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1289 風の想い
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「驚きましたねぇ、四勇士のライース・フィゲロアともあろう男が、まさか身を投げ出してまで逃げの一手を打つとは」
パウンド・フォーの麓、ゆるかな川沿いに立つチョコレート色の肌の男は、足元に倒れる男ライース・フィゲロアに目を向けて、口の端を持ち上げた。
短く刈り込んだ黒髪、太い眉、ダークブラウンのボディアーマーを身に纏っているが、アーマーの上からでも分かるくらい男の筋肉は盛り上がっており、太腿にいたってはまるで丸太のようだった。
どんな大男かと思いきや、男の身長は160cmにも満たないくらいだった。だがこのチョコレート色の肌の男から発せられる、ある一定のレベルを超えた強者のみが纏えるオーラのようなものが、男を実際の背丈よりもはるかに大きく見せていた。
じっとフィゲロアを見つめたあと、男はその傍らで倒れている、黒髪の女に目を向けた。
女の顔からは血の気が失せ、呼吸はしているのかいないのか分からないくらいに小さい。
その命はもはや消えかかっている。だがまだ生きていた。
頭から血を流し、ローブもボロボロに破れているフィゲロアに比べ、女の方は目立った外傷が無い。
おそらくフィゲロアが身を挺して護ったのだろう。
「アゲハ・シンジョウ、すばらしい戦いでしたよ。ですが詰めがあまかったですね。さっさと首を刎ねておけばこうはならなかったでしょう。今の状況はあなたが自ら招いた結果です」
苦言を呈しているがその表情はにこやかで、この状況を楽しんでいるようにすら見える。
「マルコス様、その方達も治療させてください」
傍らに付き従うように立っていた、白いローブを身に纏った金色の髪の女性が、チョコレート色の肌の男、マルコス・ゴンサレスに声をかけた。
年齢は二十台後半くらいだろう。胸にかかるくらいの長い髪は毛先がカールしており、落ち着いた声色と相まって柔らかい印象がある。
微笑みを絶やさない桃色の唇、パッチリとした青い瞳には優しさが満ちていた。
「アリス、もちろんですよ。二人ともこのまま死なすには惜しい者達です。しかし、彼女、アゲハは外傷よりも深刻な症状を患っているようですね。あなたのキュアなら治せますか?」
「はい。お任せください」
マルコス・ゴンサレスが脇に体を動かし場所を空けると、アリスと呼ばれた白魔法使いの女性は腰を下ろして、アゲハの頬に手を当て、それから血の滲む腹部に視線を移した。
「・・・だいぶ血を失ってますね・・・マルコス様、お腹を縛っている布を解きますので、あちらを向いてくださいますか?」
「おっと、これは失礼しました。では私は後ろを向いてますので、治療はお任せしましたよ」
「はい・・・あれ、なんだか布が透けて、ちょっと動いてるような・・・?」
アリスに言われてマルコスが体ごと後ろを向くと、アリスはアゲハのお腹を縛る布を解き、そして驚きのあまり目を見開いた。
アゲハ達の戦いを、ある魔道具で遠くから見ていたマルコス達は、アゲハが何をされて今の状態に陥ったのかを把握している。
だからこそアゲハとフィゲロアがここに倒れていても、淡々と冷静に対処していたのだが、こればかりは予想していなかった。
いや、予想できるはずもない事であり、これを目にしたアリスが一瞬言葉を失い、固まってしまう事も無理のない事だった。
「・・・これは・・・・・緑色の風、ですか?・・・まさかこれが噂に聞いた・・・」
ジャロン・リピネッツの呪いの刃に刺されたアゲハの肉体は、本来であればすでに腐り落ちているはずだった。
刺されてからフィゲロアが背負って走り、途中で帝国軍と一戦交え、そして斜面を転げ落ちて今に至るまでそれなりに時間は経っている。呪いの刃の力を考えれば、ここまで持つはずがないのだ。
ではなぜアゲハはここまで命を繋ぐ事ができたのか?
「これが風の精霊、ですか?」
呪いの刃で刺された傷口を、緑色の風が覆っていたのだ。
アリスの言葉通り、この緑の風は精霊である。そして風の精霊は、傷口から広がる腐敗を、一定のところで止め抑えていたのだった。
「ほぉ、これはこれは、なかなか興味深いですねぇ・・・」
「あ、マルコス様、後ろを向いてくださいとお伝えしたではありませんか?女性のお腹ですよ?」
風の精霊という言葉を耳にしたマルコスは、アリスの後ろから顔を覗かせると、布を解き傷口が露わになったアゲハの腹部に目を向けた。
窘めるアリスの言葉も、まるで聞いていない。
「ふむ・・・これが噂に聞いた緑色の風ですか。見たところ、腹の刺し傷から腐敗が広がっているようですが、胸にまでは届いてませんね。この風が進行を抑えているという事ですか。素晴らしい力ですね」
「はい、精霊の力とは不思議なものですね。おそらく失血による体の衰弱も最小限に抑えているのでしょう。白魔法使いの私が見た印象では、この女性は今生きている事が奇跡と言えます。風の精霊が消えそうな命を紡いでいるのですね」
「アゲハ・シンジョウはずいぶん大切に想われているのですね。精霊がここまでするとは・・・それだけ心を通じあわせたのか、あるいは彼女自身に精霊を引き付けるなにかがあるのか・・・いずれにしろ興味深いですねぇ。ぜひお話ししてみたいものです。アリス、腐敗はキュアで治療できますか?」
「・・・正直に申し上げますと、身体を腐らせる症状は初めて見ます。ですが・・・」
そこで言葉を切ると、アリスはアゲハの腹部の傷口に右手をかざした。
「・・・なんとかなりそうです」
ニコリとマルコスに笑いかけると、アリスの右手が淡く輝きだした。
「その自信、さすがですねぇ。では四勇士エステバン・クアルトの姉、アリス・クアルトの実力を見せていただきましょうか」
パウンド・フォーの麓、ゆるかな川沿いに立つチョコレート色の肌の男は、足元に倒れる男ライース・フィゲロアに目を向けて、口の端を持ち上げた。
短く刈り込んだ黒髪、太い眉、ダークブラウンのボディアーマーを身に纏っているが、アーマーの上からでも分かるくらい男の筋肉は盛り上がっており、太腿にいたってはまるで丸太のようだった。
どんな大男かと思いきや、男の身長は160cmにも満たないくらいだった。だがこのチョコレート色の肌の男から発せられる、ある一定のレベルを超えた強者のみが纏えるオーラのようなものが、男を実際の背丈よりもはるかに大きく見せていた。
じっとフィゲロアを見つめたあと、男はその傍らで倒れている、黒髪の女に目を向けた。
女の顔からは血の気が失せ、呼吸はしているのかいないのか分からないくらいに小さい。
その命はもはや消えかかっている。だがまだ生きていた。
頭から血を流し、ローブもボロボロに破れているフィゲロアに比べ、女の方は目立った外傷が無い。
おそらくフィゲロアが身を挺して護ったのだろう。
「アゲハ・シンジョウ、すばらしい戦いでしたよ。ですが詰めがあまかったですね。さっさと首を刎ねておけばこうはならなかったでしょう。今の状況はあなたが自ら招いた結果です」
苦言を呈しているがその表情はにこやかで、この状況を楽しんでいるようにすら見える。
「マルコス様、その方達も治療させてください」
傍らに付き従うように立っていた、白いローブを身に纏った金色の髪の女性が、チョコレート色の肌の男、マルコス・ゴンサレスに声をかけた。
年齢は二十台後半くらいだろう。胸にかかるくらいの長い髪は毛先がカールしており、落ち着いた声色と相まって柔らかい印象がある。
微笑みを絶やさない桃色の唇、パッチリとした青い瞳には優しさが満ちていた。
「アリス、もちろんですよ。二人ともこのまま死なすには惜しい者達です。しかし、彼女、アゲハは外傷よりも深刻な症状を患っているようですね。あなたのキュアなら治せますか?」
「はい。お任せください」
マルコス・ゴンサレスが脇に体を動かし場所を空けると、アリスと呼ばれた白魔法使いの女性は腰を下ろして、アゲハの頬に手を当て、それから血の滲む腹部に視線を移した。
「・・・だいぶ血を失ってますね・・・マルコス様、お腹を縛っている布を解きますので、あちらを向いてくださいますか?」
「おっと、これは失礼しました。では私は後ろを向いてますので、治療はお任せしましたよ」
「はい・・・あれ、なんだか布が透けて、ちょっと動いてるような・・・?」
アリスに言われてマルコスが体ごと後ろを向くと、アリスはアゲハのお腹を縛る布を解き、そして驚きのあまり目を見開いた。
アゲハ達の戦いを、ある魔道具で遠くから見ていたマルコス達は、アゲハが何をされて今の状態に陥ったのかを把握している。
だからこそアゲハとフィゲロアがここに倒れていても、淡々と冷静に対処していたのだが、こればかりは予想していなかった。
いや、予想できるはずもない事であり、これを目にしたアリスが一瞬言葉を失い、固まってしまう事も無理のない事だった。
「・・・これは・・・・・緑色の風、ですか?・・・まさかこれが噂に聞いた・・・」
ジャロン・リピネッツの呪いの刃に刺されたアゲハの肉体は、本来であればすでに腐り落ちているはずだった。
刺されてからフィゲロアが背負って走り、途中で帝国軍と一戦交え、そして斜面を転げ落ちて今に至るまでそれなりに時間は経っている。呪いの刃の力を考えれば、ここまで持つはずがないのだ。
ではなぜアゲハはここまで命を繋ぐ事ができたのか?
「これが風の精霊、ですか?」
呪いの刃で刺された傷口を、緑色の風が覆っていたのだ。
アリスの言葉通り、この緑の風は精霊である。そして風の精霊は、傷口から広がる腐敗を、一定のところで止め抑えていたのだった。
「ほぉ、これはこれは、なかなか興味深いですねぇ・・・」
「あ、マルコス様、後ろを向いてくださいとお伝えしたではありませんか?女性のお腹ですよ?」
風の精霊という言葉を耳にしたマルコスは、アリスの後ろから顔を覗かせると、布を解き傷口が露わになったアゲハの腹部に目を向けた。
窘めるアリスの言葉も、まるで聞いていない。
「ふむ・・・これが噂に聞いた緑色の風ですか。見たところ、腹の刺し傷から腐敗が広がっているようですが、胸にまでは届いてませんね。この風が進行を抑えているという事ですか。素晴らしい力ですね」
「はい、精霊の力とは不思議なものですね。おそらく失血による体の衰弱も最小限に抑えているのでしょう。白魔法使いの私が見た印象では、この女性は今生きている事が奇跡と言えます。風の精霊が消えそうな命を紡いでいるのですね」
「アゲハ・シンジョウはずいぶん大切に想われているのですね。精霊がここまでするとは・・・それだけ心を通じあわせたのか、あるいは彼女自身に精霊を引き付けるなにかがあるのか・・・いずれにしろ興味深いですねぇ。ぜひお話ししてみたいものです。アリス、腐敗はキュアで治療できますか?」
「・・・正直に申し上げますと、身体を腐らせる症状は初めて見ます。ですが・・・」
そこで言葉を切ると、アリスはアゲハの腹部の傷口に右手をかざした。
「・・・なんとかなりそうです」
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