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29 アルフレッド、報いを受ける
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一目惚れは嘘。恋愛なんかに時間を使っている暇がなかったから、手っ取り早い口実を使っただけ。
プロポーズ以降も一目惚れを強調してきたのは、アルフレッドに好感を抱いてくれた方が都合のいい妻になると算段しただけ。
好きと言われたからキスをした。子供がほしいと言われたから抱いた。
そうやって、ずっと自分のことを騙し続けていたのだと知った。
「シエラ」
意を決して口を開く。
「本当にごめん。そもそも僕が嘘をつかなければ君が危険なことをする必要もなかったのに。怒鳴ったりして、本当に悪かった」
「謝らないで。私だって助けてもらったもの」
確かにアルフレッドは、シエラを騙して自分の望みを叶える代わりに報酬を与えた。
シエラはアルフレッドに偽りのない愛と真心を与えてくれていたのに。その愛を失いたくないと思う日が来るなんて、想像もしていなかった。
「……最初は嘘だったけど、今はもう、そうじゃない」
「そうじゃないって?」
「いつからかは、はっきりしないけど。でも、スミレの花束を贈ったあの日、君が好きと言ってくれて……」
不安が頭をもたげる。
この先を言って、拒まれたら? シエラには嫌われたくない。拒まれるくらいなら何も言いたくない。
そう思うと上手く言葉が出てこなかった。
しかし、シエラはアルフレッドを好きだと言葉にしてくれた。だからアルフレッドも今、ありったけの勇気を振り絞る。
「……あの時には、もう、僕もシエラのことが好きだったんだ」
シエラへの好意は何度も口にしてきた。好きだと言われたから鏡のように同じ言葉を返して、妻となった人をその気にさせるためだと思って、自分にもそう言い聞かせながら。
でもこれは今までのどれとも違う。自分の気持ちを認めて、本心から口にする言葉だ。
「本当に、シエラが好きなんだ。だから」
「大丈夫よ」
シエラがアルフレッドの言葉を遮る。そして、もう一度「大丈夫」と繰り返した。
「私もちゃんとアルが好きよ。だから、大丈夫」
シエラが微笑む。好きと言われて嬉しいはずなのに、アルフレッドの胸は嫌にざわめく。
「好きだ、シエラ」
「分かってるわ。大丈夫だから」
「本当に好きなんだ」
「ええ。私もよ」
「本当に、シエラのことが好きなんだ」
「もう分かったから」
震える声で、狂ったように何度も何度も囁いた。
「最初は確かに君に嘘をついていた。でも今は本当に、本当に君のことが大切なんだ」
「分かったから、もういいわ」
「好きだ、シエラ……愛してるんだ」
「やめてったら」
「好きだ。愛してるよ。嘘じゃない。目的なんてもう関係な――」
シエラがピクリと肩を振るわせた。
そう思った次の瞬間には、シエラが声を荒げていた。
「やめて!」
「……シエラ?」
「もう、好きだなんて言わないで」
いつの間にか、シエラは濡れたまなじりをつり上げアルフレッドを睨んでいた。今まで見たことのない、怒りに満ちた顔でシエラは冷たく言い放つ。
「好きだなんて台詞、もう二度と聞きたくない」
何を言われているのか、すぐに理解できなかった。
拒絶されたことを受け入れたくなかった。
「で、も……」
「やめて。もう何も言わないで」
すすり泣きに混ざる、消え入りそうな声がアルフレッドの耳をつく。
「また嘘だったって言われたら……私、今度こそ耐えられない……」
うつむいたシエラを見つめたまま、どれくらいそうしていたか分からない。手を伸ばせば届くところにいるのに、アルフレッドに彼女を慰める資格はないのだと理解するには十分な時間だった。
涙を拭ったシエラは、言葉が見つからないまま黙りこくったアルフレッドを一瞥することもなく、口を閉ざしたまま部屋を出た。
部屋を出たシエラの足音が遠ざかっていく。物音が完全に聞こえなくなってからも、アルフレッドはひとり残されたベッドの上で呆然としていた。
広く柔らかいだけのベッドに倒れ込むが、いつまで経っても寒くて、眠れる気がしなかった。
今晩は一緒に過ごそうと約束していたのに。二人で夜更かししたいと伝えていたのに。
(絶対に、一人にしないと言ってくれたのに……)
自業自得だ。
復讐のために利用していたはずのシエラが、アルフレッドを愛してくれた。気付かないうちにアルフレッドもシエラを心から愛するようになっていた。嘘が知られた後も「好き」の言葉をもらって、これまで通りだと安心していた。
アルフレッドの嘘も目的も分かっている。裏切らないから心配するな、という意味でしかなったのに。アルフレッドがシエラに対してしていたことと、同じことを彼女もしていただけだったのに。
無償の愛に浮かれた男は、そうとも知らずに現実から目を背けていただけだった。
結果、彼女にこの気持ちを伝えることが許されなくなってしまった。それどころか、伝えることで彼女を傷付けるようになってしまった。
本当の気持ちに気付くのが遅すぎたのだろうか。もっと早く――この嘘が露呈する前に気付いていれば、こうはならなかったのだろうか。
(……いや)
そもそも最初から嘘だったのだ。許される理由など最初から存在しない。
これは、人の心を弄んだ報いだ
プロポーズ以降も一目惚れを強調してきたのは、アルフレッドに好感を抱いてくれた方が都合のいい妻になると算段しただけ。
好きと言われたからキスをした。子供がほしいと言われたから抱いた。
そうやって、ずっと自分のことを騙し続けていたのだと知った。
「シエラ」
意を決して口を開く。
「本当にごめん。そもそも僕が嘘をつかなければ君が危険なことをする必要もなかったのに。怒鳴ったりして、本当に悪かった」
「謝らないで。私だって助けてもらったもの」
確かにアルフレッドは、シエラを騙して自分の望みを叶える代わりに報酬を与えた。
シエラはアルフレッドに偽りのない愛と真心を与えてくれていたのに。その愛を失いたくないと思う日が来るなんて、想像もしていなかった。
「……最初は嘘だったけど、今はもう、そうじゃない」
「そうじゃないって?」
「いつからかは、はっきりしないけど。でも、スミレの花束を贈ったあの日、君が好きと言ってくれて……」
不安が頭をもたげる。
この先を言って、拒まれたら? シエラには嫌われたくない。拒まれるくらいなら何も言いたくない。
そう思うと上手く言葉が出てこなかった。
しかし、シエラはアルフレッドを好きだと言葉にしてくれた。だからアルフレッドも今、ありったけの勇気を振り絞る。
「……あの時には、もう、僕もシエラのことが好きだったんだ」
シエラへの好意は何度も口にしてきた。好きだと言われたから鏡のように同じ言葉を返して、妻となった人をその気にさせるためだと思って、自分にもそう言い聞かせながら。
でもこれは今までのどれとも違う。自分の気持ちを認めて、本心から口にする言葉だ。
「本当に、シエラが好きなんだ。だから」
「大丈夫よ」
シエラがアルフレッドの言葉を遮る。そして、もう一度「大丈夫」と繰り返した。
「私もちゃんとアルが好きよ。だから、大丈夫」
シエラが微笑む。好きと言われて嬉しいはずなのに、アルフレッドの胸は嫌にざわめく。
「好きだ、シエラ」
「分かってるわ。大丈夫だから」
「本当に好きなんだ」
「ええ。私もよ」
「本当に、シエラのことが好きなんだ」
「もう分かったから」
震える声で、狂ったように何度も何度も囁いた。
「最初は確かに君に嘘をついていた。でも今は本当に、本当に君のことが大切なんだ」
「分かったから、もういいわ」
「好きだ、シエラ……愛してるんだ」
「やめてったら」
「好きだ。愛してるよ。嘘じゃない。目的なんてもう関係な――」
シエラがピクリと肩を振るわせた。
そう思った次の瞬間には、シエラが声を荒げていた。
「やめて!」
「……シエラ?」
「もう、好きだなんて言わないで」
いつの間にか、シエラは濡れたまなじりをつり上げアルフレッドを睨んでいた。今まで見たことのない、怒りに満ちた顔でシエラは冷たく言い放つ。
「好きだなんて台詞、もう二度と聞きたくない」
何を言われているのか、すぐに理解できなかった。
拒絶されたことを受け入れたくなかった。
「で、も……」
「やめて。もう何も言わないで」
すすり泣きに混ざる、消え入りそうな声がアルフレッドの耳をつく。
「また嘘だったって言われたら……私、今度こそ耐えられない……」
うつむいたシエラを見つめたまま、どれくらいそうしていたか分からない。手を伸ばせば届くところにいるのに、アルフレッドに彼女を慰める資格はないのだと理解するには十分な時間だった。
涙を拭ったシエラは、言葉が見つからないまま黙りこくったアルフレッドを一瞥することもなく、口を閉ざしたまま部屋を出た。
部屋を出たシエラの足音が遠ざかっていく。物音が完全に聞こえなくなってからも、アルフレッドはひとり残されたベッドの上で呆然としていた。
広く柔らかいだけのベッドに倒れ込むが、いつまで経っても寒くて、眠れる気がしなかった。
今晩は一緒に過ごそうと約束していたのに。二人で夜更かししたいと伝えていたのに。
(絶対に、一人にしないと言ってくれたのに……)
自業自得だ。
復讐のために利用していたはずのシエラが、アルフレッドを愛してくれた。気付かないうちにアルフレッドもシエラを心から愛するようになっていた。嘘が知られた後も「好き」の言葉をもらって、これまで通りだと安心していた。
アルフレッドの嘘も目的も分かっている。裏切らないから心配するな、という意味でしかなったのに。アルフレッドがシエラに対してしていたことと、同じことを彼女もしていただけだったのに。
無償の愛に浮かれた男は、そうとも知らずに現実から目を背けていただけだった。
結果、彼女にこの気持ちを伝えることが許されなくなってしまった。それどころか、伝えることで彼女を傷付けるようになってしまった。
本当の気持ちに気付くのが遅すぎたのだろうか。もっと早く――この嘘が露呈する前に気付いていれば、こうはならなかったのだろうか。
(……いや)
そもそも最初から嘘だったのだ。許される理由など最初から存在しない。
これは、人の心を弄んだ報いだ
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