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592 本当の国王
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風の初級魔法、ウインドカッター。
レイチェルの首を押さえつける空気の輪が、国王の魔力操作で絞られそうになった瞬間、下から上へと放たれた風の刃がそれを切り裂いた。
「なっ!?なんだ!?」
国王には予想すらできなかった事だった。
現在この部屋で立って動いているのは自分と赤毛の女、それ以外誰もいないはずなのに、突如風魔法が放たれ空気の輪を切ったという事実に驚き、思考が一瞬停止する。
国王の動きが止まった事を見てか、続け様に両手首、両足首、そして腹、レイチェルを天井に拘束する全ての空気の輪に、ウインドカッターがあてられ切り裂かれる。
天井に張りつけにされても、レイチェルが全く動じる事のなかった理由がこれである。
腕力で抜け出す事は難しそうではあったが、自分を拘束している枷は空気を圧縮した輪である。
鉄のように固い物ではない。ならば風の刃で切る事は可能であろう。
そして彼女ならばレイチェルが声に出さずとも、それを見抜き行動に移してくれるはず。
付き合いは短いが、今日まで密度の濃い時間を共に過ごした仲間。
黒魔法使いシャノン・アラルコンへの信頼である。
「レイチェル!かましてやりなよ!」
数発の風魔法を使った事で、シャノンの体を透明化させていた明鏡の水が飛ばされ、その姿をあらわにする。強い意思を持ったその黒い瞳は、天井から落ちて来るレイチェルを見据え、声を大にして叫んだ。
レイチェルは拘束がとけた瞬間、前転の要領で体を回し、両足を天井に当てると強く蹴りつけた。
本来の落下速度に加えて、更に加速して飛んでくるレイチェルが狙うは、国王カークランド。
手の内を晒してしまった以上、風の固砲も二度目は通用しない。
真正面から同じ技を続けて受けるようでは、レイチェルは今の立場にいない。
今度こそ眠ってもらうよ!
国王の頭上を完全に捉え、レイチェルは顔の横で拳を構えた。
手を伸ばせば届く距離。そしてレイチェルのハンドスピードは、国王では反応すらできない。
この状態で魔法使いの国王には、レイチェルの攻撃から身を護る手段はない。
これが外での戦いならば、上級魔法を使う事もでき、まだ戦うすべは残っていた。
だが、船室という特殊な状況ゆえに、国王は完全に手詰まりになっていた。
レイチェルだけでなく、シャノンもリンジーもファビアナも、誰もが勝ったと思った瞬間だった。
『・・・う、ぐ、に、げろ・・・』
だが、あとはこの拳を、国王の顎先目掛けて振り抜くだけという状況で、レイチェルは耳に届いたかすれ声に拳を止めた。
そしてそのまま床に着地すると、大きく後ろに飛び退いて距離を取った。
「レ、レイチェル!なんで止めた!?あのまま・・・」
突然の不可解な行動に、駆け寄ってきたシャノンだが、眉根を寄せて国王を凝視するレイチェルの顔を見て、口をつぐみその視線を追った。
「・・・・・なに、あれ?」
視線の先には、頭を抱えてうずくまった国王がいた。
苦しそうに体を震わせ、呼吸は荒く、とても正常な状態には見えない。
部屋中に広げていた魔力も、不安定に揺らぎ始めている。
しかし一番目を引いたのはその形相だった。
眼球はグルグルと上下左右に動き回り、頬はピクピクと引きつり、口元からは涎を垂れ流している。
ブツブツと吐き出される言葉にならない声は、まるで呪詛のようだった。
「・・・レイチェル、あれは・・・」
このまま見ていて大丈夫なのか?
そう問いかけようとしたが、動きを制するように出された手に、シャノンは言葉を止めた。
戦闘に関しては、レイチェルがはるかに上である。
そのレイチェルが様子を見ると決めた以上、シャノンがこれ以上口を挟む事はなかった。
「・・・逃げろ、と・・・そう聞こえたんだ」
「逃げろ?・・・そう、だから・・・」
だから、攻撃を止めたのか。
前を向き、視線は国王から外さず経緯を話すレイチェル。
シャノンも事情を理解した事で、これからレイチェルが見極めようとしている何かに、力を注ぐ事を決めた。
「・・・アタシはフォローに回るからさ、レイチェルのやりたいようにやりなよ」
左手で、右のシャツの袖をまくり、手の平に魔力を集める。
ここでレイチェルがどんな行動に出ようとも、それをやり遂げさせてみせる。
原因は分からないが、見た限り国王は苦しんでいる。魔力も不安定で乱れているが、それでもいつ襲い掛かってくるか分かったものではない。シャノンはいつでも攻撃魔法を撃てるように構えた。
シャノンの言葉にレイチェルは前を向いたまま頷いた。
『・・・う、うぅ・・・は、はやく・・・に、げる、んだ・・わ、私が、正気で、いる、うちに・・・」
「国王・・・今のあなたが本当のあなたなんですね?」
苦しそうに頭を押さえながら、ゆっくりと顔を上げる国王カークランド。
額には大粒の汗の玉を浮かべ、苦しそうに途切れ途切れに言葉を紡ぎ話す。
しかしレイチェル達に向けるその目は、さっきまでの狂気に満ちたものではなく、確かな人間としての意思があった。
『私は・・・リゴベルト・カークランド・・・ロンズデールの、国王、だ・・・・・勇敢な戦士よ、私が正気でいるうちに、は、はやく・・・船を、下りる、んだ・・・』
「・・・なるほど、あなた自身も何らかの方法で操られているか、それに近い状態という事ですね?ここまでの記憶はあるのですか?あるのならば、私達が引けない事はご存じでしょう?」
ここまでの国王の傍若無人さから、話しに聞いていた人柄とのあまりの違いに、一体どうした事かと思っていた。しかし今は違う。
ほんの二言三言だが、さっきまでとは別人のように違う。
レイチェルはこっちが本当の国王だと確信した。
ならば、この相反する二人の国王は、同じ体に二人の人格が宿ったという事だろうか?
話しに聞いたシンジョウ・ヤヨイのように・・・いや、違う。
似ているとは思うが、シンジョウ・ヤヨイは一つの体に二人の人格が共存していた。
だが、この国王は自分の中のなにかを必死に抑え込んでいる。まるで体乗っ取られないように、意思の力で懸命に戦っているんだ。
精神を操作する魔法はある。
以前、レイジェスに襲撃をかけてきたディーロ兄弟。
ヤツらは、町の人を魔法で操り自我を失わせて暴徒に変えていた。
今の国王の状態はそれに近いと思う。
しかし、国王は暴走はしなかった。別人のように変わってしまうが自我を持っていた。
もしこれが、あの時の町の人にかけられた魔法と同じならば、精度はまるで違う。
もしくはラルス・ネイリーの薬か・・・・・
『何もかも・・・すべて、分かっている・・・もう、カーンは止められ、ない・・・カ、カーンは、いざとなれば、この船を、沈める事も、躊躇わんだろう・・・だ、だから、は、早く・・・逃げ・・・』
「国王、ちょっとごめんなさい」
国王が言い終わらない内に視界からレイチェルが消えた。
一瞬のうちに距離を詰めたレイチェルの手刀が国王の首を打ち、カークランドの意識はそこで途切れた。
「レイチェル、いいの?」
正面から倒れる国王を受け止めたレイチェルに、後ろシャノンが声をかける。
聞く事は沢山あった。
今の国王の状態についても、聞ける時に聞いておかないでよかったのか?
シャノンの言いたい事はすべて分かっていた。
「これでいい。あのままじゃ国王の精神が持たなかっただろう。起きた時に、またクラッカーがどうの言い出したら、もう一度眠らせてやるさ」
「・・・そう。うん、分かった。そこらへんはレイチェルに任せるよ。説得はできなかったけど、これで時間は稼げる。行こうか」
シャノンは懐から明鏡の水を取り出すと、自分とレイチェル、そして国王に吹き付けた。
レイチェルの首を押さえつける空気の輪が、国王の魔力操作で絞られそうになった瞬間、下から上へと放たれた風の刃がそれを切り裂いた。
「なっ!?なんだ!?」
国王には予想すらできなかった事だった。
現在この部屋で立って動いているのは自分と赤毛の女、それ以外誰もいないはずなのに、突如風魔法が放たれ空気の輪を切ったという事実に驚き、思考が一瞬停止する。
国王の動きが止まった事を見てか、続け様に両手首、両足首、そして腹、レイチェルを天井に拘束する全ての空気の輪に、ウインドカッターがあてられ切り裂かれる。
天井に張りつけにされても、レイチェルが全く動じる事のなかった理由がこれである。
腕力で抜け出す事は難しそうではあったが、自分を拘束している枷は空気を圧縮した輪である。
鉄のように固い物ではない。ならば風の刃で切る事は可能であろう。
そして彼女ならばレイチェルが声に出さずとも、それを見抜き行動に移してくれるはず。
付き合いは短いが、今日まで密度の濃い時間を共に過ごした仲間。
黒魔法使いシャノン・アラルコンへの信頼である。
「レイチェル!かましてやりなよ!」
数発の風魔法を使った事で、シャノンの体を透明化させていた明鏡の水が飛ばされ、その姿をあらわにする。強い意思を持ったその黒い瞳は、天井から落ちて来るレイチェルを見据え、声を大にして叫んだ。
レイチェルは拘束がとけた瞬間、前転の要領で体を回し、両足を天井に当てると強く蹴りつけた。
本来の落下速度に加えて、更に加速して飛んでくるレイチェルが狙うは、国王カークランド。
手の内を晒してしまった以上、風の固砲も二度目は通用しない。
真正面から同じ技を続けて受けるようでは、レイチェルは今の立場にいない。
今度こそ眠ってもらうよ!
国王の頭上を完全に捉え、レイチェルは顔の横で拳を構えた。
手を伸ばせば届く距離。そしてレイチェルのハンドスピードは、国王では反応すらできない。
この状態で魔法使いの国王には、レイチェルの攻撃から身を護る手段はない。
これが外での戦いならば、上級魔法を使う事もでき、まだ戦うすべは残っていた。
だが、船室という特殊な状況ゆえに、国王は完全に手詰まりになっていた。
レイチェルだけでなく、シャノンもリンジーもファビアナも、誰もが勝ったと思った瞬間だった。
『・・・う、ぐ、に、げろ・・・』
だが、あとはこの拳を、国王の顎先目掛けて振り抜くだけという状況で、レイチェルは耳に届いたかすれ声に拳を止めた。
そしてそのまま床に着地すると、大きく後ろに飛び退いて距離を取った。
「レ、レイチェル!なんで止めた!?あのまま・・・」
突然の不可解な行動に、駆け寄ってきたシャノンだが、眉根を寄せて国王を凝視するレイチェルの顔を見て、口をつぐみその視線を追った。
「・・・・・なに、あれ?」
視線の先には、頭を抱えてうずくまった国王がいた。
苦しそうに体を震わせ、呼吸は荒く、とても正常な状態には見えない。
部屋中に広げていた魔力も、不安定に揺らぎ始めている。
しかし一番目を引いたのはその形相だった。
眼球はグルグルと上下左右に動き回り、頬はピクピクと引きつり、口元からは涎を垂れ流している。
ブツブツと吐き出される言葉にならない声は、まるで呪詛のようだった。
「・・・レイチェル、あれは・・・」
このまま見ていて大丈夫なのか?
そう問いかけようとしたが、動きを制するように出された手に、シャノンは言葉を止めた。
戦闘に関しては、レイチェルがはるかに上である。
そのレイチェルが様子を見ると決めた以上、シャノンがこれ以上口を挟む事はなかった。
「・・・逃げろ、と・・・そう聞こえたんだ」
「逃げろ?・・・そう、だから・・・」
だから、攻撃を止めたのか。
前を向き、視線は国王から外さず経緯を話すレイチェル。
シャノンも事情を理解した事で、これからレイチェルが見極めようとしている何かに、力を注ぐ事を決めた。
「・・・アタシはフォローに回るからさ、レイチェルのやりたいようにやりなよ」
左手で、右のシャツの袖をまくり、手の平に魔力を集める。
ここでレイチェルがどんな行動に出ようとも、それをやり遂げさせてみせる。
原因は分からないが、見た限り国王は苦しんでいる。魔力も不安定で乱れているが、それでもいつ襲い掛かってくるか分かったものではない。シャノンはいつでも攻撃魔法を撃てるように構えた。
シャノンの言葉にレイチェルは前を向いたまま頷いた。
『・・・う、うぅ・・・は、はやく・・・に、げる、んだ・・わ、私が、正気で、いる、うちに・・・」
「国王・・・今のあなたが本当のあなたなんですね?」
苦しそうに頭を押さえながら、ゆっくりと顔を上げる国王カークランド。
額には大粒の汗の玉を浮かべ、苦しそうに途切れ途切れに言葉を紡ぎ話す。
しかしレイチェル達に向けるその目は、さっきまでの狂気に満ちたものではなく、確かな人間としての意思があった。
『私は・・・リゴベルト・カークランド・・・ロンズデールの、国王、だ・・・・・勇敢な戦士よ、私が正気でいるうちに、は、はやく・・・船を、下りる、んだ・・・』
「・・・なるほど、あなた自身も何らかの方法で操られているか、それに近い状態という事ですね?ここまでの記憶はあるのですか?あるのならば、私達が引けない事はご存じでしょう?」
ここまでの国王の傍若無人さから、話しに聞いていた人柄とのあまりの違いに、一体どうした事かと思っていた。しかし今は違う。
ほんの二言三言だが、さっきまでとは別人のように違う。
レイチェルはこっちが本当の国王だと確信した。
ならば、この相反する二人の国王は、同じ体に二人の人格が宿ったという事だろうか?
話しに聞いたシンジョウ・ヤヨイのように・・・いや、違う。
似ているとは思うが、シンジョウ・ヤヨイは一つの体に二人の人格が共存していた。
だが、この国王は自分の中のなにかを必死に抑え込んでいる。まるで体乗っ取られないように、意思の力で懸命に戦っているんだ。
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以前、レイジェスに襲撃をかけてきたディーロ兄弟。
ヤツらは、町の人を魔法で操り自我を失わせて暴徒に変えていた。
今の国王の状態はそれに近いと思う。
しかし、国王は暴走はしなかった。別人のように変わってしまうが自我を持っていた。
もしこれが、あの時の町の人にかけられた魔法と同じならば、精度はまるで違う。
もしくはラルス・ネイリーの薬か・・・・・
『何もかも・・・すべて、分かっている・・・もう、カーンは止められ、ない・・・カ、カーンは、いざとなれば、この船を、沈める事も、躊躇わんだろう・・・だ、だから、は、早く・・・逃げ・・・』
「国王、ちょっとごめんなさい」
国王が言い終わらない内に視界からレイチェルが消えた。
一瞬のうちに距離を詰めたレイチェルの手刀が国王の首を打ち、カークランドの意識はそこで途切れた。
「レイチェル、いいの?」
正面から倒れる国王を受け止めたレイチェルに、後ろシャノンが声をかける。
聞く事は沢山あった。
今の国王の状態についても、聞ける時に聞いておかないでよかったのか?
シャノンの言いたい事はすべて分かっていた。
「これでいい。あのままじゃ国王の精神が持たなかっただろう。起きた時に、またクラッカーがどうの言い出したら、もう一度眠らせてやるさ」
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