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好きなものは何か。
前世では問われたこともなければ、考えたことすらなかった。
壊すことがこの世の全てで、何かを育もうとしたことは一度もない。


だが、俺は最期に育みたい"種"を貰った。





人間として生を受けた今世では何もかもが難しく、衝動的な感情を抑えることを覚えるのに苦労した。

そして自ら望んだこととは言え、魔力がないことは多少なりとも戦闘の枷となったし、肉体の再生が出来ないこの体には、幾重にも傷が残っている。



人間という生き物は、成体になったからと言って一人で生きていけるものではないし、関係を築く、ということは時間と対話の積み重ねでようやく成り立つもの。

そういった"人間"のことを一つずつ、一つずつ学び、覚えたのも"彼"に会った時、最期に貰った種を育て、良好とは言えなかったとしても、関係を築きたいという執念にも似た想いからだ。




それなのに、どうしてこうなったのだろう。


















次第に街のガス灯が灯り、街の雰囲気が夜へと様変わりした頃だった。

彼の探していた花の苗や花束用の資材、鉢や道具を買い揃えた後、彼が古書店に寄りたいと言い出した。
にこにこ嬉しそうに街を散策する彼を隣で見るだけで、俺は心に光が灯る。


古書店につくと、もう閉店間際にも関わらず人が異常に多い。
ちょうど出てきた者に尋ねると、たまたま今日は古書が多く入荷する日で、狭い店内に客もひっきりなしに入ったのだという。

俺のような体躯の者が用も無しに入るのも何だか悪いような気がした。
邪魔にならない場所で待っておくからゆっくり見てきてくれ、と彼に伝えると少し考えた後申し訳なさそうに頷いて、彼は店に入っていった。



彼を待つ間近くの店を回ることにした。
大通りではなく、狭い路地は森にいる感覚と似ていて、歩くだけで好奇心が湧く。


とある装飾品が目に入り、吸い寄せられるように入店。
俺はあるピアスを手に取ると迷わず購入していた。
小さな包み紙を優しく握る。
今日の礼だということで渡せば彼は受け取ってくれるかもしれない。
これはきっと彼に似合うだろう。

正直、俺は浮かれていたのだ。
芽吹いた種が、嬉しくて。




古書店の前で、逆に彼を待たせてしまったかもしれない。
急ぎ足で来た道を戻っていた。




人通りもまばらな、古書店から程近い橋の上。
二人の男が何やら言い争っている。
ガス灯の灯りで見えたのは、見覚えのある黒い髪の彼と、知らない赤茶色の髪の男だった。


全身の血が沸く感覚で、俺は二人の元へと走って向かう。



そして、聞いてしまうのだ。
彼らの話を。






「会えて嬉しい・・・っ、俺、死んだ時のことっ、殆ど思い出せなくて・・・、フィオはあの後どうなった?ルーカスは?ムートは?なあ、教えてくれよ!」

「・・・人違い、じゃないですか。僕、あなたのこと知りません。」

「そんなわけない!!お前はっ、魔法使いのフィオだ!俺のパーティの!!」

「違います。僕は魔法は使えません。」

「嘘つけよ!!俺、今世は魔力量多いんだ。だから分かる!何でそんなに魔力があるの隠してる?!何か理由があるんだろ?!」

「・・・うるさい。」

「それにその眼帯の方の目・・・っ、魔族の呪いがかかってるじゃないか!早く何とかしないと・・・、もしかして、狙われてんのか?!だったら俺がっ、」

「黙れ!!うるさい!!」

「あいつ・・・、魔王は死んだんだよな!?俺があいつのこと殺したんだよな!?なあ、フィオ!?」

「うるさい!!うるさい!!その名前で俺を呼ぶな、エイデ!!!俺はもうフィオじゃない!!」









『俺の名はエイデ。お前を倒す勇者だ。』


俺の記憶の蓋が開く。
エイデとは、俺と相討ちになった勇者の名だ。
彼は何故その名を口にできた?
答えは馬鹿でもすぐ分かる。


彼は前世の記憶があるからだ、と。





「俺はもうフィオじゃないし、この世に魔王はもう居ない!だからお前の仲間でも何でもない!勝手に俺の世界に入ってくるな!!」

「な、なに、言ってん、だよ・・・っ、なあ、もしかしてお前、魔族に狙われて・・・それで、そんなこと、言っ」

「狙われてるから何だって言うんだよ!?俺は、この目を受け入れてる!!あの人がたとえ俺を殺そうとしていたって別に構わない!!」

「フィオッ!お前一体どうしたんだ!?これから一緒に、俺の師匠にそれを解いてもら・・・・・・・・・てめぇ・・・っ!!」

「・・・・・・ああっ・・・」






エイデと呼ばれた男に続き、彼が俺の方を向く。
彼は俺と目が合うとぎゅっと苦しそうに眉間に皺を寄せ、まるで泣いているかのように見えた。

そんなわけがないのに。



当時の敵意を彷彿とさせる勢いで俺の方へと向かってくるエイデを止めたのは、紛れもなく、俺に種をくれた彼だった。

白く、細い指。
花の棘や切れ味のいい葉でよく切ってしまうのだと、眉を下げていた。
彼が手をかざすとエイデは身動きできなくなり、しばらくしてそのまま気を失った。

魔力がない俺でも分かる、この圧迫感。
紛れもなく、国でも上位の魔力量を誇るだろう。
そしてその魔力の持ち主はもう、俺の目を見てはくれなかった。








「その目は必ず治すと誓う。時間をくれ。」

「・・・・・・」

「殺すつもりは、ない。誓って・・・、信じられないのなら、君の目の前で俺が死んだっていい。」

「・・・・・・そんな、こと・・・っ、僕は、」

「今まで、すまなかった。」







俺の言葉を聞いた彼は、その場で崩れるように座り込み、静かに震えていた。


風が吹く。
彼と森に入り出した頃は、夜でも彼の顔が赤くなるくらい暑かったのに、すっかり季節が変わったようだ。


羽織っていたジャケットを、彼の肩にかけた後、俺は彼に背を向け足を踏み出す。







俺が買ったピアスは、黒色の石が付いた物。


黒色は、俺がこの世で一番好きな人の色だ。


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