説明書があれば良いと思ってるのか~異世界転生獣耳物語~

まひる

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第1章──幼年期1~4歳──

003 現れし者

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 本能的に全身の毛を逆立たせたフェリシアが待つ事、数分。扉すらないこの部屋に、一人の男性が入ってきた。

「おぉ~っ、出たかっ」

 駆け込んで来たかと思うと、室内に響き渡るかのような大声をあげる。表情から察するに、それは歓喜のようだ。
 しかしながらこの室内はほとんど物が無く、勿論フェリシア以外に生命体はない。つまりは大声を出す必要は全くなく、聞かせる相手も彼女だけなのだ。
 フェリシアは無駄に大きな声にきつく耳をふせながらも、自然と視えるスキル【神の眼】説明書に目を見開く。

≪名前……ヨアキム・エルッキ・ラングロフ
年齢……23歳
種別……ヒト科獣属オオカミ種
体力……C
魔力……-D【バンガソドン
スキル……【怪力】
称号……【銀の太刀】【第3師団中将】≫

 そのラングロフという家名から、自らの血縁者だと分かった。しかも同じオオカミ種である。つまりは父親である可能性が高い。
 無言のまま男性を観察するフェリシアだが、全身を包む緊張は解けないでいた。
 銀の短髪、同じく銀の瞳。そしてヨアキムはガタイが良く、称号からすると軍隊の人間らしい。それが理由なのか、声がやたら大きかった。
 そして更に言えばそのステータスだ。体力が『D』という事は、数値にして四桁ある意味である。『+』も『-』もついていないので、少なくとも四千はあるのだ。常人で『C』──つまりは三桁である為、ヨアキムは一言で言うなら『強い』。

「何だ?大人しいな」

 変わらず大きな声での問い掛けで、反応がないフェリシアに顔を近付けてきた。
 しかしながら声の大きさはどうであれ、ヨアキムの顔立ちは整っている。いわゆるイケメンという人種だろう。

「フェル?父さんだぞ?」

 ツンツンとヨアキムに頬をつつかれ、フェリシアは簡潔な自己紹介を受けたようなものだった。
 それに初異世界人との遭遇ではあったが、その接触に嫌悪を感じない。

「フェルって……?」

 だがフェリシアが気になって問い返したのは自称父の件ではなく、彼が呼んだ名の方である。
 名前を知っていて、かつ愛称で呼んでくるのだから『父親』というのは事実なのだろう。
 フェリシア自身はスキル【神の眼】説明書がある為、この先誰から教えられずとも世界の知識を得る事が可能だ。勿論単独ではかなりの労力が必要だろうが、不可能ではない。
 実際、目にした物へ表示される内容を追っていけば、より深い知識を手にする事が出来るのだ。この隔離されたような現時点すら、この場にある物の知識は習得済みなのである。

「そうだ、フェル。お前の事だぞ?」
「貴方~?シアちゃんがもうすぐ誕生しそうよって教えてあげたの、私なんだけれど」

 フェリシアの視界一面がヨアキムによって塞がれていたのだが、その背後から今度は女性の声が聞こえる。
 そこでフェリシアは初めて知ったのだが、視界に入らなければスキル【神の眼】説明書は作動しないようだ。
 小首をかしげて人物の確認をしようと試みていたフェリシアは、突然脇の下に手を入れられて持ち上げられる。落ち着き始めていた全身の毛羽立ちが再活性すると同時に、視界に金色の兎耳が入った。

≪名前……ナディヤ・ラングロフ
年齢……21歳
種別……ヒト科獣属ウサギ種
体力……-D
魔力……D【ネアンサジルリンナ
スキル……【慈愛】
称号……【金色の月】≫

 それは金髪美女である。淡灰色の瞳はフェリシアを認識した途端、とても柔らかく細められた。細身で小柄なのに、素晴らしく女性的な胸部を持っている。
 その膨らみに見とれつつも、フェリシアの意識はしっかりと彼女のステータスを認識していた。

「お~、ナディヤ。置いていって悪かったよ~。長女の誕生に、俺はいてもたってもいられらなかったんだ」

 ヨアキムはフェリシアを片手に納めると、もう一方の手でナディヤを抱き締める。
 感動的に見えるこの状況だが、フェリシアは酷く苦しかった。

「ちょ……、苦し……っ」
「キャーッ!シアちゃんが死んじゃうっ!!」

 思わず漏らした声をナディヤに聞き取られ、逆に大騒ぎされる。
 そして暴れだしたナディヤを胸に抱いていたヨアキムは、鳩尾みぞおちを肘で突かれ悶絶。勢いで空中へ投げ出されたフェリシアは一瞬の無重力を味わい、重力に従って落下する直前の肉体にかかる負荷を感じた。直後、温かな何かに身体が包まれる。

「何をしているのですか、父様。シアに傷でも付いたらどう責任をとるおつもりです」

 この一瞬ともいえるわずかな時間に、また新たな人物が現れた。
 その声で我に返ったフェリシアは、まばたきをしつつも現状を確認する。 
 まず始めに視線を向けたのは、スキル【神の眼】説明書を視る為に声のぬしだ。

≪名前……ガヴリイル・ラングロフ
年齢……6歳
種別……ヒト科獣属オオカミ種
体力……E
魔力……-E【ネアンリンナ
スキル……【真心】
称号……【銀狼を継ぐもの】≫

 銀髪と銀色の瞳を持ち、ヨアキムを父と呼んだ少年──勿論、オオカミの耳と尾が標準装備である。
 ガウリイルはネアンの魔力を使ってフェリシアを空中へ留め、危険をもたらした父親の行動を指摘していたのである。更には丁寧な口調でありながらも、その声音の鋭さから、含まれた怒りを隠そうともしていなかった。
 しかしスキル【神の眼】説明書によれば6歳らしい彼の、一メートルテティマーそこそこの身長で睨まれてもだいの大人は怖くもないだろう。

「悪かったよ、ガウリイル。俺のミスだ」

 しかしながら、ガウリイルに向けて素直に謝罪するヨアキムだ。
 相手が自らの子供であっても、その非を誤魔化す事なく頭を下げる。そのいさぎよい態度には好感が持てた。

「分かれば良いのです。これからは気を付けて下さい」
「うん。分かったよ、ガウリイル」
「兄様は甘い。ぼくならシアを危険にさらした父様へ、有無を言わさず後ろ回し蹴りするよ。……軽くけられるだろうけど」

 ガウリイルとヨアキムの間に、今度は一回り小さな金色が現れた。

≪名前……マルコ・ラングロフ
年齢……4歳
種別……ヒト科獣属ウサギ種
体力……-E
魔力……-E【ネアンサジル
スキル……【神託】
称号……【腹黒毒舌】≫

 ヨアキムからの謝罪をすぐに受け入れたガウリイルと違い、金髪ウサギ耳のマルコはムッとした表情をしたままである。
 足をパタパタ動かしているのは、ウサギ的な苛立ちを表しているからだろうと推測された。

「ガウ兄。シア、下ろす」
「おぉ、全員揃ったな」

 そこへまた追加メンバーである。
 せわしない中、フェリシアは新たな人物へ視線を向ける。

≪名前……エリアス・ラングロフ
年齢……3歳
種別……ヒト科獣属オオカミ種
体力……-E
魔力……-E【ネアンバンガ
スキル……???≫

 しかしながらフェリシアは、そのスキル【神の眼】説明書に小首をかしげた。
 勿論スキルがすぐに見えなかったからだが、意識するだけでその先の詳細が見える機能によって明らかになる。金色オオカミ耳の彼の場合、『今はまだ』覚醒していないスキルがあるようだ。
 そしてヨアキムの言葉からラングロフ家の総勢五名──フェリシアを入れて六名──、ここで一度に纏めての顔合わせとなる。フェリシアは視線を向けるだけで対象の説明ステータスが分かる為、自己紹介は不要ではあるのだが。

「あの……」
「あぁ、シアちゃん。ほらほらほら、母様ですよ~」

 フェリシアが発声した途端、ナディヤから腕が差し出される。そして戸惑うフェリシアをよそに、ちゅうに浮いていた状態からナディヤに抱き留められた。
 フェリシアの全身を柔らかく温かな膨らみが包み込む。

(す……素晴らしい胸部の装備だ……っ)

 さすがに鼻血を吹く事はなかったが、フェリシアは思わず二つのメロンを前に真っ赤になる。
 『記憶』からも、これ程の膨らみを目にした事はなかった。

「母様、胸を主張しすぎ。いくらぼくらが自身の子供とはいえ、シアも含めて我々には自我があるから。ほんと、目の毒だから」
「マル、それは言い過ぎです。抱き締めた際に胸部に触れてしまうのは仕方のない事なのですから」
「ガウ兄、マル兄。おれは母様のおっぱい、気持ちいい」

 マルコ、ガウリイルに続き、エリアスのコメントである。
 三者三様でありながら、総じて子供とは思えない反応だった。

「ダメだぞ、息子達。ナディヤは俺のだ。誰にもやらん」
「いや、知ってるから。でも母様は母様だから。ぼくだって、母様としての母様を父様にあげないから」

 ヨアキムとマルコのおかしな言い合いが始まる。四歳児と張り合う二十三歳──勿論、じつの父だ。
 二人は至極真剣なのだが、内容が内容だけにフェリシアはあきれを隠せない。

「ほら、あまり程度の低い事を言っていると、シアに見放されますよ」

 そして六歳児ガウリイルに指摘され、愕然とした表情をフェリシアに向けるヨアキムとマルコだ。
 何だか『異世界転生(転性付)』に意気込んでいたフェリシアは、あまりの普通さにガックリと肩を落としてしまう。──しかしながら物は考えようだ。
 これ程突っ込みどころ満載な家族であれば、『記憶持ち』としてのおかしな言動が多少あったところで目立ちはしないだろう。この家族にして、この娘あり的な感じだ。いや、それで良いのか。
 ──わずかに苛立ちも覚えるが、しかしながらこれは矜持プライドの問題だろう。この世界で死したところで、また別のこの世界内に生まれるだけなのだ。当然、あの加護呪いのせいなのだが、いくら願っても前の世界に戻る事は叶わないのだから。

「かあさま?」

 とりあえずそう頭を切り替えたところで、子供達が呼ぶように見上げながらナディヤを呼んでみた。
 今更ながら、幼児の──しかも女児となった声音に違和感を感じるフェリシアである。

「そ、そ~よっ?シアちゃん、お利口さんねぇ」

 頭上から降ってくる歓喜を乗せた言葉。弾けるような笑みを浮かべられ、思わず『こんな自分でごめん』と謝りたくなった。
 どうやら男児ばかりの紅一点のようで、それぞれが待ち望んでいたと分かる表情を見せている。中身が『男』であっても、当たり前ながらそれを知るよしもないのだ。

「シア、父様と母様はもう分かりますね。わたしはガウリイルです。ここラングロフ家の長子です」

 ヨアキムとナディヤに視線を向け、フェリシアの認識を確認したガウリイル。
 そして彼女が頷いた事を確認し、自らの自己紹介をする六歳児に思えない気遣いを発揮した。

「ぼくはマルコ。シアの三つ上だよ」
「おれ、エリアス」

 ガウリイルの言葉に首肯しゅこうしたフェリシアを見て、マルコとエリアスが続けて名乗る。これで正式に『名前』を聞く事が出来た。
 スキル【神の眼】説明書から視界に映る対象を見抜いてしまえるのだが、それをおおやけにするのは不味まずいとフェリシアは判断している。
 稀少レアなのだと知っている分、自らの特異性を盛大にアピールすべきではないからだ。
 しかしながら、生まれたばかりの一歳児がすべき正しい反応が分からないフェリシアである。

「うん」

 ここは曖昧であろうが、下手に応対しない方が良しと決断した。その結果が、ただ頷くだけというなさけない状態に繋がる。

「フェル、お前は賢いな。父様は鼻が高いぞ」

 しかし親バカなのか、ガハハと笑いながらヨアキムはガシガシと──首がもげるかと思う程の力で──フェリシアの頭を撫でた。
 今の一言でどう『賢い』と判断されたのか不明だったが、今のフェリシアは自分の頭部を守る事に精一杯である。下手をしたらむち打ち状態になってしまうという危機感を感じたからだ。

「ヨアキム、おすわり」

 ──と、ここで何故かナディヤの一言。
 声を荒らげた訳でもなく、見上げたところで表情的にも怒気を感じられない。しかしながら、突然ヨアキムがその場に──掌を地につけ、犬のようにしゃがみこんだのだ。
 これにはさすがにフェリシアも素で驚く。目を見開き、口をアングリとあけた間抜けな表情だ。
 だがそれすら、ナディヤの『可愛いもの大好き』精神を直撃したようである。

「あ~ん、シアちゃん可愛いっ。もう、すっごく可愛くて、食べちゃいたいっ」

 そう叫んだ後、ナディヤは本当にフェリシアの頬に食い付いたのだった。
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