こころの中の貴方

まひる

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中学生の頃──訪れる変化

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  ※  ※  ※  ※  ※

 そんな日常に、一つの変化が訪れた。

「……君、迷子?」

 背後から掛けられた声に、いりやは雷に打たれたように硬直する。
 以前に視線が合わさったら感電してしまうかもと思っていた事は事実だったと、第三者視線の冷静な自分が頷いていた。

 しかしながら外見だけは、振り返った状態でスンと表情なく声のぬしを見上げるいりや。
 内心では歓喜の声をあげて躍り狂っているのだが──あまり外へ感情を出す事が失くなって久しい為、基本的にいりやは無表情なのだ。

「え?……あ、ごめんね。驚かせちゃったかな」

 声だけで分かっていたが、目の前の人物をまじまじと見上げる。
 いりやの頭部は、彼の肩辺り。知っていたが、完全に視線が小学生だと思われている。

「大丈夫?ここ、プールの裏だけど。小学生だよね?お父さんとかお母さんとか、一緒に来た人は何処にいるか分かるかな?」
「……ない、もん」
「え?」
「小学生、じゃ、ないもぉ~ん」

 心配そうな伺うような優しい声。
 彼から声を掛けられた事は嬉しかったが、完全にお子様扱いであった事実がいりやを打ちのめした。そして叫んで言い返しながら、居たたまれない気持ちのままにいりやはその場を駆け出す。

「え?」

 微かに聞こえた彼の戸惑いの声は、パタパタと足音を立てながら走るいりやの耳には届かなかった。

(声を掛けられた、嬉しい。小学生に間違えられた、悲しい。プールの匂いがした、クンカクンカ──うへへ)

 いりやの脳内は完全パニック状態だった。
 それもしばらくすると変態──いつもの思考に塗り変わって、駆け足からポテポテに歩調が弱まっていく。

 彼に発見された場所は、スポーツジムの裏側である。つまり立ち入り禁止ではないが、普通であれば人が来ない場所だった。
 けれども何故、そこにいりやがいたのか。それはプール用の明かり取り窓があるからだ。
 スポーツジムの建物は裏側へ山が覆い被さるような形であり、それを利用して山側にソーラーパネルを設置して内部電力を補っている。
 そしてその管理と点検用の通路が、プールの明かり取り窓がある場所でもあるのだ。

 普段からあまり人がいない場所である事を、当然のようにいりやは知っている。
 何故ならば。
 スイミングのない日には中に入れないが、窓越しに見られる唯一の場所がここだからだ。

 いりやのクラスは週に二回だが、彼は週に五回。つまりはそういう事である。
 大会前である今は、本当に毎日のようにジムに来ている彼。いりやはそれを知った上で、暇があればこうして見ていたのだ。

 向こう側──プール内から見られていたとは知らず、ペタリと腰高の窓に食い付くようにしていりやは眺めていた。
 プール側では天井近くの窓に位置する為、覗きの犯人をはっきりと識別出来る訳ではないだろう。しかしながら対象が老若男女関わらず、水着を着ている人物を好んで見たい者もいる。
 そしてその日以降、窓の周囲は鉄柵によって囲われてしまったのだった。
 いりやは翌週に現場を確認し、密かにショックを受ける。自業自得とはいえ、それ以降堂々と覗きが出来なくなったからだ。

 それでもいりやは、スイミングの時間になると変わらず彼を見つめる日を続けた。
 結局のところ、彼が何故あの場所へやって来たかは不明のままである。でも何者かがいたという報告を受けての、鉄柵防御なのだ。改めて捜査はされていないようだったので、今後も特別いりやに疑いが向けられる事はないだろう。外部からの盗み見は飽きらめるしかないが。
 そういった経緯からもう屋外からは眺める事が出来ないので、実習中の合間でしか視線を向けられない。思い返す度、いりやは非常に残念に思う。

 だがそんないりやにも変化が起きた。これまでさっぱりだった、第二次性徴発来である。
 胸部がわずかばかりではあるが発達し、つんつるてんだった部位に発毛が始まる。そして初潮を迎えたのだ。
 急激な身体の変化に戸惑いつつも、これまで周囲から得た情報で何とかいりやは対処する事が出来た。
 ちなみに、母親に言ってはいない。どうせ弟に掛かりきりで、いりやの言葉など耳に入ってもいないのだから。
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