愛さないで

くるみ

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 女はあれから毎日朝から晩まで私の部屋に居座った。
 そして愚痴を吐いたかと思えば、笑えない戯れ言を吐く。
 本当に本当に嫌で嫌で仕方がなかった。
 部屋から出ようとしても、少しでも動くと喚き散らしてくる。
 なんて名の拷問だったのだろう。まだ鞭で打たれた方がマシに思えてしまう。
 だって、ず~っと猫なで声で『よく見たらセルジュよりも貴方の方が可愛いわ』『ずっとそばに居てね』『何処にも行かないでね』なんて耳元で囁かれても鳥肌しか立たない。
 しかも、声だけではなく仕草や臭いでも吐き気を刺激してくる。
 毎日浴びるようにお酒を飲み、体から抜けきっていないアルコールは毛穴から抜け出そうとしているのか何なのか酷い体臭を放っている。しかも口臭も酒臭く一言喋るだけでも......
 まだ体臭だけだったら耐えられたかもしれない。
 けれど頬を軽くつついてきたり、頭を撫でてきたり、腰に手を回してきたりと、スキンシップが一々多い。
 どれも兄にしてきた事なので触れられる度に女と兄の触れ合う姿が頭に思い浮かんでしまいキツかった。


 けれどそれもようやく終わった。
 女はアルコールの摂りすぎや過度のストレスで倒れ、寝込んでしまった。
 私が嫁ぐ一週間前の出来事である。
 いつものように部屋に来て呂律の回らない口で喋っていたら突然発狂し泡を吹いて倒れたものだから、急いで使用人を呼んだ。
 使用人達はかなり焦ったように女を部屋から運び出し医者にみせていた。
 一瞬死んでしまったのかと思ったけれど生きていたらしくしばらくは絶対安静と医者に念を押されていたが、医者の言う事を守るような人間ならば苦労はしない。
 倒れてからも私の元にやって来た。
 が、直ぐに使用人を呼び絶対安静を守らせる為に女の部屋のベッドに縛り付けておかせた。

 恐らくあの様子ならば一週間では出てこれないはず。


 ◆◆◆

 私の予想は正しかったようで、この嫁ぐまでの一週間一回も会わなかった。
 久しぶり静かな日々を過ごせてかなり休めた。
 壊れかけていた鼻や耳もだいぶ元に戻ったし、精神的にもかなり楽になった。

 今日の昼前にグリフィード侯爵家から迎えが来る。
 それまでに身支度を済ませなければならなく、今日は朝から部屋に使用人達がやって来ていた。

 使用人は昔から両親や兄の世話にかかりっきりで私は殆ど話したこともなければお世話されたことも無い。唯一されていたことといえば、食事が時々部屋の前に置いてあるぐらいで後は記憶にない。
 そんな使用人たちが部屋に四人も居てしかも、これから私の身なりを整えるというとても珍しい光景が広がっている。

 まだ日も昇っていない早朝、部屋に化粧代やら大きな鏡やらが運び込まれた。
 机に並べられた大量の化粧道具やアクセサリー。他にも大量の布など普段あまり目にしないものが目の前に並べられていてついつい興味がそそられてしまう。
 その中でも一番目がいってしまうのが部屋の中央に置かれたとても綺麗な純白のドレス。
 グリフィード侯爵家から送られて来た物だとは思うけれど、私の様な傷だらけの肉のついていない子供には不相応すぎるもの。
 第一サイズが会っていないと思う。
 ドレスは胸の部分がえらく脹れている。悲しい事に私の体型だと合わない。


 ドレスを眺めていると急に使用人の一人に腕を引かれ風呂場へと連れて行かれた。
 風呂場へと来るのはかなり久しぶり。祖母が生きていた頃は毎日来ていたけれども、祖母がいなくなってからは一度も来ていない。
 お風呂に入れなくなってからは濡らしたタオルなどで体を拭いていたりしたけれどそれでも汚れは落ちないらしく、泡の張った湯船に浸かり少し体を擦ると白かった泡は汚くなってしまった。
 だいたい予想はしていたけれども、自身の体に汚れが溜まっていたのは少し恥ずかしかった。
 羞恥心に耐えながら使用人に体を洗われ、汚れが完全に落ち切ったところで湯船から上がった。

 お風呂が終わったら部屋に戻り今度は化粧台の前に座らされた。
 化粧台の鏡には色鮮やかな赤い髪の毛をした私が映っていた。
 こんなに綺麗な色だったんだと悦に浸っていれば今度は顔に白い粉を振りかけられ化粧を施された。

 白粉は少し振りかければ終わりかと思ったけれど何重にしているんだと言うぐらい厚く塗られ、その上から口紅など塗られた。鏡を見れば髪だけは綺麗な厚化粧の子供がいた。
 傷や隈を隠すためにそうしたのだとは思うけれども、限度と言うものがある。


 化粧が終われば次はドレス。
 真っ白なドレスを着る前にお腹と胸周りに布を巻き付け、浮き出た肋を隠す。
 そしてコルセットをしてから純白のドレスを被せられた。
 ドレスは肌を一切見せない袖や首周りにレースがあるタイプのもので体の傷を外に晒すことは無かった。

 ドレスを着終えたら最後の仕上げにベールを被る。
 こちらも純白の美しいレースで出来たベール。

 これでようやくこの地獄の様な日々が終わる。


 準備が終わった頃にはもうとっくに太陽は真上へとへと昇り、グリフィード侯爵家からの馬車は来ていた。
 急いで使用人達に手を引かれ玄関へと向かうと玄関の前に父がいた。
 父とはこの一ヶ月全く会っていなかった。
 前にあった時よりもさらに顔色は悪くなり痩せた気がする。

 一応父親だから最後の挨拶でもしておこうと父の前まで歩いた。
 けれども、私が口を開ける前に父が声を発した。


「決して粗相をするな。お前は侯爵の言うことだけを聞いていればいい」


 挨拶でもしようとした私が馬鹿だった。
 けれどもそう言われても、もう何の感情も湧いてこなかった。怒りも、悲しみも、何にも。
 冷たい人形のように首を縦に振り、外で待っている馬車へと向かった。


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