「結婚しよう」

まひる

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第十章

12.わざとらしいな【2】

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「メル?」

 控え目に扉を叩いたのは、声からして間違いなくヴォルです。
 私は誰何すいかの必要もなく、すぐに応じました。

「はい、どうぞ。起きてますよ?」

 先程までは気分があまり良くなかったのですが、ガルシアさんが持ってきてくれた薬草茶を飲んで復活なのです。
 今の私はベッドに身体を横たえてはいますが、開けた窓から入る心地好い風に髪を遊ばせたままぼんやりしていたのでした。──つまりは暇です。
 そして入室してきたヴォルは、その肩口に小さな男の子を抱いていました。まだ一歳にもなっていない赤ちゃんです。
 その赤ちゃんの最新情報としては、最近掴まり立ちを出来るようになっている事でした。

「あら、キュアル。ご機嫌ですね」

 私は、『あ~』と言いながら両手を伸ばす赤ちゃん──息子に微笑みかけます。
 そしてゆっくりと身体を起こし、キュアルに手を差し出しました。ヴォルはそんな私の背を軽く支えつつ、起き上がる行為を手伝ってくれます。

「無理をするなよ、メル」

「はい、分かっています。でも今は調子が良いので、少しなら大丈夫なのですよ」

 不安を見せるヴォルでしたが、私は笑顔でキュアルを抱き寄せました。
 ふわふわでミルクの匂いのする、温かな──四人目の私の大切な存在なのです。ヴォルは勿論ですが、ベンダーツさんもガルシアさんも私は家族だと勝手に思っているのでした。

「すまない、メル。その……母親の負担が大きいのだと、ガルシアに怒られた。責任の大半は俺にあるのだが、本当に無理はしないでくれ」

 項垂うなだれるヴォルは、普段の彼と違ってとても可愛いと思います。
 けれども責任とかを追求するつもりは毛頭もうとうないですし、夫婦なのですからお子が出来る事については──その、問題はないのでした。

「ご心配ありがとうございます、ヴォル。その分、たくさんキュアルと遊んであげてくださいね?」

「あぁ、分かっている。……この子も待ち遠しいな」

 ヴォルが私の言葉に頷きつつ、まだ膨らみのないお腹を優しく撫でてくれます。──ここにも私達の大切な命が育っているのですから。
 けれども第二子は、まだ妊娠が分かったばかりでした。もう少しして悪阻つわりが落ち着いたら、私はもっとキュアルと遊ぶ事が出来そうです。

「……そうだ。ガルシアがまた人口が増えそうだと言っていた」

 淡々としているヴォルでしたが、私は続けられた情報に驚きました。
 けれどもそこまで断言するからには、ガルシアさんは確実な情報を得ていると思われます。そうでなければヴォルに伝えはしない筈でした。

「もうそこまで進展しているのですかっ……あ、ごめんなさいね、キュアル」

 突然私が大きな声をあげたので、キュアルが驚いて泣き出してしまいます。
 そんな彼に謝りつつもあやし、何とか機嫌を持ち直してもらいました。小さなお子様の前で大声を出してはならないのです。

「メルは知っていたのか」

「はい、マークさんの事ですよね?ガルシアさんから聞いてます。行商でみえるセレシーデさん、とても素敵なかたですもの」

「……そうか」

 私の言葉に、ヴォルが穏やかな表情で頷きました。
 誰よりもヴォルは、ベンダーツさんの事を心配しているのではないでしょうか。従者である事もそうでしょうが、ヴォルはベンダーツさんを家族のように大切にしているのは分かりました。

「アイツが幸せであるならば、ここを作った甲斐かいがあるな」

 ヴォルは不意に窓へ視線を向けます。
 そちらの方では手を取り合って微笑みを交わしている、ベンダーツさんとセレシーデさんがいました。

「城とは違い、ここは魔法石管理棟というだけだ。名目ではこのとりでは皇帝からの餞別せんべつだが、初めから俺はセントラルに戻る気はなかった。マヌサワに決めたのはここに来てからだったが、メルと王都から離れた地で生きていこうと思っていたのだ」

 初めて聞く、マヌサワに拠点を構えたヴォルの心境です。
 皇帝様のお考えは分かりませんが、私はヴォルを帝位争いから距離を置いてくれようとしているように思えました。

「そうだったのですか。皇帝様の思いはどうであれ、私はヴォルとなら何処でも大丈夫だと思っています。ベンダーツさんも……今ではガルシアさんもいてくれますから尚更です。あ、でもペルさんはどうしているのですか?」

「ペルニギュートは魔法石から解放され、最近は子供っぽさが抜けてたくましくなってきた。今では父上の仕事の補佐もしているらしい。アイツも少し大人になったようだ」

 心なしか嬉しそうな顔をしているヴォルでした。
 時折ペルさんと連絡を取り合っている事を知っていますが、仲良くしているようなので安心しました。
 過去がどうであっても、今のヴォルが幸せなら私は幸せです。そしてペルさんも、同じ様に幸せであってほしいと思いました。
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