前世は剣帝。今生クズ王子

アルト

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ディストブルグ王国──霊山編

百三十四話 もう一人のヴィンツェンツ『改稿版』

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 * * * *

「しかし、そうかい。あいつは逝ったか」

 永世中立国レガリア王国にて、〝墓荒らし〟と自称する男、イェルク・シュハウザーは煙管キセルを吹かしながら呟く。

「まあ、そういう結末も悪くねえ。おめえさんに関しては、そういう結末でも悪くねえ。何せこれは、前座だからねい。問題があるとすれば、思いの外、ファイの坊主に喋らなかった事くれえか。そのせいで、ファイの坊主が肝心な事実を知らねえまま、、、、、、なんだよなあ」

 キャソックに身を包んだ神父とは思えない悪人面で、口角を吊り上げてイェルクは嗤う。

「あいつらは、どうして〝異形〟が生まれたのか。どうして、世界が地獄に変わったのか。どうして、〝血統技能〟が失われたのか。それをまるで知らないんでい。いや、それは違うか。知らないんじゃなくて、忘れてる、、、、って言った方が正しかったねい」

 ────だから、見落としている。
 ────だから、気付けない。これで終わりではなく、始まりである事に。ここからが、あの時の続きである事に。

「そもそもの話────これで終われるなら、、、、、、、あのヴィンツェンツ化物がクローグを殺したらいいだけの話だっただろい」

 ファイやラティファは、先生と呼び慕っていたヴィンツェンツに対して絶大な信頼を置いてしまっている。
 それこそ、彼が無理と言えば無理なのだろうと躊躇いなく信じてしまえるほどに。

「────単純に、殺せなかったのでは」

 声が割り込む。
 鈴の音のように透き通った女性の声だった。

 挑発にも思えるその発言に、イェルクは一瞬だけ瞠目するも、くつくつと笑い出す。
 荒唐無稽な冗談を口にされた人間の反応のソレだった。

「馬鹿を言えい。あの埒外の化物が、クローグ如きに遅れを取るわけがねえだろい。実際に殺し合ったオイラが断言しよう。アレは、この時代のファイの坊主や帝国の英雄共が可愛く見える程度には、化物だったぜい?」

 イェルク・シュハウザー。
 彼は、元より戦いたいが為に生きる人間。
 所謂戦闘狂の類であった。

 そこに譲れない理由などなく、大義の為に力を振るっている訳でもなく、ただただ強く在りたいという渇望と戦闘欲求に身を委ね続けた傍迷惑な人間だった。

 しかしながら、そんな人間にもプライドはあった。だからこそ、言うのだ。
 どれだけ腹の立つ事実であろうと、曲がりなりにも彼が認めた人間であるから。

「これを言うのは業腹ではあるんだが……オイラは、アレ以上の化物をみた事がねえし、正面から斬り結んでアレに勝てる人間が存在してるとは未だに思えねえ。だからこそ言い切れる。アレが、クローグ如きを殺せねえ訳がねえのよ」

 情はあっただろう。
 躊躇いもあっただろう。
 けれども、ヴィンツェンツはいざとなれば彼にとって〝今現在〟内にいる人間以外は斬れる人間だった。

「だからもし、アレがクローグに殺されたってんなら理由があった筈でい。ヴィンツェンツの手によってクローグを殺すと、マズい事態に陥ると分かっていたか。はたまた────」
「────殺しても、意味がなかったか」
「ああ、その通りだぜい。お師さんよ、、、、、

 何かの為にかつての身内を斬る事は出来るだろう。しかし、その殺生にたった一つとして意味がないとしたら。

 ヴィンツェンツは、殺される選択をしていてもおかしくない性格をしていた。

「とはいえオイラは、前者だと思ってたのよ」

 ファイかラティファがクローグを殺さなければならない理由があった。
 だから、身内に甘いあの化物がこの時代で彼らに託したのだとイェルクも思っていた。

「でもどうやら、違うみてえじゃねえの?」

 破顔する。
 どこまでも好戦的で、歪で、悪辣で、瞳の奥に狂気めいた輝きを湛えながら彼は言う。

「〝まだ何も終わっていない〟。あんたに言われてオイラもよぉやく思い出したぜ。その通りだ。まだ何も終わってねえ」

 誰も彼もが忘れている。
 この時代では、その殆どの人間が覚えてすらなく、知る由もなかった荒れ果てた暗黒期。

 どうして────黒の行商が生まれたのか。
 この世界から解放されよう。とクローグがなぜ、死を囁いたのか。
 どうして────〝血統技能〟があの時代に生まれ、根付いていたにもかかわらず、この時代にはその名残すら欠片も残っていないのか。

「大事な大事な、この清算が残ってやがる」

 獰猛に、イェルクは嗤った。

「だからオイラはあんたに感謝してんだぜい? なあ、あの世界に〝血統技能〟を根付かせた〝三大貴族〟の生き残り。かつてのヴィンツェンツさんよ」

 イェルクの言葉を受けて、雪を想起させる白髪を長く伸ばした女性は口を閉ざした。
 きっとこの場にファイがいたならば、瞠目し、言葉を失っていた事だろう。

 何せ彼女は、ファイにとっての掛け替えの無い家族であり、先生と呼び慕っていたヴィンツェンツにとてもよく似ていたから。

 しかし、彼ではなかった。
 見た目こそ似ているものの、その中身は全くの別人であった。

「その名前で呼ぶな、と伝えた筈ですが?」

 表情に然程の小波すら立っていない。
 けれども、声音には明確な苛立ちと怒りが込められていた。

「それにそもそも、その名前で呼ばれる資格がわたくしにはありません。私は、ヴィンツェンツを名乗る事を許されなかった人間ですから」

 だから、その名前で呼ぶなと彼女は言う。
 彼女にとってヴィンツェンツの名前は、ただの名前と言えぬ程に重いものだったから。

 しかし彼女は知らない。
 その事情を分かっていたからこそ、イェルクはあえてヴィンツェンツと呼んだ事を彼女は理解していなかった。

「なぁに寝ぼけた事を言ってんでい。この時代にソレを怒る人間もいねえだろい? それに、ここにいるヴィンツェンツはお師さん、あんただけでい。ならあんたがヴィンツェンツだ。スペアだろうが、出来損ないだろうが、そんなもんは些事でしかねえ。この時代にあって尚、ヴィンツェンツとしての責務、、を果たそうとしてる人間を認めねえと言う奴がいるなら連れてきな。オイラが殴ってでも言い聞かせてやろう。あんたは紛れもなくヴィンツェンツだってな」

 混沌の坩堝にあったあの時代は、名前の意味など無いに等しかった。
 けれど、その中でも意味を持った名前が幾つか存在した。
 そのうちの一つが、ヴィンツェンツだ。

「意外、ですね」
「ぁん?」
「てっきり、貴方は誰かを慰めるなんて行為を知らないと思ってました」
「くはっ」

 正気かよ、と言うようにイェルクは息で笑った。

「オイラはただ、事実を事実として口にしてるだけでい。それ以上でもそれ以下でもねえ。生憎、女のご機嫌取りにゃ興味ねえのよ。ただその上でもし、ご機嫌を取ってるように聞こえたんなら、そいつはオイラがお師さんを利用しようとしてるからだろうねい」

 本人の目の前で抜け抜けとイェルクはそう言い放つ。
 お師さんと呼んではいるが、彼女はイェルクの師ではない。
 仮初に限りなく近い神父の立場での、師を彼女が引き受けているが故に、名前を知らないイェルクはお師さんと呼んでいるだけだ。

 だから絆も程々に、多少の恩義こそあれど彼らは浅い付き合いでしかなかった。
 それもあって言いたい放題なのだ。

「清々しいですね」
「そういう生き方しか知らないもんでねい。でもそういう人間だったから────悪党でしかないオイラですらも引き込んだんだろい?」
「さあ。どうでしょう」

 意趣返しのように、彼女は嘯いてみせる。
 されるがままにイェルクのペースに呑まれる事を嫌ったのだろう。
 しかし、イェルクの言葉は止まらない。
 彼の性格は元より、そういう事を好む側だから。

「いいや、あんたはそういう人間だぜ。善寄りのな。仮に〝血統技能〟が必要不可欠であっても、相容れねえど畜生は何があっても内にはいれねえ。お師さん。あんたは、そういう人間だ」

 何もかもを見透かしたような表情を浮かべて、イェルクは一層深い笑みを向けた。

 程なく聞こえた溜息は、図星を突かれたからなのか。はたまた、やり取りが疲れたからか。

「……しかし、貴方がこうも協力的だったのは意外でした」
「おかしな事を言うもんだ。ありがたぁい恩を着せてくれたのはお師さん、あんたじゃねえか」

 イェルクは彼女に恩がある。
 それも、ちょっとやそっとではない多大な恩が。

 彼としては無視を決め込んでも良かった。
 義理人情に背を向けて、知らぬ存ぜぬを突き通す選択肢も確かに存在した。
 それを何の躊躇いなく行ってしまえる悪党がイェルクなのだから。

 だからこそ、その言葉は本音を隠す為の隠れ蓑でしかない事をすぐに彼女は理解した。

「そういう事にしておきましょうか」
「悲しいねえ!? オイラにはそんなに信用がないってかい」

 自覚があって、何もかもを分かった上で言っているのだろう。
 本気で言っている素振りはなかった。

「まあ、オイラが嘘吐きな事は自覚してんだがねい? でもよ、割と本気なんだぜこれ」

 そこで初めて、彼女は表情に驚きの色を滲ませた。

「そうでもなきゃ、見せかけだろうがオイラは協力なんてしないぜい? 少なくとも、この清算が終わるまでは協力してやるよ。信じるか信じないかはお師さん次第だが、オイラの考えはそういうこった」

 ────〝墓荒らし〟は誰かの下につく気はねえし、誰を頼る気も、背中を預ける気も、更々ねえ。群れるなんて論外よ。

 それは、イェルクの信条であり、彼にとっての不文律。
 だから、協力を続けてやるという言葉は驚愕して然るべき発言であった。
 少なくとも彼は────あの時代を生きた連中の多くは、己の我を通す為ならば多少の益どころか命すら捨てるような連中であったから。

 それ程に己が信条に重きを置き、抱いた欲望の為にひた走る。そんな迷惑連中だったから。

「別に、無理に信じろとは言わねえよ。とはいえお師さんだって、オイラが必要だろい? 〝血統技能〟が使えるオイラが、よ」
「…………」

 沈黙は、肯定である。

 事情の大半を知る彼らだけは、魔法と血統技能が似て非なるものである事を知っている。
 どうして廃れたのか。
 どうしてその担い手が今の時代に存在しないのか。その大半を。

「見た目は殆ど一緒。効果もオイラ達が見る分には同じだ。精々が少し変わった魔法を使ってる、くれえでい。だから、オイラも言われるまで気が付かなかった」

 ────生まれるに至ったキッカケが、致命的なまでに違う。

 それが、彼女がイェルクに告げた〝血統技能〟と魔法との決定的な違い。

「魔法とは、神からの恩寵です。いうなれば、与えられた力。かれこれ千年近くそういう歴史が連綿と続いているようです」

 敬虔な信徒にしか見えない人間が、まさか魔法の真理を理解する為に内部に入り込み、信徒を演じながら歴史を漁っているとは夢にも思わないだろう。
 全てを聞かされた時、イェルクは腹を抱えて笑ったほどであった。

「ですが────〝血統技能〟は違う」
「あの時代の連中が、魔法みたくどいつもこいつも使えてたせいで勘違いしたが、確かにそうだった気がするねい。戦えねえ奴らは、〝血統技能〟を微塵も使えなかった」

 神から与えられた魔法とは異なり、血統技能は、『神』という存在を殺す為、、、に人類が創り出した希望であり、可能性。
 あの地獄を作り出した張本人────神を殺す為に〝血統技能〟は生み出された。

 相応の覚悟と。憎悪と。怒りと。信念。その全てが揃わなければ〝血統技能〟は応えない。
 そして発現した能力は、その者の魂の形とまで言われていた。

「あの時はほいほいと使える人間が死んでは生えてきた気がするがあ……今じゃあ無理だねい。条件を聞いてしまったからこそ、この時代の人間に〝血統技能〟は万が一にも発現しないだろうぜいとしか言えねえ」

 〝黒の行商〟クローグを始めとして、ヴィンツェンツが手を取り合った仲間達。
 イェルクのような、あの時代に染まり切った狂人ども。数える事が馬鹿らしくなるほどに、使い手はごまんと存在した。
 剣を取るような人間は、決まって〝血統技能〟を扱う事が出来ていたのだ。

 否、扱えないような人間は剣を取ろうと決めた時には既に命を散らしていたが正解か。
 
「この時代の人間にゃ────神に対しての憎悪、、。他はどうにかなっても、この一点だけがどうにもならん」

 クローグの言葉を借りるならば、この時代はあまりに平和に過ぎた。
 どうしようもなく〝異形〟に手を伸ばし、救いとは言えぬ救いに身を委ねなければならなかった時代と比べてあまりに平和だ。

 故にこそ無理なのだ。

 こんな平和な世界で、世の理不尽を嘆き、神とやらへ憎悪を叫ぶにはあまりに満ち足りていた。

「だが、正味オイラはこれでいいとすら思ってるぜい。勿論、オイラの清算を度外視した上で、かつ────」

 平和だ。幸せと平穏がそこらじゅうに溢れている。戦う力がなければ明日を迎える事すらままならず、死に方すら選べない。
 そんなクソのような日々はこの時代には溢れていない。

 だからこそ────これでいいじゃないか。

 平穏を望むならこの現状維持がこれ以上なく正しいだろう。
 過去の清算などは忘れて、この平和を享受する。そんな未来も悪くはないだろう。

「────これが、ずっと続く、、、、、んならの話だが」

 続かないと確信しているからこそ、彼女とイェルクはここにいる。
 こうして、話をしている。

「ところでお師さんよ」
「何でしょう」
「この世界が、あと三月みつきもしないうちに地獄に変わるってえ、あの話。どこまで責任が持てるよ」

 イェルクと彼女が出会った時にはまだ、数年の猶予があった。
 それが刻々と減り、ついには三ヶ月にまで擦り減った。こんなにも平和な世界だというのに、彼女の言葉はあまりに奇想天外に過ぎた。
 だからイェルクは最終確認のように問うた。

「私が本来使っていい言葉ではありませんが────ヴィンツェンツの名にかけて、嘘偽りないと保証しましょう」
「嫌な保証だねい。でも、そうかい。今日まで主張を一切曲げねえって事はつまりそういう事なんだろうねい。まあ、じゃなきゃクローグの野郎をああも熱心に勧誘してるわけがないか」

 彼女がクローグを己側に何度も巻き込もうとしていた事をイェルクは知っていた。

 〝黒の行商〟クローグ。

 埒外の化物だったあの時代のヴィンツェンツのかつての友にして、〝異形〟を蔓延させた大悪党。その力量は、剣帝とまで言わせしめた男と、近接戦闘で伍したほど。

 だから彼女はその力量を買っていた。

「……最後まで振られましたけどね」
「あいつは無理でい。オイラが初めから教えてやってただろい。万が一もなく、お師さんに手を貸す事はねえと」

 ヴィンツェンツを恨んでいた訳ではない。
 単純に、生きる理由と、成したい事が違っただけ。

「あのクソ野郎が救いたかったのは、あの時代に生きた人間よ。元凶への恨みはあるだろう。無念もあるだろう。でも、クローグという男はあの時代の人間が救える訳でもなければ力は貸さない。そういう奴でい。だから、あの地獄を作った元凶への復讐も言ってしまえばもう興味がねえんでい」

 せめてもの抵抗が、己が信じ、あの時代の者達家族への救済を軽んじた人間への報い。たったそれだけだった。

「救えねえ悪党ではあったが、アレはアレなりの信念に殉じてた。文句があるとすりゃ、もう少しファイの坊主に昔語りをしろやって事くれえでい」

 全てを話してくれていれば、もう少し事が楽に進んでいただろうに。

 否、彼らは敵同士なのだからこの場合、あまり話さない方が正しかったのだろうかとイェルクは考える。しかし答えなど分かるはずもなく、思考を放り投げた。

「おかげで随分と面倒なもんが残ってやがる」

 視線は彼女へ。
 その相貌から受け取れる面影。雰囲気。
 殺伐とした空気こそ纏っていないものの、見るものが見れば一目で分かるだろう。

 イェルクが生きた時代でヴィンツェンツを名乗っていた男と瓜二つだと間違いなく。

「しかし、あいつらはお師さんの存在を知ったらどんな反応を見せるだろうねぇ? オイラ達のように、過去から未来へ転生を果たした人間がいる。だから、当然と言えば当然ではあるんだが……あの化物とは別のヴィンツェンツがこの時代にいる、なんて事はよう?」

 その時の反応が楽しみで仕方がないとイェルクは言う。

「ところで、お師さん」
「なんですか?」
「そろそろあんたの名前くらい、教えてくれてもいいんじゃないかねえ?」

 ヴィンツェンツとは、当代の人間が名乗る通名であり、家名であった。
 名前ではあるものの、それは本来の彼女の名前ではない。

 しかし今の今までイェルクは教えて貰うことが出来ていなかった。
 否、彼女が名乗るのを待ち続けていたせいで聞かなかっただけが、正しいか。

「……何故それを」
「言ったろい? オイラはあの時代で、ヴィンツェンツと殺し合った、、、、、ってい。多少は言葉を交わしたのよ。だが今思うと、それこそがあの化物の思う壺だったのかと思っちまうが」

 身内以外に対して極端に興味を持たない冷酷無比な怪物。あの時代から千年遡ろうと彼に敵う人間はいないだろうとイェルクが言わざるを得なかった彼はあろう事かイェルクとの戦闘の最中に幾つか言葉を交わしていた。

 一方的な蹂躙とはいかずとも、舌鋒を弄して気を惹いて────などと小細工をする必要がない程度に実力差があったのに、だ。

「そこで色々と聞いたんでい。今でもアレはトラウマよ。オイラも当時は、あの化物以外が相手なら誰であっても相討ちにまで持ち込める自信しかなかったのによう」
「なる、ほど。貴方の時代にいたヴィンツェンツに話を聞いたのなら納得です。ですが、私の名前を聞いてどうなるというのです。その行為に、何の意味がありますか?」
「ねえぜ? 強いて言うなら、オイラが満足する。そのくらいだろうねい」
「ならば、答える理由はありませんね。そもそも、私はあなた方のような武人ではありませんよ」
 
 誉れを抱いた戦士ではなく、歴史に、誰かの胸に名を刻むという行為に微塵の価値を見出していない。あっけらかんと告げられたその言葉に、イェルクは笑う。
 己と異なる価値観ながら、ここまで清々しいと笑って受け入れるしかなかった。

「……ですが」
「ん?」
「私はあなたの本当の意味での師でもないのに、お師さんと呼ばれ続けている事には、少しむず痒く感じていました。なので────これまでの礼としてであれば、お教えいたします」
「いいねい。なら、そういう事でオイラは構わねえよ」

 折角の礼の機会を、名前一つで消化するのは如何なものか。
 イェルクでなければ誰もが思うであろう感想。しかしながら、元々、誰の手も借りない事を信条としていたイェルクからすれば、貸し借りという概念がそもそも欠落している。

 だから、即答でそんなくだらない事に「イエス」と言えてしまう。
 そんな彼に、白髪の女性は小さな溜息を一つ。

「ノア。ノア・ヴィンツェンツ、、、、、、、です。これで満足ですか、イェルク・シュハウザー」
「イェルクでいいぜ、ノアさんよ。なぁに遠慮する事ぁねえ。オイラ達は、素敵な〝共犯者〟だろい?」
「…………」

 今日一番の深い溜息をノアは漏らす。
 なまじ、イェルクが言っている言葉が間違っていないせいで、否定の言葉も出てこない。

「さあて、漸くお互いの名前が知れた事だ。そんな訳で最後に一つ、確認がしてえんだが」
「確認、ですか?」
「おうよ。今までは黙りこくってたんだが、ここまできたら一蓮托生。そうだろい? だからこその確認よ。あのヴィンツェンツ化物がオイラに向けた言葉が未だに耳から離れねえ。だからその確認でい」

 殺し合いに興じたあの時あの瞬間、死に体のイェルクに向けた言葉が、この時代で記憶を取り戻してからずっと彼の耳に残り続けていた。


「────『今回の贄は、ヴィンツェンツだった』と、あいつはそう言っていた。なあノアさんよ。こいつは、一体どういう事でい?」



* * * *

 帝国での騒動から早、一ヶ月。
 グレリア兄上やフェリ達から滅茶苦茶呆れられながらも、グータラ生活を満喫していた俺の前へ、唐突に一人の神父が訪ねてきた。
 否、こいつを神父と言って良いのかは甚だ疑問が尽きないが、見た目はちゃんと神父だった。

「よぅ、ファイの坊主。久しぶりだねい?」

 〝墓荒らし〟イェルク・シュハウザー。
 レガリア王国の神父にして、俺と同じ転生者。警戒するなと言う方が無理な相手なだけに、うつらうつらとした微睡みが一気にかき消された。

「……衛兵は何をしてるんだか」
「おいオイ! こんなに感じの良い神父さんを警戒する理由がどこにあるんでい!?」
「見るからに怪しいだろ。煙管キセルの臭いを撒き散らす暇があったら、神にでも祈りを捧げてろ」

 敵ではないが、味方でもない。
 帝国の一件では手を貸して貰ったが、関係が関係なだけに彼に気を遣う理由はなかった。

「神、ねえ? 悪りぃがオイラ、神様嫌いなんだわ」
「……じゃあなんで神父なんかやってんだよ」
「そりゃ決まってんだろ? お師さんが教会の関係者だったからでい。都合が良かったからオイラも神父になっちまおうってなった訳さ」

 無茶苦茶過ぎる理由だった。
 やっぱり、こいつを神父と認識はしない方がいいだろう。
 世界中の神父さんに失礼だ。

「それよりも、だ。あの時の付き人の姿が見えねえが」
「四六時中一緒にいる訳ねえだろ。あいつと一緒にいるとおちおち昼寝も出来やしねえ」

 見つかったが最後、働かされるのは目に見えているしな。と心の中で付け足した。

 他の誰かが聞いたならば、罵倒の一つや二つ、飛んできてもおかしくないクズ発言であるという自覚はあった。
 けれども、声を高らかに言いたい。

 何の為に最近まで休みなしで働いたと思っているのだと。

 グータラ生活を送る為に仕方がなく、嫌々、動いていたのだ。
 漸く改心してくれたんですね、殿下! と言われながら、これからはこれまでの分も働きましょうと言われ、王子の責務を果たす為に動いていた訳では断じてない。
 そんな馬鹿な話があって堪るものか。

「ん。そうか。そういう事だったのか。なら、悪い事をしちまったねい」

 何かを考えるような素振りを見せながら、何故かイェルクは申し訳なさそうに俺に告げてくる。
 なんか、凄く嫌な予感がした。

「多分、オイラのせいでファイの坊主の居場所が割れちまったからさ」

 ずどどどど、と地響きのような足音が、葉っぱに隠れるよう、木の枝の上で横になって寛いでいた俺の耳にまで聞こえてくる。
 遅れて、「で~ん~かぁぁぁああああ!!」というラティファの叫び声まで聞こえてきた。
 これはダメだ。非常にまずい。

 分かるようで分からない。
 さぼりの絶好スポットとも言えるこの場所がバレるのは拙いにも程がある。
 というかそもそも、どうしてイェルクこいつは俺の居場所が分かったのだろうか。

「オイラの血統技能は知ってるだろい?」

 表情から内心を読み取ったのか、イェルクはそんな事を口にする。
 彼の血統技能は確か、

「……〝屍骸兵ネフティス〟」
「その応用でねい? 居場所の探知なら、オイラに任せりゃ秒よ、秒」

 実際にこうして、ラティファとフェリの目を掻い潜り続けてきた最高のスポットをこうも簡単に見破られては疑う気も起きない。

「とはいえ、丁度いいねい」
「丁度いい?」

 俺がラティファに捕縛されかけているこの状況が丁度いいとはどう言う事なのだろうか。
 割と本気で殺意が湧いてたが、イェルクは違う違うと言うように首を左右に振る。

「オイラはファイの坊主と、あの付き人に用があったからよう」

 猛スピードで距離を詰めるラティファに視線を向けながら、イェルクは言う。

「ちょいと提案なんだがよ、おめえさんら二人、もう一回レガリアに来ねえかい?」
「……レガリアに? 悪いが、俺はあんたと戦う気はないぞ」

 今でこそ、真面を装ってはいるが、目の前のこの人物は戦いを求めて流離っていた修羅。
 己の欲求のままに戦いを求め続けた傍迷惑な戦狂い。だから、彼の居場所であるレガリアに招かれる理由なぞ、俺にはそれくらいしか思いつかなかった。

「おめえさんとの殺し合いは魅力的な話ではあるが、今回は違うんでい。珍しく、比較的、、、平和な話さ」
「平和な話?」
「過去のことも含め、お師さんがおめえさんらと話をしたいらしい」
「……あの時言ってた恩人か?」
「おうとも。オイラはお師さんって呼んでる。ちゃんとした名前も知ってるんだが、自分の名前を呼ばれる事が好きじゃないみたいでねい」

 帝国に向かおうとする俺達と出くわした時、イェルクは恩師がどうこうと言っていた。
 あの時はそこに触れる時間はなかったが、どうにもその恩師とやらが此方と会いたいと。

「……会う理由があるとは思えないが」
「おいおい、おめえさんも察しが悪いねい。オイラ達を集めて話をしてえって事だぜい? ここまで言やぁ、嫌でも分かると思うんだが」
「────要するに、貴方の恩師もまた、転生者という事ですか」

 此方に到着したラティファが会話に混ざる。

 俺達の共通点といえば、それくらい。
 否、それしかないか。
 察しが悪いと言われた理由を理解した。

「おうよ。んで勿論、ただとは言わねえ。こっちの呼びかけに応じてくれんなら、お師さんは知る限りの事を全て教えてやるんだと」
「……たとえば、どういう事をですか?」
「そうだねい。逆に、何が知りたいよ? きっと、何でも答えられると思うぜい? たとえば、おめえさんらの師が何者であったのか。〝黒の行商〟と呼ばれていたクローグの、正体。んで、どうしてこの時代には〝血統技能〟が失伝しているのか。あの地獄を作った本当の元凶は誰なのか、とかな」

 〝墓荒らし〟イェルク・シュハウザーの恩師が尋常な人間であるとは思っていなかったが、それにしても、である。
 挙げられた全ての疑問に答えられそうな人物に、俺は前世を含め誰一人として心当たりがなかった。
 ラティファも同様だったのだろう。
 信じられないと言わんばかりに表情を歪めていた。

 だから、ハッタリで俺達を何らかの事に巻き込もうとしているだけと思った。
 相手にする必要はない。
 そう思ってイェルクから視線を外そうとしたその瞬間だった。

「話はまだ途中だぜい、ファイの坊主」
「聞く理由がねえ。話をしたいならもっと現実味のあるまともな話を、」
「ノア・ヴィンツェンツ、、、、、、、

 その一言で、空気が凍った。

 緊張が走って、殺伐とした空気に早変わり。

 冗談でも言ってはいけない言葉というものがあった。それを、イェルクが知らない訳もないだろうにという信頼があったからこそ、余計に理性がガリガリと削り取られる。

「そう怖い顔をすんじゃねえよ。言ったろ。別にオイラは殺し合いをしに来た訳じゃねえって。ノア・ヴィンツェンツってのは、オイラのお師さんの名前さ。そんでもって、オイラ達が生きたあの時代よりさらに昔に生きた転生者。……どうよ。ちったあ会う気が湧いてきたろい?」
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