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22 シエラ、国立中央劇場へ行く
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あれ以来、アルフレッドは背中をポンポンすると眠るようになった。寝落ち率は半々といったところだ。
手淫も悪くなかったようで、身体を重ねる際に触ってほしいとねだられることが増えた。
(アルが喜んでくれたのは女官長様たちのおかげね。こういうことって、お礼の手紙を書いた方がいいのかしら……)
なんて悩んでいるシエラの元に一通の手紙が届いた。
差出人はルビーだ。中には結婚を祝う手紙と一緒に、演劇のチケットが同封されていた。
「最近公開されたばかりの演目だわ。入手困難って新聞に書かれていたのに」
ルビーも彼女の兄からもらったものらしい。
しかしルビーは例の恋人と他のところに行くそうで、まだ見ていなかったらどうぞとシエラに譲ってくれた。
シエラはルビーにお礼の手紙を書いて、アルフレッドとともに劇場へ向かった。
国立中央劇場は貴族や資産家、豪商などが足を運ぶ王国の社交場のひとつだ。
大理石の床がシャンデリアを反射してきらめき、着飾った貴婦人達が足取り軽くロビーを行き交う中、シエラはアルフレッドにエスコートされ指定のボックス席に到着した。
オルフレイン伯爵家が年間契約しているというボックス席だ。
二人で使うには十分な広さで、舞台のほぼ正面に位置している。
他の観客の存在を気にせず舞台に集中できそうな、最高の場所だった。
「すごい。こんな席で舞台を見られるなんて」
「シエラが好きならベルーフィア公爵家の席を買うよ。いつでも見に来られる」
もう慣れてきたと想っていたシエラだったが、アルフレッドの言葉にぎょっとした。
すでに十分過ぎるほどよくしてもらっているのに、まさかこれ以上があろうとは。
「とんでもないわ。たまに見に来るくらいでいいの」
慌てて首を振ると、アルフレッドが眉を下げる。
「シエラは僕を幸せにしてくれるのに、僕はシエラを幸せにする方法がまだ分からない。どうしたらいい?」
「もう幸せだけど……十年後も五十年後も、こうして二人でお出かけできたらすごく幸せだと思うわ」
「うん、分かった。また一緒に来よう。それにしても、シエラにこんな席を持っている友人がいるなんて知らなかったな」
アルフレッドが事前に調べたシエラの友好関係の中にルビーはいないだろう。
彼女とぶつかってお見合いと仕事を変わっていなかったら、今こうしていなかったのだとしみじみ振り返る。
「この演目は舞台装置にこだわっているんだってね」
「そう。内容に合わせて風や匂いが出てくるんですって。他にも何か仕掛けがあるみたい」
開場を見渡してみれば、確かに、至る所に見慣れないものが設置されていた。
座席と同じ色の大きな箱や、会場中の天井に張り巡らされた透明な糸は、普通の劇場にはないものだ。
「楽しみだな」
「私も」
やがて客席の灯りが落ちて劇が始まると、シエラは驚きっぱなしとなった。
風が吹くシーンでは、実際に客席に心地よいそよ風が送り込まれてくる。花畑を歩くシーンでは、甘い花の香りが漂ってくる。食事中のシーンでは、パンの香ばしい匂いが感じられる。
仕掛けについてもすぐに分かった。天井の糸に吊るされて舞台と同じ小物が落ちてきたり、糸を伝って天井を駆け巡ったりするのだ。
強風のシーンでは垂れ下がってきた布も風に煽られはためき、雲に見立てた煙まで漂っていた。
物語への没入感が普通の劇とは違う。
(すごい! これはチケットが入手困難になるわけだわ!)
物語は舞踏会のシーンに移る。
妖精たちが花をまき、主人公や舞台を華やかに彩った。
天井にも現実にはない幻想的な造花が飾られ、甘い香りが漂っている。
そんな中で、役者まで天井から吊るされて出てきた。
空を飛ぶように客席の頭上を飛び回り、時々降り立って客に花を手渡すと、軽く床を蹴って再び宙を舞う。
客席からは歓声と拍手が止まらない。
夢中になって見ているシエラたちのボックス席にも妖精が降りてきた。
年齢も性別も分からないような小柄な役者が、夢のような手つきでシエラに花を手渡す。
シエラが花を受け取ろうとした、その時。
「っ、シエラ!!」
突如、アルフレッドに押し倒される。同時に、少し離れたところで「ドスッ」と重い音が聞こえた。
シエラが椅子ごと倒れて目を回しているうちに、精霊役の役者は飛び立って舞台に戻った。
頭や肩を打ち付けないようアルフレッドの手に守られていたシエラだが、何が起こったのか理解できず、割れるような拍手に首を傾げた。
「アル? 何があったの?」
「……花に紛れて、短剣が」
アルフレッドが指さす方向を見ると、壁に何かが――短剣が深々と突き刺さっている。
「っ!」
「声は出さないで。怪我は?」
首を横に振ると、アルフレッドは壁際に歩み寄り、刺さった短剣を抜き取った。
壁には大きな傷が残っている。
他の客は劇の続きに夢中だ。
シエラたちの席で何が起こったか気付いている様子ではない。
(このボックス席だけ? アルか私が狙われたの?)
いや、そうではない。
ここはオルフレイン伯爵家が占有している客席だ。
「……狙われたのは、オルフレイン伯爵家の誰か?」
手淫も悪くなかったようで、身体を重ねる際に触ってほしいとねだられることが増えた。
(アルが喜んでくれたのは女官長様たちのおかげね。こういうことって、お礼の手紙を書いた方がいいのかしら……)
なんて悩んでいるシエラの元に一通の手紙が届いた。
差出人はルビーだ。中には結婚を祝う手紙と一緒に、演劇のチケットが同封されていた。
「最近公開されたばかりの演目だわ。入手困難って新聞に書かれていたのに」
ルビーも彼女の兄からもらったものらしい。
しかしルビーは例の恋人と他のところに行くそうで、まだ見ていなかったらどうぞとシエラに譲ってくれた。
シエラはルビーにお礼の手紙を書いて、アルフレッドとともに劇場へ向かった。
国立中央劇場は貴族や資産家、豪商などが足を運ぶ王国の社交場のひとつだ。
大理石の床がシャンデリアを反射してきらめき、着飾った貴婦人達が足取り軽くロビーを行き交う中、シエラはアルフレッドにエスコートされ指定のボックス席に到着した。
オルフレイン伯爵家が年間契約しているというボックス席だ。
二人で使うには十分な広さで、舞台のほぼ正面に位置している。
他の観客の存在を気にせず舞台に集中できそうな、最高の場所だった。
「すごい。こんな席で舞台を見られるなんて」
「シエラが好きならベルーフィア公爵家の席を買うよ。いつでも見に来られる」
もう慣れてきたと想っていたシエラだったが、アルフレッドの言葉にぎょっとした。
すでに十分過ぎるほどよくしてもらっているのに、まさかこれ以上があろうとは。
「とんでもないわ。たまに見に来るくらいでいいの」
慌てて首を振ると、アルフレッドが眉を下げる。
「シエラは僕を幸せにしてくれるのに、僕はシエラを幸せにする方法がまだ分からない。どうしたらいい?」
「もう幸せだけど……十年後も五十年後も、こうして二人でお出かけできたらすごく幸せだと思うわ」
「うん、分かった。また一緒に来よう。それにしても、シエラにこんな席を持っている友人がいるなんて知らなかったな」
アルフレッドが事前に調べたシエラの友好関係の中にルビーはいないだろう。
彼女とぶつかってお見合いと仕事を変わっていなかったら、今こうしていなかったのだとしみじみ振り返る。
「この演目は舞台装置にこだわっているんだってね」
「そう。内容に合わせて風や匂いが出てくるんですって。他にも何か仕掛けがあるみたい」
開場を見渡してみれば、確かに、至る所に見慣れないものが設置されていた。
座席と同じ色の大きな箱や、会場中の天井に張り巡らされた透明な糸は、普通の劇場にはないものだ。
「楽しみだな」
「私も」
やがて客席の灯りが落ちて劇が始まると、シエラは驚きっぱなしとなった。
風が吹くシーンでは、実際に客席に心地よいそよ風が送り込まれてくる。花畑を歩くシーンでは、甘い花の香りが漂ってくる。食事中のシーンでは、パンの香ばしい匂いが感じられる。
仕掛けについてもすぐに分かった。天井の糸に吊るされて舞台と同じ小物が落ちてきたり、糸を伝って天井を駆け巡ったりするのだ。
強風のシーンでは垂れ下がってきた布も風に煽られはためき、雲に見立てた煙まで漂っていた。
物語への没入感が普通の劇とは違う。
(すごい! これはチケットが入手困難になるわけだわ!)
物語は舞踏会のシーンに移る。
妖精たちが花をまき、主人公や舞台を華やかに彩った。
天井にも現実にはない幻想的な造花が飾られ、甘い香りが漂っている。
そんな中で、役者まで天井から吊るされて出てきた。
空を飛ぶように客席の頭上を飛び回り、時々降り立って客に花を手渡すと、軽く床を蹴って再び宙を舞う。
客席からは歓声と拍手が止まらない。
夢中になって見ているシエラたちのボックス席にも妖精が降りてきた。
年齢も性別も分からないような小柄な役者が、夢のような手つきでシエラに花を手渡す。
シエラが花を受け取ろうとした、その時。
「っ、シエラ!!」
突如、アルフレッドに押し倒される。同時に、少し離れたところで「ドスッ」と重い音が聞こえた。
シエラが椅子ごと倒れて目を回しているうちに、精霊役の役者は飛び立って舞台に戻った。
頭や肩を打ち付けないようアルフレッドの手に守られていたシエラだが、何が起こったのか理解できず、割れるような拍手に首を傾げた。
「アル? 何があったの?」
「……花に紛れて、短剣が」
アルフレッドが指さす方向を見ると、壁に何かが――短剣が深々と突き刺さっている。
「っ!」
「声は出さないで。怪我は?」
首を横に振ると、アルフレッドは壁際に歩み寄り、刺さった短剣を抜き取った。
壁には大きな傷が残っている。
他の客は劇の続きに夢中だ。
シエラたちの席で何が起こったか気付いている様子ではない。
(このボックス席だけ? アルか私が狙われたの?)
いや、そうではない。
ここはオルフレイン伯爵家が占有している客席だ。
「……狙われたのは、オルフレイン伯爵家の誰か?」
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