恋人は名探偵

409号室

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第一話 名探偵のいる生徒会から

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あの日の感動を………僕は一生忘れることはないだろう。


「あのさ………ひかる………僕………君の事が好きなんだ」


あれは爽やかな風が吹く、初夏のことだった。

彼女はまぶしい光に包まれながら、天使のような優しい笑顔で返した。

「うん!私もさとしのこと好きだよ」

ああ、想いが通じ合うっていうのは………こんなに素晴らしいことなんだ………。

僕は素直に感動し、素直に光を抱き締めた。

だけど………。

あれからもう二ヶ月が経過するというのに………。

僕たちはキスはおろか………手をつないだこともない。

つまり………全く進展がないのだ。

別に………僕はその………キスがしたいとか………その………まあ、とにかく………邪まな気持ちで悩んでいるんじゃない。

彼女があの日僕に言った「好き」と言う意味………。

あれは………

「チョコレートパフェが『好き』」とか………

「熊さんが『好き』」とか………

そういうのと変わらないレベルだったのではないか。

光にとって僕は………まだ、ただの好ましい友人としか捉えられていないのではないか。

そういう不安を抱えている訳で。


「おい。鏑木かぶらぎ


つまり………僕は………。


「おい。鏑木?」


ああ………僕は………。


「おいっ!鏑木!!お前聞いてるのか!?」


「ええっ!?」

ふと気が付くと、これでもかってくらいドまん前に生徒会の顧問であり、クラス担任でもある風祭かざまつり先生の顔が。

モデルを思わせるようなルックスで、クールな二枚目タイプ………のようだけど、実態はかなりの熱血漢なんだよなあ。

「えっ………あの。僕に、何か」

「おいおい。しっかりしてくれよ~?副会長。会長があの調子なんだから、お前がしっかりしてくんねぇと、会議進まねぇだろうが」

「えっ………。会議………」

ああ、うっかりしていた。今は生徒会の会議中。

確か………学園祭の出し物についてだったっけ。

「で、光………いえ、飛天ひてんさんは?」

僕がそう問いかけた瞬間、僕の肩に何かが触れた。

「く~」

「ひ、光………」

彼女が僕の恋人………だと思いたい………。飛天光。

赤いリボンがトレードマークの可憐なべビィフェイスで、下手したら中学生………いや………小学生にも見えなくはない………。

こういう寝顔も堪らなく可愛いんだけど………。

「うふふ。かわいいわねぇ。彼女の寝顔。みとれちゃってるんじゃないの?鏑木君」

「ええっ!?やめて下さいよ~!江木えぎ先輩!!」

「あ、赤くなった。かわいい!」

彼女はこの生徒会の最年長で、まとめ役の三年生の江木先輩。

しっとりめの美人で、書記なんだけど、何せ、会長がこんな調子なもので………。

「あれ?でも、彼女にしては珍しく、ちゃんと案出してるんじゃないですか?」

「ん?」

「ほら。そこの机の上の書類の束。それ、飛天さんの字でしょう?」

「ああ。まあな。だけど、見ろよ。こいつの出した案」

「どれどれ………?うっ!!これは………」

「使いものになる案………あると思うか?」

「ないですね………。ははは………」

「俺もお前らの担任として………頭痛いぞ。というか、藤堂はどうした?ったく、どいつもこいつも。いっそ、学園祭中止するか?」

そういうと、風祭先生はモデルのように長い脚を投げ出して、乱暴に椅子に座り込んだ。


そう。だいたい………僕にはもうひとつの心配事がある。

誰も信じてくれないだろうけど………。

今、隣で眠る僕の恋人は………名探偵なのだから。

驚きなのは、彼女の探偵デビューは小学校四年生………。

クラスメイトの給食費が消えた事件を見事に解き明かしたのがきっかけらしい。

それから彼女は学校で発生する様々なトラブルを解決してきたらしい。

まあ、その半分以上は彼女自身が引き起こしたものだったらしいが………。


僕がまたそんな回想に浸っていると、勢いよくドアが開いた。

「待たせたな!さあ、この推理クイズ、どちらが先に解けるか………勝負だっ!光!!」

このやたらに熱い登場ぶりなのが、藤堂大地とうどう だいち

見た目も浅黒い肌にツンツンとした頭の絵に描いたような、熱血少年。

生徒会書記で、僕のクラスメイト。

どうやら光の幼馴染みで、自称探偵としてのライバルなんだそうな。

実は、天下の警視庁捜査一課課長の息子さんらしい。


「し~っ」

「へ?」

「今、お探しの名探偵は熟睡中だよ」

「何~!?」

「お前も毎度毎度、光に打ち負かされながら、懲りない奴だなあ………」

「俺の辞書に敗北と諦めの二文字はない!!」

「合計四文字だよ………」

「なんか言ったか?鏑木~」

「い………いや………ははは………」

「いいから、藤堂。お前も企画考えろ。このままだと、学園祭、消えるぞ」

「あん?企画、出てるじゃないすか」

大地はそういうと、机の上の書類に目を落とした。

「これか?まあ、この企画………見てみろよ………」

「どれどれ………。『ふれあい動物園計画』?

こっちは………『学食全メニューお菓子の国大作戦』!?

体育館に実物大のお菓子の家を作ってみんなで食べよう!?………なんじゃこりゃ!」

「光の出す案はこんなのばっかり………。ああ………頭痛くなってきた」

「俺も………こんな奴がライバルだなんて………ああ………頭が………」

「でも、推理の時には電光石火の名推理………なんでしょう?うふふ」

江木先輩は、そう言って微笑んだ。

「うん………。そうなんだよなあ………」

と僕は傍らの「恋人」に目をやった。

すると、隣の光が顔を上げた。ようやく起きたのか!?

そんな、僕の期待を裏切るように………。

「う~ん。もう、食べられないよぉ~」

「光っ!いいかげん起きろ~!!!!!」







翌朝、僕が玄関で靴を靴箱に入れていると、背後から元気に声があがった。

「よお!おはよ!朝っぱらから貧弱な顔してるな。悟」

「絵里奈!」

彼女は僕の幼馴染みで、土佐絵里奈とさ えりな

大手有名新聞社編集長の父親の影響か、彼女自身も新聞部の部長を務めている。

ちなみに、こんな言葉遣いだが、本人の名誉の為に付け加えると、れっきとした女である。

絵里奈は、さっさと僕を押しのけて靴を下駄箱に放り込むと、

「それはそうと、今日、転入生が来るらしいぜ」

と、愛用の銀のシャープペンシルを器用に回した。

「絵里奈。さすが、情報が早いな」

「当たり前だろう?この新聞部部長・土佐絵里奈をなめんなよってんだ。ま、転入生という表現は正しくないんだかね」

「え?」

「その編入生、元々ここの学生だったんだが、休学してたらしいんだよ。病気で。だから、本来ならあたしたちの先輩な訳だ」

「へ~」

「ま、学園長の娘だからな。こういう強引なこともできたんだろうね」

「学園長の!?」

僕は思わず声を上げていた。

「そ。ま、仲良くしようじゃないか」

絵里奈はそう僕をどつくと、さっさと教室に消えてしまった。







「今日から、新しい仲間が加わることになった。入ってくれ」

風祭先生の声に続き、無機質なドアの音が教室に響く。

ドアが開くと、一人の女性が現れた。


綺麗な人だというのが、第一の印象だろうか。

流れるような黒髪に、雪のように白い肌。

まさに、日本人形のような美しさ。

彼女はおどおどとクラスを見回すと、小さくお辞儀をした。


神鳥緋美子かんどり ひみこです………。よろしくお願いします」


「じゃあ、神鳥。あの鏑木の隣に座ってくれ」

「はい」


ちょっと僕の胸は高鳴った。

こんなに綺麗な人が僕の隣に………。


「よろしくお願いしますね」

「は、はあ………。こちらこそ………」


僕は緊張してその時間の授業が全く身に入らなかった。

そんな休み時間。


「ああ………感じる………。私にはわかる………」


僕は突然隣から響いた声に、振り向いた。

声の主は、僕の隣の世にも美しい転入生だった。

「神鳥さん?」

「今に恐ろしいことが………」

「神鳥さん!?」

僕は思わず、悲鳴のように彼女の名前を呼んでいた。

突然、彼女が倒れ込んだからだった。

僕は思わず、彼女の身体を受け止める格好になってしまっていた。

「わ………私………すみません………」

「い、いえ………。大丈夫ですか?怪我、ありませんか?」

「悟さんって………優しい方なんですね」

「えっ………」


そんな艶かしい目で見られると、あのう………困っちゃうのですが………。


「あのう、気分が悪いようだったら………保健室に。ついて行きますから」

「ありがとう………」


彼女はそうはにかむように言うと、僕の後ろについて歩き出した。






廊下に出ると、突然、神鳥さんが声を上げた。

「あ、恵美えみ!」

神鳥さんの白い肌に、少し赤みが差した。

彼女は嬉しそうにショートカットの少女(と言っても、僕の先輩だろう)に近づいた。

恐らく、休学前の友人なのだろう。

「緋美子………」

嬉しそうな緋美子さんに対して、相手は少し顔が曇っていた。

「私、無事に復学できたわ」

「そう。それはよかったね」

「恵美………?」

「私………急ぐから」

「恵美………」

「じゃあ」

そう言うと、ショートカットの少女は逃げるように立ち去ってしまった。

後に残された神鳥さんは、

「恵美………。どうして………」

と、彼女が消えた方向に、いつまでも視線を泳がせていた。

「休学前のクラスメイトなのにな」

突然耳元で響いた声に飛び退くと、そこには我が幼なじみの新聞部部長が立っていた。

「うわっ!!絵里奈!いつの間に!!」

「へへ~ん。修行が足りないぜ?悟」

「くっ………」

「しかし、草野くさの先輩、なんであんな態度。こりゃ、あの噂、本当だったみたいだな」

「噂?噂ってなんだよ」

「こっち話だよ。それより、神鳥さんの方、放っておいていいのかよ」

絵理奈の指摘で、慌てて神取さんの方を見ると、彼女は壁にもたれ、うつむいていた。

長い髪に阻まれて、その表情は見えない。

でも……僕には、彼女が寂しげな顔をしているであろう様が、ありありと感じられた。

「神鳥さん。保健室………行きましょう」

彼女は小さく頷くと、再び僕について歩き出した。





「あら。鏑木君じゃない」

「桜町先生!どうして!」


この優しそうな雰囲気の美女は3年A組の担任で、美術教師の桜町恵子さくらまち けいこ先生だ。

見た目どおりの優しさで生徒の人気も抜群だ。

「養護教諭の江崎えざき先生が急用でね。代わりにここにいたのよ。あら。神鳥さんじゃない」

「えっ?先生、神鳥さん知ってるんですか?」

「もちろんよ。休学前は私のクラスにいたんだから。ね」

「はい」

「体調………よくないみたいね?大丈夫?」

「ええ………」

「横になりましょう。さあ」


僕ははっとした。

彼女の頬には涙が………。


「さ、鏑木君。そっとしておいてあげましょう。大丈夫。私がついているから」

察したらしい桜町先生が、神鳥さんをベッドに誘うと、カーテンに手をかけた。

「はい………。すみません」

僕は、そっと保健室を後にした。







「神鳥さん………」


翌日の放課後。

僕がそう神鳥さんのことに思想を泳がせている背後では、着々と生徒会の学園祭の出し物が決まりつつあった。

今日、神鳥さんは欠席だった。やはり体調が良くないのだろうか。


「おい~!マジでこの企画なのか!?光!!生徒会の学園祭の出し物は!」

「うん!」

「マジかよぉ~」

「ま、がんばりましょうよ。ね?」

そう江木先輩が大地の肩をぽんと叩いた瞬間、生徒会室のドアが遠慮がちに開いた。

「失礼します………」

そうか細い声と共に現れたのは、神鳥さんだった。

僕は彼女のことを考えていたので、ひどく狼狽してしまっていた。

どうして、そんなに後ろめたさを感じなければならないのか、わからなかったけれど。

「か、神鳥さん!!」

「あっ………。探偵さんというのは………鏑木さん………あなただったのですか?」


「探偵」。

そう。実は、「名探偵」である光の噂は学内でも有名で、「探偵」としての彼女を訪ねてここに来る生徒も少なくなかった。

「探偵」を必要としていると言っても、平凡な学生である僕たちのことだから、「飼い猫がいなくなった」とか「落とし物を捜してほしい」とか、そんな他愛もない依頼ばかりだったけれども。

「えっ!?いや………あの………僕ではありません。こっちの飛天光です」

「うん。探偵はたぶん、私だよ~、私、ぴかりん」

「ぴかりん?」

神鳥さんは、目を点にした。

「あ………ええ。そうです。彼女が………こう見えなくても名探偵なんです。はっはは」


ああ………僕、激しく日本語が………変!!


「でも、どうしたんですか?」

僕は気を取り直して、いたわるように声をかけた。彼女の顔色がひどく悪かったから。

だいたい、彼女は今日欠席していたはずなのだ。見た目通り、体調が芳しくないのだろう。

それにも関わらず、こうして放課後、わざわざ学校に出てきて、こうして相談を持ちかけている。

「探偵」である光へ。

僕の胸は、怪しい胸騒ぎに支配されつつあった。

「わたくし………怖いんです………。何か………起こりそうで………」

「えっ………?」

「信じて頂けないと思うのですが………わたくし………わかるんです。なんといいますか………。わたくし………感じるのです」

「は………はあ」

もしかして………昨日のも………。

「わたくし、幼少の頃からよく勘が当たるのです………。霊感といいますか………」

「か、勘ですか」

「ええ………勘です」

「カ~ン!」

背後の光の声に、緊張感が一気に萎えた。

カラスの鳴き声が聞こえたのは、幻聴だろうか。

僕は再び気を取り直して、続きを促す。

「それで………あのう………具体的には一体どんなことが………?」

「誰か.………人が………亡くなりますわ」

「えっ!?」

僕は思わず、声を上げていた。

「なんだって………?」

これには、おとなしく成り行きを見守っていた大地も声を上げた。

「ほえ?」

緊張感のかけらもなさげな、光さえも(前述の通り、この上なく、緊張感のない返答だけど)。

「そう………感じるんです………。ああ………怖い………。私………怖いんです!助けて………悟さん!!」

そう言うと、彼女は僕に突然抱き付いてきた。

光は!?

というと………特に何の反応もない。

寂しいなあ………。

やっぱり………僕は彼女にとって、なんでもない男なんだろうか?

「落ち着いて下さい!あの………で、僕たちはいったいどうしたらいいんでしょう?」

僕はそっと彼女の身体を離すと、彼女の目を見つめた。

「えっ?」

「だって………あのう。いくらなんでも勘というのだけで………捜査なんてできませんし」

「そうですわよね………」

そう言うと、彼女は目を伏せた。長いまつげが揺れる。

「す、すみません………」

「いいえ………私の方こそ………突然こんな………。気味の悪い女だと思われたでしょうね」

「そんな………」

「私………幼少の頃から………病弱で………しかも、こんな体質でしょう?………友人がおりませんの。だから………身近に相談できる相手がいなくて………」

「そ、そうですか………」


気の毒だけど………どうすることもできない………。

ふと、昨日、目にした光景が蘇る。

友人によそよそしい態度を取られた彼女の悲しそうな目が。


「ごめんなさいね………。失礼します………」

そう言うと、神鳥さんはドアへ向かった。


「待って!」


そう鋭く響いた声。

それは光のものだった。


思わず振り返った神鳥さんの手を取ると、光はその手のひらに何かをそっと乗せた。


「えっ?」

「これ、あげる」


見ると、神鳥さんの手のひらに、光が小さなキャンディを一粒………。

一体………なんだ?


「これ、友達のしるし」

「友達………?」

「うん、友達」

「私と………友達になって頂下さいますの?」

「うん」

光はそう頷くと、この背後の窓いっぱいに広がるような、青空みたいな笑顔を神鳥さんに向けていた。

「あ………ありがとう」

そう言うと、神鳥さんはそのキャンディを愛おしそうに眺めると、ぎゅっと握りしめ、微笑んだ。

その頬には、きらきらと涙が光っていた。

「光………」

僕はこんな時、「光を好きになって良かった」としみじみとかみ締めるのだ。

だが、その時、僕はまだ気がついていなかった。

この出来事が、後に探偵としての飛天光の運命を変えたあの大事件への序曲だったのだ………。
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