、それでもこの鎧は破れぬぞ」


強さとは不変ではない。敵との相性や状況、はては日々の心身の状態ですら上下するものだからだ


だが少なくとも、敵に対して優位な相性で戦えることがどれだけのアドバンテージを持つか、互いにわからないわけではないだろう


そして桐壺の呪具『切り断ち』と物理耐性のあるディアブロの相性は最悪といっていい。戦いを続ければどうなるか結果は火を見るより明らかだ。しかし桐壺は余裕そうに鼻で笑う


「どうかな」


「ヌッッ!?」


鎧がまるで毒々しい紫色に浸食されていき、ボロボロと土塊のように崩れていく


「毒魂アナムは『蝕』という万物を蝕む力を有していたそうです。この力の前には防具など無意味と証明されたな。そして────四速。これは紛れもない必殺の一撃。もうお前は防ぐことはおろか、避けることも出来はしない


先程とは比べることすらおこがましく思えてしまうほどの莫大な魔力が桐壺から解放される、圧倒的な力なのだろう。自身の肉体すら耐えられずに破壊されてしまう程に。健が切れ、骨が砕け、皮膚は裂ける。だがそんな痛みなどまるで意に介す様子すら見られない


「ヌハハ。防御は無意味ということか。ならば真正面から叩き潰すのみよ」


「この大錐 崩城のアルダイルに儂の全身全霊の一撃を込める」


「あんたも大概分かりやすいですよ。その潔さに敬意を表して、私も正々堂々真っ向から力でてめえをねじ伏せる事にしましょう」


純粋な力と力のぶつかり合い。これに関しては、もはや小手先に頼った小細工も小賢しい知恵比べもない。ただ、原始的に、少しでも相手より強く、少しでも相手より速く、少しでも相手より大きい力で打ち倒すのみだ


「ヌハハ。その強さ気に入った。故に決めたぞ、主が勝てば儂の命をやろう。代わりに儂が勝てば主は我が配下に加わってもらうぞ」


突然の提案に桐壺の思考が一瞬止まる。そして


「ぷ……プハハハっ!ヒヒヒッ、意味わかんねえですよ。あ、あんたもアイツと同じで馬鹿ですね。あんたは死ぬし、仮に勝っても私死ぬのに」


桐壺は腹を抱えてゲラゲラと笑うが項遠は本気だったようで少し面白く無さそうにする


「……まあ互いに生きてたら、良いですよ」


「ヌハハ。そうこなくてはな!その言葉違えるなよ?」


「では、行くぞ」


「いつでも」


動いたのはほぼ同時であった
項遠は大地を踏み砕きながら、剛力とも呼べるほどの膂力をアルダイルに乗せて全力で横薙ぎに振るい、桐壺は影を置き去りする速度で、右手に全ての力を集約して手刀の形で縦に振り下ろした

2つの巨大な力の塊が衝突した。王都全ての大気を揺るがすほどの衝撃と数瞬遅れて、音が物理的破壊力をもって、半径数キロに渡って衝撃波を伝える




巻き起こった突風が晴れて、膝をついていたのは項遠であった


「ヌハハ。まいったまいった」


そう言って、項遠はゆっくりと仰向けに倒れる
巨岩ほどもある大錐アルダイルは綺麗に両断されていた。そして項遠の体も共に右肩から先が綺麗に切断されており、夥しい血の泉が地面を赤黒く汚している


「あんたの負けですか?」


「そうじゃな。そして主の勝ちじゃ」


項遠はどこか満足した様な顔で、眼前に立つ勝者にその身を委ねるように目を閉じた


「……殺し切れなかった桐の負けだと思うんですが」


「それは遠回しに儂の部下になりたいと言っておるのか?」


「そういうわけじゃねえですよ。ただ……」


「何となく後悔しそうだなって思っただけです」


僅かに肩を震わせる桐壺は、行く当てのない子猫の様に救いを求めて暗雲を見上げる。彼女の心は酷く不安定で揺れていた


「若いのう。儂からのアドバイスは、戦場でやらぬ後悔よりやって後悔じゃぞ。その方が踏ん切りがつく」


「あくまで儂の経験談じゃがな」


「はは……」


「わた、私は、」


桐壺は無防備な彼の首めがけて、手刀を振り上げる。それはあたかも王族を公開処刑するギロチンを想起させる



「お前を、殺さないっ…!」


しかしそのギロチンの刃を振り下ろす事はなかった
何歩かたじろいで、桐壺は振り上げた手をもう片方の手で掴んで戻そうとする


これが桐壺の決断であった


「……そうか」


「依頼は失敗。空蝉の看板には泥を塗りますし、きっと師匠に許して貰えねえと思います。破門になったらそん時はよろしくお願いしますよ」


弛緩していく空気
だがそれを許さぬものがいた


【契約ヲ果タソウ】


桐壺の頭の中で声が響いた。ドス黒い怨嗟の声。そして、身体中を這い回る文字が突然右手に集まり、彼女の意に反して呪具を発動する


「な、なんですか、これ!?」


暴走する右手を左手で慌てて抑えるが、出力が違いすぎるのか止めきれない


「に、逃げろ!」


呼びかけに反応は無かった。どうやら項遠は失血により既に意識を失っている様だった。桐壺は考えを加速させる。どうすればいいか、だが余りにもどうしようもなさすぎる


「やめろ……やめろっーーー!!」


無慈悲にも無情にも右手は振り下ろされる。咄嗟に恐ろしくて顔を背けた



「《ヒーローは遅れてやってくる。僕はキメ顔でそう言った》」


その声で目を開いて、前へ目を向ける。赤い壁があった。血ではない。美しい赤龍の鱗を纏った巨大な龍の手があった
巨大な龍の手がギロチンを阻んだのだ。桐壺はその手の主へ視線を辿って動かす

巨大な赤い龍がいつの間にか音もなく鎮座していた。そしてこの赤い龍があの小さな龍だったと直感で理解し、その名を呼ぶ


「アーカーシャ!」


「《サッカーで例えるなら、ゴールシュートをスーパーセーブ。ただし、キーパーじゃなかったのでハンドでそのままPKに移行。みたいなっ!》」
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