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龍王と魔物と冒険者

108話目

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メイドさん。その起源を辿ると確かジョンブル魂を持ったアングロサクソン人が作った紳士の国イギリスから始まったはずだ。
ご存じ家庭内労働を主に行う職種である。が、我が魂の故郷日本でのその在り方は少々異なる。日本の誇るべきサブカルチャーである漫画やアニメをベースになんやかんやあった結果、完全な萌え文化として昇華したのだ。
中国の拉麺しかり。インドのカリーしかり。発祥が何処であろうとあそこまで変異してしまったのなら、もはや日本独自の文化として主張しても差し障りないだろう。

何が言いたいのかって?つまり逆もしかりってことだ。
カリフォルニアロールって日本の寿司文化が間違って浸透したって言う人がいるけど、あの在り方はそもそも間違っていないし、もうアメリカ文化の一つということだ。そこは認めてあげよう。
起源こそあれ、少なくともそこに優劣など存在しない。お客のニーズに合わせて寿司には寿司の。sushiにはsushiの良さがある。しかりっていうか、こういうと文化の盗用ってことで叱られちゃいそうだけどね。でも国や人が違うんだから、伝わった文化が変わってしまうなんて至極当たり前の事だ。
それを踏まえた上で一つ言わせてくれ、アボカドは無い。あれだけはない。でもアフォガードは好き。


こほん。話が脱線したのでネタを握り直そう。このビブリテーカーに唯一存在するであろう"メイド喫茶 デミchan"これは明らかに外の世界から持ち込まれた文化だ。だとしたら伝えた渡航者は日本人だろう。その方が生きているのなら是非とも会いたいものだ。
店内は水色やピンクのパステルカラーを基調としてキュートな内装になっていた。前世で見覚えのあるフィギュアなる物も置かれていた。大した出来栄えである。これもその人が造ったのだろうか?


【ここにしよう】


殆ど空いていて選び放題だったので、日当たりの良さそうな席を選ぶことにした。
アイビーと記載されていたネームプレートを胸にメイド服の女の子が眩しいくらいのスマイルを浮かべながら愛想良く我らの卓を訪れた。おいおいおいおい!?メイド服着た可愛い女の子が笑顔で話しかけてきてくれてるのに無料ってマ!?正直これだけでオキシトシンとセロトニンが分泌されて、心がぴょんぴょんするんじゃが!!!


「にゃにゃ!お帰りなさいませ、ご主人様&お嬢様!ご注文はございますかにゃ?」


【はぁ~~。いっぱいちゅき】


「アカシャ様。そんなにあの服好きなんだ。ふーん?
雪先輩に教えたげよっと」


【……ごめん。やめて】


興奮しすぎて頭完全にバグってましたね。落ち着け我。浮き足立つな。
確かにメイド喫茶とメイドは魅力的だ。思えば前世でも実際に足を運んだことはない。
だが言わせてもらえば、所詮ケモ耳メイド服なんて極めてプレーンで一般的な分類だ。この程度で心動かされる我では無い。
恐る恐る彩り豊かなメニュー表を開くと何ともフォトジェニックなオリジナルメニューが記載されていた。
ぐぉぉぉ!映えしそうなメニューしかねえ!メニュー表を瞬時に閉じて、記憶に嫌でも焼き付いた中でメニューを吟味することにした。
ふむふむ。一般的に提供される商品と比べても値段は決して安価ではないが、それに応じたサービスも提供されるのだろうというのは安易に想像できる。
値段にびっくり!こいつはぼったくり?そいつは違うぜ。とっととお黙り!我には分かるぜ。確かなこだわり!
うほーっ。我俄然楽しみになってきたでござるの巻。
チェキ!チェキは撮れるサービスも勿論あるのでござろうな!?


《今日一楽しそうですね》


「喜んでくれて何よりです」


「はん 甘ったるいねえ……」


【博物館の時は出してもらったから、ここは我が出す!心配するな。金ならあるんだ!】


ゲロを吐く容量で胃袋から金貨を100枚ほど出す。これは屍たちの墳墓をクリアした時に貰えた金貨だ。姫はお金に関心が薄いみたいで我にほぼ全部くれた次第だ


「お前食事前にそれはすっげえ食欲無くす絵面だ。それに雰囲気ぶち壊しだから二度とやんじゃねえぞ。二度とだ!」


【まじですまん】


「お前からもなんか言ってやれ」


「自分は全然気にしませんよ。」


「っておい!気にしろよ!折角のデートなんだからよ」  


サキの思わぬその言葉に仰々しく店員のアイビーが驚いた。


「にゃにゃ!?案内し忘れてましたが、当店にはカップルサービスなるものがありますニャ。こちらの中からお2つ無料で提供させて頂きますにゃん」


「自分は何でも良いので、アカシャ様が好きなの選んでください」


【アカシャピーナッツが好き。だから一つはピーナッツ。もう一つは……サキ、何が良いと思う?】


「なんで私に聞くんだよ。バカ
こういう時は相手と一緒に決めるんだよ」


【確かに!花ちゃん、後一つは何にする】


「えと、じゃあ……」


「全く変な気を回してんじゃねぇーよ。私なんて置物だと思って2人で楽しめば良いのに。そもそもなんで連れてきて……」


「驚いた。人形が喋ってる!喋ってるぞ!うはは 嫦娥。これも魔導具なのか?まるで生きてるみたいだ」


「玉兎さん。よく見なさい。魂が入れられてる。魔導具じゃない。呪具だ」


「呪具! 魔導師どもの本拠地なのにこんな物があるなんてすごいな」


「私に触るんじゃねえ!こ、の、離せ!離せっての!」 
  

「随分と呪術に精通したのがいるんだな。会ってみたい。だれだろう」


「連れが嫌がってる。とっとと手を離せ」


先程まで少し離れの席に座っていた2人組の男女。その片割れの女性が突然サキに興味を示したのか、乱暴に掴み上げて体を弄っていた。あまりに咄嗟のことで我の反応が遅れてしまうが花ちゃんが直ぐにその腕を蹴り上げたことで、サキの身体が手から離れ宙へと放られる。
キャッチしようと我が動くのともう片割れの男が動くのは同時であった。互いの目が合う。相手を排除しようとコンマ数秒の技法の応酬が始まる。腕を出すと相手に弾かれる。逆に相手が手を出すと弾いた。更に繰り出された手数の中に蹴り技が組み混まれ、こちらも尻尾を加えて対応する。動きを眼で先読みしてるのにギリギリだった。


【べらぼうに速いな】


「ついてこれるとは小さい身体で随分とやる」


だがそんな我と相手の攻撃の渦中を余裕で掻い潜って、サキをキャッチしたのは別の人物だった。
その人物は歪であった。彼女は先ほどとは違う押し潰すようなドスの効いた声を出した。


「此処はイシュロアスの店だと言った。お前たちは彼を怒らせたいのか?」


「これは大変な失礼を。玉兎さんもやめなさい。
魔導元帥のお膝元は流石に洒落になりません。」


「でも蹴られたの!こいつにやり返さないと気が済まない!」


「先に手を出したのはそっちだろうが。魔女共!」


魔女と呼ばれた1人は50代半ばの老年の男性だ。物腰は和らげで老熟された大人の余裕を感じさせるが、時折、眼窩に嵌め込んだモノクルから垣間見える瞳は何かを見透かす様に鋭くなる。身体にフイットするように縫製された燕尾服を着ているせいか、服の内側からでもしなやかに発達した筋肉のハリが見て取れて、加齢による肉体の衰えはまるで感じない。

もう片方は若い女性で、髪型は左右にロールがかっており、頭には小洒落たシルクハットを乗せている。手には高価そうな宝石が装飾されたステッキが握られているが、何よりも、特に目を引いたのは、大胆に胸部を大きく露出させた服装だ。


「空も挑発はやめて。
だけど嫦娥じょうが玉兎ぎょくと。お前たち曜日の魔女ウィッチクラフトだろう。
こんな所で何してるの。」


魔導師と因縁浅からぬ仲の魔女。事と次第によってはとんでもないことになるのは容易に想像できた。
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