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六話
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骸骨姿で、煤けた襤褸同然のローブを身に纏う人を超えた怪物────魔物にカテゴリされるその名を、〝死神〟。
背負うように担がれる漆黒の大鎌の切れ味は、遠目からでもよく分かる。
アレを振るえば、人の首など容易く刈り取れてしまう事だろう。
「……あの老獪、随分と手の込んだ真似をする。どうやって魔物を使役しているのかは知らんが、確実に殺すつもりで仕向けてきたな。しかも、万が一を想定して魔物を用意したか」
人が魔物を使役するなど、聞いた事もない。
特に、魔物の中でも上位に位置する〝死神〟ともなれば余計に。
だけど、レイの物言いから察するに、この事態は老獪呼ばわりされるガナンの仕業なのだろう。
「もしかして殿下って、恨まれてます?」
「恨まれてはないが、嫌われてはいるだろうな。散々、俺に出来る最大限の嫌がらせをあいつらにしてきたから」
レイの場合、第二王子派だったガナンと仲良くする理由はない。
私がレイの立場でも、散々に嫌がらせをしてやったと思う。
その結果、思うように動かないレイをガナン達が毛嫌いを始めた、と。
「恐らく、お披露目パーティーの前日に貴女を呼び寄せた事で勝手に決めつけたんだろうな。散々縁談を拒み続けてきた俺が、貴女を迎えた、と。で、ミレニアムと縁を結ぼうとする俺の魂胆と、中立派だったミレニアムをここで潰そうと試みた、といった筋書きか」
「私をこの場で殺して、魔物の件も含めて全てを私に押し付ける。そしてミレニアムの悪評を吹聴して、一石二鳥という訳ですか」
「……そうだ。というか、こんな状況にもかかわらず、随分と冷静だな」
レイは私の様子に驚いていた。
でも、その理由は単純にして明快だ。
「だって、殿下も然程慌てていませんから」
こんな状況で尚、慌てない人間は大きく分けて二種類。
状況を理解出来ない阿呆か。
または、この状況を打開出来る手段を持ち合わせているかの二つ。
間違ってもレイは前者ではない。
ならば、対処する手段があるのだろう。
なのに私が一人慌てても迷惑なだけだ。
……もっとも、魔女だった過去を持つ私もレイと同様にこの状況で慌てる必要はあまりない。
ただ、引っ掛かりを覚えるのは私だけだろうか。
用意周到に、己の欲を満たすためならば人を殺す事さえも躊躇わない老獪が、公言をしていなかったからといってレイの技量を見誤るだろうか。
答えは────否。
事実、そんな与し易い相手ならばかつての私がドジを踏んで死ぬ事はなかった。
それは、間違いなく。
だが、それも相まって私は過去を懐かしんでしまう。
「魔法陣展開」
レイが程なく展開する魔法陣。
そのやり方は、かつての私が教えた時のまま。きっと、愚直に学び続けていたのだろう。
私に、魔法を教えてくれと言ってきたあの時から。だから、少しだけ感傷に浸ってしまう。
『────俺に魔法を、教えてくれ****』
遠い遠い昔。
私にとって前世にあたる記憶。
ある日唐突に、私はまだ幼かったレイから魔法の教えを乞われていた。
『あんたに守られっぱなしはみっともないだろ。これじゃ、恩が溜まる一方だ』
『……いや、別に恩を着せるつもりはこれっぽっちもないんだけど』
レイを助けたその時から、恩を返せよと迫る気はこれっぽっちもないよ?
と答えると、何故かレイはこの分からず屋。と言いたげな表情を浮かべていた。
『と、兎に角、自分の身くらい自分で守りたい。それに、いつかはあんたへの恩返しもしたいしな』
『……まあ、レイに家事の才能はなかったからなあ』
『う、うっさい』
出会ってから、一年ほど。
出会ったばかりの頃は、殆ど会話すらまともにしなかったのに、最近じゃこうして揶揄ったり、笑い合ったりするようになった。
当初、俺も何かすると言ったレイが家事の協力を申し出てくれたが、料理は壊滅的。
他の家事も、惨事になる結果が多く、協力というより妨害のレベルだったのでレイが自ら身をひくという展開に見舞われていた。
今回の魔法の件は、きっとそれもあってのこと。
『でも、レイには魔法の才能はあると思うし、教える事は構わないんだけど……』
『構わないけど、なんだよ』
『恩を返そうとか、そんな事は思わなくてもいいからね』
────これは私が、好きにやっている事なんだから。
もうかれこれ数百回以上、口にし続けていた言葉だった。
『……心配しなくていい。これはただの建前だ』
『えー。それはそれでなんか悲しいなあ』
『俺にどうしろってんだ』
笑い合う。
純粋過ぎるというか、なんというか。
レイをこうして揶揄うのが私の日課のようなものだった。
『ま、冗談はさておき。私への恩返しが建前なら、本当の理由は?』
『……あんたは、俺にとって家族みたいなもんだからな』
実の兄弟から、殺されかけて。
実の父は助けの手を一切差し伸べてはくれず。近しい人間は、全て自分を見捨てた。
一年前、そんな境遇だったレイを助け、こうして一年ほど共に過ごしている私の存在は、レイにとって実の家族よりもよっぽど家族らしい存在なのだと。
『大事なやつを守りたいって思うのは、別におかしくはないだろ』
可愛いやつめ、とレイの頭をわしゃわしゃと撫で回していた記憶を最後に、現実に引き戻される。
魔法陣を展開し、〝死神〟の殲滅を試みるレイの姿を視認。
迸る雷光は、修練の歳月を思わせる練度。
でも、それでは足りなかった。
〝死神〟を殲滅する事に問題はない。
だけどそれだけでは、ガナンの思惑までをどうにかする事は難しい。
でも、悪いのはレイじゃない。
かつての私も、ガナンの策略に引っ掛かり、ドジを踏んで死んだ。
あえていうなら、巧妙な罠を仕掛けたガナンが一枚上手であっただけの話。
しかしそれは、私がいなければの話だが。
「流石に、同じ手を食らう気はないんだよね」
防ごうと試みれば、私が魔女である事が露見する可能性は高いだろう。
使う魔法は、かつての己がよく使っていた魔法だから。
でも、たとえそうなるとしても、それ以上に同じ手で二度も殺されてやる気にはなれなかった。
「魔法陣展開」
背負うように担がれる漆黒の大鎌の切れ味は、遠目からでもよく分かる。
アレを振るえば、人の首など容易く刈り取れてしまう事だろう。
「……あの老獪、随分と手の込んだ真似をする。どうやって魔物を使役しているのかは知らんが、確実に殺すつもりで仕向けてきたな。しかも、万が一を想定して魔物を用意したか」
人が魔物を使役するなど、聞いた事もない。
特に、魔物の中でも上位に位置する〝死神〟ともなれば余計に。
だけど、レイの物言いから察するに、この事態は老獪呼ばわりされるガナンの仕業なのだろう。
「もしかして殿下って、恨まれてます?」
「恨まれてはないが、嫌われてはいるだろうな。散々、俺に出来る最大限の嫌がらせをあいつらにしてきたから」
レイの場合、第二王子派だったガナンと仲良くする理由はない。
私がレイの立場でも、散々に嫌がらせをしてやったと思う。
その結果、思うように動かないレイをガナン達が毛嫌いを始めた、と。
「恐らく、お披露目パーティーの前日に貴女を呼び寄せた事で勝手に決めつけたんだろうな。散々縁談を拒み続けてきた俺が、貴女を迎えた、と。で、ミレニアムと縁を結ぼうとする俺の魂胆と、中立派だったミレニアムをここで潰そうと試みた、といった筋書きか」
「私をこの場で殺して、魔物の件も含めて全てを私に押し付ける。そしてミレニアムの悪評を吹聴して、一石二鳥という訳ですか」
「……そうだ。というか、こんな状況にもかかわらず、随分と冷静だな」
レイは私の様子に驚いていた。
でも、その理由は単純にして明快だ。
「だって、殿下も然程慌てていませんから」
こんな状況で尚、慌てない人間は大きく分けて二種類。
状況を理解出来ない阿呆か。
または、この状況を打開出来る手段を持ち合わせているかの二つ。
間違ってもレイは前者ではない。
ならば、対処する手段があるのだろう。
なのに私が一人慌てても迷惑なだけだ。
……もっとも、魔女だった過去を持つ私もレイと同様にこの状況で慌てる必要はあまりない。
ただ、引っ掛かりを覚えるのは私だけだろうか。
用意周到に、己の欲を満たすためならば人を殺す事さえも躊躇わない老獪が、公言をしていなかったからといってレイの技量を見誤るだろうか。
答えは────否。
事実、そんな与し易い相手ならばかつての私がドジを踏んで死ぬ事はなかった。
それは、間違いなく。
だが、それも相まって私は過去を懐かしんでしまう。
「魔法陣展開」
レイが程なく展開する魔法陣。
そのやり方は、かつての私が教えた時のまま。きっと、愚直に学び続けていたのだろう。
私に、魔法を教えてくれと言ってきたあの時から。だから、少しだけ感傷に浸ってしまう。
『────俺に魔法を、教えてくれ****』
遠い遠い昔。
私にとって前世にあたる記憶。
ある日唐突に、私はまだ幼かったレイから魔法の教えを乞われていた。
『あんたに守られっぱなしはみっともないだろ。これじゃ、恩が溜まる一方だ』
『……いや、別に恩を着せるつもりはこれっぽっちもないんだけど』
レイを助けたその時から、恩を返せよと迫る気はこれっぽっちもないよ?
と答えると、何故かレイはこの分からず屋。と言いたげな表情を浮かべていた。
『と、兎に角、自分の身くらい自分で守りたい。それに、いつかはあんたへの恩返しもしたいしな』
『……まあ、レイに家事の才能はなかったからなあ』
『う、うっさい』
出会ってから、一年ほど。
出会ったばかりの頃は、殆ど会話すらまともにしなかったのに、最近じゃこうして揶揄ったり、笑い合ったりするようになった。
当初、俺も何かすると言ったレイが家事の協力を申し出てくれたが、料理は壊滅的。
他の家事も、惨事になる結果が多く、協力というより妨害のレベルだったのでレイが自ら身をひくという展開に見舞われていた。
今回の魔法の件は、きっとそれもあってのこと。
『でも、レイには魔法の才能はあると思うし、教える事は構わないんだけど……』
『構わないけど、なんだよ』
『恩を返そうとか、そんな事は思わなくてもいいからね』
────これは私が、好きにやっている事なんだから。
もうかれこれ数百回以上、口にし続けていた言葉だった。
『……心配しなくていい。これはただの建前だ』
『えー。それはそれでなんか悲しいなあ』
『俺にどうしろってんだ』
笑い合う。
純粋過ぎるというか、なんというか。
レイをこうして揶揄うのが私の日課のようなものだった。
『ま、冗談はさておき。私への恩返しが建前なら、本当の理由は?』
『……あんたは、俺にとって家族みたいなもんだからな』
実の兄弟から、殺されかけて。
実の父は助けの手を一切差し伸べてはくれず。近しい人間は、全て自分を見捨てた。
一年前、そんな境遇だったレイを助け、こうして一年ほど共に過ごしている私の存在は、レイにとって実の家族よりもよっぽど家族らしい存在なのだと。
『大事なやつを守りたいって思うのは、別におかしくはないだろ』
可愛いやつめ、とレイの頭をわしゃわしゃと撫で回していた記憶を最後に、現実に引き戻される。
魔法陣を展開し、〝死神〟の殲滅を試みるレイの姿を視認。
迸る雷光は、修練の歳月を思わせる練度。
でも、それでは足りなかった。
〝死神〟を殲滅する事に問題はない。
だけどそれだけでは、ガナンの思惑までをどうにかする事は難しい。
でも、悪いのはレイじゃない。
かつての私も、ガナンの策略に引っ掛かり、ドジを踏んで死んだ。
あえていうなら、巧妙な罠を仕掛けたガナンが一枚上手であっただけの話。
しかしそれは、私がいなければの話だが。
「流石に、同じ手を食らう気はないんだよね」
防ごうと試みれば、私が魔女である事が露見する可能性は高いだろう。
使う魔法は、かつての己がよく使っていた魔法だから。
でも、たとえそうなるとしても、それ以上に同じ手で二度も殺されてやる気にはなれなかった。
「魔法陣展開」
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