1,328 / 1,560
1327 意趣返し
しおりを挟む
指は動く。
ボタボタと血が流れ出るわりには、傷はそこまで深くないようだ。
このグローブのおかげだな。
左手のズタズタに裂けた黒いグローブ。これは俺がロンズデールに行った時、ジャレットさんとシルヴィアさんが作ってくれたグローブだ。
鉄糸という、鉄と同じ硬度を持つ特殊な糸で編まれていて、正面から剣とぶつかり合う事ができる代物だった。
しかし・・・・・
「このグローブが無かったら・・・」
おそらく指は落ちていただろう。
鉄糸を使用したグローブをはめていたからこそ、この程度で済んだと考えるべきだ。
それだけ鋭い何かで切られたのだ。生身であれば指なんて、バターのように簡単に切り落とせるはずだ。
しかし攻撃の正体が分からない。見たままを言えば、殴ったら拳が切り裂かれていた。
その攻撃も、仕草も気配も一切が感じ取れなかった。いったいなにをされたんだ?
その疑問に答えるように、正面から嘲笑混じりの声が届いた。
「戦闘中にいつまで呆けておるつもりじゃ?」
ハッとして意識を拳から正面に戻す。
正面の老人から注意が外れていた時間は短い、ほんの2~3秒だっただろう。
それだけの時間があれば、攻撃をしかけるには十分だったはずだ。しかし俺が正面に向き直っても、深紅のローブを纏った白髪の老人は、同じ場所に立ったまま一歩も動いていなかった。
お互いの距離はおよそ4~5メートル。
白魔法使いの老人では、数秒で詰める事ができる距離ではなかったのかもしれない。
しかし一歩も動いていないという事は、そもそも自分から攻撃をしかけようとする意志が無かったのではないか?
「・・・余裕のつもりか?」
「なんの話しだね?それよりもかかってこないのか?こんな老いぼれに怖気づくとは情けない。ボクシングとやらも大した事がないようじゃのう」
アラタの強い視線も涼しい顔で受け流すカカーチェは、深紅のローブから右手を出すと、白く長い髭を指先で摘みながら笑った。
「お前ッ!」
安い挑発だったが、アラタには効果てきめんだった。
仕事も続かず、なんでも投げ出しがちでダメな男だった自分が、唯一真面目に取り組んだボクシング。
そして村戸修一と自分を繋ぐ、唯一のものがボクシングなのだ。
それをバカにされて冷静でいられるはずがなかった。
ギリっと奥歯を噛み鳴らすと、右足で地面を強く蹴った。
「ボクシングを舐めるなァッ!」
フッ、若造が。何の工夫もなく突っ込んで来るとはな。
なぜ殴られたワシが無傷なのか?なぜ殴った己の拳が切り裂かれているのか?その謎も解かんでどうにかなるとでも思うたか?
ニヤリと笑うカカーチェには、向かって来るアラタに対しての防御をする仕草も何も無かった。
微動だにせず胸を張ってたたずむ様は、いかなる攻撃であっても真正面から受けて見せるという、堂々とした貫禄さえも感じさせる程だった。
「シッ!」
短く息を吐き、目線の高さに構えた右の拳を真っすぐに繰り出した!
アラタの踏み込みは、齢七十の老人にはとても目で追い切れるものではなかった。
右足で地面を蹴り、アラタがカカーチェの懐に入り込んだ時、カカーチェの視線は正面に向けられていたが、完全にアラタから外れていた。
目に映っていても脳の認識が追い付かない。
身体能力の差、そしてカカーチェの動体視力が加齢によりそれだけ衰えているのだ。
無防備なままのカカーチェの顔面を、アラタの右の拳が打ち抜いた!
完璧なタイミング、そしてこれ以上無いと言う程の手応えだった。
ガツン!とまるで金属の棒を思い切り叩きつけたような固い音が響き渡り、カカーチェの体は最初の左ストレートを打ち込んだ時よりも、高く遠くまで飛ばされた。
本来ならばこれで終わりである。
いや、本来と言うのであれば、最初の左ストレートで終わっていなければならない。
しかしカカーチェは最初の左をくらっても無傷だった。
そして今度は必殺の右ストレート。文句なしのあたりだった。
しかし・・・・・
「ぐッ!」
右手に走った鋭い痛みに顔を歪ませる。
やはり・・・予想はしていたが、右手にはめていた黒いグローブがズタズタに切り裂かれ、その下にある生身の拳も傷を負い、血が流れ落ちていた。
そして・・・・・
「・・・お前、本当に魔法使いか?」
今度は目をそらさずにしっかりと見ていた。
自分の右ストレートを顔面に受けて空中に殴り飛ばされたのに、くるりと体を回して両足で軽やかに着地したのだ。
目の前の老人アーロン・カカーチェは、自分を白魔法使いと言った。
しかし本当に白魔法使いであるならば、自分の右ストレートをくらって立っていられるはずがないのだ。
そう、アーロン・カカーチェは右ストレートを受けてもなお、無傷だったのだ。
たった今体が浮く程の拳を顔面に受けたのに、鼻が潰れる事も歯が折れる事もなく、鼻血の一筋さえも出ていなかった。
これは体が頑丈だとかのレベルではない。
「ふっふっふ・・・ワシは魔法使いじゃよ、それも戦闘に最もむかない白魔法使いじゃ。そして貴様はその白魔法使いに殺されるのじゃ」
不敵な笑みを浮かべるカカーチェ。
それは両手から血を流すアラタを見て、すでに勝利を確信しているかのようだった。
ボクサーであるアラタにとって、武器と呼べるのは両の拳だけである。
その拳がどちらも傷だらけになってしまったのだから、カカーチェが勝ったと思っても当然と言える。
しかしカカーチェの思惑は裏切られた。
「・・・そう簡単にいくかな?」
意趣返しのようにアラタも笑った。
「・・・なに?」
「お前の秘密は分かった。その防御方法はもう俺には通用しないぞ」
ボタボタと血が流れ出るわりには、傷はそこまで深くないようだ。
このグローブのおかげだな。
左手のズタズタに裂けた黒いグローブ。これは俺がロンズデールに行った時、ジャレットさんとシルヴィアさんが作ってくれたグローブだ。
鉄糸という、鉄と同じ硬度を持つ特殊な糸で編まれていて、正面から剣とぶつかり合う事ができる代物だった。
しかし・・・・・
「このグローブが無かったら・・・」
おそらく指は落ちていただろう。
鉄糸を使用したグローブをはめていたからこそ、この程度で済んだと考えるべきだ。
それだけ鋭い何かで切られたのだ。生身であれば指なんて、バターのように簡単に切り落とせるはずだ。
しかし攻撃の正体が分からない。見たままを言えば、殴ったら拳が切り裂かれていた。
その攻撃も、仕草も気配も一切が感じ取れなかった。いったいなにをされたんだ?
その疑問に答えるように、正面から嘲笑混じりの声が届いた。
「戦闘中にいつまで呆けておるつもりじゃ?」
ハッとして意識を拳から正面に戻す。
正面の老人から注意が外れていた時間は短い、ほんの2~3秒だっただろう。
それだけの時間があれば、攻撃をしかけるには十分だったはずだ。しかし俺が正面に向き直っても、深紅のローブを纏った白髪の老人は、同じ場所に立ったまま一歩も動いていなかった。
お互いの距離はおよそ4~5メートル。
白魔法使いの老人では、数秒で詰める事ができる距離ではなかったのかもしれない。
しかし一歩も動いていないという事は、そもそも自分から攻撃をしかけようとする意志が無かったのではないか?
「・・・余裕のつもりか?」
「なんの話しだね?それよりもかかってこないのか?こんな老いぼれに怖気づくとは情けない。ボクシングとやらも大した事がないようじゃのう」
アラタの強い視線も涼しい顔で受け流すカカーチェは、深紅のローブから右手を出すと、白く長い髭を指先で摘みながら笑った。
「お前ッ!」
安い挑発だったが、アラタには効果てきめんだった。
仕事も続かず、なんでも投げ出しがちでダメな男だった自分が、唯一真面目に取り組んだボクシング。
そして村戸修一と自分を繋ぐ、唯一のものがボクシングなのだ。
それをバカにされて冷静でいられるはずがなかった。
ギリっと奥歯を噛み鳴らすと、右足で地面を強く蹴った。
「ボクシングを舐めるなァッ!」
フッ、若造が。何の工夫もなく突っ込んで来るとはな。
なぜ殴られたワシが無傷なのか?なぜ殴った己の拳が切り裂かれているのか?その謎も解かんでどうにかなるとでも思うたか?
ニヤリと笑うカカーチェには、向かって来るアラタに対しての防御をする仕草も何も無かった。
微動だにせず胸を張ってたたずむ様は、いかなる攻撃であっても真正面から受けて見せるという、堂々とした貫禄さえも感じさせる程だった。
「シッ!」
短く息を吐き、目線の高さに構えた右の拳を真っすぐに繰り出した!
アラタの踏み込みは、齢七十の老人にはとても目で追い切れるものではなかった。
右足で地面を蹴り、アラタがカカーチェの懐に入り込んだ時、カカーチェの視線は正面に向けられていたが、完全にアラタから外れていた。
目に映っていても脳の認識が追い付かない。
身体能力の差、そしてカカーチェの動体視力が加齢によりそれだけ衰えているのだ。
無防備なままのカカーチェの顔面を、アラタの右の拳が打ち抜いた!
完璧なタイミング、そしてこれ以上無いと言う程の手応えだった。
ガツン!とまるで金属の棒を思い切り叩きつけたような固い音が響き渡り、カカーチェの体は最初の左ストレートを打ち込んだ時よりも、高く遠くまで飛ばされた。
本来ならばこれで終わりである。
いや、本来と言うのであれば、最初の左ストレートで終わっていなければならない。
しかしカカーチェは最初の左をくらっても無傷だった。
そして今度は必殺の右ストレート。文句なしのあたりだった。
しかし・・・・・
「ぐッ!」
右手に走った鋭い痛みに顔を歪ませる。
やはり・・・予想はしていたが、右手にはめていた黒いグローブがズタズタに切り裂かれ、その下にある生身の拳も傷を負い、血が流れ落ちていた。
そして・・・・・
「・・・お前、本当に魔法使いか?」
今度は目をそらさずにしっかりと見ていた。
自分の右ストレートを顔面に受けて空中に殴り飛ばされたのに、くるりと体を回して両足で軽やかに着地したのだ。
目の前の老人アーロン・カカーチェは、自分を白魔法使いと言った。
しかし本当に白魔法使いであるならば、自分の右ストレートをくらって立っていられるはずがないのだ。
そう、アーロン・カカーチェは右ストレートを受けてもなお、無傷だったのだ。
たった今体が浮く程の拳を顔面に受けたのに、鼻が潰れる事も歯が折れる事もなく、鼻血の一筋さえも出ていなかった。
これは体が頑丈だとかのレベルではない。
「ふっふっふ・・・ワシは魔法使いじゃよ、それも戦闘に最もむかない白魔法使いじゃ。そして貴様はその白魔法使いに殺されるのじゃ」
不敵な笑みを浮かべるカカーチェ。
それは両手から血を流すアラタを見て、すでに勝利を確信しているかのようだった。
ボクサーであるアラタにとって、武器と呼べるのは両の拳だけである。
その拳がどちらも傷だらけになってしまったのだから、カカーチェが勝ったと思っても当然と言える。
しかしカカーチェの思惑は裏切られた。
「・・・そう簡単にいくかな?」
意趣返しのようにアラタも笑った。
「・・・なに?」
「お前の秘密は分かった。その防御方法はもう俺には通用しないぞ」
0
あなたにおすすめの小説
私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!
俺! 神獣達のママ(♂)なんです!
青山喜太
ファンタジー
時は、勇者歴2102年。
世界を巻き込む世界大戦から生き延びた、国々の一つアトランタでとある事件が起きた。
王都アトスがたったの一夜、いや正確に言えば10分で崩壊したのである。
その犯人は5体の神獣。
そして破壊の限りを尽くした神獣達はついにはアトス屈指の魔法使いレメンスラーの転移魔法によって散り散りに飛ばされたのである。
一件落着かと思えたこの事件。
だが、そんな中、叫ぶ男が1人。
「ふざけんなぁぁぁあ!!」
王都を見渡せる丘の上でそう叫んでいた彼は、そう何を隠そう──。
神獣達のママ(男)であった……。
正しい聖女さまのつくりかた
みるくてぃー
ファンタジー
王家で育てられた(自称)平民少女が、学園で起こすハチャメチャ学園(ラブ?)コメディ。
同じ年の第二王女をはじめ、優しい兄姉(第一王女と王子)に見守られながら成長していく。
一般常識が一切通用しない少女に友人達は振り回されてばかり、「アリスちゃんメイドを目指すのになぜダンスや淑女教育が必要なの!?」
そこには人知れず王妃と王女達によるとある計画が進められていた!
果たしてアリスは無事に立派なメイドになれるのか!? たぶん無理かなぁ……。
聖女シリーズ第一弾「正しい聖女さまのつくりかた」
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!
Innocentblue
ファンタジー
日本で企業買収の最前線を駆け抜けてきた敏腕社長・二階堂漣司。
裏切りにより命を落としたはずの彼が目を覚ましたのは、
剣と魔法が支配する異世界の戦場だった。
与えられたスキルは《企業買収(M&A)》。
兵士も村も土地も国家さえも、株式として評価・買収・支配できる異能の力。
「ならば、この世界そのものを買い叩く」
漣司は《武装法人二階堂商会》を設立。
冷徹な参謀にして最強の魔導士リュシア、獣人傭兵団、裏社会の戦力――
すべてを子会社として編成し、経済と武力を融合した前代未聞の経営戦争へと踏み出す。
弱小の村を救済し、都市と契約を結び、裏切り者を切り捨て、敵対勢力を力で買収する。
交渉は戦争、戦争は経営。
数字が命運を決め、契約が国境を塗り替える。
やがて商会は、都市国家・ギルド・貴族・宗教勢力すら巻き込み、
世界の価値そのものを再定義する巨大企業へと変貌していく。
これは、剣ではなく契約で世界を制圧する男の物語。
奪うのではない。支配するのでもない。
価値を見抜き、価値を操り、世界に値札を付ける――
救済か、支配か。正義か、合理か。
その境界線を踏み越えながら、蓮司は異世界そのものを経営していく。
異世界×経済×武力が激突する、知略と覇道の武装経営ファンタジー。
「この世界には、村があり、町があり、国家がある。
――全部まとめて、俺が買い叩く」
【完結】奪われたものを取り戻せ!〜転生王子の奪還〜
伽羅
ファンタジー
事故で死んだはずの僕は、気がついたら異世界に転生していた。
しかも王子だって!?
けれど5歳になる頃、宰相の謀反にあい、両親は殺され、僕自身も傷を負い、命からがら逃げ出した。
助けてくれた騎士団長達と共に生き延びて奪還の機会をうかがうが…。
以前、投稿していた作品を加筆修正しています。
神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由
瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。
神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる