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4.人が住んでいない森に家を建てて暮らしてみる
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結界の端からここまでは距離があるものの、内部へ何かが入り込んでいる事だけは事実である。
放置すればいずれここにやって来るかもしれないし、今後更なる危険な存在になるかもしれないのだ。
「とりあえず、見に行ってみるか」
「危険でございます、トーリ様」
「それは分かるが、そのままにしてもおけないだろ」
「それは……そうですね」
オレの言葉に、渋々と言った様子でセスが首肯した。
状況が分からないうちにオレを近付けたくないという配慮はありがたいが、今は安全確認が優先と判断される。対象物が故意に侵入したのかも分からず、無駄に手をこまねいて時間を過ごす訳にもいかないのだ。
魔法の扱いにも少しは慣れてきたオレだからこそ、このまま傍観するという選択はない。
そうしてオレはセスを肩に乗せ、案内をしてもらいながら侵入形跡のある方向へと足を進めた。
ちなみにその気配の出所が分からないので、オレは一人では到底辿り着けない。そして雨は水の精霊のおかげで、自然と周囲を避けて降り落ちてくれるので濡れないで歩く事が出来た。
※ ※ ※ ※ ※
「トーリ様、お待ち下さい」
「近くか?」
「はい、トーリ様。あの木々の向こう側に、未だ存在しております」
森の中には道と呼べるものはなく、大型の獣もいない為に獣道すらなかった。そんな中でセスに案内されながら草木を掻き分け、今は川の音が聞こえる辺りに来ている。
そして注意を促してきたセスの鼻先がピクピク動いているので、普段よりも警戒しているだろう事は分かった。けれども対象となるものが未だにオレの視界には入っていなくて、全く実感が湧かない。
「ヒト、のようです。武器は所持していないようですが
、血の臭いがします」
「怪我をしているのか?」
「あ、お待ち下さいトーリ様」
セスの言葉に、オレは葉を掻き分けて様子を見ようと顔を出した。
引き留めるセスの声を無視してしまったが、相手が怪我をしているのかもしれないと聞いてしまえば気になる。しかも人間であるとすれば、持ち前の好奇心が危機感よりも強くて押さえられなかった。
そうして顔を出した先に見えた光景に、オレは思わず息を呑む。
そこにいたのは、水辺で身体を横たわらせた明るい髪色の人間──ではあるが、三角の獣耳のある存在だった。
「セス。獣人がいるのか?」
「はい、トーリ様。この世界はヒト型の生命体の種類が多く、爬虫類型や獣型も存在します。人種と呼ばれる中にはトーリ様と同じ種も、あのもののように獣部分が混在している種も存在しております」
「そうか……。生き物の種類が多いんだな」
「はい、トーリ様。ですが種族仲が良くない場合もあるようなので、同種族より御注意下さいませ」
「あぁ、そういうのもあるよな」
小声でセスと話していたのだが、改めて視線を向けると完全にこちらを見られている。距離があると思っていたが、想像以上に耳が良いようだ。
雨で濡れた身体を半分起こし、こちらを睨み付けている。三角の耳は警戒している事を表すように後ろへ倒れ、その背にピンと立つ細長い尾が確認出来た。
「すまない。そう敵意を向けないでくれると助かる」
「………………」
木々に身を隠すように様子を見ていたので、警戒されてしまう事は致し方ない。けれども良く見るとその獣人は傷だらけで、何らかの酷い目にあったのであろうと想像出来た。
その為か、隠れていたオレに刺すような視線を向ける気持ちは分からなくもない。
既に姿を見られているのだからと、オレは静かに草むらから出る事にした。とりあえず対話が可能ならばと思ったのである。
「そ、それ以上近付くなっ」
だがオレの全身を確認するや否や、鋭い声で制止される。──武器などは持っていないし、オレ自身丸腰なのだが。
仕方なく視線だけを向けると、びくりと震えられた。それ程に怯える理由として想像がつくのは、オレと同じ種族にこの仕打ちを受けたという事か。
「……怪我をしてるんだろ?」
「う、煩いっ。近付くなって言ってるだろっ!」
毛を逆立てた猫のように牙を向いているが、その身体が痛みからか緊張からかは分からないが細かく震えている。
そして濃い色の服だから分かりにくいが、良く見れば腹部からの出血が激しいようだ。押さえている手が赤く染まっているところを見ると、未だに出血が収まっていないのだろう。
ここまで確認してしまえば、オレとしてはこのまま放置は出来ないのだ。
「セス。布と薬草を出してくれないか」
「はい、トーリ様」
精霊から聞いて暇潰しに採取した薬草を、セスの亜空間から取り出してもらう。
オレは薬草を布で一纏めにすると、目の前に軽く放り投げた。
「見れば分かるだろうが、薬草だ」
こちらの言葉にチラリと視線だけで確認するも、オレに向ける警戒心は変わらない。とりあえず今は距離を置いた方が良いのだろう。
そう判断したオレは、背を向けて再び森の中へ足を進めた。──のだが、すぐにドサリと何かが倒れる音がして振り返る。
そこでは予想通り、先程の人物が地面に倒れ伏していた。
「……仕方ないな」
「お待ち下さい、トーリ様。この者を連れ帰るおつもりですか?」
「このままにはしておけないだろ」
「それはそうですが、汚いので洗濯させていただきます」
「え……」
歩み寄ろうとしたオレを止めたセスだったが、続けられた言葉に呆けてしまう。
確かに全身血と土埃で汚れているのは分かるが、『洗濯』と言われた気がする──と思っていたら、本当に綺麗にしたかったようだ。
放置すればいずれここにやって来るかもしれないし、今後更なる危険な存在になるかもしれないのだ。
「とりあえず、見に行ってみるか」
「危険でございます、トーリ様」
「それは分かるが、そのままにしてもおけないだろ」
「それは……そうですね」
オレの言葉に、渋々と言った様子でセスが首肯した。
状況が分からないうちにオレを近付けたくないという配慮はありがたいが、今は安全確認が優先と判断される。対象物が故意に侵入したのかも分からず、無駄に手をこまねいて時間を過ごす訳にもいかないのだ。
魔法の扱いにも少しは慣れてきたオレだからこそ、このまま傍観するという選択はない。
そうしてオレはセスを肩に乗せ、案内をしてもらいながら侵入形跡のある方向へと足を進めた。
ちなみにその気配の出所が分からないので、オレは一人では到底辿り着けない。そして雨は水の精霊のおかげで、自然と周囲を避けて降り落ちてくれるので濡れないで歩く事が出来た。
※ ※ ※ ※ ※
「トーリ様、お待ち下さい」
「近くか?」
「はい、トーリ様。あの木々の向こう側に、未だ存在しております」
森の中には道と呼べるものはなく、大型の獣もいない為に獣道すらなかった。そんな中でセスに案内されながら草木を掻き分け、今は川の音が聞こえる辺りに来ている。
そして注意を促してきたセスの鼻先がピクピク動いているので、普段よりも警戒しているだろう事は分かった。けれども対象となるものが未だにオレの視界には入っていなくて、全く実感が湧かない。
「ヒト、のようです。武器は所持していないようですが
、血の臭いがします」
「怪我をしているのか?」
「あ、お待ち下さいトーリ様」
セスの言葉に、オレは葉を掻き分けて様子を見ようと顔を出した。
引き留めるセスの声を無視してしまったが、相手が怪我をしているのかもしれないと聞いてしまえば気になる。しかも人間であるとすれば、持ち前の好奇心が危機感よりも強くて押さえられなかった。
そうして顔を出した先に見えた光景に、オレは思わず息を呑む。
そこにいたのは、水辺で身体を横たわらせた明るい髪色の人間──ではあるが、三角の獣耳のある存在だった。
「セス。獣人がいるのか?」
「はい、トーリ様。この世界はヒト型の生命体の種類が多く、爬虫類型や獣型も存在します。人種と呼ばれる中にはトーリ様と同じ種も、あのもののように獣部分が混在している種も存在しております」
「そうか……。生き物の種類が多いんだな」
「はい、トーリ様。ですが種族仲が良くない場合もあるようなので、同種族より御注意下さいませ」
「あぁ、そういうのもあるよな」
小声でセスと話していたのだが、改めて視線を向けると完全にこちらを見られている。距離があると思っていたが、想像以上に耳が良いようだ。
雨で濡れた身体を半分起こし、こちらを睨み付けている。三角の耳は警戒している事を表すように後ろへ倒れ、その背にピンと立つ細長い尾が確認出来た。
「すまない。そう敵意を向けないでくれると助かる」
「………………」
木々に身を隠すように様子を見ていたので、警戒されてしまう事は致し方ない。けれども良く見るとその獣人は傷だらけで、何らかの酷い目にあったのであろうと想像出来た。
その為か、隠れていたオレに刺すような視線を向ける気持ちは分からなくもない。
既に姿を見られているのだからと、オレは静かに草むらから出る事にした。とりあえず対話が可能ならばと思ったのである。
「そ、それ以上近付くなっ」
だがオレの全身を確認するや否や、鋭い声で制止される。──武器などは持っていないし、オレ自身丸腰なのだが。
仕方なく視線だけを向けると、びくりと震えられた。それ程に怯える理由として想像がつくのは、オレと同じ種族にこの仕打ちを受けたという事か。
「……怪我をしてるんだろ?」
「う、煩いっ。近付くなって言ってるだろっ!」
毛を逆立てた猫のように牙を向いているが、その身体が痛みからか緊張からかは分からないが細かく震えている。
そして濃い色の服だから分かりにくいが、良く見れば腹部からの出血が激しいようだ。押さえている手が赤く染まっているところを見ると、未だに出血が収まっていないのだろう。
ここまで確認してしまえば、オレとしてはこのまま放置は出来ないのだ。
「セス。布と薬草を出してくれないか」
「はい、トーリ様」
精霊から聞いて暇潰しに採取した薬草を、セスの亜空間から取り出してもらう。
オレは薬草を布で一纏めにすると、目の前に軽く放り投げた。
「見れば分かるだろうが、薬草だ」
こちらの言葉にチラリと視線だけで確認するも、オレに向ける警戒心は変わらない。とりあえず今は距離を置いた方が良いのだろう。
そう判断したオレは、背を向けて再び森の中へ足を進めた。──のだが、すぐにドサリと何かが倒れる音がして振り返る。
そこでは予想通り、先程の人物が地面に倒れ伏していた。
「……仕方ないな」
「お待ち下さい、トーリ様。この者を連れ帰るおつもりですか?」
「このままにはしておけないだろ」
「それはそうですが、汚いので洗濯させていただきます」
「え……」
歩み寄ろうとしたオレを止めたセスだったが、続けられた言葉に呆けてしまう。
確かに全身血と土埃で汚れているのは分かるが、『洗濯』と言われた気がする──と思っていたら、本当に綺麗にしたかったようだ。
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