言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~

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第1章 無字姫、入学す

エピローグ 一歩踏み出す勇気

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 目覚めたわたしが最初に目にしたのは、見覚えのある天井でした。
 ここは……天羽さんとの決闘で倒れたあと、運ばれた医務室ですね。
 あれからまだ大して経っていないのに、随分と昔のように感じます。
 と言いますか、本当に助かったんですか……。
 本気で死を覚悟していたので、まだ現実味がありません。
 布団に寝たまま、試しに手を顔の前に持ち上げて、握ったり開いたりしてみました。
 うん……動いていますね。
 酷い倦怠感はありますけど、それ以外は全く問題なさそうです。
 ボンヤリとして、いまいち頭が働いていない気がしますが、心底ホッとしました。
 ですが、それと同時に謎が残ります。
 いったい、何がどうなって生き残ったのでしょうか……?
 一色くんが何かしてくれたのは、間違いないと思うんですけど……。
 気になって仕方ありませんが、その前に確認したいことがあります。
 そんなわたしの気持ちが天に通じたのか、引き戸がノックされました。

「は、はい」

 横になったまま、反射的に返事しました。
 すると、引き戸の向こうから聞こえて来たのは、以前と同じ声。

「良かった、目が覚めたのね。 入って良いかしら?」
「橘先生……。 はい、大丈夫です」
「有難う、失礼するわね」

 そう言って入室して来た彼女は、一見すると普段通り。
 しかし、非常に疲れていることが、見て取れました。
 当然と言えば当然かもしれませんけど、橘先生も戦っていたんですね……。
 彼女の言魂が何だったのか聞きたくなりましたが、今はもっと大事なことがあります。

「橘先生、首都の人たちはどうなりましたか……? 天羽さんたちは……?」
「心配いらないわ。 怪我人は山ほど出たし、街の被害は大きいけど、幸い死人は出てないから。 『十魔天』が攻めて来たことを思えば、奇跡みたいなものよ。 無明さん、本当に有難う。 これも、貴女のお陰ね」
「そ、そんな……わたしだけの功績じゃないです」
「えぇ、わかってるわ。 他の言魂士たちも、良く頑張ったと思う。 でも、やっぱり『十魔天』を仕留めた無明さんが、1番の功労者よ。 だから、もっと胸を張りなさい」
「……はい、有難うございます」

 傍に座った橘先生の優しい言葉に、わたしは苦笑しました。
 こうまで褒められるとこそばゆいですが、嬉しいです。
 何にせよ事態が終息したことに、改めて安堵しましたけど、一転して橘先生がニヤリと笑いました。
 な、何ですか……?
 嫌な予感がして身構えていると――

「それにしても、透……一色くんには驚いたわね」
「一色くん……? 彼がどうかしたんですか?」
「あ、知りたい?」
「そ、それは……まぁ……」
「ふーん、そうなんだー。 無明さんは、一色くんが気になって気になって、仕方ないのねー」
「そ、そこまでは言っていません……!」
「じゃあ、教えなくても良いの?」
「……教えて下さい」
「んー、どうしよっかなー」

 ニヤニヤ笑う橘先生。
 もう、意地悪しないで下さいよ……!
 痺れを切らして、強めに声を発しそうになりましたが、直前で彼女が言葉を放り込みました。
 そしてその言葉は、わたしに大きな衝撃を与えたのです。

「彼、無明さんが危ないって言い出して、近くの魔物を全部わたしに押し付けて行っちゃったのよ」
「え……?」
「普段の姿からは、想像も出来ないくらい取り乱してたわ。 よっぽど、貴女が大事なのね」
「ほ、本当ですか……?」
「本当よ。 そのせいで、わたしは死ぬほど苦労したんだから」
「えぇと……ごめんなさい……」
「ふふ、無明さんが謝る必要なんてないわ。 一色くんの、意外な一面が見れたことだし。 暫く楽しめそうよ」

 言葉通り楽しそうに笑う橘先生を、わたしは複雑な心境で見やりました。
 これは……一色くんをからかって遊ぶつもりですね……。
 彼女が優しいだけの人物じゃないことは知っているつもりでしたが、どうやら悪戯癖もあるようです。
 それはともかく……い、一色くんが、そこまで想ってくれているなんて……。
 実際のところはわかりませんけど、全くの嘘でもないと思います。
 思わず頬が緩みそうになりましたが、そこに鋭い声が響きました。

「無明さん」
「は、はい」
「あの力は、もう使わないで」
「……! 橘先生……」
「『十魔天』を倒すほど強力な……いえ、強過ぎる力。 今はわたしと学院長、一色くんの3人しか知らないけど、他の人に知られたら何が起きるかわからないわ。 それに、貴女が命の危機に陥ったのは、あの力の代償なんでしょ? そんなもの、使わせる訳には行かないわ」
「ですが、今後の戦いを考えれば……」
「駄目よ。 今回は助かったけど、次もそうだとは限らないんだから。 いえ、彼なら何度でも助けるかもしれない。 けど、それは……」
「橘先生……?」

 先ほどの様子が嘘のように、橘先生は沈痛な面持ちを浮かべています。
 彼女が何を言いかけたのか問い質したいと思いつつ、絶対的な拒絶を感じました。
 詳しいことはわかりませんけど、何か抱えているようですね……。
 そう考えたわたしは、重い空気を打ち破るかのように、敢えて明るく宣言しました。

「わかりました。 あの力に頼らなくても良いくらい、強くなってみせます」
「……有難う、そうしてくれると助かるわ」
「こちらこそ、お気遣い有難うございました。 それでは、わたしはそろそろ寮に帰ります」
「え? 夜も遅いし、無理せず今日はここに泊まったら? 外傷はあまりないけど、もう少しで死ぬところだったのよ?」
「大丈夫です。 万全の状態とはお世辞にも言えませんけど、歩いて帰るくらいは問題ありません。 自室の方が、ゆっくり休めると思いますし」

 布団の上で身を起こしながら、はっきりと告げました。
 この言葉は本心ですが、全てを打ち明けた訳でもありません。
 だって、恥ずかしいですし……。
 今、わたしの頭に浮かんでいるのは、同室の少年。
 これは、出来るだけ早くお礼が言いたいのであって、会いたいとかそう言うことでは……ないですよ?
 顔が紅潮するのを感じながら、可能な限り平静を装いました。
 もっとも、橘先生はニヤニヤ笑っていますが……。
 な、何か誤解しているようですが、気にしません。
 あくまでも態度を崩さずにいると、苦笑を漏らした橘先生が口を開きました。

「そう言うことなら、仕方ないわね。 あ、そう言えば、明日は急遽休みになったから。 無明さんも、くれぐれも安静にしなさい」
「はい、わかりました。 橘先生、今日はお疲れ様でした。 失礼します」
「無明さんこそ、お疲れ様。 改めて、有難う。 ヒノモトの民を代表して、感謝するわ」

 柔らかく微笑んだ橘先生に、わたしも笑顔を返します。
 彼女の本質は未だに掴み切れていませんけど、今の笑みは本物でした。
 そうして挨拶を済ませたわたしは、重い体を引き摺るようにして医務室をあとにします。
 うぅん……問題ないとは言いましたが、やっぱりしんどいですね……。
 でも、寮までの辛抱です。
 急ぐ必要もありませんし、のんびり行きましょう。
 などと考えながら、廊下を歩んでいると――

「夜宵さん、大丈夫かしら……」
「神代、橘先生が心配いらないと仰っていただろう。 ……もっとも、わたしも不安ではあるが……」
「だよねぇ、四季ちゃん……。 ねぇねぇ、やっぱり医務室に行こうよ!」
「待ちなさい、猪娘。 夜宵さんは、危険な状態だったのよ? 今は大人しく待ちましょう」
「む~!」

 光凜さんの言葉を受けた一葉ちゃんが、涙目で頬を膨らませています。
 可愛らしいですね……。
 ……あ、そうじゃありませんでした……!
 え、えぇと、取り敢えず挨拶しましょう。

「み、皆さん、お疲れ様です」
「え!? 夜宵ちゃん!? もう大丈夫なの!?」
「猪娘、夜中に大声を出さないで。 でも夜宵さん、実際どうなの? まだ寝ている方が良いと思うけれど……」
「神代の言う通りだ。 『十魔天』と1人で戦ったのだろう? 無理はするな」

 猛烈な勢いで詰め寄って来そうだった、一葉ちゃん。
 そんな彼女を、袴の襟を後ろから掴んで止めた光凜さん。
 2人をよそに、真剣な面持ちで声を掛けて来た天羽さん。
 良かった、いつも通りですね……。
 なんとなく安心したわたしは、なるべく自然な笑みを心掛けて言い返しました。

「ご心配をお掛けしました。 ですが、もう平気ですよ。 疲れはかなり残っていますけど、それだけです」

 淀みなく言い切りました……が、返事はありません。
 全員がこちらをジッと見て、何かを探っているかのようです。
 い、居心地が悪いですね……。
 しかし、敢えて笑みは崩さないでおきましょう。
 その後、時計の秒針が1回転するほどになって、ようやく空気が弛緩しました。

「ふむ……嘘ではないようだな」
「えぇ、四季さん。 良かったわ……」
「ぐす……夜宵ちゃん~! 心配させないでよ~!」

 腕を組んだ天羽さんと、胸元に手を当てた光凜さんが苦笑を交わし合い、一葉ちゃんは大泣き。
 その姿から、本気で不安だったんだと察したわたしは、改めて言葉を紡ぎました。

「安心して下さい、もう何ともないですから。 それより、皆さんの方こそ怪我はありませんか?」
「ぐす……当然だよ! 四季ちゃんと陰険女はともかく、あたしは余裕だったんだから!」
「聞き捨てならんな、九条。 余裕かどうかで言えば、わたしも一切の問題はなかった」
「本当かしら。 四季さんも猪娘も、実は苦戦したのではないの? わたしは余裕だったけれど」
「あたしが1番、余裕だったってば!」
「わたしだ!」
「わたしよ」

 睨み合う、3人の『肆言姫』。
 にわかに騒がしくなる、夜の校舎。
 何と言いますか、不毛ですね……。
 いえ、元気なのは良いことなんですけど。
 何はともあれ無事は確認出来ましたし、気になっていたことを聞いてみましょう。

「そ、そう言えば、早乙女さんたちの容態はどうなんでしょう。 天羽さん、何か聞いていませんか?」
「む。 美紗たちなら、もう心配はいらない。 完全復帰にはまだ掛かりそうだが、峠は越した。 後遺症も残らないと聞いている。 信じてはいたが……正直なところ、ホッとした」
「そうですか……良かったです。 わたしも、それを聞いて安心しました」

 優し気に微笑んだ天羽さんにつられるように、わたしも胸を撫で下ろして笑みをこぼしました。
 わかっていたつもりですけど、実際に報告として聞くと違いますね……。
 早乙女さんたちの面会に行った夜、わたしは【一筆魂書】を使いました。
 書いた文字は、【治癒力】。
 幅広い解釈が出来ますけど、今回はそのままでした。
 彼女たちの自然治癒力を、格段に上昇させたんです。
 やろうと思えば【完全回復】とかも書けたんですけど、それをするには2つの問題がありました。
 1つは単純に、わたしの命が大きく削られること。
 3文字でも結構な消耗がありましたが、4文字ともなるとそれが更に跳ね上がります。
 もう1つは、あまりにも突然治ったら、違和感を持たれそうだと言うこと。
 【一筆魂書】をなるべく秘密にしたかったので、あくまでも自然治癒力を上げる方針にしました。
 とにもかくにも、懸念していたことが解消されたわたしですが、そこであることに気付きます。
 天羽さんたちが、何やら落ち着きを失くしていることに。
 何かありましたか……?
 疑問に思って小首を傾げると、3人を代表するかのように、一葉ちゃんが口を開きました。

「夜宵ちゃん、お願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
「えぇと……内容によりますけど、出来ることでしたら……」

 このときわたしは、少なからず警戒していました。
 反省はしたようですけど、以前のキスの件もありますし……。
 ところが――

「えっと……一色に、謝っておいて欲しいの」
「へ……? 一色くんに……?」
「うん。 あいつ、首都の人たちを守る為に、すっごく頑張ってくれたみたいだから。 今でもムカつくところはあるけど……見直しちゃった」
「見直した……。 光凜さんと天羽さんも、ですか……?」
「そうね。 まだ完全に受け入れられた訳ではないけれど、認めない訳には行かないわ」
「わたしもだ。 第一印象は最悪に近かったが……奴は紛れもなく、特務組に必要な言魂士だ」
「……そうですか」

 目を泳がせながらも、はっきりと言い切った『肆言姫』たち。
 思わぬ申し出でしたが、とても嬉しくなりました。
 仲良しとまでは言えないかもしれませんけど、本当の意味で仲間になれたように感じます。
 これで安心……して良いんですよね……?
 一色くんたちが親密になるのは、喜ばしいこと……のはず。
 それなのに、少しばかり不安に思うのは、何故でしょうか……?
 理由を考えようとしましたが、なんとなくやめた方が良い気がしました。
 その代わりに、意識を切り替えて訂正しておきます。

「皆さんの気持ちはわかりましたけど、一色くんは謝罪を求めないと思いますよ」
「そうかもしれないけど……」
「ですから一葉ちゃん、お礼を伝えましょう。 その方が、きっと彼も喜びます」
「喜ぶ一色と言うのも想像し難いが……無明がそう言うなら、わたしは構わない。 九条と神代はどうだ?」
「あたしも、それで良いかな」
「わたしもよ。 夜宵さん、よろしくお願いね。 本当は自分で言うべきなのでしょうけれど……それはまだ、抵抗があるから」

 珍しく恥ずかしがっている光凜さん。
 天羽さんと一葉ちゃんを見ると、似たような反応を見せています。
 これは……危険ですね。
 あ、いえ、別に何ら問題ありません。
 彼女たちと一色くんの距離が縮まるのは……良いことです、はい。
 微妙にモヤモヤしつつ笑顔を作って、快く引き受けました。

「わかりました。 では、そろそろ部屋に戻りますね。 天羽さんたちも、しっかり休んで下さい」
「あぁ、そのつもりだ。 ではな、無明」
「夜宵さん、お疲れ様。 お休みなさい」
「またね、夜宵ちゃん!」

 3人に見送られたわたしは、肩越しに手を振りながら歩み去りました。
 そして校舎を出て、帰路に就こうとしたのですが――

「待っていてくれたんですか?」

 建物の死角に向かって、呼び掛けました。
 すると、姿を現したのは一色くん。
 前にも同じことがあったので、念の為に気配を探ってみたんですけど、本当にいるとは……。
 照れ臭い感じと嬉しさが同居した気分になりましたが、彼は淡々と声を発します。

「帰るぞ」

 こちらを一瞥しただけで、一色くんは歩き出しました。
 相変わらずマイペースですけど、嫌だとは思いません。
 苦笑を浮かべたわたしは大人しく付いて行き、1歩後ろを歩きます。
 しばしの間、無言の時間が流れましたけど……心地良いと思いました。
 ですが、言うべきことは忘れていません。

「一色くん、天羽さんたちがお礼を言っていましたよ」
「お礼?」
「はい。 一生懸命に街の人たちを守ってくれて……見直したそうです」

 微かに言葉を詰まらせながら、きちんと告げました。
 対する彼は、足を止めないまま沈黙しています。
 今、どんな気持ちなんですか……?
 可愛い女の子たちにお礼を言われて、嬉しいですか?
 思わず注意深く、様子を観察していましたが――

「そうか」

 返って来たのは、たったの一言。
 だからと言って雑な訳じゃなくて、きちんと受け取った上での言葉に聞こえました。
 うぅん……何とも判断し辛いですね。
 い、いえ、わたしがどうこう言うことじゃないですが。
 複雑な思いを抱いて歩みを進めていると、前を向いたまま一色くんが声を投げて来ました。

「戦いの前に俺が言ったことを覚えているか?」
「え? 言ったこと、ですか……?」
「条件を出しただろう?」
「あ……は、はい……」
「守らなかったな?」
「う……それは……」

 厳しく追及されて、縮こまってしまいました。
 これに関しては、何を言われても仕方ないですね……。
 内心でビクビクしたわたしは、大人しく続きを待ちます。
 ところが、聞こえて来たのは意外な言葉でした。

「まぁ、それはもう良い。 結果として、生き残った訳だしな」
「え……あ、有難うございます」
「だが、今回のことでわかっただろう? 今のお前が『十魔天』と単独で戦うには、力が足りない」
「……はい、痛感しました」
「だったら、次回からはもっと慎重に行動しろ。 わかったか?」
「……はい」

 口調こそ刺々しいものでしたが、一色くんがわたしを心配してくれているのは、充分に伝わって来ました。
 確かに、甘かったです。
 わたしだけの力では、到底……あ。
 そこであることを思い出したわたしは、慌てて口を開きました。

「そ、そう言えば、力を貸してくれて有難うございました。 『葬命』を強化してくれたこともですけど……髪飾りも、一色くんが何かしてくれたんですよね?」
「まぁな」
「やっぱり……。 ですが、いったいどうやって――」
「待て」
「え……? な、何ですか?」
「もう1つの条件だ。 俺の力を詮索するのを禁じる。 ついでに、他人に話すことも」
「……つまり、何かはあるんですね?」
「黙秘する」

 こちらを見ることもせず、一色くんはバッサリと切り捨てました。
 むぅ……どうあっても話す気はなさそうですね……。
 気になって仕方ないですが、諦めるしかなさそうです……。
 溜息をついたわたしは、この話題は終わらせて、別の事柄に着手しました。

「ハンカチはどうしましょう? 一応洗ったんですけど、何でしたら新しく買いましょうか?」
「返す必要はない。 新しい物もいらない」
「で、ですが、それだと……」
「しつこいぞ」
「うぅ……」

 ピシャリと遮られて、涙目で俯いてしまいました。
 そんなに、拒否しなくても良いじゃないですか……。
 立ち止まったわたしを、一色くんは置いて行くかと思いきや――

「……そんなに気になるのか?」

 肩越しに振り向いて、どことなく困った様子で尋ねて来ました。
 ハッとしたわたしは顔を振り上げて、コクコク頷いて言い募ります。

「や、やっぱり、もらいっ放しは嫌なんです。 一色くんには、他にもいろいろお世話になっていますし……」
「そうは言うが、俺は毎日食事を作ってもらっているぞ?」
「そ、それは部屋の使い方に関する取り決めなので、この場合はノーカウントです」
「まったく……無駄に律儀な奴だ」
「だって……」
「わかった、そこまで言うなら受け取ろう。 ただし、条件がある」
「ま、またですか……?」
「嫌なら、この話はここまでだ」
「……聞かせて下さい」

 今度は何かと、わたしは緊張していました。
 そしてこの緊張は、ある意味で正しかったです。

「明日の休み、1日付き合え」
「……へ?」
「無論、体調が優先だ。 無理はしなくて良い」
「そ、そうじゃなくて、1日付き合うって……どこに行くんですか……?」
「具体的には決めていない。 敢えて言うなら、適当に街に出掛けようと思っている。 被害は大きかったが、言魂の力で既に復興はかなり進んでいるからな。 そのときに、ハンカチも買えば良い」
「それって……」

 デート。
 ……い、いや、いやいやいやいや、そんな訳ないですよね……!?
 い、一色くんがわたしを……デ、デートに誘うだなんて……あり得ません……!
 でも……だとしても……一緒にお出掛け出来るのは……た、楽しみです。
 心臓が早鐘を打つのと、顔が紅潮するのを自覚しつつ、深呼吸してから返事しました。

「わ、わかりました。 その条件を……飲みます」
「そうか。 では、帰るぞ」
「は、はい……」

 ドキドキしているわたしに構わず、あっさりと歩みを再開させる一色くん。
 なんて不公平なんでしょう……。
 不満に思って頬を膨らませましたが、次いで苦笑に変わりました。
 本当に、この人は……どうしようもないですね。
 背中を追い掛けながら、嘆息します。
 ですが、どうしても憎くは思えません。
 マイペースで、つっけんどんで、厳しくて……誰よりも優しい。
 そんな彼をわたしは……い、良い人だと思っています。
 ますます顔が赤くなるのを感じつつ、遅れず付いて行きました。
 言魂学院に来て、いろんなことを経験しましたが、まだ始まったばかり。
 これからも様々なことが起きるでしょうけど、頑張って乗り越えましょう。
 決意を新たにしたわたしは、力強く足を踏み出しました。










 尚、翌日のお出かけの際、壊れた髪飾りの代わりに新しい物を押し付けられたわたしは、悲鳴を上げることになるのでした……。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまで読んで頂き、有難うございます。
これにて第1章は完結です。
第2章~最終章までの流れは考えていますが、どのタイミングで続きを書くかは未定です。
もしよろしければ、一言でも感想をもらえると励みになります。
♥もお待ちしています。
改めまして、有難うございました。
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