親の仇の悪魔から「君を籠絡したい」と甘く囁かれていますが、全力で抗おうと思います

秋風ゆらら

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第二章 魔導競技祭

第六話 これは君にも触れさせない

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 魔法薬学の教室には、薬草の香りが漂い、魔力を帯びた瓶の揺れるかすかな音が響いていた。

 リナはその中で、目の前のレイゼをじっと見据えていた。レイゼは、今日も例の銀のネックレスを身に着けている。白銀の髪の間で鈍く光り、まるで「ここが弱点だ」と誇示しているかのように。

(レイゼがあのネックレスを大切なものだと言っているのを聞いてから、ネックレスを外す時がないか、注意深く観察してきたけど、いつも肌身離さず身につけていて、決して取り外そうとしない。……やっぱり契約の核の可能性が高い。)

 今日の授業は調合実習。周囲の生徒たちはそれぞれの作業に没頭している。
 リナは手元の乳鉢で薬草をすり潰すふりをしながら、意識を一点に集中させた。

 わずかにレイゼの体が傾き、机の上の瓶を取ろうとした瞬間。

(――今なら奪える。)

 リナは素早く手を伸ばした。狙うのは、胸元の銀の鎖。
 指先がかすかに冷たい金属に触れた、その瞬間。

「……リナ?」

 低く柔らかな声が耳に落ちる。
 気づいた時には、レイゼの手がリナの手首を包んでいた。まるで初めから仕組まれていたように。

「君は本当に、俺のことが気になるんだね。」

 レイゼは微笑みを崩さず、まるで恋人同士の何気ない触れ合いのように、手に力を込める。
 リナは必死に手を引こうとするが、逆に引き寄せられ、気づけば距離が近すぎるほどになっていた。

「……離して。」

「近づいてきたのは君のほうだろう?」

 囁きとともに、灰青の瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。

 リナは心臓が早鐘を打つのを必死で押さえ込んだ。ネックレスを奪うどころか、逆に捕らえられてしまった。

 レイゼはそんなリナの動揺を楽しむように、囁きを落とした。

「君がどう狙おうと、これは君にも触れさせない。」

 その囁きと同時に、レイゼはリナの手を軽く放した。
 だが次の瞬間、レイゼはその動きを覆い隠すかのように、まるでごく自然なことのように、リナの髪にそっと触れた。

「薬草の粉、髪についてる。」

 柔らかい声でそう言いながら、人差し指で黒髪の一筋をすくい取る。その仕草は、誰の目にもただの優しい恋人の世話焼きにしか見えない。

 近くの生徒がひそひそと話す。

「ねえ、やっぱり二人って付き合ってるんじゃない?」
「見て、今の……完全に恋人じゃん。」

 リナの頬は熱くなり、必死で声を押し殺した。

「やめて……!」

 だがレイゼは彼女の小さな抵抗など気に留めず、にこやかに微笑んだまま。
 リナは視線を逸らし、ただ必死に平静を装うしかなかった。

(正面から狙っても気が付かれる。方法を変えるしかない。)


 授業が終わる鐘が鳴る。

 ナーシャと共に教室へ戻る間も、リナはどうやってレイゼからネックレスを奪うかを考えていた。

「最近、アルジェント君と仲いいじゃん!リナに浮いた話なんて初めてじゃない?!」

 隣を歩くナーシャが揶揄うような声で言ってくる。リナはぎゅっと唇を噛む。

「……違うの。そういうのじゃない。」

 ため息混じりに答えると、ナーシャはえっ、と声を漏らして急に真剣な表情になった。

「……ねぇ、リナ。もしかしてアルジェント君と何かあった?リナに限ってそんなことないと思うけど、つけ回されてるとか、脅されてるとか……」

 ナーシャの声音は真剣だった。
 リナは慌てて取り繕う。ナーシャにレイゼの正体を悟られるわけにはいかなかった。

「えっと、そういうことじゃなくて……その、恋愛的に惹かれるってことはないなって意味で。」

「そう?トラブルになってるとかじゃないなら良かった。」

 でもさ、とナーシャは続ける。

「もし、レイゼ君とそういう関係なら第二王子からの求婚を断るいい理由になっただろうなって思って。きっとまた魔導競技祭にも、お越しになるでしょう?」

「ああ、あの件……」

 リナ達が暮らすオルディア王国の第二王子ラディウスは、リナに対して婚約を迫ってきている。後から知った話だが、幼い頃、リナが魔法を使っている姿を見て一目惚れしたらしい。学園を卒業した後も、学園の行事の度に視察に訪れ、婚約の話を持ち出してきていた。

「この前だって殿下、みんなの前で堂々と“リナを婚約者にしたい”って言ってたじゃない。」

「あれは……」

 リナは言葉を探す。拒むこともできない。けれど受け入れる気もさらさらない。
 それでも、王族の求婚を無碍に断ることの難しさは、身に染みるほど分かっていた。

「私は……婚約なんて、する気はない。」

 必死に吐き出したその言葉に、ナーシャは安堵したように微笑んだ。

「そう言うと思った。実はリナが第二王子の婚約者になったら、リナの存在が遠くに行ってしまうみたいで寂しいなって思ってたんだ。」

 ナーシャが少し恥ずかしそうに言う。

「ありがと。心配してくれて。」

 リナはナーシャに微笑み返した。ナーシャをレイゼから守ることができて良かったとリナは改めて思っていた。ナーシャを危険に晒さないためにも、一刻も早く契約の核を破壊して、あの悪魔を滅ぼさなければいけない。

 そこまで考えたところで、リナの頭にあるアイデアが浮かんだ。

(魔導競技祭のあのイベントを利用すれば、ネックレスを破壊できるかもしれない。)

 リナは自分を鼓舞するように、拳を固く握りしめた。
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