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34 アルフレッド、殴る
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マティアスと連名でオルフレインを告発してからというもの、アルフレッドは怒濤の忙しさに身を置いていた。
証拠の精査に司法機関との打ち合わせ。裁判に向けての文書作成。裏帳簿から辿って隠し集めていた石炭や鉄に関わる人間にも接触し、証言や証拠を集めている。
管理人がいるとはいえ預かった領地のこともおろそかにはしていないし、並行して普段の研究業務にも力を入れていた。
「ベルーフィア公爵、少し休んだらいかがです?」
忙しさのあまり殺伐としているアルフレッドに研究室の同僚たちは何も言えない。
ようやく上司が声をかけるも、「問題ありません」とアルフレッドは首を横に振った。
(休めるわけがない)
母と火事の件が明らかになったわけではないものの、オルフレインが逮捕されたのだ。
しこりは残るが、アルフレッドの望みは達成されたと言ってもいい。
しかし、なのか。だから、なのか。
アルフレッドは焦っていた。
シエラは頭がいい。思い切りのいい面もあるが、わきまえている部分もある。
この結婚が始めから嘘だったと知った彼女は、裁判が終わる前にでも自分の役目が終わったと考えてしまいそうだ。
そうなれば、アルフレッドに何も言わずリオンとイブを連れて出て行ってしまう可能性もある。
落ち着いたら話をする。それまでは待っていてもらう。この約束も今、逆にアルフレッドの首を絞めている。
少なくともその日までは側にいてもらえるが、その日で終わりになるかもしれないのだ。
早くオルフレインを裁きたいのに、一生その日が来ないでほしいとさえ思う。
矛盾した思いを抱えたアルフレッドは、結果、何かしていないと落ち着かないようになっていたのだった。
(好きだと言うな、もう二度と聞きたくない、と言われてしまったんだ……)
この気持ちが本物だと伝えたいのに、それが許されない。
きっと贈り物も喜んではもらえない。受け取ってもらうこともできないだろう。
他にどうやってこの想いを伝えたらいいのか、検討もつかなかった。
誠心誠意謝罪した上で、これからもずっと夫婦でいてほしいと願い、そのメリットを提示すれば、頷いてくれる可能性はあるかもしれない。
でも、それだけだ。二度とシエラがアルフレッドを好きになることはない。永遠にアルフレッドの想いを信じてもらえることもない。
「クソっ」
思わず髪を掻きむしる。初めて見るアルフレッドの荒れた様子に、周囲の人間がそろって肩を振るわせた。
「ベルーフィア公爵はおいで?」
突然、高らかな声が響き渡った。
ルビーだ。「関係者以外立ち入り禁止ですってば!」と叫ぶ同僚を無視し、悶々としているアルフレッドの元にやってくる。
「ベルーフィア公爵。お話があります」
「断る」
「シエラさんのことだと言っても?」
ルビーが小声で囁いた。
アルフレッドは重い頭を持ち上げ、ルビーに鋭い視線を向ける。
「ひっ、ひどい顔ね……。そんなことより大変なのよ。順を追って説明すると、私、兄に絶縁されたの」
「それのどこが大変だと?」
「大変でしょうが、この冷血漢! でもそれが本題じゃなくて。突然追い出されてわけが分からないし、使用人たちも解雇されたみたいで。行くあてもなくて……」
「エイデンのところに行く勇気もなくて……」とボソボソ言っているが、それのどこがシエラに関わってくるというのか。
アルフレッドはため息交じりに先を促す。
「それで?」
「それで、シエラさんのところに行こうと思ったの。そしたら、うちの兄と出かけて行くところを見たのよ。お供も連れずに、ふたりで流しの馬車に乗って」
「は?」
シエラとマティアスが、二人で?
意味を理解した瞬間、アルフレッドは椅子を倒し立ち上がった。
ルビーが「ひぃっ」と悲鳴を上げる。見守っていた周りの同僚たちも話し声が聞こえないながら、ただ事でない二人の様子に目くばせしあっている。
「……ふたりはどこに」
「わ、分からない」
ルビーの説明をすべて聞いたアルフレッドは沸騰しそうになる頭で考えた。最低最悪な想像が頭を過る。
しかしシエラは、少なくとも今はまだアルの妻だ。夫を裏切るようなことをするはずがない。たとえ、夫が最初から妻を裏切っていた最低な男だったとしてもだ。
それよりもしっくりくる予想が、ひとつだけあった。
――協力します。
――あなたの役に立ちたいの。
(僕の、役に……)
オルフレインを法で裁くことはできるが、アルフレッドの望む結果とは少し違っている。釈然としない思いを抱えていたことは聡いシエラも気付いていただろう。そのために何か行動を起こしたのだとしたら。
「オルフレイン邸か?」
「え? うち?」
シエラは賢くて美しい女性だ。控えめな態度は男に好まれやすいし、それでいて芯が強いところには誰だって惹かれる。本人は気付いていないようだが、彼女を我が物にしたいと思う男など掃いて捨てるほどいるだろう。
マティアスもそうだ。オルフレインの告発のため協力してはいるが、あの男がシエラに声をかけているところを見たことがある。
バキッ、と鋭い音が響いた。アルフレッドの手にあったペンが折れた音だ。
ルビーが青ざめた。
「家に連れて行け」
「でも私、絶縁されて追い出されて」
「いいから連れて行け」
「わ、分かったわよぉ」
折れたペンを投げ捨て、アルフレッドは城を出た。
*
重厚な扉を蹴破る。後ろで叫ぶルビーの文句は聞こえなかった。
目の間でシエラがマティアスに押し倒されている。恐怖に染まった顔で震えている。音にならない声がアルフレッドを呼んでいた。
「シエラ!」
気がついたときにはマティアスを殴り飛ばし、シエラを抱きしめていた。
しかし、ほっとしたのもつかの間だった。
「なっ、何するの! 証拠が暖炉に!」
「シエラ駄目だ!」
シエラが身をよじってアルフレッドの腕の中から抜け出てしまう。
その視線の先には暖炉。躊躇うことなく炎に手を突っ込もうとするシエラを、アルフレッドはとっさのところで止めた。
暖炉の中にはノートのようなものが見える。目の前で灰に変わっていくのを見て、シエラは愕然としていた。
「シエラ、何を考えているんだ! 大火傷するところだった!」
「アルこそ何をするのよ! 今、目の前で燃えつきたノートは十五年前の証拠になるかもしれなかった日記よ! アルの本当の望みが叶うところだっ……」
最後まで言わせることなく、強く抱きしめて言葉を封じた。
やはりシエラはアルフレッドのために行動していたのだ。危険も顧みず。
アルフレッドは消え入りそうな声で言った。
「死んだ母より、今生きているシエラの方が大切なんだ」
「……?」
腕の中でシエラがぴたりと動きを止める。
「でも、証拠が……」
「証拠よりもシエラの方が大事」
「でも……それじゃ、本当に私のことが好き、って言ってるみたいじゃない……?」
自分自身に問いかけるようなシエラの言葉に、アルフレッドは表情を崩した。
「そうだよ」
少し身体を離すとシエラの困惑した顔が見えた。分かってます、わきまえてます、という表情ではない。困惑と戸惑いが入り混じったような瞳でアルフレッドを見つめている。
ようやく少しだけ信じてもらえたのかもしれない、と期待したくなってしまうような顔だった。
そこに、水を差す声があった。
「取り込み中に申し訳ないが、さっき暖炉で燃えのは証拠なんかじゃない。ただのノート。偽物だよ。十五年前の証拠なんてもう残ってるわけないだろ。俺の記憶以外はね。そこは証言するつもりなんてないけど。ははは」
アルフレッドはもう一度、マティアスをぶん殴った。
証拠の精査に司法機関との打ち合わせ。裁判に向けての文書作成。裏帳簿から辿って隠し集めていた石炭や鉄に関わる人間にも接触し、証言や証拠を集めている。
管理人がいるとはいえ預かった領地のこともおろそかにはしていないし、並行して普段の研究業務にも力を入れていた。
「ベルーフィア公爵、少し休んだらいかがです?」
忙しさのあまり殺伐としているアルフレッドに研究室の同僚たちは何も言えない。
ようやく上司が声をかけるも、「問題ありません」とアルフレッドは首を横に振った。
(休めるわけがない)
母と火事の件が明らかになったわけではないものの、オルフレインが逮捕されたのだ。
しこりは残るが、アルフレッドの望みは達成されたと言ってもいい。
しかし、なのか。だから、なのか。
アルフレッドは焦っていた。
シエラは頭がいい。思い切りのいい面もあるが、わきまえている部分もある。
この結婚が始めから嘘だったと知った彼女は、裁判が終わる前にでも自分の役目が終わったと考えてしまいそうだ。
そうなれば、アルフレッドに何も言わずリオンとイブを連れて出て行ってしまう可能性もある。
落ち着いたら話をする。それまでは待っていてもらう。この約束も今、逆にアルフレッドの首を絞めている。
少なくともその日までは側にいてもらえるが、その日で終わりになるかもしれないのだ。
早くオルフレインを裁きたいのに、一生その日が来ないでほしいとさえ思う。
矛盾した思いを抱えたアルフレッドは、結果、何かしていないと落ち着かないようになっていたのだった。
(好きだと言うな、もう二度と聞きたくない、と言われてしまったんだ……)
この気持ちが本物だと伝えたいのに、それが許されない。
きっと贈り物も喜んではもらえない。受け取ってもらうこともできないだろう。
他にどうやってこの想いを伝えたらいいのか、検討もつかなかった。
誠心誠意謝罪した上で、これからもずっと夫婦でいてほしいと願い、そのメリットを提示すれば、頷いてくれる可能性はあるかもしれない。
でも、それだけだ。二度とシエラがアルフレッドを好きになることはない。永遠にアルフレッドの想いを信じてもらえることもない。
「クソっ」
思わず髪を掻きむしる。初めて見るアルフレッドの荒れた様子に、周囲の人間がそろって肩を振るわせた。
「ベルーフィア公爵はおいで?」
突然、高らかな声が響き渡った。
ルビーだ。「関係者以外立ち入り禁止ですってば!」と叫ぶ同僚を無視し、悶々としているアルフレッドの元にやってくる。
「ベルーフィア公爵。お話があります」
「断る」
「シエラさんのことだと言っても?」
ルビーが小声で囁いた。
アルフレッドは重い頭を持ち上げ、ルビーに鋭い視線を向ける。
「ひっ、ひどい顔ね……。そんなことより大変なのよ。順を追って説明すると、私、兄に絶縁されたの」
「それのどこが大変だと?」
「大変でしょうが、この冷血漢! でもそれが本題じゃなくて。突然追い出されてわけが分からないし、使用人たちも解雇されたみたいで。行くあてもなくて……」
「エイデンのところに行く勇気もなくて……」とボソボソ言っているが、それのどこがシエラに関わってくるというのか。
アルフレッドはため息交じりに先を促す。
「それで?」
「それで、シエラさんのところに行こうと思ったの。そしたら、うちの兄と出かけて行くところを見たのよ。お供も連れずに、ふたりで流しの馬車に乗って」
「は?」
シエラとマティアスが、二人で?
意味を理解した瞬間、アルフレッドは椅子を倒し立ち上がった。
ルビーが「ひぃっ」と悲鳴を上げる。見守っていた周りの同僚たちも話し声が聞こえないながら、ただ事でない二人の様子に目くばせしあっている。
「……ふたりはどこに」
「わ、分からない」
ルビーの説明をすべて聞いたアルフレッドは沸騰しそうになる頭で考えた。最低最悪な想像が頭を過る。
しかしシエラは、少なくとも今はまだアルの妻だ。夫を裏切るようなことをするはずがない。たとえ、夫が最初から妻を裏切っていた最低な男だったとしてもだ。
それよりもしっくりくる予想が、ひとつだけあった。
――協力します。
――あなたの役に立ちたいの。
(僕の、役に……)
オルフレインを法で裁くことはできるが、アルフレッドの望む結果とは少し違っている。釈然としない思いを抱えていたことは聡いシエラも気付いていただろう。そのために何か行動を起こしたのだとしたら。
「オルフレイン邸か?」
「え? うち?」
シエラは賢くて美しい女性だ。控えめな態度は男に好まれやすいし、それでいて芯が強いところには誰だって惹かれる。本人は気付いていないようだが、彼女を我が物にしたいと思う男など掃いて捨てるほどいるだろう。
マティアスもそうだ。オルフレインの告発のため協力してはいるが、あの男がシエラに声をかけているところを見たことがある。
バキッ、と鋭い音が響いた。アルフレッドの手にあったペンが折れた音だ。
ルビーが青ざめた。
「家に連れて行け」
「でも私、絶縁されて追い出されて」
「いいから連れて行け」
「わ、分かったわよぉ」
折れたペンを投げ捨て、アルフレッドは城を出た。
*
重厚な扉を蹴破る。後ろで叫ぶルビーの文句は聞こえなかった。
目の間でシエラがマティアスに押し倒されている。恐怖に染まった顔で震えている。音にならない声がアルフレッドを呼んでいた。
「シエラ!」
気がついたときにはマティアスを殴り飛ばし、シエラを抱きしめていた。
しかし、ほっとしたのもつかの間だった。
「なっ、何するの! 証拠が暖炉に!」
「シエラ駄目だ!」
シエラが身をよじってアルフレッドの腕の中から抜け出てしまう。
その視線の先には暖炉。躊躇うことなく炎に手を突っ込もうとするシエラを、アルフレッドはとっさのところで止めた。
暖炉の中にはノートのようなものが見える。目の前で灰に変わっていくのを見て、シエラは愕然としていた。
「シエラ、何を考えているんだ! 大火傷するところだった!」
「アルこそ何をするのよ! 今、目の前で燃えつきたノートは十五年前の証拠になるかもしれなかった日記よ! アルの本当の望みが叶うところだっ……」
最後まで言わせることなく、強く抱きしめて言葉を封じた。
やはりシエラはアルフレッドのために行動していたのだ。危険も顧みず。
アルフレッドは消え入りそうな声で言った。
「死んだ母より、今生きているシエラの方が大切なんだ」
「……?」
腕の中でシエラがぴたりと動きを止める。
「でも、証拠が……」
「証拠よりもシエラの方が大事」
「でも……それじゃ、本当に私のことが好き、って言ってるみたいじゃない……?」
自分自身に問いかけるようなシエラの言葉に、アルフレッドは表情を崩した。
「そうだよ」
少し身体を離すとシエラの困惑した顔が見えた。分かってます、わきまえてます、という表情ではない。困惑と戸惑いが入り混じったような瞳でアルフレッドを見つめている。
ようやく少しだけ信じてもらえたのかもしれない、と期待したくなってしまうような顔だった。
そこに、水を差す声があった。
「取り込み中に申し訳ないが、さっき暖炉で燃えのは証拠なんかじゃない。ただのノート。偽物だよ。十五年前の証拠なんてもう残ってるわけないだろ。俺の記憶以外はね。そこは証言するつもりなんてないけど。ははは」
アルフレッドはもう一度、マティアスをぶん殴った。
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