説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

001 何、ここ……

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 青い空にポツリポツリと白い雲が浮かんでいる。
 その穏やかな陽射しの下──広がる青々とした木々の間を通り抜けた心地好い風達は、真っ白で堅牢な石造りの建物を優しく撫でていった。
 そして開け放たれた窓から入り込んだ風に一枚の葉がいざなわれ、窓辺の真っ白な布地にヒラリと舞い落ちる。
 金糸で豪奢ごうしゃな刺繍がほどされたその布地が覆う台の上には、白地に黄と赤のまだら模様の卵──の割れた殻が転がっていた。
 その横にはボンヤリとした表情で『卵の殻』を見ている裸体の幼児。頭頂部に三角のとがった耳と、同じ銀色である肩に届く長さの真っ直ぐな髪が確認出来る。少し湿っているように見える事から、『幼児が卵から孵化』してそれほど時が過ぎていないようだ。
 れればプニプニとしていそうな白い肌は、無垢でつややかな光沢を放っている。そしてペタリと床につけられたモッチリとしている臀部おしりからは、髪と同色のフサフサとした尻尾が小さく揺れ動いていた。

(何、ここ……。え?何、いったい?)

 幼児は混乱しながらも思わずと言った具合に手を伸ばし、自らの視界に浮き出ている半透明の電子表示的なに触れる。
 視界中央に『看板』のように見えるが、バーチャルゲームのステータス画面と思うならば、幼児の『記憶』ではそれほど違和感をいだくものではなかった。

≪名前……フェリシア・ラングロフ
年齢……1歳
種別……ヒト科獣属オオカミ種
体力……-E
魔力……-E【バンガソドンリンナ
スキル……【神の眼】
加護……【女神の慈愛】
称号……【異世界の転生者】≫

(あ~……って、冗談でしょ。マジでゲーム的ステータス?)

 自らの状態に疑問符があふれているその幼児は、少し前にこの世界へ生まれた落ちたばかり。だが既にフェリシアと名付けられていた。
 種族であるヒト科獣属オオカミ種──ヒト科の特徴は二足歩行で体毛が薄い。けもの属は身体の一部にそれぞれの種的特徴を持ち、オオカミ種はイヌ科イヌ属のそれだ。
 それらを視界の半透明なパネルから読みくフェリシアである。ちなみに各項目にれるか意識を集中する事でその先の詳細が確認出来るのだが、既にフェリシアは誰に言われずとも感覚で使っていた。
 そもそも『記憶』からこういった事象に馴染みがある。フェリシアは生まれながらにして、既に十数年『生きてきた』過去を持っていた。

(何さ、これ。そもそも根本的に人間なの?もしくは人間でない訳?……ってかそれよりも嘘だろ~っ、俺の息子ジュニアがないっ)

 フェリシアにとって、現時点の混乱これ等よりも重要事項がおのれの性別だったのである。
 足の間の違和感に視線を落とし、改めて確認する事でみずからの性別を知って愕然としていた。
 両手を床につけ、あからさまに四つん這いでへこむ。まさに『気落ちし、落胆する』の図を体現していたのだ。
 フェリシアの『記憶』で性種別は『男』であり、足の間にはそれを主張するもの・・があった筈である──今は残念ながらツルッとして何もない。
 しかしながらフェリシアは開き直るのが早かった。

(ま、無いものは仕方がないか)

 ものの数十秒で開き直るこの性格は、他者からすれば良くも悪くもあるのだろう。
 しかしながらフェリシアは『記憶』にある過去でも同じような性質であった為、それが悪いとは思っていなかった。

(オオカミ的な尻尾は見たけどさ……。いやいや、尻尾だけじゃなくて耳まであるな。しっかしこれって獣人ってやつか?そもそも視界に映る文字に『オオカミ』ってあったからそう分かっただけで、知らなければ『犬』かも~とか思うよなマジ)

 ふさふさもふもふなのはフェリシア的に凄く好みだが、果たしてそれがおのれの身に降り掛かると考えも少しは変わる。
 それというのも『記憶』にある自分は犬を飼いたかったが、生憎あいにく賃貸マンション住まいで不可能だった経緯があった。しかもハスキー犬のようなもふもふ大型犬が好みだったのである。──一番の推しは狼だが、絶滅危惧動物なのでさすがにフェリシアは飼育する事を考えていなかった。

(まぁ、良いや。獣人だろうが女の子だろうが、なったのなら仕方がないもんな。それはそれで楽しもうじゃないか、うん)

 フェリシアはあっけらかんと自分の境遇を受け止め、「よしっ」とばかりに現在の小さなこぶしを握り締める。

(まず始めに『俺』ってのは封印だな、やっぱり。『私』って言うのは……今は何だか抵抗があるから、ここは子供らしく自分名前呼びだろ。多分その方が可愛いだろうし。えっと……フェリシア、フェリ……シア……。『シア』で良いか、短くて言いやすいし)

 安易と言うなかれ。
 漢字が飛び交う世界で生きてきた『記憶』を持つフェリシアにとって、カタカナ名に馴染みはないのだ。よって、良い愛称など思い浮かぶ筈もない。
 だが結果的に、これでフェリシアの中での『自称』が決まった。
 そしてフェリシアは改めて顔を上げ、今更ながらに周囲を観察し始める。

(とりあえず……間違いなく異世界、だよな)

 フェリシアは電子パネル的な物で埋め尽くされた視界に苦笑いを浮かべた。明らかに『記憶』の中では、創作物にしか起こり得なかった事象である。
 あまりの想定外の事により、これがコンピューターの画面であれば即再起動を掛けてしまいたくなる程だ。そもそもこれでもパニックにならないのは、ほとんどフェリシアの楽観的思考のなせる技かもしれない。

(何だか見るもの見るもの全てに表記がされてて、視界的に超鬱陶うっとうしいんだけど……。あ、『表示しない』とかあるや)

 手探り状態ではあるが、少しずつ前進してはいるようだ。根本的に『記憶』がある事により、タッチパネルはフェリシアにとって比較的馴染みやすくもあった。
 そして視界に入った『明らかに人が腰掛ける為の家具』をターゲットにする。

(……とりあえず、あの椅子は~っと)

 それは装飾過多ではあるものの、見渡した所ではこの場所にあって違和感は感じない家具だった。

≪名前……椅子ソド
材質……ゲーペル木製
用途……座る・投げる
強度……E
特長……防水性・防カビ性に優れている≫

 表示に目を通したフェリシアの顔がわずかにひきつる。

(いやいや、マジかよ。『座る』は分かるけど、『投げる』はないよね普通)

 この世界の常識がどうなっているのか不明ではあるが、用途として可能である事は認めたくなかった。
 そもそも現在のフェリシアにとっては、その椅子ソドに腰掛ける事すらサイズ的に不可能である。

(とりあえず『非表示』っと。あ、本当に消えた)

 深く考える事はやめて、フェリシアはパネルの右上に意識を向けた。すると当たり前のように小さくなる。
 それは視界に邪魔にならない程度であり、かつ一度確認した事があると判別出来るものだった。
 小さく『再表示』とある為それにれれば、再び同じ電子パネル的な表示がされる。まさしく便利な脳内個別説明書だった。
 使い方を納得したフェリシアは、周囲を見回しつつ自らの知識との違いを確認していく作業を繰り返す。そして粗方視界の表示がなくなった頃、不意に『記憶』の過去を思い出した。

(クッソ、あのピンク色自称女神。何が『素敵異世界転生してみない?』だっ)

 「そもそもこっちはOK出してないっての」と脳内で怒り心頭のフェリシアである。
 そうかといって幼児がぷりぷりと怒って見せたところで、単に微笑ましいだけだ。全裸ではあるものの、所詮は幼子おさなごなのである。
 そしてフェリシアにはしっかりと最後の『記憶』が残っている為、現時点の自分に繋がる原因が分かっているのだ。

(マジで今度会ったらブッ飛ばす)

 良からぬ宣言ではあるが、そう思う程にフェリシアは苛立ちを覚えている。
 だが自称『女神』と告げていただけあって、再度出会う為には相応の場──せいを終える事が条件かもしれなかった。

(いや、まだ死ぬつもりはない。……会いたくなんてないんだからなっ)

 これはツンデレなどではなく、諦めとも違うと思いたいとばかりに、フェリシアは視線を横に流した。
 そもそもが考えてもせんのない問題である。
 という訳で、フェリシアは『記憶持ち』──つまり前世での、平和な島国で生まれ育った健全中学二年男子・・であった記憶を持っていた。
 ちなみに前世・・というだけあり、その時の命は既に終了している。

(まぁ、家具とか内装による世界観の違いは大きくないか。どちらかと言うと少しばかり古風ではあるけど、この素朴な感じは嫌いじゃないし)

 一通りの電子パネル的説明を目にした限りでは、独特のネーミングがあるものの、フェリシアが生きるのに困る程ではなかった。
 いて言えば科学技術がなさそうなので、『テレビ』や『ゲーム』などの娯楽は求められそうにない。

(って、そういえばさっき見たシアのステータスに『魔力』ってあったじゃん?)

 フェリシアは視界を埋め尽くしていた表示から、改めて自分のステータスを確認する事にした。
 いつでも再表示可能なので、その辺りは自由度が高い。

(やっぱりあるよ、魔力。しかも、体力共に『-E』判定だな)

 厳密に数値化されていないので正確には分からないのだが、現実ではそれが分かるだけでも参考になるとも思えた。
 更にフェリシアがその表示に意識を向ければ、7段階式のレベル分けがされている事が示される。数値で言うならば『E』は2桁以下、しかも『マイナス値』──つまりは最下位レベルだ。
 されどもフェリシアは先程誕生したばかりである。──『卵』からではあったが、この時点生まれたてで3桁や4桁のゲージがある方が違和感は強かった。

(ある意味良かったよ。これでチート並の表記とかだったら、即効変なフラグとか立ちそうだし)

 フェリシアは自嘲しながら、腕組みをして思考する。見た目は幼児──しかも裸体のままだが、一人脳内会議中で周囲に人の気配はないのでそこまで考えるに至っていなかった。 
 そしてパネルから読みくに──生まれたばかりとはいえども──、この世界ではその段階でが子鹿並みにすぐに動ける。
 つまりはそうでないと死が『間近』という意味にも取れるのだが、今のところフェリシアにその様な命の危険はなさそうだった。

(OK、次はスキルだな)

 体力、魔力の次の表示はスキルである。
 説明によると、スキルは特殊能力だが万人共通ではないとあった。
 更に【神の眼】とは他者──自分も含めて──の能力が文字として見える事で、世界で数人しか持ち得ない稀少なスキルだとある。つまりは『特殊技能』だ。
 そして加護とは神々の贈り物で、こちらも万人共通ではない。
 フェリシアの持つ【女神の慈愛】とは、死してもを置かず必ず・・同じ・・世界に・・・輪廻転生するというものだった。

(な、何だこれ~っ!色々とフラグ立ちそうってか、既に立ってんじゃないかよっ。スキルは良しとしても、何この加護って?こんなもの、ラッキーでも何でもなく呪いだって~のっ)

 フェリシアはその説明を見て、思わず拳を握り締めてウガ~ッと心の中・・・で雄叫びを上げる。
 理由としては、いまだ他の異世界人に遭遇していないが、まだこの部屋以外の安全確認はされていないから──よって大声を出すという愚行は起こさない程度の冷静さは残っていた。
 しかしながらこれで、『死んだら元の世界に戻れるかも』という夢ははかなくも砕け散った事になる。
 再び項垂うなだれるフェリシアだが、最後に呼び名である称号【異世界の転生者】にも問題があった。
 説明を見る限りでは基本的にこの部分は身分や資格などを表すらしいが、これは複数の他者に知られては具合の悪そうな案件確実である。

(はぁ……。とにかく、これからの自分はシアとして生きなきゃならないんだ。けど考えてみればこの取説的なステータスのお陰で変なボロを出さないで済みそうだし、意識を向ければ操作が出来るからおかしな動作を見られる事もないな。おしっ、何とかなる!)

 一頻ひとしきり現状を把握して感情を乱した後ではあるが、フェリシアは真っ直ぐ顔を上げる。
 既にその瞳には悲観も憐憫れんびんもなく、キラキラと輝く淡灰色の瞳は先々の期待に満ちあふれていた。
 前にも言ったが、この切り替えの良さは評価すべき美点である。

(そうだった、まだ重要な確認をしておかないと。えっとやっぱ体力は生命力、だよねぇ。あ、尽きたら『死』……マジか。凄いな、即効性抜群だよ、いらねぇっての。ふむふむ、睡眠・魔法によって回復ね。ここら辺はゲームと同じだな。で、魔力。放出系で、尽きたら『気絶』。これも睡眠・魔法によって回復……と。よしっ!この魔法がバッチリありそうな世界を『女の子』として頑張っていこうじゃないか)

 一人で頷いて心を決めるフェリシア。
 だが、はたから見ればただの全裸の幼児なのだった。
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