世界の涙を拭う旅 〜霊が見える少年は伝説の英霊に弟子入りして英雄の道を歩む〜

五月雨きょうすけ

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第五章 家族の物語

第22話 討ち入り

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 突然声を上げた僕を兄さんたちは訝しげな目で見たけれど咳き込んだりして誤魔化し切った。

「に、兄さんの言うとおりだとすると、ふ、ふたりが合意だということだろうけど、ニナは父さんのこと好きだったの?」
「どうだろうな。
 元々、無口な女だったからよくわからん。
 屋敷で暮らしていた頃の記憶では家族の誰に対しても忠実な良いメイドだった。
 そして分を弁えていた。
 俺も父上も色目を使われた覚えはない。
 お前はどうだ?」
「十歳だよ……当時の僕は。
 じゃあ、今のニナは人が変わったみたいだってこと?」
「ハッ……今となっては昔の話だなあ。
 屋敷を無くした後、俺と父上は団長の別邸を借り受けたんだ。
 手狭な家だったが男二人で家事などできるわけもないからな。
 家人のほとんどには暇を出していたんだが、ニナだけは残ったんだ。
 お給金もいらないから置いてほしいと。
 あの頃、彼女に支えられていたのは事実だよ。
 俺と父上だけでは食事の用意すらできなかったし、母さんを失って穴が空いたみたいな暮らしの中で他人とはいえ女性が世話を焼いてくれるというのは気が紛れるところでもあった。
 だけど、もしかしたらあの頃には既に父上を狙っていたのかもしれないな」

 アレク兄さんは頭を抱え、大きくため息を吐いた。

「ニナのことはそこまで悪く思っていない。
 増長している感じは否めないが貴族の妻となり、父上を満足させるにはそれも必要なことだろう。
 やはり、我を失くして彼女に没頭している父上が問題なんだ」

 アレク兄さんの目から見ればニナに大きな変化は見られない。

 怨霊が生者に取り憑く現象『憑依』は稀に見られることらしい。
 その度合いはそれぞれで、脳内で助言を行う程度の軽度な憑依もあれば、元の人格を上書きしてしまい肉体を好き勝手に操られてしまう場合もある。
 歴史的に見れば賢君と呼ばれた為政者が突如暴君と化す事であったり、凡庸な一研究者が稀代の大発見を成したり事例は枚挙にいとまがない。
 彼らを評する者は説明の付かないその変化を人が変わった、なんて言葉で片付ける。

 僕はナラ師匠からこの事を聞いた時に我が家を焼いた事件の元凶にこの憑依が関わっている可能性を考えた。

 怨霊が直接現世に干渉することはできない。
 だが憑依したのなら別だ。
 家族か家人を操って火を放つ事は容易だろう。
 それにあの屋敷には悪霊が数多く漂っていた。

 悪霊がニナに憑依し、屋敷に火を放った。
 母さんが殺され、財産も無くなって失意のどん底の父さんに取り入って誑かす。

 いよいよ辻褄が合うじゃないか。

「兄さん……やっぱり父さんに会わせてもらうよ。
 無理矢理にでもね」
「諌めるつもりか?
 やめておいた方がいい。
 俺でさえ聞く耳持ってもらえないんだ。
 勘当されたお前の言葉が届くとは……
 むしろ斬りかかられてもおかしくないぞ。
 それくらいにニナにご執心なんだ」
「だったら殴ってでも話を聞いてもらうさ。
 勘当された不良息子なりの親孝行さ」

 ニナが、彼女に憑いた怨霊が犯人なら僕がやるしかない。
 こいねがった復讐が自分の手でしか成せないことだったなんて最高に報われる想いだ。

 ――と、後ろ暗い衝動に打ち震えていると不穏な気配が家屋の中に侵入したのを感じた。
 僕に遅れること三秒で兄さんもそれを察知し、立ち上がって剣を手に取った。

 バンッ! と応接間のドアが遠慮なく蹴破られた。
 室内戦用のショートソードを構えた兵士たちが雪崩れ込むように侵入し、僕たちを取り囲んだ。

 最初に口を開いたのはアレク兄さんだった。

「貴様らっ! なんの真似だっ!」

 兵士たちを見知っている様子だ。
 その上でイリアさんの家を乱暴に扱われて憤っているというところか。

「アレクサンドル殿。
 抵抗なさらないでください。
 同じ釜の飯を食べた仲間を斬りたくはないのです」

 兵士たちの後ろから背の高い男が現れた。
 一際高価そうな全身鎧に身を包んでいることからこの連中の頭目か?
 肩に掛かる長さの長髪は絹のように手入れされ、目の縁に墨まで入れている。
 不敵な笑みは僕やイリアさんだけでなく兄さんをも見下しているように思う。

「ジェニース殿……どういった用向きだ?」

 兄さんは怒りと嫌悪感を剥き出しにしている。
 ジェニースとか言う男が言うほどには仲が良くないことは明らかだ。

「あなたを捕縛するよう指令を受けているんですよ。
 勘当された弟を利用して父君である副団長ヴァーリ・ランパードを暗殺しようと企てている。
 騎士団の秩序を乱す立派な謀反じゃないですか」
「そんな荒唐無稽な罪状があって溜まるか!!
 出世欲に憑かれた貴殿のでっち上げだろう!!」

 激昂するアレク兄さんをジェニースは嘲笑う。

「ああ、恐ろしい。
 反逆者となればそこまで品性を失うか。
 たしかに貴殿のことは目障りだと思っていたが許可なく同胞に害を加えるほど愚かではないよ。
 団長と副団長から指令を受けてのことだ。
 観念したまえ」
「なんだと……」

 兄さんは二の句がつげなくなっている。

 ……というか、このタイミングで襲われたということは、

『ニナ……いえ、それに憑いた怨霊のせいだと思うわ。
 ヴァーリが彼女にリスタが帰ってきていることを伝えていたから』

 なるほど。
 ちゃんとセシリアは仕事をしてくれていたみたいだ。
 おかげで方針が定まった。

 僕は立ち上がり、息を吸い込んだ。
 アレク兄さんは僕が戦闘態勢を取ろうとするのを見て引き止めようとする。

「やめろ。お前がどれだけできるか知らないが室内でイリアも庇いもってこの人数を相手取るのは不可能だ。
 投降して申し開きをすれば――」
「それはでしょう」

 冷たくあしらって僕は床を蹴った。

 最初の二人は倒れるまで何も感じなかった筈だ。
 次の二人は殴られたことくらいは分かったかもしれない。
 その次の三人は僕の姿が消えたことに気づいたところで意識が途切れた。
 ジェニースのそばにいた二人は剣を構えるまではできたがそれを振るには至らなかった。

 数秒の間に九人の兵士を殴り倒した僕は驚くジェニースの鎧の胸に手を当てて魔法を放つ。

「【解式損耗術式】」

 無機物の強度を下げる負の付与魔法。
 瞬時に高価な鎧は鉄屑同然に変わる。

「い……!! キエエエエエエエエエエエッッ!!」

 怯えの混じった叫び声を上げながら剣を振り下ろすジェニース。
 当然、僕に当たることはない。
 刃を人差し指と中指で挟んで止めるとすぐもう片方の手で鎧を打った。

 劣化した鎧は卵の殻のように割れて、衝撃はジェニースのあばらをたたき折り意識を刈り取った。


「やっぱり人間を殴るのは気が進まないな」

 と呟くとイリアさんが怯えるように兄さんに縋りついた。
 アレク兄さんも得体の知れないものを見る目になっている。

「リ、リスタ……今のはなんだ?」
「ここで拘束されるわけにはいかないからね。
 殺してはないからお目こぼししておくれよ」

 おどけて媚びるように言葉を返したがちっとも笑ってくれなかった。

「ふざけるなぁっ!
 ジェニースの腕前は騎士団で五本の指に数えられる程だぞ!
 それを……なんだあの動きは!?
 もはや人間の力では――――」
「人間やめちゃってるからね、ある意味」

 これが、師匠たちが危惧していた事態か。
 兄さんがまるでバケモノを見るような目を向けている。
 ベントラ師匠が苛まれた英雄の孤独。
 僕が復讐する力と引き換えに背負った代償だ。

「家を追い出されてまもない頃に冒険者に拾われてね。
 一から鍛えてもらった。
 でも、半年もしたらその人にも手に余ると言われてもっと強い人たちに師事した。
 そうこうしてたら人間から外れた力を手に入れた。
 こないだも100体以上のトロルの群れを葬り去った。
 嘘だと思うならクエルの町に問い合わせてみるといい」

 淡々と告げられる僕の言葉にアレク兄さんは怒りと怯えが混じった痛々しそうな表情になる。
 ギリギリと歯を食いしばって黙っているけれどなんとなく言いたいことは分かる。

 そんな力を隠し持って俺の機嫌を伺うなんて趣味が悪い!
 内心笑っていたのか!?

 ってところかな。

「もう行くよ。
 ここには戻らないけれど安心して。
 兄さんの疑いは晴らすし、父さんにもキツイお灸を据えておく」

 破られた出入り口を抜けて玄関に向かう時、兄さんに言葉を残したくて振り返った。

「僕は兄さんが温かく迎えてくれて本当に嬉しかったよ。
 母さんのことは僕のせいじゃないって言ってくれて救われた気持ちだった。
 兄さんが騎士として勤めを果たし、ランパードの家を守ってくれていることに感謝してるし尊敬もしてる。
 イリアさんみたいな素敵な恋人がいることが羨ましいし、そのくせ結婚は好きでもない人としようと諦めているところはバカだなって思ってる。
 僕にとってあなたは大切な家族なんだ。
 どうか、お元気で。
 幸せになって」


 去りゆく僕の背中に向かって「リスタ!」と兄さんが呼んだ。
 だけど振り返らなかった。

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