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高校生の頃──自立に向けて
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※ ※ ※ ※ ※
そうして高校生になったいりやは、スイミングをやめてアルバイトを始めた。お金を貯め、ゆくゆくは独立出来るようにである。
弟達はまだまだ小学生。手が掛かる上に反抗期が始まり、何だかんだ両親は苦労しているようだ。
いりやは諦めるのが早かった為、すぐに親へ情を期待しなくなった。だから反抗期はなかったも同然で、殆ど感情の起伏も見せない。
下の子に目が向いている両親は、いりやに手が掛からなければそれで良かったようだ。
大人しくてお利口。いりやに言わせてみれば、そんな評価は単に放任主義を都合良く解釈しているだけである。もはや今後に至っても、どのような情も向けないで欲しいと思っているなどとは考え至らないだろうが。
ところで。いりやが彼を見つめる事をやめたかといえば、それは違う。何しろアルバイト先である珈琲店は、スポーツジムの目の前だ。
通りに面した店舗の壁は全てガラス張りになっている為、ジムの出入口は完全に視認出来る位置である。
月経の度に対処するのが面倒で、元からスイミングに気持ちが向いてない事もあって泳ぎを習う事自体が嫌になったのだ。
いりやの第一の目的は彼を目に映す事なので、場所がプール内であろうが外部であろうが関係がない。
だが可能ならば声も聞きたいと思い、以前からバイト先となる候補を幾つか探していたのだ。そこへ中学校卒業間近になってオープンした、この喫茶店である。
時の運というべきチャンスを逃す筈もなく、アルバイト募集が出たと同時に応募したのだ。勿論というか、すぐに採用された。
それから二年。高校二年も終わりに近付き、そろそろ次の進路に向けて教職員から言われるようになってきた。
しかしながら、いりやは就職と同時に家を出るつもりでいる。そして彼は大学に行くだろうから、いりやのこれも残り一年といったところだ。
さすがに全く接点のない今、殆ど彼の情報は耳に入らない。
意識的に聞かないようにしている事もあるが、SNSなどで調べれば様々な個人情報が流れている世の中だ。直接見る事が出来なくなれば、次の追っかけはそういった所から進めなくてはならないだろう。
ちなみに現在、いりやは情報ツールを持っていない。携帯もパソコンもないので、今はまだ出来ないだけだ。
衣食住と教育に不足はないので、いりやはそれ以上を求めない。
求める余裕が両親にあるかどうかは知らないが、小学生男児の欲求には、端からみる限り限度が見えなかった。ゲーム機器も双子はそれぞれが要求しているようで、子供はお金が掛かるのだと他人事のようにいりやは思う。
「これでいりやが大学に行くなんてなれば……あ、お帰りなさい」
「……ただいま」
「おかえり……」
ある日バイトから帰った時、そんな言葉を母親が口にしていた。
両親揃ってダイニングテーブルについていた為、食後の夫婦の会話なのだろう。だがいりやが無表情で二人を見ると、そそくさと互いに離席していった。
いつの頃からか、両親はいりやと顔を合わせる事を避けるようになっていたのだ。いりやも特に用事がないので、最低限の言葉以外に口を開かない。
三人それぞれが他人行儀だからか、会話もなければ寄り添う意思も見えなかった。
いりやは本心からどうでも良いと判断しているので、両親が何を考えているのかすら興味を抱かない。
自分が嫌われていようが、避けられていようが──心底どうでも良いのだ。最低限の衣食住と教育が保証されている現時点で、それ以上を求めない理由である。
(はあ、今日も彼を見られた)
食事と入浴を終えたいりやは、自室のベッドで横になってから脳内で『本日の彼』を再生する。
芸能人の追っかけがこういうものかは分からないが、いりやは見るだけで幸せなのだ。
脳内スクショから今日の服装や感想をノートに書き上げる。観察日記状態のこれは、既に十冊を超えていた。いりやの変態的なストーキング──見つめてきた記録である。
普通の大学ノートであるのは、見た目で学習教材に擬装が可能だから。日記などの分かりやすい素材では、危なくて鍵の掛からない自室に置いては置けない。
わざわざいりやの勉強ノートを隅々まで調べる程の興味は、同じ家に住んでいる誰も持っていないだろうからだ。
そうする一番の理由は、大学ノートならば教材という理由から購入してもらえる。自分のバイト代は将来の為に貯蓄していきたいので、支給してもらえるならばその方が断然良い。
両親は、いりやが何も要求しない事をどう考えているかは分からない。
けれども要求しない事は期待しない事と同義であり、いりやは単なる同居人とすら思っているのだ。
不必要な請求分は身を滅ぼすと考えてすらいるので、唯一の心の拠り所である彼を目にする事が光であった。
そうして高校生になったいりやは、スイミングをやめてアルバイトを始めた。お金を貯め、ゆくゆくは独立出来るようにである。
弟達はまだまだ小学生。手が掛かる上に反抗期が始まり、何だかんだ両親は苦労しているようだ。
いりやは諦めるのが早かった為、すぐに親へ情を期待しなくなった。だから反抗期はなかったも同然で、殆ど感情の起伏も見せない。
下の子に目が向いている両親は、いりやに手が掛からなければそれで良かったようだ。
大人しくてお利口。いりやに言わせてみれば、そんな評価は単に放任主義を都合良く解釈しているだけである。もはや今後に至っても、どのような情も向けないで欲しいと思っているなどとは考え至らないだろうが。
ところで。いりやが彼を見つめる事をやめたかといえば、それは違う。何しろアルバイト先である珈琲店は、スポーツジムの目の前だ。
通りに面した店舗の壁は全てガラス張りになっている為、ジムの出入口は完全に視認出来る位置である。
月経の度に対処するのが面倒で、元からスイミングに気持ちが向いてない事もあって泳ぎを習う事自体が嫌になったのだ。
いりやの第一の目的は彼を目に映す事なので、場所がプール内であろうが外部であろうが関係がない。
だが可能ならば声も聞きたいと思い、以前からバイト先となる候補を幾つか探していたのだ。そこへ中学校卒業間近になってオープンした、この喫茶店である。
時の運というべきチャンスを逃す筈もなく、アルバイト募集が出たと同時に応募したのだ。勿論というか、すぐに採用された。
それから二年。高校二年も終わりに近付き、そろそろ次の進路に向けて教職員から言われるようになってきた。
しかしながら、いりやは就職と同時に家を出るつもりでいる。そして彼は大学に行くだろうから、いりやのこれも残り一年といったところだ。
さすがに全く接点のない今、殆ど彼の情報は耳に入らない。
意識的に聞かないようにしている事もあるが、SNSなどで調べれば様々な個人情報が流れている世の中だ。直接見る事が出来なくなれば、次の追っかけはそういった所から進めなくてはならないだろう。
ちなみに現在、いりやは情報ツールを持っていない。携帯もパソコンもないので、今はまだ出来ないだけだ。
衣食住と教育に不足はないので、いりやはそれ以上を求めない。
求める余裕が両親にあるかどうかは知らないが、小学生男児の欲求には、端からみる限り限度が見えなかった。ゲーム機器も双子はそれぞれが要求しているようで、子供はお金が掛かるのだと他人事のようにいりやは思う。
「これでいりやが大学に行くなんてなれば……あ、お帰りなさい」
「……ただいま」
「おかえり……」
ある日バイトから帰った時、そんな言葉を母親が口にしていた。
両親揃ってダイニングテーブルについていた為、食後の夫婦の会話なのだろう。だがいりやが無表情で二人を見ると、そそくさと互いに離席していった。
いつの頃からか、両親はいりやと顔を合わせる事を避けるようになっていたのだ。いりやも特に用事がないので、最低限の言葉以外に口を開かない。
三人それぞれが他人行儀だからか、会話もなければ寄り添う意思も見えなかった。
いりやは本心からどうでも良いと判断しているので、両親が何を考えているのかすら興味を抱かない。
自分が嫌われていようが、避けられていようが──心底どうでも良いのだ。最低限の衣食住と教育が保証されている現時点で、それ以上を求めない理由である。
(はあ、今日も彼を見られた)
食事と入浴を終えたいりやは、自室のベッドで横になってから脳内で『本日の彼』を再生する。
芸能人の追っかけがこういうものかは分からないが、いりやは見るだけで幸せなのだ。
脳内スクショから今日の服装や感想をノートに書き上げる。観察日記状態のこれは、既に十冊を超えていた。いりやの変態的なストーキング──見つめてきた記録である。
普通の大学ノートであるのは、見た目で学習教材に擬装が可能だから。日記などの分かりやすい素材では、危なくて鍵の掛からない自室に置いては置けない。
わざわざいりやの勉強ノートを隅々まで調べる程の興味は、同じ家に住んでいる誰も持っていないだろうからだ。
そうする一番の理由は、大学ノートならば教材という理由から購入してもらえる。自分のバイト代は将来の為に貯蓄していきたいので、支給してもらえるならばその方が断然良い。
両親は、いりやが何も要求しない事をどう考えているかは分からない。
けれども要求しない事は期待しない事と同義であり、いりやは単なる同居人とすら思っているのだ。
不必要な請求分は身を滅ぼすと考えてすらいるので、唯一の心の拠り所である彼を目にする事が光であった。
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