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第1章──幼年期1~4歳──

010 狙われる理由

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「あぁ。実は今回動いたのは、ユーリやつが国境付近の亜人科爬虫類属と接触しているという垂れ込みがあったからだ。ベルナールにも報告が上がっていると思うが」
「ええ、それは聞き及んでおります。確か、貴重な鉱石を横流ししているとか」
「それだ。垂れ込みの時期はフェルの孵化予定の三クタヴテ前頃で、その頃から屋敷に侵入する賊も急に増えたんだ。明らかに狙いはフェルだと分かるだろ?」

 怒りを抑え切れないようで、ガリガリと無造作に頭をくヨアキムだった。
 そしてユーリが関係する悪事の情報は、彼以外からの幾つかの方面よりベルナールの耳にも入っている。そしてヨアキムの娘を狙う理由も察する事が出来るのだ。

(卵の段階で奪い取ろうとする無謀さはおろかとしか言いようがないが、要するに『銀色狼』が珍しいからだよな)

 ベルナールは愚者に対する慈悲を持ち合わせてはいない為、ただただあきれるばかりである。
 ちなみに卵を守る外殻がいかくは親の魔力であり、それ以外の者がれると反射的に攻撃され、時には命を奪われる事もある為とても危険なのだ。勿論、この国で知らない者はいない筈である。
 けれども対象が女性であれば、命の危険をおかしてでも、それ以上の『価値』があるのは想像に容易たやすかった。それゆえに、ベルナールは深く溜め息をく。

「以前からラングロフ家は襲撃が多い血筋でしたが、さすがに女性であれば更に、奴等のいうところの稀少価値がありますからね」
「そうなんだよなぁ。まぁ……かといって、孵化前に性別は分かっても、種族までは判別出来ない筈なんだが。とにかくそんな血族だからこそ、強くなろうと力に傾倒していったんだ。けれども愚か者はいつの時代になっても絶えない」

 考える事が苦手なヨアキムも、己の種族の価値は知っている。卵の魔法解析で性別が分かったからこそ、抱卵室の守りをこれまで以上に強化していたのだ。
 孵化した娘が例えウサギ種であっても、『銀色狼』の血を引いている以上、狙われる危険性がゼロにはならない。それだけ『はら』は重要視されている。

「では私は亜人科爬虫類属を重点におき、国内外の人身売買ルートを探りましょう」
「あぁ、頼む。俺は早く犯人を見つけて、チョン切ってやらなきゃ気が済まないんだ」

 その赤い瞳を細め、キッパリと断言するベルナールだ。ヨアキムも何を・・切ると言わなかったが、気合い十分のようで既に拳を固めている。
 ベルナールは武官でありながらも線が細く、魔法が得意である。そればかりか頭の回転も良く、一つの事案に対し、常に三通り以上の予測を立てているのだ。
 このベルナールの実力をもってすれば、『将』のくらいを得る事は可能な筈である。けれども本人は至って出世欲がなかった。ヨアキムを立てる為だけに直属の部下に収まっている為、地位で上司を超える気も並ぶ気も更々さらさらない。
 そしてヨアキムはその理由を問う事なく、ベルナールに最も信頼を置いていた。だからこそ、こうして『』の自分を見せる。

「でも、ラングロフ中将は自粛して下さい。【銀の太刀】が本気を出して良いのは、いくさだけです」
「いやこれ、もういくさじゃね?」
「言葉遣いがなっていません。……これは我々第3師団への宣戦布告ですので、御一人で対処されないで下さいね?」
「あ……、あぁ。分かった、善処する」
「必ず、です」
「む……承知した」

 団員の前では威厳たっぷりのヨアキムも、ベルナールの前ではタジタジだ。
 体力ではヨアキムに劣るものの、ベルナールは魔力において彼よりも秀でている。何より頭脳が上である為、ヨアキムは言葉でベルナールに勝てた事はないのだ。
 渋々ながらも言質げんちを取られ、ヨアキムは肩を落とす。

「大丈夫です、ラングロフ中将。私が本気で動くのですよ?信用して下さい」
「ん?俺はいつだってベルナールを信用しているし、信頼してるぞ」
「っ……そう、でしたね。では、私はしばらく御そばを離れさせて頂きます。事務処理、サボらないで下さいね?」
「あ……うぅ、分かっている」

 執務机を大破させた、体格からして大きいヨアキムに歩み寄り、見上げつつ問う。すると、ベルナールが期待している以上の言葉が真っ向から返ってきた。
 思わず照れ隠しに背を向けたベルナールは、ヨアキムが出歩かない為の別仕事を頼む。──師団長ではあるが、彼は机上業務が不得手なのだ。
 そうして言質げんちをもぎ取り、執務室を退室する。

(本当にあの人は……っ。あぁ、恥ずかしかった)

 平生へいぜいよそおっていたベルナールだが、尻尾の毛が逆立ってしまっていた事に気付いたのは少ししてからだった。しかしながら時既に遅しである。
 ヨアキムに気付かれたかどうかを悶々と考えてもせんない事であると諦め、ベルナールは別方面へ思考を巡らせた。

(亜人科爬虫類属。本当に忌々いまいましい。これ以上目障めざわりな事をされない為にも、徹底的に潰しておかなくては)

 ベルナールは赤い瞳を細め、シュペンネル国境付近の少数民族である、亜人科爬虫類属情報を脳内に展開した。
 シュペンネル自体も小国ではあるが、獣属特有の機敏性や能力から、周辺国に強い発言力を持っている。国内でも実力主義を通している為、王族であっても個の能力を示さなくてはならないのだ。
 そしてその力を傍若無人に振る舞う事がない為、現状の平和が成り立っている。つまりはあらがう力がないのではない。勿論、『やられたらやり返す』。だからこそ周辺国は今のところ、シュペンネルに牙を向く事はないのだ。
 ──ところが、国境付近の少数民族はことなる。
 シュペンネルの西側から北側は険しい山脈ギャドゥイに囲まれているが、そこに住む亜人族は虎視眈々とシュペンネルの豊富な国土を狙っていた。そこでは今でも小競り合いが続いている為、シュペンネルにとって昔から要警戒地域なのである。
 更には第5旅団長の嫌疑だ。彼は稀少鉱石の横流しだけではなく、人身売買にも関わっている情報が流れてきている。

(これは本格的に潰す方向で行くか)

 ニヤリと口角を上げたベルナールの赤い瞳が弧を描いた。
 肉食系の獣属は、そういった場に狩猟本能を刺激される。頭脳派であるベルナールですら、血湧き肉躍る討伐が好きなのだ。彼に『脳筋』と呼ばれるヨアキムは尚更で、一度スイッチが入ると、ほぼ狂人化バーサク状態になる。
 そうなってしまえば止める方法はただ一つ、ヨアキムの意識を奪う事でしか止まらないのだ。

(しかも銀色狼の女性だなんて……、百ロミスパンでしか聞かない、ほとんど伝説上の稀少種だぞ)

 自室に向かうベルナールは、表情を変えないながらにも、内心で大きな溜め息をく。
 ラングロフの血筋は男、そして一人しか銀色狼で生まれない事が常だった。ヨアキムの子供達も、オオカミ種の男児が二人いるが、銀色は長男のみである。女児で銀色狼として生まれたフェリシアは、本当に異例なのだ。
 だからこそ命の危険がすぐにあるとは思えない。そして生まれたばかりの幼児である為、繁殖行為をおこなえない事もあって肉体的にも守られると推測された。
 しかしながら、世の中に変態は幾らでもいる。幼児だからこその危険性も考慮されるのだ。

(彼が暴走する前に、何とか解決しなくては)

 結局のところ、ベルナールにとっての一番はヨアキムなのである。会った事もない彼の娘より、自分が忠誠を捧げたあるじが優先なのは当然だった。
 自室に到着したベルナールは、入室するとすぐに数ヶ所へ向けての手紙を書く。第3師団だけでなく幾方面にも伝手つてがあるベルナールは、ヨアキムの為に出来うる限りの力を尽くすつもりだった。
 更に言えば、事がおおやけになる前にかたをつけたい。対象が女性である以上、不必要な情報の流失を避けたいからだ。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

(何だか寒い……)

 意識が夢現ゆめうつつの中で感じる、今までと違う空気。
 フェリシアはその嫌な雰囲気から、本能的に身震いをした。

「起きたか?」

 そして聞こえた知らない男の声に、嫌でも意識が覚醒する。低いかすれたようなそれに恐怖は感じないが、威圧的なものを受ける。
 けれども次に、やけに近くで聞こえた金属の音に視線を落とした。そこには何故か繋がる黒い鎖が。更に、何故かもふもふの自分の身体がある。
 自慢ではないが、フェリシアはもふもふが好きだ。けれども自分が四つ足の獣になって、果てに鎖で繋がれたい趣味はない。

(え……あれ?シアって、獣タイプじゃ……なかったよね?)

 混乱する脳内に、状況が全く入っていかない。
 フェリシアはこの時、わずか転生二イトネ目だった。

「くくくっ。状況が分からず、混乱しているといった感じかぁ?」

 再び聞こえた声に、ビクッと震えるフェリシアの反応は本能的なものである。
 とりあえずフェリシアはグッと歯を食い縛り、現状を把握する事から始めた。悲鳴を出す事も、泣き喚く事も意味はない。感情のままに行動したところで、何の解決にもならないのだ。
 そして第一に、周囲を確認する事から始める。勿論、声の確認が最優先事項だ。

(……すげぇ)

 フェリシアが見上げた先──随分と上の方にそれがあった。いや、いた。

≪名前……%&@£§
年齢……206歳
種別……魔核科魔獣属ツノウマ種
体力……-D
魔力……-E【ネアン】≫

 自動発動のスキル【神の眼】説明書から能力値がかなり高いと判明する、目の前の芦毛の一角馬──しかも雄。
 他にも周囲に幾つかの檻があったが、フェリシアに視線を向けているのはこの馬(?)だけである。
 黒っぽい肌に灰色のまだらがある体躯は立派で、体高だけでもゆうに成人男性を超えると思われた。その上に頭があるのだから、確かに足元の小さな生き物に見下したような言葉になっても仕方がない。
 そう思えるくらい、綺麗な馬だった。
    
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