聖女は我慢の限界です!家出聖女は敵国の腹黒王子に溺愛される〜破滅に向かう祖国が聖女を返せと言っているそうですが今更戻る気はありません〜

秋風ゆらら

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序章

我慢の限界!

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「いい加減にしろ!!」


 部屋中に響き渡った怒号に、シーラは身体を縮ませた。


「これでもう何度目だ!リリアンに嫌がらせをしているそうじゃないか。」


 白い肌を紅潮させて、鬼のような形相でこちらを睨むキリアス王国の王太子であるブラント・キーシア。その横には今にも泣きそうな顔をして、ブラントにぴったりとくっついた妹の姿。
 淡い桃色の髪に大きな同じ色の瞳。銀色の長い髪に紫色の瞳の姉のシーラとは似つかない、可愛らしい見た目をしている。


「そんなことはしていません。むしろ……」


 むしろ苛められているのは私の方だ。そう言いたかったが、シーラは口を閉じた。もう何度も繰り返していた。ブラントは何を言っても聞く耳を持たないだろう。
 最低限の家具だけが置かれた小さな部屋。今日は生憎の曇天で、朝だというのに薄暗い。シーラが祈りを捧げるための身支度をしていたところに、激怒したブラントが押しかけてきたのだ。


「今まで聖女だからと大目に見ていたが、これ以上リリアンを傷つけるつもりなら、私も放ってはおかないぞ!」


 これ以上傷つけるも何も、一度もそんなことはしたことがない。とはいえ、祈りを捧げるのを邪魔されると国民が困る。


「しかし、殿下。殿下がお怒りなのは分かりましたが、私はこの国の聖女です。聖女の祈りがなければ聖国樹が枯れて魔物が活性化してしまいます!」


「ふん、聖女はいい身分だな。だが、少しくらい聖女の祈りが途切れても問題はないだろう。」


「お姉様、お願いだから素直に罪を認めて……」
 

 か弱い声でリリアンが言った。シーラの前で見せる顔とは全く別の顔だ。


「リリアン、大丈夫だよ。私が守ってあげるからね。」


 ブラントは子どもをあやすようにリリアンに優しい声で語りかける。


「……分かりました。リリアンに嫌がらせをしたとのご指摘、全く身に覚えはありませんが、そのような印象を与えてしまったのは私の不徳の致すところです。大変申し訳ございませんでした。」


 何を言っても無駄だろう。シーラは諦めて謝罪した。
 ブラントはふんっと鼻を鳴らす。


「私の前ではしおらしいな。まぁいい、次で最後だ。次リリアンに何かしたら鞭打ちにでもしてやるからな。」


 ブラントの言葉を聞き、リリアンが一瞬笑ったのをシーラは見逃さなかった。

 ブラントが乱暴に扉を閉めたことで、部屋に置いてあった花瓶が落ちて、派手な音を立てて割れた。
 もう、限界だ。シーラは決意した。



 この国は聖女の祈りで支えられている。シーラは10歳の時、女神の信託を受け聖女に選ばれた。自分こそが聖女に選ばれると信じて疑っていなかったリリアンからの嫌がらせが始まったのもちょうどその頃。

 聖女として祈りを捧げること8年。この国の状況は目に見えて改善した。魔物の数が減り、自然災害が止んだ。始めは人々に感謝されたが、8年も経った今となってはもう当たり前のこととなった。
 だが、それはいい。国民がそれだけ平穏に暮らせているというのは聖女であるシーラにとっては誇りでもあった。問題はリリアンだ。

 リリアンはシーラが贅沢三昧の生活を送り、祈りを怠っていると偽の噂を流し、国民からの聖女への信頼を失墜させた。そのうえで、王太子であるブラントに取り入り、自分で転んで作った傷をシーラのせいだと言ったり、シーラに毎日暴言を吐かれて辛いと言ったりしてブラントの中のシーラへの憎悪を膨らませた。その結果、シーラの生活環境は日に日に劣悪なものになっている。

 ただでさえ祈ることには体力を使う。リリアンの狙い通りなのだろうが、まともな食事も住居も与えられないせいで、シーラは聖女の力をうまく使えなくなってきていた。
 シーラは身体も心も、限界を迎えていた。



 シーラは聖国樹を見上げた。首が痛くなるほど高く、立派な聖国樹。鮮やかな緑色の葉が風に揺れてさわさわと優しい音を立てている。祈りを捧げるのも今日で最後になるだろう。


「さよなら……」


 硬い木肌を撫でて、シーラは小さく別れの言葉を口にした。




✳︎✳︎✳︎✳︎



 その日の夜、シーラは荷物を纏めて旅立ちの準備をしていた。今暮らしているのは、王城の中にある元々倉庫として使われていた部屋だ。元々物を置いておけるようなスペースもない狭い部屋だから、あっという間に旅支度ができた。布袋一つにまとまった自分の持ち物があまりに少なくて、シーラは思わず笑ってしまった。
 荷物の準備を終えたシーラは、ベッドの上で丸まっている最愛の相棒に向かって呼びかけた。


「ロロ、一緒に来てくれる?」


「キュ?」


 シーラが呼びかけると、ベットの上で丸まっていた毛玉がこちらを向いた。羽のような形をした二本の耳に可愛らしい黒くて大きな瞳。ロロは魔物だが、小さい頃からずっと一緒にいて、シーラにとってかけがえのない存在となっていた。
 ロロは短い四本の足でぴょんぴょんと跳ねて、こちらに寄ってくると、シーラの肩に乗る。そして頬にすりすりと身体を押し付けてきた。淡いクリーム色の毛が柔らかくて気持ちがいい。


「ロロ、お願いがあるの。」


「キュ?」


 ロロは言葉を話さないけれど、人の言葉は理解できる。どうしたの、というように丸い顔を傾けた。


「私を連れて飛んでほしいの。」


「キュ?」

 
 どうして、と尋ねるようにロロはこちらを見つめる。


「もうここには居られないって、思ったの。勝手でごめんね。」


「……キュ!」


 ロロにはこれまで散々話を聞いてもらっていた。楽しかったこと、悲しかったことなんだってロロに話してきた。
 事情を察した様子で、ロロは羽のような形をした耳を真っ直ぐに伸ばした。耳がピンク色の光を纏って大きく大きく広がっていく。それはやがて大きな翼となった。


 シーラは窓枠に手をかける。部屋の中を一度だけ振り返って見て、唇を噛んだ。それから視線を前に戻すと、窓からはどこまでも広がる夜空が見えた。幸い雲は晴れて、飛行にはうってつけの天気となっていた。


「ロロ、お願い!」


「キュ!」


 ロロはシーラの背中に掴まったまま、シーラごと身体を宙に浮かせた。そのまま器用に翼を畳んで窓から部屋の外へ飛び出すと、翼を広げて上昇していった。


「ロロ、出来るだけ遠くへ!」


「キュ!」


 ロロが翼を羽ばたかせる度に、眼下に広がる王都の明かりがどんどん小さくなっていく。上を見上げれば、頼りなく輝く小さな星の光が見えた。
 空はやけに澄んでいてどこへでも飛んでいけると思った。けれどどこへ行くというのだろう。シーラは王都の自分の部屋以外に居場所がなかった。

 ロロはやがて高度を下げ、王都からほど近い森の中へ着地した。


「ありがとう、ロロ。」


 ロロは力を使って疲れたのか、魔法を解くと、シーラの腕の中でぐったりとしていた。

 聖女が逃げ出したとなれば、追手が放たれる可能性もある。王都から少しでも離れたいが、ロロの体力の回復を待つしかなかった。
 腕に抱えたロロが温かい。シーラはロロを腕に抱いたまま木の影で眠りについた。



✳︎✳︎✳︎✳︎



「…………聖女の、シーラ・ローレルだな?」


 誰かに突然声をかけられて、シーラはハッと目を覚ました。
 弾けるように立ち上がって、状況を理解したシーラは凍りついた。黒いローブを着た見知らぬ男達に囲まれていたのからだ。
 
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