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ほんぺん
1.あなたは魅力で満ちている 上
しおりを挟む小さな硝子窓から朝日が差し込む。朝焼けの陽が真っ先に入るように設計され、この部屋の設計者はさぞ苦労したことだろう。硝子窓のから更に強い太陽光線をこの部屋の主は瞼に浴びている。
「……んぅ」
意識が浮上する。半目開けようとすれば差し込む太陽光に目を細めた。がばり、半身起こすと被っていた毛布から露出した肌に朝の肌寒い空気が張り付く。
「さむ」
腕を擦りながら暖を取りつつ、眠っていたベッドからどうにか脱出。季節的にも大分暖かくなってきたものの、朝はいまだに肌寒さを感じる。
「さむっ」
寝間着用の小汚いシャツを脱ぎ捨てる。晒代わりに巻かれた包帯を解く。小さな硝子窓からの僅かな陽の明かりが照明となり、宙に舞う埃や塵が光を反射する。その光に照らされ、露わになった背中には沢山の切り傷。それから――心臓にあたる位置に鮮やかな赤で描かれた今となっては解読不能な文字。その刻まれた文字を隠すようにきつく新しい包帯を巻き付けた。
「きつ過ぎたか?ま、いっか」
その上に紳士服のシャツ、ベスト、杖と剣が交差したエンブレムが胸に刺繡された燕尾服に近いブレザーを着る。ズボンはブレザーと同じ白と黒を基調としたもの。服装を整え、ヘアブラシを手に取る。
「……にしても、また学園生活を送れるとは思ってもみなかったな」
誰に聞かれるでもなく一人呟きながら、肩まである髪を丁寧に手入れする。目元まである前髪を横に撫でつける。鏡に映るのは、白い顔、灰色の瞳、透明感のある白髪。
「昔とは何もかも違うけど」
片手を頭に置き、髪を指に絡め、後ろに引けば、一気に髪色が茶に染まった。
「これでよし、っと」
足を扉に向けつつ、ブレザー同様のエンブレムが刺繍されていた薄い鞄を手に取った。足を一歩踏もうとする。が、途中で踏みとどまり机の隅に置かれた布を手に取った。
「やっぱり、これは必要不可欠」
布を一枚捲り、出てきたのは古い指輪。細かい蔦のようなデザインが掘られ、普通の指輪よりも幅の広い、繊細かつ丁寧に磨かれて優しく光に反射しているそれを右手小指にはめる。瞬間、指輪が自ら小さくなり小指ぴったりのサイズに変化した。そして同時に血液が流れる、もしくは川の流れるような感覚で体内の隅々を巡り始めた。
「本来なら、右手中指とか左手薬指が良いんだけどなぁ」
変な噂出てきても困るし、と指輪を撫でつつ独り言ちる。呆れた声とは異なり、指輪を撫でる手は優しい。指輪を見つめる目は愛おしそうに細める。
――あるじ。
唇だけが動く。再度閉じた両端は薄ら上がっていた。そして今度こそ足を一歩、扉へと踏んだ。扉の前まで歩みを進め、扉の取手に手をかける。
「さあ、今日も精一杯、足掻いて生きようか」
意気込みと共に扉を開けた。カツリ、カツリ、男性身長に合わせるように作られたヒールのあるブーツを鳴らして部屋から遠のく。バタン、と扉が閉まる。それに煽られカーテンが揺れた。空中の埃や塵も舞った。そして、カーテンが揺れたことで遮られていた光が僅かに広がる。その先にあったのは、硝子の小さな花瓶に生けられたブーゲンビリアだった。
「おはようございます。エルバート様」
名前を呼ばれ、後ろを振り向く。ブロンドの髪と青い瞳がこの国の王族である特徴。パギシウェル王家第二王子であるエルバート・パギシウェルが私の名前だ。そんな私の視線の先には灰色の瞳を持つ男とも女とも見てとれる人物がいた。
「ああ、おはよう。フェザー」
私がこのパギシウェル王国で歴史ある剣術と魔法の両立を成功させた、唯一かつ最先端のバレリーヌ学園に入学するにあたり、私の父である国王アルベルト・パギシウェルの命によって私の従士に配属された騎士だ。
「今日は少し遅かったな、フェザー」
私の隣に立ち、陽気な声を発するのは幼い頃からから私の側遣い兼専属騎士であるルーカス・エワーズ。公爵家の次男に生まれ、お互い五歳になった頃からの仲だ。同じ剣の師に習い、どんぐりの背比べをしながら競い合い、支え合いながらここまで来た数少ない本心で語らえる気の置けない大事な騎士(とも)。
「申し訳ありません」
「いや、遅れたとは言ってもルーカスか来るより少し遅れただけだから問題ないよ」
「有り難きお言葉」
「まあまあ、そう堅苦しくなくていいだろ」
「しかし」
私たちが数日共にいて気付いたことは、フェザーが真面目過ぎる性格ということだった。丁度、今のように。
「ルーカスの言う通りだよ。でもルーカスは緩すぎると思うけど」
「それは無いだろう、エリー」
「ここではその名前で呼ばないと言わなかったっけ」
「はいはい、エルバート様。じゃっ、教室に行きましょうか」
「エワーズ殿、指示は」
「いいんだよ。ここでは貴族も種族も関係なく、皆一生徒なんだ。私もルーカスも、フェザーもね」
私はフェザーが口を開こうとするのを遮り、行こうかと背を向け歩き始めた。その一歩後ろをフェザーがさり気なく周囲を確認しながら歩く。
(本当に真面目だな。悪く言えば堅物、か)
私の騎士になるにあたりフェザーについて出来得る限り調べた。国内辺境地出身の貴族でもない村民であるにも関わらず、所属騎士団は我が国の騎士団で最強と謳われている騎士団長ヴァンサン・シェーンフェルダー率いる第一騎士団。私の騎士となったのも騎士団長の推薦があったことが父上の王命の決定打に繋がったようだ。
(とはいえ、私は今まで彼の姿を一度として見たことが無い)
そう、幼い頃から王宮の隅々まで見てきた。料理人、メイド、執事、商人、鍛冶屋等々……人脈はそれなりにある。それにも関わらず、私はフェザーの存在を知らなかった。フェザー・ヘイヴンの名前を聞いても、入学初日に現れたフェザーに警戒するほどに分からなかった。父上は一体どういう意図でフェザーを私の護衛に配属させたのか、フェザーが何者なのか。私は乱立する謎に普段から貼り付けているアルカイックスマイルを忘れ、眉間を顰めてしまうほど混乱した。敵国の間者、もしくはスパイということも考慮しながら距離を取るしかない。そのことはルーカスも把握しているため問題はないだろう。
(今は様子見するしかないか。でも、フェザーは……なんというか)
何かを探りに来たというには、私の護衛に隙がない。“第二王子である私、エルバート・パギシウェルの護衛”という王命に従順すぎるほど従っている。更には、フェザーにとっては同じ任を与えられているルーカスも護衛に含まれているように対応している……これが敵か否かの判断を鈍らせている最たる原因。
「今から実技じゃないのか⁉」
「実技は午後、ルーカスの好きな座学だよ」
「全く好きじゃないんですがねー。逆に苦手な方なんですがねー」
「いつもご褒美貰っているのに?」
「ご褒美という名の大量の課題」
「それはルーカス殿が講義中に眠るのがいけないのでは」
「眠いものは仕方ない」
「ルーカス、開き直らない」
はーい、と間延びした返事をするルーカスを筆頭に、多くの学生が着席している教室の中央横一列に席に着く。授業が始まると同時に入ってきた教師。そして始まったのは魔法学。存在する魔法の属性や無属性の詳細、魔法を使用した職業の話等々。講義を真剣に聞いていた生徒一同。そんな中、フェザーが視線を横に移すと正面の黒板を見ている王子の隣で後頭部が見え隠れする生徒、ルーカスが見えた。案の定、今回の座学も睡魔には勝てなかったようだ。そんなフェザーの視線に気づいた王子も肩を竦める。そして、ついに教師にも気づかれてしまった。教師は手に持っていたチョークにも似た木を投げ、吸い込まれるようにルーカスの額にあたった。ちなみにクリーンヒットした時の音は教室全体に響き、スコーン、と爽快な音だったとか。
「ったぁ……!」
「ルーカス・エワーズ。そんなに課題が欲しいのかい?」
「それだけはホント勘弁してください先生」
「いえ、ルーカス君は欲しいようですよ、先生」
「そうか、そんなに欲しいなら後で教員室へ」
「そ、そんなぁ……」
教師の物理攻撃といつもの会話に教室内におしとやかな笑いで包まれる。王子もふふ、と声を漏らしながら笑う。そして、隣を見る。
「……」
周囲の雰囲気に対して表情は比較的柔らかく静かに目を閉じている。どこかこの空気をじっくり噛みしめるようだった。
「し、失礼します!」
温かい空気の中、聞こえた緊張気味な声に生徒は顔を向ける。
「ヒェ……!」
向けられた視線に肩を震わせたのは、白衣を着た12、3歳ほどの少女。ツインテールを揺らしながら、誰かを探すように首を動かす彼女は、やっと見つけたのか安堵した表情を見せた。
「リリィさん、どうしました?」
「あぅ……えっと、ヘイブンさんを……」
少女に呼ばれたフェザーは音もなく立ち上がり、教師に授業の退室の許可を取る。そして王子とルーカスに向き直る。
「申し訳ありません、エルバート様」
「いや、大丈夫。しばらく問題ないから」
「有り難う御座います……ルーカス殿」
「今度は寝ないって」
2人の返事を聞いたフェザーは、席を離れ少女と共に教室を出る前に、後ろに向き直り教師に一礼。少女も慌てて礼をして退室した。フェザーは時折このように授業中であろうと移動中であろうと白衣の人物に連れられて行くことがある。教師陣はこれらを容認しており、気にする素振りがない。午前の場合は昼頃に、午後であれば最後の講義の前には戻ってくる。他の生徒も気になってはいたが、いつの間にか“学園の謎”となって着地していた。
一方、フェザーは先程教室へ呼びに来た白衣の少女リリィと共に医務室へと向かっていた。
「リリィ殿、今日は」
「師匠と、サリヴァン様もいらっしゃいますよ」
すれ違う生徒たちの視線を浴びつつ、リリィの視界からなるべく生徒の顔が見えないような位置にいるフェザー。
「そうですか」
フェザーはちら、とリリィの顔を見る。何か言いたげに口を開閉するのを見て察する。
「魔法の勉学はどうですか」
「今のところは何とか……でも躓いているところがありまして」
「もしよろしければ、後で見ましょうか」
フェザーの言葉に目を輝かせて頷く。
「はい!よろしくお願いします!」
フェザーはリリィの笑顔に柔らかく目を細めた。その後二人は目的の医務室の前に到着すると、
「やっと来たわね、二人共」
艶のある女性の声がする方へフェザーは目を、リリィは顔を向ける。
「あっ、師匠!」
リリィが師匠と呼んだ女性は、白衣を着たメガネの似合う美人。美魔女という肩書が似合う妖艶さを薄ら醸し出している。
「フェザー様をお連れしました!」
「コルドゥラ先生、よろしくお願いします」
リリィの師であるこの美魔女は医務室で働く医務員のコルドゥラ・レーナント。彼女も魔法使いである。
「はいはい、じゃあ中に入って」
フェザーの挨拶も素っ気なく流し、医務室の扉を開けフェザーらを中へ入れる。中では白衣を着てはいるが、医療をする者というより研究する者の雰囲気がある男性が一人、治療に用いる器具の点検を行っていた。フェザーの後ろからリリィが男性を呼ぶ。
「サリヴァン様、フェザー様をお呼びしました」
呼ばれた男性は器具を置いてフェザーらに顔を向ける。
「やっと来たか」
真面目そうな顔を張り付けた男性は挨拶代わりに告げる。フェザーは周囲を見、扉の向こうの気配を探るように静かに目を閉じて、再び目を開ける。今度は呆れたような表情付きで。
「全く、アイザックはいつもお堅い。もっと柔らかくていいのに」
声色も表情も雰囲気もまるっきり別人に変わった様子に、誰も驚かない。男性も溜息を零す。
「はあ……私は一応そういう役職についているんです」
彼もまた先程より表情と口調を柔らかに変える。
「そうだったね」
フェザーと話をしている男性は、アイザック・サリヴァン。代々、王家に仕える宮廷魔法使いである。
「どうですか、調子は」
アイザックに促されフェザーは椅子に座る。ブレザーはコルドゥラに預け、シャツを捲りつつ右の腕を出す。
「寝坊するくらいには」
「それは良かった」
アイザックは触診しながらフェザーの健康状態を確認する。これも彼らにとっては日常的なものになった。この学園でも、学園外でも。
「指輪は」
「外している日が増えたかも。お陰で内側まで綺麗に磨けるようになったよ」
「上々ですね」
会話の最中腕を変え、背を向け、指輪を取って専用の機械に置き、流れるように的確かつハイペースで触診を進めていく。
「いつも見るけど、本当作業が早いわね」
「同じ作業の繰り返しですから。コルドゥラもこれくらい出来るようになりますよ」
「それって出来るようにさせる、の間違い……」
フェザーの最後の呟きが聞こえたコルドゥラは遠い目をしつつ、アイザックは触診を終え、フェザーは苦笑交じりに捲っていた腕を直す。ブレザーはコルドゥラからリリィに渡っており、ブレザーを貰ったフェザーはリリィの頭をぽんぽんと撫でた。撫でられたリリィは恥じらいながらも顔は緩んでいた。
「撫で方が年寄り臭い」
「年寄りだし」
コルドゥラに指摘されて不貞腐れた表情になるフェザー。
「現在の年齢はいくつでしたっけ」
「ん~、300は確実に経ったはず」
そう、フェザーは人間でありながら、老いることもなく平均寿命を遥かに超えた長寿なのである。これこそまさに不老。白衣を着た人々は、学園の医務員であるものの、ここにいる三人を含め、一部の人々はフェザーの身体を研究する科学者の一面も持っている。
「エルバート王子には話したんですか」
「いや、自力で探っているみたいだから……もう少し待ってみるつもり」
「あのエワーズ公爵の次男坊にも?」
「ルー坊には話してもあまり意味ない気もするけど」
「?」
リリィは二人の話に要領が掴めていなかった。アイザックはリリィに説明する。
「リリィ、フェザーは王子に意地悪をしているということです」
リリィがフェザーを見ると、悪戯っ子のような顔をしていた。そしてコルドゥラは呆れて溜息を吐く。
「はあ……いい性格しているわね」
「褒めないでよ」
「どこも褒めてないわよ」
「辛辣……まあ、それは置いといて」
フェザーは会話を止め、リリィに体ごと向ける。リリィは意図が分からず首を傾げた。
「どうしました?」
「“後で見る”って言ったでしょ?」
フェザーの言葉を聞いて思い出したように目を輝かせるリリィ。
「はい!お願いします!」
フェザーもリリィの満面の笑みに目元を緩めた。
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