天国に一番近い駅〜死のうとした僕を救ってくれた人〜

紅 匠

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きさらぎ駅お悩み相談室!(1)

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 駅員が、椅子に座った僕の前に、一つ奇妙なカップを置き、僕の前の椅子に座った。それにしても妙なカップだ。形は西洋のティーカップだが外の柄は和風で紅葉したモミジと金色の川が描かれている。中身は多分コーヒーか紅茶だろう。

「飲まないの。結構良い茶葉使ってるんだけどな。」

 僕がカップを見るばかりで一向に口をつけないので、駅員が言った。

 僕はそのカップの中に入ったベージュの液体を少し、体に注ぎ込む。紅茶の独特な香ばしい香りが鼻腔を突き、体中に広がっていく。とても美味しかった。自分の約17年の人生の中で、こんなにも美味しい飲み物は飲んだことがない。

 もう二口だけ飲んで

「ふぅ...」と息を着く。今気付いたが駅員がすごい笑顔で僕を見ている。

「どう ?美味しいでしょ。若い頃から紅茶たてるのが趣味で、毎日たててるから、味にはかなり自信があるんだ。」

 僕は正直に首を縦に振る。すると、駅員は軽くガッツポーズをしてから、ゆっくりとした口調で、ここの駅がなんなのか、そして、彼は誰なのかを説明し始める...

「ここの駅はね、あの世とこの世の境目なんだよ。みんな最後はこの駅を通ってあの世に行くんだ。いわゆる人生の終点さ。
 
 でもね、たまにそうじゃない人も来ちゃうんだよ。例えば君みたいな。君、死のうとしてたでしょ。でもね、良いこと、教えてあげよう。自殺したらね、その魂はどこに行くと思う?地獄なんだよ。君は悩みが、あって自殺しようとしてるんだろうけど、地獄と比べたらそんな物、最早些細な物なんだよ。それこそ蟻と地球程の差だ。

 しかし、まぁ、ここでどれだけ説教しても、結局、効果のある人間なんてほとんどいない数週間後に今度は本当に乗客として来るのがオチだから。

 この如月駅駅長、兵藤 茂ひょうどう しげるが直々に悩み相談してる訳だよ。」

 僕はポンポンと出てくる説明に脳の処理が追いつかず、呆気に取られていた。ここは死者の来る所?じゃあついさっきホームにいた人達も、それに僕の肩を叩いてくれたあの女子も、みんな死んでいるというのか。

「あ、え...?」

「とにかく君、名前は?」

 そう聞かれた。

君嶋 朔弥きみしま さくやです。」

「朔弥!? 本当に言ってるのかい?」

 兵藤さんが素っ頓狂な声を上げる。

「朔弥って、男子につける名前じゃないだろう。」

 一気に嫌な気分になってきた。クラスメイトのクズ共にも同じ事を言われた。カマだの、オンナオトコだの。

「これは、すまない。どうやら気にしていた事を言ってしまったようだね。」

 不快感が、露骨に顔に出てしまっていたのだろうか。

「そんなに顔に出てました?」

 兵藤さんに聞く。

「いやいや、顔には出てないよ。年の功って奴さ。長らく生きてるとね、分かるんだよ。何というかこう、一気に嫌な空気が流れる感覚かな。」

 今、年の功と言ったが兵藤さんはそこまで歳を取っているようには見えない。多く見積もって六十代前半だ。実際は何歳なんだ。

 それにもう一つ他の疑問が浮かんでくる、兵藤さんって人間なのか。外見はもちろん人間だ。しかしここで働いているという事は、やはり死神か何かの類いだろう。死神かと思った途端この前にいる兵藤さんがとてつもなく恐ろしく感じてきた。

「あの、兵藤さん。一つだけ、聞いていいですか?」

「いいよ、一つと言わず、二つでも、三つでも。」

 まだ、兵藤さんは笑顔を崩さない。

「あなたは、死神、なんですか?」

 何とか、勇気を出して聞くことができた。兵藤さんは一度、目を閉じて、深く息を吸い込む。そして僕の目を覗き込み、話し始める。僕も今回は、なんだか、目を逸らし辛い。

「その質問の答え、君自身は、どう思うんだい? 」

 僕はまた俯いてしまう。今は優しい兵藤さんだが、間違えた答えを言ったら、いつものクラスメイト共みたいになるようで不安なのだ。

 僕が、いつまでも下を向いたままで一向に答えないので、また兵藤さんが話し出した

「無理に今答えを出さなくても、いいよ。でもね、これだけはわかっておいた方が良い。

 世の中、答えだけが全てじゃない、それに辿り着くまでの道にも又、意味がある。君、本とか読むかい?」

 僕は下を向いたまま、小さくうなずく。

「良かった。例えば君が推理小説を読むとしよう。ベストセラー本だ、とても面白い。でも、始めから、犯人から手口まで全て分かっていたとしたら、君にとってその本は面白いだろうか。」

 今度は小さく首を横に振る。

「そうだろう、人生も同じことなんだよ。人は皆ね、日々、今より良い人生にする為に努力してるんだ。初めから富も名誉も全て持っていたら、その人生は面白い物とは言えない物になってしまうだろう。」

 兵藤さんの言う事には何か不思議な力のような物を感じる。この人と話していると、まるで今まで雲のかかっていた心に、少しずつ光が差し込んで来ているみたいな気分になる。

 僕は顔を上げた。心なしか自分の口角が上がっているように思える。

「やっと、ちょっと笑顔になったね。じゃあ、そろそろ、

 どうして自殺なんかしようとしたのか話してくれないかな。」

 この人には話してしまってもいいんじゃないだろうか、心が僕にそう話しかけてきているように感じた。そうして僕は兵藤さんに洗いざらい、全てを話した。

「僕、学校で虐められているんです。いつもいつもいつも『オカマ』呼ばわりされて、初めは軽い悪戯とか、罵詈雑言を浴びせられるだけで済んでたんですけど。次第にどんどんエスカレートして数ヶ月ほど前から殴られたりするようになって、「死ね」だのなんだの言われて、自殺の練習だってさせられたし、財布まで奪われて、先生に言っても無視、今まで親に心配かけさせたくないからって、親にも言ってなかったんです。それで、それで、、、」

 言葉が出てこなくなる。言いたい事はまだまだあるのに。

 今更だが、視界が歪んでいる。まるで水の中から外を見ているようだ。兵藤さんがハンカチを差し出したので、やっとどうしてか理解できた。僕は今泣きかけているのだ。

「もういい、今回はこれぐらいにしておこう。これで涙を拭いて。男が涙を見せていいのは、生まれた時と親の葬式だけだ。」

 僕はハンカチを受け取って、涙を拭った。

「ありがとうございます。」

「ところで、どうかな、全て話してくれた訳ではないだろうけど、大分楽には、なったんじゃないか?」

 確かに、本当に心がかなり軽くなった。さっき心に光が差し込んだように感じたが今は、もう快晴だ。こんな気持ちいつぶりだろう。

「はい。」

 さっき心に光が差し込んだように感じたが今は、もう快晴だ。こんな気持ちいつぶりだろう。

「じゃあ、今回は、そろそろ帰りなさい。」

 兵藤さんがそう言った途端、電車の中で感じたのと同じような眠気が襲って来る。

「最後に、この駅への来方を伝えておくよ。心からこの駅へ来る事を念じて、駅に入るだけで良い。そうすれば電車はいつでもどこでも君を乗せに来てくれる。」

 彼が言い終わると同時に僕はそのまま眠りの中に落ちていった。
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