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『貴方はそのまま歪みなく真っ直ぐに生きてゆきなさい』
私の頭を撫でながらいつも祖母はこの言葉を口にした。
『人の大切な物を奪うような人間にはなってはいけませんよ』
いつも人の大切な物を奪っていく悪い泥棒の絵本を読み聞かせては終わりに必ずその言葉を口にした。
『綺麗なのは貴方だけよ』
私を抱き締めてはその言葉をぽつりと零す。
祖母はいつも優しく接してくれて、読み書きや社交界のマナーなどを私が分かるまで教えてくれて、私が悪い事をした時には叱ってくれた。
いつでも祖母は私の憧れの人だった。
貴族としてのプライドを持ち合わせていながらも、誰に対しても優しく接し、笑顔を絶やさない本当に素敵な人だった。
祖母はそんな私の理想像のままこの世を去った。
最後まで気高く、美しく。
私は祖母が亡くなったその時十になったばかりだった。
まだまだ子供で誰かの庇護下に居なければ生きていけない歳。
祖母が亡くなってからは私を産んだ両親と接する事が増えた。
ただ、それは祖母がいた時に受けた接し方ではなく、壊しても平気な人形を扱う様に雑に、荒く、酷いものだった。
私は勝手に無償の愛情を受けられると勘違いしていた。
何度も何度も私から両親に『大好きだよ』と伝えた。そうすれば叩かれないと思った。大好だよと返してくれると思った。
そんな素晴らしい幻想は私の中でいつの間にかヒビが入り、あっという間に崩れていった。
崩れて初めて祖母は私を守っていてくれたのだと分かった。
私を一人で両親の前に出すことは一切せずに、必ず両親といる時は祖母が隣にいた。
でももう居ない。いるのは祖母の遺伝子を何処に捨ててきてしまったのだろうと思ってしまうほどに似ても似つかない父親と祖母とは正反対の汚らわしい女だけ。
今なら祖母が日頃から言っていたあの言葉の意味がよくわかる。
あの女のようにはなるなと、私に警告していたのだろう。
人の夫を奪い、自分の子供にまで手を出すあの女のように。
いつも私に見せてくれる微笑んだ優しい顔でそれらの言葉を口にしていた。
私は人の心が読める人間ではないからその時の祖母の心の声は分からない。
自分の夫を奪い取っていった女から産まれた子供など、もし私が祖母の立場ならば少しも可愛がれない。もしかしたら父と同じような視線を向けていたかもしれない。
なのに、祖母は私を見捨てずに可愛がってくれた。
私の前だけでも『優しい祖母』でいてくれた。
そんな祖母が私は今も大好きだ。
だから、今目の前で祖母を貶める女が嫌で嫌で仕方ない。
「あの老いぼれ婆さえ居なければ私はあの人と一緒になれたのよ? なのに、なのに、なんでなのよ......私がなにをしたって言うのよ」
父の部屋から自室へ戻りベットに腰かけ本を読んでいた時だった。
突然扉が大きな音を鳴らし開いたと思えば、酔っ払いの女が訳の分からない言葉を発しながら私の元までふらつきながらやって来た。
女は私のすぐ横に腰かけ、腕を私の肩と腰に回し抱きついてきた。
横に座られるだけでもお酒と香水のキツい臭いで吐きそうになったというのに、さらには抱きついてきた。
腰にまとわりつく手や腕が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。
登ってきていた胃液を押しとどめようと両手で口と鼻を塞ぎできるだけ何も考えないように窓の外の遠くを見るようにした。
傍から見ても恐らく私は吐き気を抑える病人にしか見えないだろう。
だけれども、私のそんな姿なんて女の目に留まりもしない。
私が黙っている事をいい事につらつらと愚痴を吐き出して言った。
「本当はあの男とは結婚なんてしたくもなかったのよ? あの人の為に仕方なく結婚して、仕方なく貴方を産んであげたのよ? 私のこの気持ち分かる?」
その気持ちが分かってしまう人間にはなりたくもない。
「セルジュ、なんでなの。私がいるのに、なんでなの、なんで他の女の所へ行っちゃうの......私はあんなに愛していたというのに......なんで......」
泣きながら独り言を繰り返す。
なんでと問いかける度に私の肩に生暖かい涙が落ちてくる。
落ちてくる度に鳥肌がたって仕方がない。
「......私を裏切る奴なんて全員死んでしまえばいいのよ、あの人もセルジュも......みんな......みんな」
兄を想って泣いたかと思えば、今度は恨み節。
肩や腰に張り付く手に力が入り、爪が皮膚に抉れるのが分かる。
肩に流れてくる涙は先程よりも増えて服に大きなシミを作っていく。
それからも女の愚痴は止まらず、止まったのは使用人が夕食の準備が出来たと伝えに来た時だった。
その時だけは使用人に後光が差して見えた。
女は使用人に引きずられるようにして部屋を出て行き、ようやく地獄の時間が終わる。
そう思ったが、女は簡単に私を地獄から抜け出させようとはしない。
『貴方だけは私の味方で居てくれるわよね?』
部屋から出ていく時、こちらを振り向いて一言。
誰がお前の味方なんてするものか。
先程まで必死に止めていた吐き気が一瞬で怒りに塗りつぶされた。
あの女の味方で居ることは天地がひっくり返ってもありえない。
もしよろしければ感想や評価よろしくお願い致します┏○┓
私の頭を撫でながらいつも祖母はこの言葉を口にした。
『人の大切な物を奪うような人間にはなってはいけませんよ』
いつも人の大切な物を奪っていく悪い泥棒の絵本を読み聞かせては終わりに必ずその言葉を口にした。
『綺麗なのは貴方だけよ』
私を抱き締めてはその言葉をぽつりと零す。
祖母はいつも優しく接してくれて、読み書きや社交界のマナーなどを私が分かるまで教えてくれて、私が悪い事をした時には叱ってくれた。
いつでも祖母は私の憧れの人だった。
貴族としてのプライドを持ち合わせていながらも、誰に対しても優しく接し、笑顔を絶やさない本当に素敵な人だった。
祖母はそんな私の理想像のままこの世を去った。
最後まで気高く、美しく。
私は祖母が亡くなったその時十になったばかりだった。
まだまだ子供で誰かの庇護下に居なければ生きていけない歳。
祖母が亡くなってからは私を産んだ両親と接する事が増えた。
ただ、それは祖母がいた時に受けた接し方ではなく、壊しても平気な人形を扱う様に雑に、荒く、酷いものだった。
私は勝手に無償の愛情を受けられると勘違いしていた。
何度も何度も私から両親に『大好きだよ』と伝えた。そうすれば叩かれないと思った。大好だよと返してくれると思った。
そんな素晴らしい幻想は私の中でいつの間にかヒビが入り、あっという間に崩れていった。
崩れて初めて祖母は私を守っていてくれたのだと分かった。
私を一人で両親の前に出すことは一切せずに、必ず両親といる時は祖母が隣にいた。
でももう居ない。いるのは祖母の遺伝子を何処に捨ててきてしまったのだろうと思ってしまうほどに似ても似つかない父親と祖母とは正反対の汚らわしい女だけ。
今なら祖母が日頃から言っていたあの言葉の意味がよくわかる。
あの女のようにはなるなと、私に警告していたのだろう。
人の夫を奪い、自分の子供にまで手を出すあの女のように。
いつも私に見せてくれる微笑んだ優しい顔でそれらの言葉を口にしていた。
私は人の心が読める人間ではないからその時の祖母の心の声は分からない。
自分の夫を奪い取っていった女から産まれた子供など、もし私が祖母の立場ならば少しも可愛がれない。もしかしたら父と同じような視線を向けていたかもしれない。
なのに、祖母は私を見捨てずに可愛がってくれた。
私の前だけでも『優しい祖母』でいてくれた。
そんな祖母が私は今も大好きだ。
だから、今目の前で祖母を貶める女が嫌で嫌で仕方ない。
「あの老いぼれ婆さえ居なければ私はあの人と一緒になれたのよ? なのに、なのに、なんでなのよ......私がなにをしたって言うのよ」
父の部屋から自室へ戻りベットに腰かけ本を読んでいた時だった。
突然扉が大きな音を鳴らし開いたと思えば、酔っ払いの女が訳の分からない言葉を発しながら私の元までふらつきながらやって来た。
女は私のすぐ横に腰かけ、腕を私の肩と腰に回し抱きついてきた。
横に座られるだけでもお酒と香水のキツい臭いで吐きそうになったというのに、さらには抱きついてきた。
腰にまとわりつく手や腕が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。
登ってきていた胃液を押しとどめようと両手で口と鼻を塞ぎできるだけ何も考えないように窓の外の遠くを見るようにした。
傍から見ても恐らく私は吐き気を抑える病人にしか見えないだろう。
だけれども、私のそんな姿なんて女の目に留まりもしない。
私が黙っている事をいい事につらつらと愚痴を吐き出して言った。
「本当はあの男とは結婚なんてしたくもなかったのよ? あの人の為に仕方なく結婚して、仕方なく貴方を産んであげたのよ? 私のこの気持ち分かる?」
その気持ちが分かってしまう人間にはなりたくもない。
「セルジュ、なんでなの。私がいるのに、なんでなの、なんで他の女の所へ行っちゃうの......私はあんなに愛していたというのに......なんで......」
泣きながら独り言を繰り返す。
なんでと問いかける度に私の肩に生暖かい涙が落ちてくる。
落ちてくる度に鳥肌がたって仕方がない。
「......私を裏切る奴なんて全員死んでしまえばいいのよ、あの人もセルジュも......みんな......みんな」
兄を想って泣いたかと思えば、今度は恨み節。
肩や腰に張り付く手に力が入り、爪が皮膚に抉れるのが分かる。
肩に流れてくる涙は先程よりも増えて服に大きなシミを作っていく。
それからも女の愚痴は止まらず、止まったのは使用人が夕食の準備が出来たと伝えに来た時だった。
その時だけは使用人に後光が差して見えた。
女は使用人に引きずられるようにして部屋を出て行き、ようやく地獄の時間が終わる。
そう思ったが、女は簡単に私を地獄から抜け出させようとはしない。
『貴方だけは私の味方で居てくれるわよね?』
部屋から出ていく時、こちらを振り向いて一言。
誰がお前の味方なんてするものか。
先程まで必死に止めていた吐き気が一瞬で怒りに塗りつぶされた。
あの女の味方で居ることは天地がひっくり返ってもありえない。
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