【完結】この期に及んで、勇者が獲物を逃すわけがない。

N2O

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1 獲物

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長年にわたる人間と魔族の戦いに終止符を打ったのは、数百年に一人の逸材と謳われた勇者とその一行。
約五年に渡る長い旅を終えた彼らを迎えるパレードと祝宴は数日間夜通し続き、国中が歓喜に包まれた。


魔王を倒した褒美として、彼らは望むものを何でも与えられた。


一人は、ありったけの肉と酒を、
一人は、優れた武器を、
一人は、新しい教会を。

勇者は、未来ある子どもたちを育てるための道場を所望した。

そして最後に残された一人、魔法使いが所望したものはある孤児院への継続的な支援だけ。
その孤児院は彼と勇者の育った場所であり、シスターがいつも資金繰りに苦労していたことを彼はよく知っていた。

勿論、王は了承する。
しかしそれでは褒美にならないからと、立ち去ろうとする魔法使いを呼び止めた。
いつも欠かさず着けている面のせいで目元は見えないが、口角はみるみるうちに下がっていき、明らかに機嫌が悪そう。
最終的にうんざりとしたような抑揚のない声で魔法使いはこう言った。


「静かな、家。」


屋根と風呂があればいい、と矢継ぎ早に述べて今度こそ謁見の間を一人出て行く。

彼の後ろ姿を扉が閉まるその瞬間まで食い入るように見ていたのは、紛れもなく魔王にとどめを刺した勇者だった。


----------------⭐︎


通い慣れた獣道を歩く。
右手のカゴには真っ赤なリンゴとパン、左手のカゴには彼が欲しいと言っていた魔導書を入れて歩く様も何故か絵になる。

襟足を刈り上げた黄金の髪は木々の間に差し込む陽光を反射して美しく輝き、目が覚めるような青い瞳は快晴を連想させる。
程よく日に焼けた肌はその健やかな体を表していて、ここが王都の街中であればいつものように人だかりができただろう。

そうならないのはここが碌に手入れされていない森の中だからだが、彼はそんなこと気にも止めず軽快な足取りで鼻歌を歌っていた。

愛らしい動物はさておき、彼よりも体が大きく獰猛な獣はまず姿を現さない。
鼻歌を歌っていても尚鋭く突き刺さる気配に、挑もうとする愚かな者はいないからだ。

森を抜けた先にある藍色の屋根が見えると、彼の足取りは更に軽くなる。
今日も愛しい、最愛の人に会うために遠路遥々やってきた。


「まだ寝てるか。」


閉じた瞳と長い睫毛を想像して、つい頬が緩む。
物心ついた頃からもう数えられない程見たことがあるはずなのに、見飽きることなんてない。
今日は一体どんな顔を見せてくれるのだろうと、この時はわくわくしていた。




「?!シ、シイハッ!風呂でっ、寝落ちは、や、やめろって言ってんのに!!」

「・・・・・・ケポッ、ゴホッ、」

「ちょっ、シイハっ、大丈夫か!?」


屋根と同じ藍色の扉。
ノックせずに入るのは決して無礼を働いたわけではなく「ノック音で起きるの嫌」という家主の意見を尊重しているから。
それにこの家には勇者と、事前に訪問を知らされた者しか扉が開かない魔法が掛けられているので、まず不審者は入れない。


まあ、そもそも勇者一行の魔法使いとはつまり現段階で最強の魔法使いと同義である。
平和になった世の中で、彼に挑もうとする輩は馬鹿か命知らずだけ。
まるで自分のことように誇らしくなった勇者は家の中に入り、椅子、ソファを目視して、首を傾げた。
本で埋もれそうな書斎にも、勇者の進言により購入が決まった二人寝ても余裕のある大きなベッドがある寝室にも、愛しい人の姿がない。

まさか────・・・と血相を変え向かった先は浴室。
猫足バスタブの縁に見えるのは、白く細い人間の足。
足が上がっていくのと同時に、頭部がズルズル湯に浸かっていく様に、勇者は血の気が引いた。
慌ててかけ寄り溺れ掛けた細い体を湯から引き上げて、事なきを得たが、彼の裸体は直視できない。
首がもげる勢いで目を逸らし、側にあった布で体を巻いてから担ぎ上げた。


「・・・ごめん、ちょっとまだ眠くて・・・それで、」

「じゃあ寝ればいいだろ!」

「そろそろサイラスが来る頃かなと思って。」

「・・・あー、もー、あー、はい。」

「・・・?ごめ、ん?」



ため息をつくサイラスの肩に担がれ、ぶらんと四肢を垂らしたシイハの体はとても華奢。
あんなにたくさん食べるのに、魔法を使うと消費も激しいらしく肉が付かないのだという。

サイラスは急いで寝室へ向かうと、いい香りをさせた体を肩からおろす。
まだぽたぽたと水を垂らす伸びた黒髪を拭いてから、着替えを命じ寝室を出た。


「・・・人の気も知らないで可愛いこと言うなっつーの。」


サイラスからすれば、布を巻いただけのシイハの体なんて目の毒でしかない。
旅の間だって、抱きしめたくなる衝動に何度耐えたことか。


「あー・・・早く一緒になりてぇ・・・っ」


この国は同性婚と、魔法による男性体での妊娠が可能だ。
本当は今すぐ、強引な手を使ってでも、シイハを自分のものにしたい。
でもサイラスは、シイハに自分への感情を自覚してほしいと願っていた。

そう。
勇者サイラスは、シイハのこととなると非常に面倒くさい。

サイラスがシイハを想っているように、シイハも絶対にサイラスのことを想っている。
この確信にも似た強い自負の元、二人の障害になりそうな事柄をサイラスは全て闇に葬ってきた。

旅の最中に勝手に盛り上がっていた王女と自分の結婚話を裏で揉み消し、シイハに色目を使おうとした戦士を一人クビにした。
死ぬほど我慢して"まだ"同棲していないし、極力彼に触れないように────触れたら爆発しそうだから────気をつけている。
あの手この手でシイハに尽くしつつ、一線を引き、シイハを自分のテリトリーへ引き込もうと日々画策する男、それが勇者。



「お腹すいた。」

「・・・リンゴ剥いてある。」

「うれしい。」

「・・・お・・・っ、そ、そうかよ。」

「うん。」


シャツとパンツを着た愛しい人にうっかり「俺も」と言いかけて、ぐっと言葉を飲み込む。
ウサギの形に皮を剥いたリンゴを見て弧を描く唇だけで、今日来た甲斐があるというもの。

魔力が強すぎるあまり、見ただけで相手を威圧してしまう瞳は夜空のような黒。
星が散ったように所々金色が混じった瞳を直接見ることができるのは同等の魔力を持った人間だけ。
いつもは面で隠しているが、サイラスはそれで・・・いや、それがいい、と本心で思っている。


「綺麗だな。」

「?ああ、これ?いいでしょう。昨日摘んできた。」

「っ、あっ、う、うん!お、俺も、あとで摘んで来てやるよ!」

「・・・ありがとう?」

「お、おう!」



花瓶に挿された一本の花に助けられる勇者。
いつまでこのうっかりしやすい口が耐えられるのか、日に日に不安になってきた。

リンゴを二個、丸いパンを三つ平らげたシイハはいつものように椅子を引きサイラスの方へ。
切るのが面倒だからと放置して伸び切った黒髪を結ってもらうのが、もう当たり前の日常だ。


「毛先だけでも切るか?」

「んーん。サイラスに結んでもらうの気持ちいいから。」

「っ、そ、そ、そうか?!」

「うん。」


ドギマギするのを必死で押さえ、今日も手際よく髪を編んでいく。
細く、柔らかな髪の毛を梳かすたび、甘い香りがサイラスを刺激する。


「今日は稽古?」

「今日も、な。おかげで繁盛してるよ。」

「がんばってね。」

「お、おう!」


シイハの身の回りのことを一通り済ませ、サイラスはまた王都の街へ戻っていく。
いつもは、歯を食いしばり振り向くのを我慢しているが、今日は特別に自分を甘やかし振り返る。

ふわふわと春のようにほころぶシイハが手を振る姿が目に入り、サイラスは思わず膝から崩れ落ちた。


これは、そんな勇者サイラスと、魔法使いシイハの恋の話である。
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