【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある死神の師匠は、弟子のお陰で安堵する

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 俺の弟子であるグリムは、どんな時でも真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎるが故に困る時もあるっちゃあるが……今回はそのどストレートさに助けられたな。

 お陰で向かいのソファーに腰掛けるバアル様は、今やすっかりご機嫌そうだ。スラリと伸びた背を真っ直ぐ伸ばし、引き締まった長い足を綺麗に揃え、ご自身が淹れた紅茶を楽しんでいる。

 ほんの少し前までのご様子といったら……見てられなかったもんなぁ……落ち着きなく触覚や羽をそわそわ揺らし、ちらちらと扉の方を見ては、重たい溜め息と一緒に肩を落としていたからな。

 自ら片棒を担ぎにいった俺としては、ハラハラどころの騒ぎじゃない。胃袋どころか心臓までもがキリキリだった。

 そんな時に救世主かのごとく現れ、言った台詞が「調理場を出してもらえないでしょうか!」だもんな。潔すぎて笑うしかないだろ。サプライズする相手に助力を求めるんだもんな。グリムらしいっちゃらしいけどよ。

 すっかり和みきった室内の空気と、花のような香りが漂う美味しい紅茶。それらに癒やされた俺の気持ちも、すっかり緩んだんだろう。気がつけば、微笑みっぱなしの彼に話を振っていたんだ。

「どんなお菓子が出来上がるか、楽しみですね」

「……ええ、とても」

 それはそれは嬉しそうに目尻が下がり、深くなった微笑みに、釣られて俺の口角も綻んでいく。

 それ以上、何を話すでもなかったが……不思議と心が落ち着く沈黙に身を委ねていた時だ。待ち望んでいる扉ではなく、廊下側の扉が勢いよく開け放たれたのは。

「アオイ殿! 緊急事態である! 何も聞かずに私と共に厨房へ……む?」

 緊急事態にしては、はつらつとした笑顔を浮かべ、弾んだ声を上げながら、我らが主が室内に飛び込んでくる。

 艷やかな黒い長髪を、金糸の装飾で彩られた黒の片マントを靡かせ、真っ黒な羽を大きく広げた彼の真っ赤な瞳がぱちくりと瞬いた。

「おはようございます、ヨミ様。本日もご機嫌麗しいようで何よりです」

「……お、おはようございます」

 柔らかい微笑みを崩すことなく、静かに立ち上がったバアル様が綺麗なお辞儀を披露する。驚いた上に慌てたせいで、ソファーに足を引っ掛けかけた俺とは大違いだ。

「うむっ! おはよう、バアル、クロウ。ところでアオイ殿は?」

「アオイ様は、グリムさんとあちらのお部屋におられます。『何も聞かずに調理場を出して欲しい』とグリムさんから頼まれましたので、お菓子作りに必要な材料や包装紙等も一緒にご用意致しました」

 今しがた起こった出来事を、歌うように語るバアル様はとても嬉しそうだ。細められた緑の瞳は、期待に満ちあふれている。

「……そ、そうか」

 キョロキョロと部屋を見回していたヨミ様の瞳が丸くなり、端正な顔がくしゃりと歪む。いかにも、しまったな……と言いたげに。

 ……そう言えば、開口一番に「厨房」とか何とか言ってたよな。もしかしなくても、こちら側か? ヨミ様も。だったら、ツッコまない方がいいだろう。ほとんど、バレてるみたいなもんだけどな。

「あの……」

「ところでヨミ様、先程仰っていた『緊急事態』とは?」

 一先ず席を勧めようとしたんだが、遮られてしまった。横目でバアル様を窺うと、神々しさすら感じる綺麗な微笑みで返されてしまう。黙っていて下さいってことだろうな……

「なっ、ななな、何のことだ? わ、私は……ほら、あれだ、貴殿らのお茶会とはどのようなものだろうなぁー? と以前から気になっていたからな。見学に来たのだよ! 決して、バアルへのサプライズの為に、何やかんやと理由をつけてアオイ殿を連れ出そうなどとは、微塵も、全く思ってなかったんだからな! よいな?!」

 こんなにも、模範解答のように見事な自白があっただろうか? いや無い。少なくとも俺の経験上は。

 動揺を隠しきれていない震え声で、捲し立てるように全てを洗いざらいゲロったヨミ様は、ゼーハーと肩で息をしている。

 そのお姿からは、いつもの威厳が欠片もなくなってしまっている。背中の羽がしょぼしょぼ縮んでいるだけじゃない。心なしか、側頭部から生えている鋭い角の輝きまでもが鈍って見えた気がした。

「成る程、心得ました」

 何とも対照的なご様子だ。胸に手を当て、柔らかく微笑んだバアル様の透き通った羽は、ツヤっツヤのピカピカに輝いていた。

 ヨミ様の登場と彼の発言によって、完璧な確信を得たんだろう。アオイ様が自分の為に、現世にある何らかのイベントの準備を行っているんだと。

「あー……えっと……こちらへお掛けになります? 俺が言うのもなんですけど」

「う、うむ、お邪魔させて頂こう。なんせ私はお茶会に、飛び入り参加させてもらう為に来たんだからな! アオイ殿をどうにか厨房に連れ出そうとした訳ではなく、な!!」

「ええ、左様でございますね」

 悪あがきでしかない叫びをサラリと流したバアル様が、一人がけの立派なソファーに腰を落ち着けた主へと紅茶を注ぐ。

 足を高く組んだヨミ様は、湯気立つ白いティーカップをショットでも飲むかのごとく一気に煽るとすぐさま空のカップを差し出して、拗ねた子供のように唇を尖らせた。

「バアルっおかわり!」

 それすらお見通しだったのだろう。側で跪いていたバアル様によって、瞬く間にカップの中が琥珀色で満たされていく。

「……ヨミ様」

「……何だ?」

「いつもお気遣い頂き、ありがとうございます」

 胸に手を当て会釈したバアル様が柔らかい笑みを浮かべる。途端に沈んだご尊顔がぱぁっと綻び、にこっと開いた口から白い牙が覗く。

「……うむっ! 今回は思いがけず失敗してしまったが、次回は完璧なサプライズを……って違う、違うからな!」

「はい。次回も楽しみにしております」

「ぐぬぅ……」

 楽しそうに羽をはためかせながら、クスクス微笑むバアル様。顔を真っ赤にして再びカップを煽るものの、どこか嬉しそうなヨミ様。何とも和やかな光景だ。

 ……アオイ様がバアル様の側で笑っていらしたら、我が国は安泰なのかもしれないな。なんて、御大層な考えが、ふわりと浮かんだ。
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