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第1章 無字姫、入学す
第19話 誤解と笑顔のスポーツデイ
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まったく、一色くんには困ってしまいます。
人の心を弄んで……いえ、そうじゃないのは、わかっているんですけど……。
でも、納得は出来ません。
どうしても悶々としていると、前を歩く一葉ちゃんが不安そうに振り返りました。
「夜宵ちゃん、何か怒ってる……?」
「怒っていません」
「けど、すっごく機嫌悪そうだけど……」
「気のせいです」
「そうかなぁ……」
困ったように、眉を落とす一葉ちゃん。
背後の天羽さんと光凜さんからも、気まずそうな空気が流れて来ました。
これではいけませんね……。
わたしのお誘いに付き合ってもらっているのに、いつまでも引き摺るのは良くないです。
何を引き摺っているのか、自分でも良くわかっていませんが……。
とにかく、気を取り直しましょう。
軽く呼吸を整えたわたしは、笑顔を心掛けて言い放ちました。
「すみません、本当にもう大丈夫です。 一葉ちゃんがどこに連れて行ってくれるか、楽しみにしていますね」
「う、ううん! 大丈夫なら、それで良いの! 絶対、夜宵ちゃんを楽しませるから!」
少し顔を赤くした一葉ちゃんが、嬉しそうに破顔しました。
やっぱり、彼女には笑顔が似合いますね。
つられて笑みが深くなったわたしを前に、一葉ちゃんは更に頬を紅潮させていましたが、どうしたんでしょうか?
気にはなりましたが、ひとまず様子を窺っていると、やがて広大な場所に到着しました。
何と言いますか、訓練場に近いかもしれません。
範囲はもっと広いですけど。
多くの人が様々なスポーツを楽しんでいて、賑やかな声が聞こえて来ます。
先ほどとは、違うベクトルで活気があって良いですね。
老若男女問わず笑顔が溢れており、見ているだけで微笑ましくなりました。
すると、そんなわたしの顔を覗き込んだ一葉ちゃんが、ニコニコ笑って口を開きます。
「ここは運動公園って言われてて、結構人気なの! こんなに広いのに、予約しないと中々使えないんだから! 夜宵ちゃんの為に頑張っちゃった!」
「そ、そうなんですか。 なんだか申し訳ないですね……」
「そんなこと、気にしないの! あたしが、やりたくてやったんだから! それより一緒に楽しんでね!」
「……はい、有難うございます」
どこまでも明るい一葉ちゃんに、苦笑を漏らしてしまいました。
彼女を見ていると、なんだか元気になります。
そうして、良い雰囲気(?)を作っていたわたしたちですが、そこに不満そうな声が放り込まれました。
「それで猪娘、ここで何をしようと言うの?」
「言っておくが、わたしは何の準備もしていないぞ?」
「焦らないでよ、陰険女、四季ちゃん。 夜宵ちゃん、こっちこっち!」
「わ、わかりましたから、引っ張らないで下さい」
一葉ちゃんに腕を引かれて連れて行かれたのは、ラインで区切られたところでした。
言魂の力か、綺麗に地面が整備されていて、凹凸はほとんどありません。
これは確か……バスケットボールの試合に利用する、コートでしたね。
わたしは観たこともやったこともないですけど、とても人気だと聞いた覚えがあります。
漠然とそんな風に思いつつ上を見上げると、高い場所にリングが見えました。
えぇと、あそこにボールを入れたら、得点になるんですよね?
詳しいルールは忘れましたけど……。
頭の中の知識を必死に掘り起こしていると、どこからかボールを持って来た一葉ちゃんが、テンション高く言い放ちました。
「じゃあ、早速やろっか!」
「待て」
「む。 何よ、四季ちゃん?」
「貴様や一色は良いが、わたしたちは運動に適した服装ではない。 不公平に感じる」
「ふーん、自信ないんだ? しょうがないわね、手加減してあげるわよ」
「……必要ない。 この程度、ちょうど良いハンデだ」
「無理しなくて良いよ?」
「くどいぞ。 無明と神代はどうする?」
「わ、わたしはいつもこれで戦っていたので、大丈夫です」
「わたしも、何ら問題はないわ」
「よーし! 次はチーム分けだけど、あたしと夜宵ちゃんは決定ね! 残りは適当に組みなさい! あ、1人は審判ね!」
「ちょっと、何を勝手に決めているの? チーム分けこそ、公平にするべきでしょう」
「うっさいわね、陰険女。 今はあたしのターンなんだから、それくらい融通してくれても良いじゃない。 ね、夜宵ちゃん?」
「え……!? わ、わたしに聞かれましても……」
「あたしと組むの、嫌かな……?」
「う……嫌じゃないです……」
「わーい! てことで、あとは適当によろしくね~」
わたしの手を取って、コートに入って行く一葉ちゃん。
上目遣いで問われて、反射的に答えてしまいましたね……。
以前にも似たようなことがありましたけど、拒否出来ない可愛さなんですよ……。
自分が情けなくなりましたが、実際問題として一葉ちゃんとチームを組めるのは、楽しそうです。
気持ちを切り替えて、満喫することに決めたわたしは、準備運動しながら天羽さんたちを眺めました。
どう言った組み合わせになるかわかりませんけど……一色くんはどうするんでしょう。
天羽さんと組むのか、光凜さんと組むのか……。
どちらにせよ、モヤモヤ……しませんよ……!?
か、彼の動向に心を揺さぶられるのは、もう終わりです。
さ、最初からわたしと彼には、深い関りなどないんですから。
きっと、初めてまともに話した異性と言うことで、変に意識していたに過ぎません。
そうに決まっています。
どこか言い訳のようですけど、それが真実……と言うことにして下さい。
準備運動を続けながら、延々と考えていると――
「そんなに一色が気になる?」
「え……!?」
「あ、図星?」
「な、何を言っているんですか、一葉ちゃん……! そんな訳ないでしょう……!?」
「あはは、顔真っ赤! 可愛い!」
「もう、知りません……!」
「ごめん、ごめん! 謝るから許して? ね?」
「むぅ……今回だけですよ?」
「有難う! 夜宵ちゃん、大好き!」
「ち、ちょっと……!?」
抱き着いて来た一葉ちゃんが、わたしの胸に顔を埋めて頬擦りしました。
こ、これ、セクハラでは……!?
じ、女性同士で成立するのか、知りませんが……。
何にせよ困ったので、引き剥がそうとしましたけど、あまりにも幸せそうな顔を見せられたせいで、躊躇ってしまいました。
う、うぅん……もう少しくらい、好きにさせてあげましょうか……?
などと甘い考えが脳裏を過ぎりましたが、わたしが良くても看過出来ない人が他にいるようです。
「無明から離れろ、九条!」
「そうよ、猪娘。 夜宵さんの胸を好きにして良いのは、わたしだけなんだから」
「神代!? 貴様も何を口走っている!?」
「あら、つい本音が。 忘れてちょうだい」
「忘れられるか! わたしの目が黒いうちは、許さんからな!」
何やら燃えている天羽さんと、なんとなく妖艶な雰囲気の光凜さん。
一葉ちゃんもですけど、2人とも何を言っているんですか……。
内心で呆れ果てながら視線を横に移すと、一色くんが自然体で立っています。
今の一連のやり取りなど、気にもしていませんね……。
彼はそう言う人なので、今更どうも思いませんよ?
……ほんの少しだけ、チクりとしましたが……。
それはともかく、一色くんが審判で、天羽さんと光凜さんがチームを組んだらしいです。
なんとなく安心しましたが、理由は考えません。
微かに気が楽になったのを自覚しつつ、一葉ちゃんからルール説明を受けました。
ツーオンツーと言う形式で、さほど難しい内容ではなかったです。
これなら、初心者のわたしでも遊べそうですね。
ますます気分が軽くなりましたが、その見通しは甘いと思い知りました。
「そんじゃ、あたしたちが先攻ね!」
じゃんけんで勝った一葉ちゃんが、一色くんからボールを受け取って構えます。
それは良いんですけど……訓練さながらの集中力を感じました。
まるで野生の獣のようで、空気がひり付いています。
対する天羽さんと光凜さんも殺気立っていて、とてもお遊びとは思えません。
天羽さんがわたしをマークし、光凜さんが一葉ちゃんの相手をする形です。
う、うぅん……なんだか、思っていたのと違いますね……。
もっと、こう、皆ではしゃぐような感じかと……いえ、冷静に考えたらそれはありませんか……。
ここに来て、この試合が真剣勝負だと察したわたしは、全身全霊をもって挑むことにしました。
緊張のあまり一筋の汗が頬を伝い、地面に雫が落ちるとともに、戦端が開かれます。
「行くわよ、陰険女!」
「来なさい、猪娘」
一葉ちゃんがドリブルで仕掛け、その進路を光凜さんが塞ぎました。
しかし、それを読んでいた彼女は高速で切り返し、進行方向を急激に変えます。
ところが、光凜さんは遅れることなく付いて行き、抜き去ることが出来ませんでした。
小さく舌打ちした一葉ちゃんは仕切り直し、再度攻め込みます。
それでも光凜さんは突破させませんでしたけど、一葉ちゃんはめげることなく、何度も挑戦していました。
一見すると光凜さんが完封しているようですが、そこに余裕は皆無。
辛うじて一葉ちゃんを止めている状態で、ボールを奪うところまでは行けません。
な、なんてハイレベルなんでしょう……。
これでは、わたしの入る余地などないのでは……と思いそうになったそのとき、視線を感じました。
目を向けた先にいたのは、一色くん。
彼は数舜だけこちらを見て、すぐに一葉ちゃんたちの攻防に注意を戻しました。
何だったんですか……?
いまいち理解出来ませんでしたけど、次の瞬間にはあることを思い付きました。
これが彼の狙い通りだとすると、少々複雑ではありますが、今は試合に集中しましょう。
一葉ちゃんと光凜さんの戦いを視界に収めつつ、天羽さんの様子を窺いました。
彼女もやや気圧されているようで、ほんの少しだけ隙があります。
これなら行けそうですね……。
静かに呼吸を整えたわたしは、一葉ちゃんにアイコンタクトを送りました。
それに気付いた彼女は一瞬だけ目を丸くして、次いで獰猛な笑みを浮かべます。
今までと同じように光凜さんに限界ギリギリの守りを強いて、更に踏み込むことで天羽さんの注意まで引きました。
ここです……!
同時に動き出したわたしはマークを外し、フリーになったところに一葉ちゃんが絶妙なパス。
危なげなく受け取って、そのままゴールにシュート。
素人のわたしのフォームはぎこちなかったと思いますが、なんとか入ってくれました。
良かったです……。
安堵して振り向くと、右手の親指を立てた一葉ちゃんが、ニッコリ笑って声を上げました。
「夜宵ちゃん、ナイス! 完璧な連携だったわね! やっぱり、あたしたち相性が良いのよ!」
「あ、有難うございます。 どちらかと言うとわたしはオマケで、ほとんど一葉ちゃんの力だと思いますが……」
「何を言ってんのよ! 夜宵ちゃんが上手く躱してくれたから、決まったんだからね? もっと自信を持って!」
「わ、わかりました、次も頑張ります」
「うんうん、その意気だよ!」
これ以上ないほど嬉しそうに歩み寄って来た一葉ちゃんが、右手を挙げました。
一方のわたしは苦笑をこぼし、微妙に照れながらハイタッチします。
それによって一葉ちゃんの機嫌は更に上向き、彼女自身が太陽のように輝いて見えました。
まさに陽性の美少女……ですね。
感心したわたしが、何度目かの苦笑を漏らしていると――
「何をしているの、四季さん。 きちんと守ってもらわないと困るわ」
「神代こそ、手こずり過ぎだ。 わたしなら、とっくに取っていた」
「嘘ね。 身体能力に限って言えば、貴女はわたしたちより低いのだから」
「浅はかだな。 こう言った競技は、身体能力が全てではないだろう。 先を読む力、相手を誘導する力、要するに頭脳が物を言うこともある」
「その言い方だと、わたしが頭脳で四季さんに劣っているように聞こえるけれど?」
「そう言ったつもりだが、伝わらなかったか?」
「良い度胸ね」
「お互い様だろう」
もう1つのチームは、ギスギスしていました。
今にも決闘が行われそうで、恐ろしいです……。
さ、流石にそこまで考えなしじゃない……ですよね?
正直なところ疑わしいと思いつつ、こっそり一色くんを見ました。
少し離れた場所に立っていて、こちらの輪に入る気配は微塵もありません。
ただ……なんとなく、満足しているように見えます。
気のせいかもしれませんし、それがわたしのプレーに対するものか不明ですけど、そうだったら良いなと思いました。
彼に認められるのは……その……や、やっぱり嬉しいので……。
ほ、ほら、自分が目標にしている人な訳ですし、そう思っても不自然じゃないですよね……!?
そうです、そうに違いありません。
胸に手を当てて深呼吸しながら、自分の思いを心に浸透させます。
その後、わたしたちは攻守を交代したりペアを変えたりして、思う存分バスケットボールを楽しみました。
最後まで緊張感は途切れませんでしたけど、良い経験だったように思います。
心残りがあるとすれば、一色くんが審判に徹していたことですね。
本人が望んだことなので仕方ない部分もありますが、出来れば一緒に遊びたかったです。
やはり、仲良くなるのは容易ではありません。
あ、わたしだけじゃなく、皆がですよ……!?
と、とにかく、これからも地道に頑張ろうと思いました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、「第20話 心地良い距離感」は、22:00公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
♥がとても励みになります。
人の心を弄んで……いえ、そうじゃないのは、わかっているんですけど……。
でも、納得は出来ません。
どうしても悶々としていると、前を歩く一葉ちゃんが不安そうに振り返りました。
「夜宵ちゃん、何か怒ってる……?」
「怒っていません」
「けど、すっごく機嫌悪そうだけど……」
「気のせいです」
「そうかなぁ……」
困ったように、眉を落とす一葉ちゃん。
背後の天羽さんと光凜さんからも、気まずそうな空気が流れて来ました。
これではいけませんね……。
わたしのお誘いに付き合ってもらっているのに、いつまでも引き摺るのは良くないです。
何を引き摺っているのか、自分でも良くわかっていませんが……。
とにかく、気を取り直しましょう。
軽く呼吸を整えたわたしは、笑顔を心掛けて言い放ちました。
「すみません、本当にもう大丈夫です。 一葉ちゃんがどこに連れて行ってくれるか、楽しみにしていますね」
「う、ううん! 大丈夫なら、それで良いの! 絶対、夜宵ちゃんを楽しませるから!」
少し顔を赤くした一葉ちゃんが、嬉しそうに破顔しました。
やっぱり、彼女には笑顔が似合いますね。
つられて笑みが深くなったわたしを前に、一葉ちゃんは更に頬を紅潮させていましたが、どうしたんでしょうか?
気にはなりましたが、ひとまず様子を窺っていると、やがて広大な場所に到着しました。
何と言いますか、訓練場に近いかもしれません。
範囲はもっと広いですけど。
多くの人が様々なスポーツを楽しんでいて、賑やかな声が聞こえて来ます。
先ほどとは、違うベクトルで活気があって良いですね。
老若男女問わず笑顔が溢れており、見ているだけで微笑ましくなりました。
すると、そんなわたしの顔を覗き込んだ一葉ちゃんが、ニコニコ笑って口を開きます。
「ここは運動公園って言われてて、結構人気なの! こんなに広いのに、予約しないと中々使えないんだから! 夜宵ちゃんの為に頑張っちゃった!」
「そ、そうなんですか。 なんだか申し訳ないですね……」
「そんなこと、気にしないの! あたしが、やりたくてやったんだから! それより一緒に楽しんでね!」
「……はい、有難うございます」
どこまでも明るい一葉ちゃんに、苦笑を漏らしてしまいました。
彼女を見ていると、なんだか元気になります。
そうして、良い雰囲気(?)を作っていたわたしたちですが、そこに不満そうな声が放り込まれました。
「それで猪娘、ここで何をしようと言うの?」
「言っておくが、わたしは何の準備もしていないぞ?」
「焦らないでよ、陰険女、四季ちゃん。 夜宵ちゃん、こっちこっち!」
「わ、わかりましたから、引っ張らないで下さい」
一葉ちゃんに腕を引かれて連れて行かれたのは、ラインで区切られたところでした。
言魂の力か、綺麗に地面が整備されていて、凹凸はほとんどありません。
これは確か……バスケットボールの試合に利用する、コートでしたね。
わたしは観たこともやったこともないですけど、とても人気だと聞いた覚えがあります。
漠然とそんな風に思いつつ上を見上げると、高い場所にリングが見えました。
えぇと、あそこにボールを入れたら、得点になるんですよね?
詳しいルールは忘れましたけど……。
頭の中の知識を必死に掘り起こしていると、どこからかボールを持って来た一葉ちゃんが、テンション高く言い放ちました。
「じゃあ、早速やろっか!」
「待て」
「む。 何よ、四季ちゃん?」
「貴様や一色は良いが、わたしたちは運動に適した服装ではない。 不公平に感じる」
「ふーん、自信ないんだ? しょうがないわね、手加減してあげるわよ」
「……必要ない。 この程度、ちょうど良いハンデだ」
「無理しなくて良いよ?」
「くどいぞ。 無明と神代はどうする?」
「わ、わたしはいつもこれで戦っていたので、大丈夫です」
「わたしも、何ら問題はないわ」
「よーし! 次はチーム分けだけど、あたしと夜宵ちゃんは決定ね! 残りは適当に組みなさい! あ、1人は審判ね!」
「ちょっと、何を勝手に決めているの? チーム分けこそ、公平にするべきでしょう」
「うっさいわね、陰険女。 今はあたしのターンなんだから、それくらい融通してくれても良いじゃない。 ね、夜宵ちゃん?」
「え……!? わ、わたしに聞かれましても……」
「あたしと組むの、嫌かな……?」
「う……嫌じゃないです……」
「わーい! てことで、あとは適当によろしくね~」
わたしの手を取って、コートに入って行く一葉ちゃん。
上目遣いで問われて、反射的に答えてしまいましたね……。
以前にも似たようなことがありましたけど、拒否出来ない可愛さなんですよ……。
自分が情けなくなりましたが、実際問題として一葉ちゃんとチームを組めるのは、楽しそうです。
気持ちを切り替えて、満喫することに決めたわたしは、準備運動しながら天羽さんたちを眺めました。
どう言った組み合わせになるかわかりませんけど……一色くんはどうするんでしょう。
天羽さんと組むのか、光凜さんと組むのか……。
どちらにせよ、モヤモヤ……しませんよ……!?
か、彼の動向に心を揺さぶられるのは、もう終わりです。
さ、最初からわたしと彼には、深い関りなどないんですから。
きっと、初めてまともに話した異性と言うことで、変に意識していたに過ぎません。
そうに決まっています。
どこか言い訳のようですけど、それが真実……と言うことにして下さい。
準備運動を続けながら、延々と考えていると――
「そんなに一色が気になる?」
「え……!?」
「あ、図星?」
「な、何を言っているんですか、一葉ちゃん……! そんな訳ないでしょう……!?」
「あはは、顔真っ赤! 可愛い!」
「もう、知りません……!」
「ごめん、ごめん! 謝るから許して? ね?」
「むぅ……今回だけですよ?」
「有難う! 夜宵ちゃん、大好き!」
「ち、ちょっと……!?」
抱き着いて来た一葉ちゃんが、わたしの胸に顔を埋めて頬擦りしました。
こ、これ、セクハラでは……!?
じ、女性同士で成立するのか、知りませんが……。
何にせよ困ったので、引き剥がそうとしましたけど、あまりにも幸せそうな顔を見せられたせいで、躊躇ってしまいました。
う、うぅん……もう少しくらい、好きにさせてあげましょうか……?
などと甘い考えが脳裏を過ぎりましたが、わたしが良くても看過出来ない人が他にいるようです。
「無明から離れろ、九条!」
「そうよ、猪娘。 夜宵さんの胸を好きにして良いのは、わたしだけなんだから」
「神代!? 貴様も何を口走っている!?」
「あら、つい本音が。 忘れてちょうだい」
「忘れられるか! わたしの目が黒いうちは、許さんからな!」
何やら燃えている天羽さんと、なんとなく妖艶な雰囲気の光凜さん。
一葉ちゃんもですけど、2人とも何を言っているんですか……。
内心で呆れ果てながら視線を横に移すと、一色くんが自然体で立っています。
今の一連のやり取りなど、気にもしていませんね……。
彼はそう言う人なので、今更どうも思いませんよ?
……ほんの少しだけ、チクりとしましたが……。
それはともかく、一色くんが審判で、天羽さんと光凜さんがチームを組んだらしいです。
なんとなく安心しましたが、理由は考えません。
微かに気が楽になったのを自覚しつつ、一葉ちゃんからルール説明を受けました。
ツーオンツーと言う形式で、さほど難しい内容ではなかったです。
これなら、初心者のわたしでも遊べそうですね。
ますます気分が軽くなりましたが、その見通しは甘いと思い知りました。
「そんじゃ、あたしたちが先攻ね!」
じゃんけんで勝った一葉ちゃんが、一色くんからボールを受け取って構えます。
それは良いんですけど……訓練さながらの集中力を感じました。
まるで野生の獣のようで、空気がひり付いています。
対する天羽さんと光凜さんも殺気立っていて、とてもお遊びとは思えません。
天羽さんがわたしをマークし、光凜さんが一葉ちゃんの相手をする形です。
う、うぅん……なんだか、思っていたのと違いますね……。
もっと、こう、皆ではしゃぐような感じかと……いえ、冷静に考えたらそれはありませんか……。
ここに来て、この試合が真剣勝負だと察したわたしは、全身全霊をもって挑むことにしました。
緊張のあまり一筋の汗が頬を伝い、地面に雫が落ちるとともに、戦端が開かれます。
「行くわよ、陰険女!」
「来なさい、猪娘」
一葉ちゃんがドリブルで仕掛け、その進路を光凜さんが塞ぎました。
しかし、それを読んでいた彼女は高速で切り返し、進行方向を急激に変えます。
ところが、光凜さんは遅れることなく付いて行き、抜き去ることが出来ませんでした。
小さく舌打ちした一葉ちゃんは仕切り直し、再度攻め込みます。
それでも光凜さんは突破させませんでしたけど、一葉ちゃんはめげることなく、何度も挑戦していました。
一見すると光凜さんが完封しているようですが、そこに余裕は皆無。
辛うじて一葉ちゃんを止めている状態で、ボールを奪うところまでは行けません。
な、なんてハイレベルなんでしょう……。
これでは、わたしの入る余地などないのでは……と思いそうになったそのとき、視線を感じました。
目を向けた先にいたのは、一色くん。
彼は数舜だけこちらを見て、すぐに一葉ちゃんたちの攻防に注意を戻しました。
何だったんですか……?
いまいち理解出来ませんでしたけど、次の瞬間にはあることを思い付きました。
これが彼の狙い通りだとすると、少々複雑ではありますが、今は試合に集中しましょう。
一葉ちゃんと光凜さんの戦いを視界に収めつつ、天羽さんの様子を窺いました。
彼女もやや気圧されているようで、ほんの少しだけ隙があります。
これなら行けそうですね……。
静かに呼吸を整えたわたしは、一葉ちゃんにアイコンタクトを送りました。
それに気付いた彼女は一瞬だけ目を丸くして、次いで獰猛な笑みを浮かべます。
今までと同じように光凜さんに限界ギリギリの守りを強いて、更に踏み込むことで天羽さんの注意まで引きました。
ここです……!
同時に動き出したわたしはマークを外し、フリーになったところに一葉ちゃんが絶妙なパス。
危なげなく受け取って、そのままゴールにシュート。
素人のわたしのフォームはぎこちなかったと思いますが、なんとか入ってくれました。
良かったです……。
安堵して振り向くと、右手の親指を立てた一葉ちゃんが、ニッコリ笑って声を上げました。
「夜宵ちゃん、ナイス! 完璧な連携だったわね! やっぱり、あたしたち相性が良いのよ!」
「あ、有難うございます。 どちらかと言うとわたしはオマケで、ほとんど一葉ちゃんの力だと思いますが……」
「何を言ってんのよ! 夜宵ちゃんが上手く躱してくれたから、決まったんだからね? もっと自信を持って!」
「わ、わかりました、次も頑張ります」
「うんうん、その意気だよ!」
これ以上ないほど嬉しそうに歩み寄って来た一葉ちゃんが、右手を挙げました。
一方のわたしは苦笑をこぼし、微妙に照れながらハイタッチします。
それによって一葉ちゃんの機嫌は更に上向き、彼女自身が太陽のように輝いて見えました。
まさに陽性の美少女……ですね。
感心したわたしが、何度目かの苦笑を漏らしていると――
「何をしているの、四季さん。 きちんと守ってもらわないと困るわ」
「神代こそ、手こずり過ぎだ。 わたしなら、とっくに取っていた」
「嘘ね。 身体能力に限って言えば、貴女はわたしたちより低いのだから」
「浅はかだな。 こう言った競技は、身体能力が全てではないだろう。 先を読む力、相手を誘導する力、要するに頭脳が物を言うこともある」
「その言い方だと、わたしが頭脳で四季さんに劣っているように聞こえるけれど?」
「そう言ったつもりだが、伝わらなかったか?」
「良い度胸ね」
「お互い様だろう」
もう1つのチームは、ギスギスしていました。
今にも決闘が行われそうで、恐ろしいです……。
さ、流石にそこまで考えなしじゃない……ですよね?
正直なところ疑わしいと思いつつ、こっそり一色くんを見ました。
少し離れた場所に立っていて、こちらの輪に入る気配は微塵もありません。
ただ……なんとなく、満足しているように見えます。
気のせいかもしれませんし、それがわたしのプレーに対するものか不明ですけど、そうだったら良いなと思いました。
彼に認められるのは……その……や、やっぱり嬉しいので……。
ほ、ほら、自分が目標にしている人な訳ですし、そう思っても不自然じゃないですよね……!?
そうです、そうに違いありません。
胸に手を当てて深呼吸しながら、自分の思いを心に浸透させます。
その後、わたしたちは攻守を交代したりペアを変えたりして、思う存分バスケットボールを楽しみました。
最後まで緊張感は途切れませんでしたけど、良い経験だったように思います。
心残りがあるとすれば、一色くんが審判に徹していたことですね。
本人が望んだことなので仕方ない部分もありますが、出来れば一緒に遊びたかったです。
やはり、仲良くなるのは容易ではありません。
あ、わたしだけじゃなく、皆がですよ……!?
と、とにかく、これからも地道に頑張ろうと思いました。
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次回、「第20話 心地良い距離感」は、22:00公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
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