悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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4章

42話 メイド

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「では、ここでお待ち下さい」


 ボルソッチェオ男爵家本館に位置する客間へとアリフィアに案内された俺は、設えられていた来客用の椅子に腰掛ける事なく立ち尽くしたまま、自室へと向かうアリフィアの姿が見えなくなるまで小さくなる背中を目で追う。




「失礼します」


 彼女と入れ替わるようにしてひとりのメイドが客間にやってくる。大きなカゴを手にした女性。
 それを見れば凡その察しはつく。


 メイドの視線は俺の腰。
 下げてある2対の双剣を射抜いていた。


「預ければ良いのか?」
「ええ、こちらに」
「分かった」


 二の句を告げる間も無く即座に手にしていた大きなカゴの中に双剣を置く。


「…………」


 ピクリと。
 双剣を置いた瞬間にメイドの表情が僅かに困惑に歪む。


「分かるか」


 にぃ、と本来とは異なる特注仕様である双剣に違和感を抱いたメイドに向けて破顔する。
 短剣2対。その双剣の違いをわかる人物はそういない。
 元より短剣を扱う者自体が少なく至極当然の事ではあるんだが。


「その双剣は特注品だ。僕用に少し重く作られてる」
「……どうしてです」


 普通、幼い子供が扱うようにと特注される剣は本来の物より軽量化されたものが多い。その中で、見た目非力と思える俺が通常より重い得物を手にする理由が分からなかったのだろう。
 現に素直に尋ねてきた。


「はじめは僕自身の筋力増強の為にと重くしてもらっていたんだが、いつしかその重さがしっくりくるようになってな。折れるような事があればまたその重さで作ってもらうつもりだ」
「……そういう事でしたか」
「かれこれ一年近く握ってる得物だ。愛着もある。丁寧に扱ってくれよ」
「勿論、心得ております」


 用事は以上だろう。
 そう思いメイドから視線を外すや否、まだ話の続きがあったのか、続けて口を開く。


「車椅子の操作、随分なれてらっしゃるんですね」
「なに、昔取った杵柄だ。たまたま僕と車椅子には縁があった。それがたまたま今回役立った。それだけだ」


 もう朧げで、断片としてしか思い出せなくなってきている前世の記憶。その中で俺は誰かの車椅子を確かに押していた。
 その記憶は深く根付いており、乗っていた人は俺にとって大切な人だったんだろう。
 現に、車椅子の操作は頭がちゃんと覚えていた。


「子供の使う言葉じゃありませんね」
「お前は僕を子供として扱ってくれるのか?」


 子供として扱うならそれも構わない、という意図を込めて問うも、答えは首を一度横に振るだけ。


「ならば、気にするな。警戒心が高いのは構わんが、高過ぎるのも考えものだな」
「……何のことでしょう」
「ここにくる途中、殺気を感じた。数は恐らく4。そのうち1人はお前だろう? メイド。僕にだけ向けられていたからアリフィアの護衛なんだと気付けたが、僕でも気づけるレベルだ。気をつけろと伝えておけ」


 あの距離差で気付けるのか…!! と、信じられないモノをみたかのように目を見張る。


「これでも一応貴族の端くれ。自分を守れるくらいに鍛えておくのは当然だろうが。なにを驚く。ただお前達の鍛錬不足なだけだろうが。人を守りたいなら自分を徹底的に追い詰めておけ」
「……申し訳ありませんでした」
「守りたいものが手からこぼれ落ちた時、僕達は自分を殺したくなる程に己を責めることしか出来なくなる。だから鍛錬をする。なに、お前達の守りたいものはまだこぼれ落ちてはいない。ならば精進を重ねれば良いだけの話」
「…………」


 その通りだった。
 ゆえにメイドは口ごもる。
 図星をつかれた事で二の句は告げなくなる。
 しかも、10にも満たない子供に指摘を受けたのだ。その上、やけに実感のこもった言葉を前に、子供だからと責め立てる事すら叶わない。


「お前達がどうしてアリフィアを守るのか。理由なんざ知った話ではないが、ここにいる間は僕も守ってやる。意地を張るやつを放っては置けないタチでな。どうだ、メイド。明日の明朝、僕の鍛錬に付き合う気はないか」


 ここでもやはり、自分を重ねてしまう。
 いや、自分というよりナガレを。
 最早性分。意地を張る奴を見ると目が離せなくなるというか、どこまでも気にかけてしまう。


 このメイドがアリフィアの護衛であるならば、彼女の為にメイドのやる気を触発させておくのも悪くはないと踏んだまで。
 それでも突拍子のない言葉だったからか。
 俺のような幼子の口から出るとは夢にも思わなかった言葉だからか、僅かに惚け、上の空のいった様子で返事を返す。


「ハーヴェン卿の鍛錬に、ですか」
「騎士舎の隅、もしくは庭のどこかを言えば借りれるだろう。そこでやりたい。付き合ってくれるか」
「……分かりました。お付き合い致しましょう」


 逡巡を孕んでいたが返答は是。
 隠れていた護衛の存在を見破った俺のナニカを図りたい。などといった魂胆だろうが別にそこは重要視すべき部分ではない。
 俺がローレン=ヘクスティアに師事し、実力をつけてきたという事実は秘匿しようとしてもいつかバレる。
 どうせバレる実力ならば今バラしたところで問題はさしてない。
 加えて、重要なのはレミューゼ伯爵家へのやり返しを行う事だ。


 彼らは恐らく、有る事無い事飛び交う噂に惑わされまともに俺と戦うことはできなくなるだろう。
 だがそうなれば、事前に実力は知っていたという事で油断をしていた。なんて言い訳も使えなくなる。
 どう転んでも俺にとっては利に繋がる。


「それと、ハーヴェン卿なんて堅苦しい言い方はやめろ。ナガレでいい」
「では、ナガレ様と」


 アリフィアのようにはいかないか。
 と、内心落胆する。だが、これが当たり前の回答だ。
 割り切るしかないか、と俺は許容する事にした。


「……まあいい。ハーヴェン卿よりはマシか」
「それも貴族の宿命で御座います」
「はっ、貴族になんてなるもんじゃないな」
「アリフィア様も常々そう仰られています」


 くすくすと失笑。


「アイツならそう言うだろうな。だがまあ、現実逃避はしないんだろう? あの意地っ張りは」
「よくご存知で」
「アイツは僕と似てるからな。何となくわかる」
「そうですか」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべてメイドはまた笑う。


「そろそろアリフィア様が戻ってくる頃と思われますし、私はこれにて失礼させて頂きます」
「別に急いで立ち去る理由はないと思うが?」


 どこか急いでるような。
 そんな雰囲気ですらあったメイドにどうしてか問いかける。


「殺気というのは、はじめだけではありませんでした?」


 そう言われて思い起こす。
 言われても見れば、感じた殺気はアリフィアの車椅子を押し始めた頃辺りなだけで、本館に着く頃にはその殺気は消えていた。
 メイドがあっさり殺気のでどころを認めた事から、こうして屋敷のメイドとして戻る必要があったから最後の方は感じられなかったのかと思ったがどうやら違うらしい。


「……だったかもしれないな。だが、それが何だ?」
「アリフィア様が人と楽しそうに会話する事は珍しい事なんです。アリフィア様のメイドだからこそ、その時間を邪魔する事は出来かねますのでどうかご容赦を」


 遠回しに楽しそうにしていたから護衛をする必要もないと判断して早々と切り上げたと聞こえる。
 だが。
 俺は引っかかる。
 俺はそんな、人を笑顔に、幸せにさせれるような人間じゃない。
 どちらかというと、その逆だ。
 俺の目の前で優しかった人達は死んでいったし、俺のせいで不幸になったやつだって知ってる。


 だから俺は自嘲気味に笑う。


「はっ、お前が僕をどう思おうが勝手だが人を美化し過ぎだ。僕はお前が思うほど、綺麗な人間じゃない」
「それでも、構いませんよ。綺麗な人間じゃなくとも」
「ほぅ?」
「アリフィア様が心を開きかけているのは貴方です。ナガレ様。であるならば、貴方が悪人だろうが善人だろうが瑣末な事。私共はアリフィア様の人を見る目を信頼しているので」
「……はぁ」


 コイツにはこれ以上何を言っても無駄だなと悟り、ため息をもらす。刹那、丁度ゴリゴリと車輪のようなものが立てる音が聞こえてくる。


 なんてタイミングだよと思いながらもドアを押し開けて中へ入ろうとする彼女に向かって言い放つ。


「お前の人を見る目は腐ってるぞ。取り返しのつかない失態をおかす前に治癒師にでも一度見てもらっとけ」
「え、えぇ? ど、どういう事、ですか……?」
「ただの照れ隠しですよアリフィア様。歳上らしく、ここは温かく見守って差し上げましょう」
「???」


 話の内容を一切理解出来ていないアリフィアは疑問符を浮かべ、有る事無い事言いふらされた俺はキッ、とメイドを睨め付ける。
 そんな眼光を柳に風と受け流し、ふふふっと笑うメイド。


 この場はもはや、カオスだった。
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