言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~

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第1章 無字姫、入学す

第20話 心地良い距離感

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 運動後はお腹が空きます。
 そうじゃなくても、時間帯的にお昼ご飯だと考えたわたしたちは、どこで食べるか話し合いました。
 天羽さんと一葉ちゃん、光凜さんは何やら言い争っていましたが、一色くんは我関せずです。
 その代わり、こちらをジッと見ていました。
 う……どうやらバレていますね……。
 無性に恥ずかしくなりながら、勇気をもって口を挟みます。

「あ、あの、実はお弁当を作って来たんですけど……」
「え!? 夜宵ちゃんの手作り!? 食べたい!」
「抜け駆けするな、九条! 無明、わたしの分もあるのか!?」
「お、落ち着いて下さい、天羽さん。 多めに作って来たので、全員分ありますよ。 レジャーシートも持って来たので、その辺りで食べましょうか」
「ふふ、楽しみね。 これでもう、一色くんに大きな顔はさせないわ」

 挑発的な眼差しを、一色くんに送る光凜さん。
 しかし彼は、不敵な笑みを浮かべて言い返しました。

「たった一食で調子に乗るな。 俺は毎日食べられるんだぞ」
「む~! 夜宵ちゃん! どんな弱味を握られてるか知らないけど、無理しなくて良いんだよ!? こんな奴に、ご飯作ってあげる必要なんかないんだから!」
「か、一葉ちゃん、弱味なんて握られていませんよ……!? こ、これは正式な取り決めなので……!」
「だとしても貴女が負担に思うのなら、やめたらどうかしら? 食事が必要なだけなら、神代家で用意しても良いのよ?」
「そ、それは駄目ですよ、光凜さん。 わたしは料理が趣味のようなところがあるので、負担なんかじゃないですし」
「無明がそれで良いなら、わたしは意思を尊重するが……。 何かあれば、すぐに言うのだぞ?」
「あ、有難うございます、天羽さん。 さ、さぁ、食べましょう」

 無理やりに場を収めたわたしは、返事も効かずにレジャーシートを広げました。
 天羽さんたちはまだ言い足りないようでしたが、一色くんはサッサと腰を下ろしています。
 混乱を招いた張本人なのに、ふてぶてしいですね……。
 まぁ、今回はその方が助かるんですけど。
 彼に倣ってわたしも座り、手提げ袋から重箱を取り出しました。
 この段階になって天羽さんたちも落ち着き、中身に興味津々な様子です。
 うぅん、そんなに大したものじゃないんですが……。
 期待値が上がり過ぎているように感じましたけど、思い切って蓋を開けました。
 そこには、びっしりとおにぎりが詰め込まれています。
 中身は様々ですが、大きさはほぼ同じ。
 整然と並んだそれらを見た彼女たちは、すぐに声を上げました。

「わ! 凄い! 美味しそう!」
「シンプルだが……美しいな」
「そうね、四季さん。 夜宵さんの人柄を、表しているようだわ」

 身を乗り出して、目を輝かせている一葉ちゃん。
 感心したように息をついた、天羽さん。
 彼女に同意しつつ、目を細めた光凜さん。
 3人の反応を見たわたしは苦笑し、次いで一色くんにも目を向けました。
 これと言った反応はないように見えましたが……多少なりとも、気分が高揚していることが伝わって来ます。
 本当に、ご飯だけは認めてくれているんですね。
 それだけかもしれませんけど……。
 複雑な思いが綯い交ぜになったまま、やや緊張気味に呼び掛けました。

「梅干しと昆布、鮭、おかか、あとは塩のみの味付けもあります。 苦手なものがあれば言って下さいね」
「大丈夫だ。 好き嫌いがあるような者には、食べさせなくて良い」
「そ、それはちょっと……。 ですが、天羽さんは平気そうで安心しました。 皆さんはどうですか?」
「あたしも大丈夫!」
「わたしも、問題ないわ」

 元気いっぱいな一葉ちゃんと、髪をかき上げた光凜さんの返答に、ホッとしました。
 残るは一色くんですが、彼のことは心配していません。
 念の為に目を向けると、ポツリと呟きました。

「食べて良いか?」
「は、はい、どうぞ」
「頂きます」

 わたしの許可を得た一色くんは、手を合わせてからおにぎりに手を伸ばしました。
 意外にもと言うべきか、きちんとした所作の彼に、天羽さんたちはビックリしたようでしたけど、気を取り直して食事を始めます。
 それからは大きな問題もなく、平穏な時間が流れました。
 敢えて言うなら、その……褒め殺しにされたのが、恥ずかしかったです……。
 一色くんは「美味しい」の一言でしたが、天羽さんたちは幾度となく賞賛してくれました。
 喜ばしいことではあるんですけど、恥ずかしさの方が強いです。
 と、とにかく、昼食を無事に終えたわたしたちは、行動を再開しました。
 一葉ちゃんと交代して、先頭を歩き出したのは光凜さんです。
 運動公園から離れ、迷いなく足を動かし続けました。
 それは良いんですけど……。

「ひ、光凜さん……?」
「何かしら?」
「近くありませんか……?」
「猪娘とも、手を繋いでいたじゃない」
「そうですけど……」
「夜宵さんは、わたしに触れられるのが嫌なの?」
「え……!? そ、そんなことはありません……!」
「良かったわ。 じゃあ、このままで良いわね?」
「は、はい……」

 悪戯っぽく笑った光凜さんは、指を絡めるように手を繋いで、体を密着させて来ました。
 な、何と言いますか、基本的には冷静沈着な印象なんですけど、たまに豹変するんですよね……。
 至近距離にいる為、彼女の体温を感じるとともに、とても良い香りがします。
 うぅ……何故かドキドキが止まりません……。
 それほど、光凜さんの色香(?)は強烈でした。
 背後を歩く天羽さんと一葉ちゃんから、刺々しい視線が飛んで来ましたけど、今は光凜さんの番だからか、口に出して文句は言わないようです。
 それがわたしにとって幸か不幸か、判断が難しいですが……。
 一色くんに至っては無反応で、相変わらず最後尾を付いて来ています。
 別に……最初から何も期待していませんよ。
 そう思いながら、どうしても不満に感じずにはいられません。
 仏頂面になっている自覚もありますけど、どうせ彼には見えませんし、気にする必要は――

「夜宵さんは、一色くんが好きなのかしら?」
「へ……!?」
「その反応……やっぱりそうなのね」
「い、いえ……! 今のは驚いただけで、決してそう言う意味では……!」
「ふぅん。 なら、わたしが夜宵さんを好きだと言ったら……どうする?」
「どうすると言われましても……嬉しいですよ? わたしだって、光凜さんは好きですし」
「そうじゃなくて……はぁ、仕方ないわね。 行きましょう」
「……? はい」

 何やら溜息をついた光凜さんに手を引かれて、少しだけ足を速めました。
 彼女の顔には、苦笑が浮かんでいます。
 変なことを言ったでしょうか……?
 わたしは間違いなく光凜さんが好きですし、天羽さんも一葉ちゃんも好きです。
 一色くんに関しては……どうなんでしょうね。
 嫌いじゃないのは間違いありませんけど……す、好きと断言するには抵抗があると言いますか……。
 我がことながら、いまいち理解出来ませんが、今は置いておこうと思います。
 少しだけ胸が高鳴り、頬が朱を帯びているのを感じつつ、交互に足を踏み出しました。
 しばしして立ち止まったのは、大きな建物の前。
 何らかの施設なのはわかりましたが、詳細は不明です。
 不思議に思ったわたしが小首を傾げ、傍にいる光凜さんに目を向けると、彼女は優し気に目を細めて教えてくれました。

「ここは劇場で、いろんな催し物が行われているの。 日によって内容は違うから、毎日来ても楽しめるわ」
「そうなんですね。 じゃあ、今からここで何か観るんですか?」
「えぇ、わたしお勧めの演劇よ。 人数分のチケットを用意したから、皆で観ましょう」

 そう言って光凜さんは、5枚のチケットを取り出しました。
 山奥で暮らしていたのですから、当然と言えば当然ですけど、演劇を観るなんて初めてです。
 ワクワクする気持ちを抱きながら、光凜さんの持つチケットの1枚を取ろうとしましたが――

「夜宵さんは、こっちね」

 寸前で、彼女は別の1枚を差し出しました。
 何か理由があるんでしょうか?
 怪訝に思いつつも受け取ったわたしに、光凜さんは微笑んでくれましたけど……一瞬だけ、瞳が怪しく光った気がします。
 気のせいであって欲しいですね……。
 その後、彼女は自分もチケットを確保してから、残りの3枚を天羽さんに押し付けました。
 急に雑じゃないですか……?
 そう感じたのはわたしだけではないらしく、天羽さんと一葉ちゃんも不服そうでしたが、チケットを奢ってもらっているのは動かせない事実。
 文句を言うのは筋違いと思ったのか、渋々と言った様子で押し黙っています。
 何はともあれ、全員がチケットを握りました。
 一色くんも素直に従っていて、常の無表情で佇んでいます。
 楽しみにしているのか、そうでもないのか、全くわかりません……。
 まぁ、付き合ってくれているだけでも、良しとしましょうか。
 内心で自分に告げたわたしは、光凜さんに続いて劇場に入り、係員さんにチケットを見せました。
 中は薄暗くて、何が始まるのかと更にワクワクします。
 逸る気持ちを抑えて自分の席に向かおうとしましたが、そこで思わぬ事態に見舞われました。

「待って、夜宵ちゃん! そっちは特等席だよ? あたしたちは向こう」
「え? ですが一葉ちゃん、チケットには確かにこちらだと書かれているんですが……」
「何だと? まさか神代、貴様……」
「あら、わたしとしたことが。 間違って違う席を買ってしまったようね。 変更は出来ないから、このまま観ましょう。 と言うことで、四季さんたちは一般席で楽しんでちょうだい」
「陰険女! あんた、夜宵ちゃんと2人きりになる為に、あたしたちを嵌めたのね!?」
「人聞きの悪いことを言わないで、猪娘。 タダでこの演劇を観れるのだから、感謝して欲しいわ」
「だったら、そのチケットを買い取ろう! 言い値を支払うぞ!」
「お断りよ。 四季さんたちは大人しく、向こうに行ってね。 夜宵さん、行きましょう」
「あ、あの……」

 漠然と状況は把握出来ましたが、どう対応するべきかは決めかねました。
 結局、光凜さんに手を引かれるまま、特等席とやらに入ります。
 背後を振り返ると、プンスカした一葉ちゃんと苦虫を噛み潰したような天羽さん、そして……何を考えているか判然としない、一色くんが目に映りました。
 本当に、彼のことはわかりません……。
 勿論、一色くんに限らずわたしに人の心なんて読めませんけど、それを差し引いても難しい人です。
 とは言え、今は深く考えないでおきましょう。
 過程はともかく折角の特等席ですし、一葉ちゃんたちには悪いですが、満喫させてもらおうと思いました。
 半ば強引に開き直ったわたしは、光凜さんとともに2階に上がり、個室に入ります。
 あまり広くありませんけど、二人掛けの椅子と低いテーブルが置かれ、眼下にある舞台が良く見えました。
 これが特等席ですか……。
 劇場のことはほとんど知りませんが、確かに何か凄いです。
 やや呆然としたわたしが入口に立っていると、椅子に腰掛けた光凜さんが声を掛けて来ました。

「夜宵さん、座って?」
「あ……は、はい」
「緊張しなくて良いのよ。 ゆっくりしてね」
「が、頑張ります」
「ふふ、頑張る必要なんてないわ。 ……可愛いわね」
「光凜さん……?」
「何でもないわ。 それより、飲み物でもどうかしら? 特等席なら無料だから、遠慮しなくて良いわよ」
「えぇと……でしたら、お願いします」
「素直で良いわね。 少し待ってて」

 そう言って立ち上がった光凜さんは、壁に備え付けられていた受話器で、何かを注文しているようでした。
 どんな飲み物なんでしょうね。
 気になりましたが、楽しみにさせてもらいましょう。
 すぐに戻って来た光凜さんは隣に腰掛け、身を寄せて来ました。
 う、薄暗くて2人きりだからか、さっきよりも恥ずかしいです……。
 彼女には見えていないでしょうけど、顔が赤くなっているに違いありません。
 じ、女性同士ですし、そこまで気にする必要はないかもしれませんが……。
 そのまま無言の時間が過ぎ去ると、個室のドアがノックされました。
 思わずビクリと肩を震わせたわたしに構わず、すぐさま光凜さんが応対します。
 受け取ったのは1本の瓶と、2つのグラス。
 これって、もしかして……。
 困惑に目を丸くしたわたしに反して、光凜さんは楽し気に口を開きました。

「さぁ、乾杯しましょう」
「か、乾杯って……やっぱり、お酒なんですか……?」
「そうよ。 ワインと言って、とても貴重なの。 大昔は結構、一般的にも飲まれていたそうだけれど」
「そ、そんなに貴重な物を、お酒を飲んだことのないわたしが頂いて良いんでしょうか……?」
「勿論よ。 夜宵さんは成人しているのだし、問題なんてないわ」
「え……。 わたし、光凜さんに年齢を言いましたっけ……?」
「ふふ、天羽家ほどじゃないけれど、神代家の情報網も中々でしょう?」
「そ、そう言うことですか……」

 ニヤリと笑う光凜さんに、わたしは硬い笑みを返しました。
 年齢くらいどうと言うこともないですが、他に何を知られているんでしょう……。
 まさか、あのことは知らないですよね……?
 絶対とは言えませんが、流石に考え難いです。
 首都に来てから使っていないですし……。
 微妙に警戒心を高めたことに気付いたのか、光凜さんは苦笑しながらわたしの頭を撫でて、優しく言葉を紡ぎました。

「心配しなくても、夜宵さんが嫌がるようなことはしないわよ」
「あ……有難うございます」
「お礼なんて必要ないわ。 その代わり、もう少し信用してもらえると嬉しいわね。 まぁ、まだ出会って間もないのだから、仕方ないかしら」
「し、信用していない訳じゃないんです。 光凜さんたちには、凄く良くしてもらっていますし。 ただ……」
「ただ?」
「……『無字姫』と呼ばれるわたしと、どうして仲良くしてくれるのか、疑問があるのは否定出来ません」

 あまり考えないようにしていましたが、これに関してはずっと付いて回っていることです。
 『無字姫』は、ヒノモトの民から疎まれる存在。
 それが当然だと思って、今まで生きて来ましたから。
 事実として、言魂学院の生徒たちの大半も、わたしに対して良くない感情を抱いています。
 だからこそ、謎に思っていたのですが――

「『肆言姫』は、特別な存在なのよ」

 舞台の方を見ながら、突然語り出した光凜さん。
 寂し気とはまでは言いませんが、儚げな笑みを浮かべています。
 どうしたんでしょうか?
 正直なところ驚きましたが、ひとまず様子を窺います。
 すると彼女は、ポツリポツリと言葉を落としました。

「良くも悪くも目立って、様々な思惑を持った人たちが近付いて来るわ。 良い人ばかりじゃなくて、中には『肆言姫』の力を使って、富や名声を得ようとするような人も、決して少なくないのよ。 今では慣れたけれど、それまでは結構大変だったわ」

 苦笑交じりでしたが、光凜さんの声にはいろんなものが込められていました。
 『肆言姫』って華々しいイメージでしたけど、思ったより苦労があるんですね……。

「だから、自然と相手がどう言った人間か、見抜こうとする癖が付いたの。 これはきっと、他の『肆言姫』も同じね」

 まだ話は見えませんが、内容には頷けます。
 そうじゃないと、悪意を持った者を排除出来ません。
 胸中で納得しつつ沈黙しているわたしに、光凜さんはようやく振り向き、微笑みました。

「そんなわたしたちから見て、夜宵さんはとても心地良い人なのよ」
「心地良い……?」
「えぇ。 安心して関われると言うのかしら。 とにかく、一緒にいて落ち着くの」
「うぅん、自分では良くわかりません……」
「ふふ、そうでしょうね。 とにかく、仲良くしたい理由はそう言うことよ。 四季さんたちに確認した訳じゃないけれど、似たようなものだと思うわ」
「……わかりました」

 と言いつつ、完全に咀嚼出来た訳ではありません。
 自分がそんなに、大層な人物だとは思えませんし……。
 それでも、本当に光凜さんたちの役に立てているのなら、とても嬉しいです。
 思わず薄っすらと笑みを浮かべたわたしは、改めて彼女たちと関係を育んで行こうと誓いました――が――

「まぁ、それだけじゃないけれど」
「え?」
「夜宵さん、とても可愛らしいから。 どうしても愛でたくなるのよね。 出来れば独り占めしたいわ」
「え、えぇと……?」
「そうやってオドオドしているところも、可愛いわよ」
「あ、有難うございます……?」

 訳もわからないまま、お礼を言ってしまいました。
 対する光凜さんは蠱惑的な笑みを湛え、ワインの入った瓶を手に取ります。
 2つのグラスに注がれ、片方を差し出されました。
 飲め……と言うことですよね。
 強引に飲ませるのは良くないですし、断っても怒られないとは思いますが……ここは、挑戦してみましょう。
 ゴクリと喉を鳴らしたわたしは、僅かに震える手でグラスを持ち上げ、光凜さんと向き合いました。
 彼女は余裕綽々と言った感じで、凄く大人に見えます。
 この場合は、わたしが子ども過ぎるのかもですけど……。
 変なところで少しばかりのダメージを受けつつ、光凜さんに促されて軽くグラスを合わせました。
 人生で初めての乾杯。
 これで、わたしも大人の仲間入りですね。
 ……ちょっと違いますか。
 またしても妙なことを考えながら、おっかなびっくりグラスに口を付けます。
 反射的に目を瞑ってしまいましたけど……思ったよりも飲み易い……?
 言うまでもなくアルコールの感覚には慣れませんが、もっと強い衝撃に襲われると思っていました。
 しげしげとグラスを眺めていると、クスクスとした笑声が耳朶を打ちます。
 ハッとして視線を移した先では、ワインを嗜みながらこちらを見ている、光凜さんがいました。

「夜宵さんって、本当に面白いわね」
「あの……それは、褒められているんでしょうか……?」
「当然でしょう? 貴女ほど素敵な人、わたしは他に知らないわ」
「そ、そこまで言われると恥ずかしいですが……。 そ、それより、ワインって飲み易いんですね」
「そう言う銘柄を選んだの。 夜宵さんは、初めてかもしれないと思っていたから」
「な、なるほどです。 気を遣わせて、すみません……」
「気にしないで? どうせなら、美味しく飲んで欲しいもの。 ほら、遠慮せず続けて?」
「は、はい」

 光凜さんに優しく言われて、2口目を飲み干します。
 最初よりも衝撃が和らいで、美味しさが際立ちました。
 これは、お酒を好む人が多いのも、理解出来ますね……。
 あ、でも、ワインは貴重なんでした。
 しかも光凜さんが用意してくれた物ですし、恐らく簡単には手に入らない気がします。
 改めて彼女に感謝しようと思いながら、気付かないうちにペースが上がっていたのかもしれません。
 だんだんとボンヤリして来て、フワフワした感じがして、気持ち良くなって来ました。
 なんだか、楽しいですね。
 いまいち現実感がないまま光凜さんを見ると、バッチリ目が合いました。
 怪しげな雰囲気でわたしを凝視していましたが、おもむろに口を開きます。

「夜宵さん、大丈夫?」
「はい……」
「ふふ……酔っているわね?」
「そんなことないですよ……?」
「酔い方まで可愛いんだから。 ……ねぇ、キスしても良いかしら?」
「はい……」

 光凜さんの瞳の光が、強くなった気がします。
 何を言っているかわかりませんでしたけど……別に良いですよね?
 わたしの返答を聞いた光凜さんが、顔を近付けて来ました。
 うぅん……どう言う状況でしょう?
 ……まぁ、気にする必要ありませんか。
 そうして、次第に顔が近付いて来て――

「……流石にアンフェアね」
「はい……?」
「何でもないわ。 それにしても、夜宵さんは無防備ね。 心配になるじゃない」
「えぇと……ごめんなさい……」
「謝らなくて良いのよ。 わたしが守ってあげるから、安心して良いわ」
「はい……安心します……」
「良い子ね。 さぁ、そろそろ演劇が始まるわ。 楽しみましょう……と言いたいところだけれど、眠くなったら寝て良いわよ」
「ふぁい……そうします……」

 間もなくして、幕が上がりました。
 ですが、わたしが覚えているのはその辺りまでです。
 いつの間にか眠っていたらしく、終演して光凜さんに起こされるまで、目を覚ましませんでした。
 あまりにも失礼なことをしたと思ったわたしは、猛烈に後悔しましたけど、彼女は一切責めませんでしたね……。
 それどころか、良いものを見せてもらったと言っていました。
 光凜さんの真意はさっぱりわかりませんけど、ひとまず良かったです。
 その後、天羽さんたちと合流したわたしは、怒涛の質問攻めに遭いました。
 光凜さんに変なことをされなかったかと聞かれましたが、何もありませんでした……よね?
 記憶が若干朧気ながら、大丈夫だったと信じています。
 わたしの言葉に、天羽さんと一葉ちゃんは胸を撫で下ろしていましたけど、一色くんは別のところに着目していました。
 天羽さんたちが、光凜さんに詰め寄っている隙に近寄って来た彼は、声量を落として尋ねます。

「無明、酒を飲んだのか?」
「え……? ど、どうしてわかったんですか?」
「匂いだ」
「に、臭い……!?」
「そんなに取り乱さなくても、悪い意味じゃない。 ただ、飲み過ぎるのは気を付けろ。 いつでも、どんな状況でも戦えるように、備えておくのが大事だ」
「あ……は、はい、すみません……」
「気に病む必要はない。 試しに飲んでみないと、自分の適量もわからないからな。 そう言う意味では、良い機会だったんじゃないか?」
「そ、そう思います。 美味しかったですし」
「それは何よりだ」

 その言葉を置き去りに、一色くんが傍を離れました。
 相変わらずのマイペースですが……今回も心配してくれたのでしょうか……?
 悩ましいところですけれど、気に掛けてくれたのは確かです。
 彼の言動に左右されるのは好ましくありませんが……嬉しく思いました。
 頬が弛緩して、体が軽くなったかのようにすら錯覚しています。
 こうして『肆言姫』3人による案内が終わる頃には、首都が夕焼けに染まろうとしていました。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、「第21話 キスの先にあるもの」は、明日の12:30公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
♥がとても励みになります。
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