一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ

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16 シエラ、今後のことを決める

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 結婚式の日程は決まっていたのだが、そこから少し早めることになった。
 不安そうな顔のアルフレッドに日程の変更をお願いされたが、シエラとしては、早く結婚できる分には問題ない。
 シエラが頷くと、アルフレッドはほっとしたように表情をゆるめていた。

 それからサクサクと結婚式の準備を進めて、ついに、シエラがアルフレッドと夫婦になる日を迎えようとしていた。

「ベルーフィア公爵閣下。この度は本当に、本当にありがとうございました」

 晴れの日だというのに、ハウエル領からやって来た両親は泣きはらした目でアルフレッドに頭を下げていた。
 すっかり元気になったリオンを見て大号泣したのである。

 続けて、その隣にいるシエラにもそろって頭を下げた。

「不甲斐ない父親ですまない。シエラには苦労ばかりかけるな」

 父親の声音と、隣の母親の表情から、シエラが身売りのようにアルフレッドとの結婚を決めたと勘違いしていることがうかがえる。
 娘の性格や、アルフレッドの諸々の噂などを総合して考え、そのような結論に至ったのだろうか。

「お父様、お母様、どうか祝ってください。私、アルと結婚できることがとても嬉しいんです。尊敬できる方ですし、それに……」

 確かに、最初はお金目的のようなものだった。
 望まれるまま結婚すればリオンにいい治療を受けさせることができるし、両親への援助もできる。
 いい話だと思っていた。でも、今は違う。
 好きな人と結婚する。ただそれだけだ。

「ハウエル子爵、夫人。どうかご安心ください。必ずシエラを幸せにします」

 ポッと頬を染める娘と、そんな娘の肩を抱き寄せる婿の様子を見て、両親がお互い照れたように顔を見合わせる。

「あらあらあら……」
「そ、そうか……? それならよかった。本当によかった……」

 結局、両親はまた号泣した。


 
 式本番のことはほとんど覚えていない。
 王子の結婚なので式場にはたくさんの人がいて、国王まで参列していたものだから、緊張しすぎて記憶が飛んでいるのだ。

 気がついたらベルーフィア公爵邸に帰っていて、お風呂に入っているところだった。

「はあ、とろける……」
「今日は冷えましたものね。ですが、天気に恵まれてようございました」

 温かいお湯と、いい匂いの香油で緊張が解れていく。
 メイドたちの手により、頭のてっぺんから足の先までピッカピカに磨き上げられた。

 髪を乾かし、香油を混ぜたクリームで全身を保湿してから、ネグリジェに着替える。

「今日の寝間着はずいぶんと薄いのね」

 もう冬になろうとしているのに、こんなに風通しのいいものを着ていたら、健康自慢のシエラも風邪を引いてしまいそうだ。 
 しかしメイドたちは一瞬きょとんとした後、目配せし合ってから大きく頷いた。

「それはもちろん、初夜ですもの。肌が透けるくらいでちょうどいいのです」
「初夜……」

 初夜。つまり、結婚した男女が迎える初めての夜。
 緊張のせいですっかり忘れいていた。こんな大事なことを忘れるなんて。

「肌寒くても、すぐに熱くなりますわ」
「とはいえたった一度の初夜ですから、新妻の清らかさを全面に押し出し、透け感や露出は控えめなものを選びました」
「お色はもちろん、白で。他のお色はおいおい」
「そ、そう。ありがとう」

 言われて見下ろしてみれば確かに、少々透けてはいるが隠れるところは隠れている。
 丈も長めで安心感がある。

(初夜ということは、あの日……よりもすごいことをする、の、よね……)

 アルフレッドと深いキスをした時のことを思い出す。
 手首を絡め取られ、身体の自由も奪われて、口の中を蹂躙された。
 アルフレッドのキスは唇以外のところにも及んだ。
 触れられたところから広がる感覚は初めてのものばかりで、ずっと震えていたような気もする。

「…………」

 顔を赤く染めはじめたシエラを見て、メイドたちはそれ以上なにかを言うことはなかった。

 シエラとアルフレッド、それぞれの私室の間にある部屋が主寝室だ。
 この部屋を使うのは今日が初めてとなる。
 広いベッドに腰掛けアルフレッドの訪れを待っていると、すぐにアルフレッドがやって来た。

「シエラ、お待たせ」
「私も来たばかりよ」

 シエラの薄着に気付いたアルフレッドが、ゴクリと喉を鳴らす。

「そう……」

 ベッドの縁に二人並んで腰掛ける。
 拳一つ分の距離があるアルフレッドの横顔を見上げた。

 結婚式の着飾ったアルフレッドもかっこよかった。
 でも、洗い髪を下ろしただけのアルフレッドも、頬の傷痕まで含めて素敵だ。

 この人が自分の夫になっただなんて、夢を見ているみたいだった。

「アル。ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」
「どうした?」
「女官の仕事のこと。今は休職扱いにしてもらっているけど、これからどうするか、ずっと考えてたの」

 リオンの病気が寛解して、アルフレッドと結婚した今、シエラが女官の仕事を続ける理由はない。
 それなのに、戻ってきてほしいと女官長に言われた時、すぐに断れなかった。

 きっと、未練があったからだ。シエラは女官の仕事が好きだった。

「シエラの望む通りにしたらいいよ」
「『婚約及び結婚に関する契約書』にも、仕事を続けてもいいと書かれていたものね。だから、仕事に戻ろうと思うわ」
「いいね。僕はあなたの仕事をしている姿に惚れたんだ。辞めても苦労はさせないけど」
「ふふ、ありがとう」

 かっこよくて、優しくて、仕事をする女性にも理解のある男性が夫だなんて。
 何度考えても、自分にはもったいないくらい素敵な人だと思う。

「それでね、まだ続きがあって」
「うん」
「私、アルとの子供がほしいの」

 頷きながら話を聞いていたアルフレッドが、固まった。

「だから、仕事に戻るのは子供を産んで、育てて、少し落ち着いてからにするつもり。女官長様がお許しくだされば、だけど」
「…………」

 返事がない。
 不安になって隣を見ると、呆気にとられたような顔のアルフレッドがシエラを見ていた。
 すぐにいつもの穏やかな表情に戻るものの、それも失敗したかのように崩れて、泣きそうにも見える。

「今さらだけど……僕との結婚は、嫌じゃない?」
「本当に今さらね。最初は驚いたけど、嫌だと思ったことなんてないわ」
「……僕と、子供を作るのも?」
「嫌なわけない。緊張はするけど……好きな人と家族になれるのが嬉しいの。だから、平気よ」

 とさり、と音を立てて、ベッドに優しく押し倒された。
 覆い被さるアルフレッドがシエラと額を合わせ、祈るように囁く。

「一生、大事にする。シエラにずっと好きでいてもらえるよう努力するから」
「私はあなたを信じているし、尊敬しているから、きっと何度でも好きになってしまうわ」
「っ、君が好きだよ、シエラ……」

 言いながら、アルフレッドがシエラの額にキスをした。
 まぶた、頬、こめかみ、鼻先。ゆっくりと唇が滑り落ちてきて、口づけを交わす。

「ん、んぅ……ふ……」

 舌を絡ませるような深いキスは、あの日以来、二度目だ。
 あっという間に身体の力が抜けていく。

 アルフレッドとのキスに溺れているうちに、ネグリジェの袖が肩を滑った。
 胸がはだけてしまう。気付いた瞬間、無意識にネグリジェを手で押さえた。

 アルフレッドの唇が離れていく。

「シエラ、手」
「あ、あの、脱ぐの?」

 赤い目を瞬かせたかと思うと、アルフレッドは楽しそうに笑った。

「着たままする?」
「アルはどっちがいいの?」
「シエラの全部が見たい」
「……じゃあ、脱ぐ」

 アルフレッドの喉が、ぐ、と鳴る。
 何かをこらえるような大きな深呼吸の後に深いキスが再開されて、気付いた時にはネグリジェはどこかへ消えていた。
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