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1-2 ネームレス
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子どもは何を言われているのかわからなかった。おそらく自分の何かを聞かれているのだろうということは予想できた。
しかし……オナマエ……?オナマエ……とは……?
「……?……?」
良くわからないが差し出された手は握るものだということは知っている。ひとまず商人の手を握った。
カパーはしばらく黙っていたが
「どうやらまずは治療をしないといけないようですね。そのままでは辛いでしょう。どこが痛いかわかりますか?」
と聞いた。子どもが小さく首をふると、少し迷いつつも、自らのフードを僅かにずらし、失礼……と、目を開いた。
「はいよ~。参上しましたよっと。お呼びでしょ~か。隊長様~。」
カパーがフードを被り直すのとほぼ同時に、シュタッっと、どこか気の抜けたような声と共に細身の少年が現れた。
短い黒い髪と引き締まった身体はどこか猫を思わせる。
ピッタリとした黒い衣装や、二の腕まであるグローブ、足音1つない身のこなしは先程の声とイメージが一致しなかった。
「怪我人です。救護班のもとへお願いします。痛みが強いようなのであまり揺らさないように」
カパーの指示で黒い少年がガタイのいい男に手を伸ばした。
「りょ~かいです。ほら、貸して。そいつの名前は?」
「名前は……ない。」
「は?」
男の答えに真っ黒な少年はトパーズの瞳をまんまるにしている。
「うちの村には川がある。あなた方なら知ってるとは思うが、御多分に漏れずうちの村にも『名前』は存在しないんだ。」
ガタイのいい男は、黒い少年に子どもを預けながら答えた。
「おや?川があると言ってもあそこにはもう、魔物の類いは住んでいないでしょう?いなくなっても尚、呼ばれるのですか?」
これは興味深いと商人の声が微かに高くなる。
「いや、『名前』がないからな。本当のところは誰にもわからん。呼んでいるのかも知れないし、もう、呼び声はないのかもしれない。
今じゃ『名前』なんてもんを知ってるのは村のじじばばくらいだ。俺も貴方に出会うまでは知らなかったくらいだからな。
だからこそ、間違っても『名前』を与えようなんて考えてくれるなよ」
男は凄味のある声で釘をさす。
商人は、ほう。と1つうなずくと、外套の袖から扇を出し顔の前に広げた。
口元を隠しながらこちらに一歩ニ歩と近づく。
「それは、またどうして?『名前』を失くしたのは対策でしょう?魔物なき今、そんな風習に意味などないのでは?
それに、あなた方の村では必要なかったかもしれませんが、我々と共に来るのであれば名前は必要です。村に帰った時、また捨てたらよろしい。」
カパーは、呆れたような声でわざとらしく肩をすくめて見せている。表情は見えないが注意深くこちらを観察しているのはわかった。
「しかし……まっすぐ王都へむかうわけではないだろう?貴方の担当地域なら川や湖が多いはずだ。濃霧の中を進むこともあるだろう。ならば……。」
男も負けじと食い下がる。
赤い目で見つめられているわけでもないのに、なんだか、とても居心地が悪かった。
「だからこそ、ですよ。しかし貴方がそこまで食い下がるなんて珍しいですね……。
魔物無き今、何をそんなに……。」
カパーは、思案顔で黙り込むと、はっ、としたように声をあげた。
「まさか……貴方……名付けたのですか?『名前』を知って?あっははははははは。それはそれは。」
商人は男に口を挟む隙を与えず滔々と話し始めた。
「それで?どうでした?何か変化はありましたか?あったからこそ、今日ここにきたのですよね?よりにもよって、ワタクシの目を厭う貴方が来るなんておかしいと思ったのです。
なるほど。なるほど。通りで。『名前』がないことに気が付かないはずだ。人間の記憶とは、なんとまぁ曖昧なものなのでしょうね。
貴方は村人を勝手に名付け、心中でのみ、その名を呼んでいた。
誰の『名前』も口にしてはいなかったのですね。故に契約は成立していない。
そして、そんな貴方の記憶を覗いたワタクシは村人に名前があるものと勘違いをしていた。」
顔をぐいっと近づけてまじまじと見られる。相手の顔は扇で隠されており狐のような目しか見えない。
赤い目ではないということは、記憶を覗かれているわけではないのだろう。
商人は純粋に男の表情をみていた。
川の魔物は対象の名前を呼び、川に引きずり込む。呼ばれた者は近しい者や会いたいと焦がれていた者の声を聞いたといわれている。
「そもそも名前が存在しなのであれば呼ぶことができない。誰も呼べないのであれば川の民はいてもいないのと同じこと。
であれば、ワタクシが彼に旅の間だけ仮の名を与えても何も問題ないのでは?村人が知らなければ良いだけの話でしょう?」
男はカッと目を見開き大きく息を吸った。
この子は!と大きな声がでる。
自分の声に驚いたように言葉を飲むと、ハァーと、息を吐き出してから話し始めた。
「この子は貴方の声で呼ばれたらフラフラと誘われてしまうでしょう。
それに……問題はモンスターだけではありません。我々は……平等でなければならない。
名前を付け、個として区別してしまうと等しくはなくなるのです。個としての感情が、嫉妬や妬み、情や愛着がわく。
それらの感情はモンスター共のエサとなるのでしょう?我々は個ではなく群だからこそ生き残ってきたのです。
そこに個の意思は必要なく、皆、村として動かなくてはならない。そのために名前は……あってはならないのです。」
「それが、『名前』を知った貴方の答えですか?」
パチンと片手で扇をたたみ、そのまま男を胸をトンと押す。
「いいえ、『村』の答えです」
男は真っ直ぐに見返した
「そうですか。わかりました。
我々はあくまでも余所者です。これ以上村の方針にとやかく言える立場ではないでしょう。
但し、あなた方が村人を人として扱わないのであれば、我々も彼を仲間ではなく、荷として預かりましょう。
なぁに、曲がりなりにもプロです。何でも運んで差し上げますよ。」
そういうと商人は男にくるりと背を向け商隊の方へ歩き出す。
「待ってくれ。あの子を、どうするつもりだ?」
男は慌てて後を追う。
「ですから、荷として預かるんです。荷物は荷車に乗っているものでしょう?
あぁ、荷とはいっても食事は摂らせないと行けませんね。
扱いとしては家畜……といったところでしょうか?羊と牛どちらと一緒に乗せたいですか?今なら鶏もいますよ。」
こちらを見もせず、話は終わりだとばかりに手をヒラヒラとふられた。
男は呆然として商人を見つめた。村人を人間として扱っていない?何を言ってるんだ。
人として生きていくために選んだことだ。名前がないだけでどうして家畜とまで言われなくてはならないんだ。
「あんたは、村人全員を運んでくれと言われたら、俺達を荷物として扱うのか?」
うつむきがちに震える声で尋ねられる。拳を握り微かに震える姿を見てカパーの口角が僅かにあがった。
「嫌な質問ですね。ですが……そうですね。『名前』を嫌がるのであれば、荷物として管理するしかないでしょう。
我々は荷物だろうが命だろうが預かったものの安全を保証し、送り届けなければなりません。そのためにはなんだってしますよ。なんだってね。」
しかし……オナマエ……?オナマエ……とは……?
「……?……?」
良くわからないが差し出された手は握るものだということは知っている。ひとまず商人の手を握った。
カパーはしばらく黙っていたが
「どうやらまずは治療をしないといけないようですね。そのままでは辛いでしょう。どこが痛いかわかりますか?」
と聞いた。子どもが小さく首をふると、少し迷いつつも、自らのフードを僅かにずらし、失礼……と、目を開いた。
「はいよ~。参上しましたよっと。お呼びでしょ~か。隊長様~。」
カパーがフードを被り直すのとほぼ同時に、シュタッっと、どこか気の抜けたような声と共に細身の少年が現れた。
短い黒い髪と引き締まった身体はどこか猫を思わせる。
ピッタリとした黒い衣装や、二の腕まであるグローブ、足音1つない身のこなしは先程の声とイメージが一致しなかった。
「怪我人です。救護班のもとへお願いします。痛みが強いようなのであまり揺らさないように」
カパーの指示で黒い少年がガタイのいい男に手を伸ばした。
「りょ~かいです。ほら、貸して。そいつの名前は?」
「名前は……ない。」
「は?」
男の答えに真っ黒な少年はトパーズの瞳をまんまるにしている。
「うちの村には川がある。あなた方なら知ってるとは思うが、御多分に漏れずうちの村にも『名前』は存在しないんだ。」
ガタイのいい男は、黒い少年に子どもを預けながら答えた。
「おや?川があると言ってもあそこにはもう、魔物の類いは住んでいないでしょう?いなくなっても尚、呼ばれるのですか?」
これは興味深いと商人の声が微かに高くなる。
「いや、『名前』がないからな。本当のところは誰にもわからん。呼んでいるのかも知れないし、もう、呼び声はないのかもしれない。
今じゃ『名前』なんてもんを知ってるのは村のじじばばくらいだ。俺も貴方に出会うまでは知らなかったくらいだからな。
だからこそ、間違っても『名前』を与えようなんて考えてくれるなよ」
男は凄味のある声で釘をさす。
商人は、ほう。と1つうなずくと、外套の袖から扇を出し顔の前に広げた。
口元を隠しながらこちらに一歩ニ歩と近づく。
「それは、またどうして?『名前』を失くしたのは対策でしょう?魔物なき今、そんな風習に意味などないのでは?
それに、あなた方の村では必要なかったかもしれませんが、我々と共に来るのであれば名前は必要です。村に帰った時、また捨てたらよろしい。」
カパーは、呆れたような声でわざとらしく肩をすくめて見せている。表情は見えないが注意深くこちらを観察しているのはわかった。
「しかし……まっすぐ王都へむかうわけではないだろう?貴方の担当地域なら川や湖が多いはずだ。濃霧の中を進むこともあるだろう。ならば……。」
男も負けじと食い下がる。
赤い目で見つめられているわけでもないのに、なんだか、とても居心地が悪かった。
「だからこそ、ですよ。しかし貴方がそこまで食い下がるなんて珍しいですね……。
魔物無き今、何をそんなに……。」
カパーは、思案顔で黙り込むと、はっ、としたように声をあげた。
「まさか……貴方……名付けたのですか?『名前』を知って?あっははははははは。それはそれは。」
商人は男に口を挟む隙を与えず滔々と話し始めた。
「それで?どうでした?何か変化はありましたか?あったからこそ、今日ここにきたのですよね?よりにもよって、ワタクシの目を厭う貴方が来るなんておかしいと思ったのです。
なるほど。なるほど。通りで。『名前』がないことに気が付かないはずだ。人間の記憶とは、なんとまぁ曖昧なものなのでしょうね。
貴方は村人を勝手に名付け、心中でのみ、その名を呼んでいた。
誰の『名前』も口にしてはいなかったのですね。故に契約は成立していない。
そして、そんな貴方の記憶を覗いたワタクシは村人に名前があるものと勘違いをしていた。」
顔をぐいっと近づけてまじまじと見られる。相手の顔は扇で隠されており狐のような目しか見えない。
赤い目ではないということは、記憶を覗かれているわけではないのだろう。
商人は純粋に男の表情をみていた。
川の魔物は対象の名前を呼び、川に引きずり込む。呼ばれた者は近しい者や会いたいと焦がれていた者の声を聞いたといわれている。
「そもそも名前が存在しなのであれば呼ぶことができない。誰も呼べないのであれば川の民はいてもいないのと同じこと。
であれば、ワタクシが彼に旅の間だけ仮の名を与えても何も問題ないのでは?村人が知らなければ良いだけの話でしょう?」
男はカッと目を見開き大きく息を吸った。
この子は!と大きな声がでる。
自分の声に驚いたように言葉を飲むと、ハァーと、息を吐き出してから話し始めた。
「この子は貴方の声で呼ばれたらフラフラと誘われてしまうでしょう。
それに……問題はモンスターだけではありません。我々は……平等でなければならない。
名前を付け、個として区別してしまうと等しくはなくなるのです。個としての感情が、嫉妬や妬み、情や愛着がわく。
それらの感情はモンスター共のエサとなるのでしょう?我々は個ではなく群だからこそ生き残ってきたのです。
そこに個の意思は必要なく、皆、村として動かなくてはならない。そのために名前は……あってはならないのです。」
「それが、『名前』を知った貴方の答えですか?」
パチンと片手で扇をたたみ、そのまま男を胸をトンと押す。
「いいえ、『村』の答えです」
男は真っ直ぐに見返した
「そうですか。わかりました。
我々はあくまでも余所者です。これ以上村の方針にとやかく言える立場ではないでしょう。
但し、あなた方が村人を人として扱わないのであれば、我々も彼を仲間ではなく、荷として預かりましょう。
なぁに、曲がりなりにもプロです。何でも運んで差し上げますよ。」
そういうと商人は男にくるりと背を向け商隊の方へ歩き出す。
「待ってくれ。あの子を、どうするつもりだ?」
男は慌てて後を追う。
「ですから、荷として預かるんです。荷物は荷車に乗っているものでしょう?
あぁ、荷とはいっても食事は摂らせないと行けませんね。
扱いとしては家畜……といったところでしょうか?羊と牛どちらと一緒に乗せたいですか?今なら鶏もいますよ。」
こちらを見もせず、話は終わりだとばかりに手をヒラヒラとふられた。
男は呆然として商人を見つめた。村人を人間として扱っていない?何を言ってるんだ。
人として生きていくために選んだことだ。名前がないだけでどうして家畜とまで言われなくてはならないんだ。
「あんたは、村人全員を運んでくれと言われたら、俺達を荷物として扱うのか?」
うつむきがちに震える声で尋ねられる。拳を握り微かに震える姿を見てカパーの口角が僅かにあがった。
「嫌な質問ですね。ですが……そうですね。『名前』を嫌がるのであれば、荷物として管理するしかないでしょう。
我々は荷物だろうが命だろうが預かったものの安全を保証し、送り届けなければなりません。そのためにはなんだってしますよ。なんだってね。」
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