魔王のいない世界で勇者になるには

蛍雪月夜

文字の大きさ
3 / 19

1-2 ネームレス

しおりを挟む
子どもは何を言われているのかわからなかった。おそらく自分の何かを聞かれているのだろうということは予想できた。

しかし……オナマエ……?オナマエ……とは……?

「……?……?」

良くわからないが差し出された手は握るものだということは知っている。ひとまず商人の手を握った。

カパーはしばらく黙っていたが

「どうやらまずは治療をしないといけないようですね。そのままでは辛いでしょう。どこが痛いかわかりますか?」

と聞いた。子どもが小さく首をふると、少し迷いつつも、自らのフードを僅かにずらし、失礼……と、目を開いた。

「はいよ~。参上しましたよっと。お呼びでしょ~か。隊長様~。」

カパーがフードを被り直すのとほぼ同時に、シュタッっと、どこか気の抜けたような声と共に細身の少年が現れた。

短い黒い髪と引き締まった身体はどこか猫を思わせる。

ピッタリとした黒い衣装や、二の腕まであるグローブ、足音1つない身のこなしは先程の声とイメージが一致しなかった。

「怪我人です。救護班のもとへお願いします。痛みが強いようなのであまり揺らさないように」

カパーの指示で黒い少年がガタイのいい男に手を伸ばした。

「りょ~かいです。ほら、貸して。そいつの名前は?」

「名前は……ない。」

「は?」

男の答えに真っ黒な少年はトパーズの瞳をまんまるにしている。

「うちの村には川がある。あなた方なら知ってるとは思うが、御多分に漏れずうちの村にも『名前』は存在しないんだ。」

ガタイのいい男は、黒い少年に子どもを預けながら答えた。

「おや?川があると言ってもあそこにはもう、魔物の類いは住んでいないでしょう?いなくなっても尚、呼ばれるのですか?」

これは興味深いと商人の声が微かに高くなる。

「いや、『名前』がないからな。本当のところは誰にもわからん。呼んでいるのかも知れないし、もう、呼び声はないのかもしれない。

今じゃ『名前』なんてもんを知ってるのは村のじじばばくらいだ。俺も貴方に出会うまでは知らなかったくらいだからな。

だからこそ、間違っても『名前』を与えようなんて考えてくれるなよ」

男は凄味のある声で釘をさす。

商人は、ほう。と1つうなずくと、外套の袖から扇を出し顔の前に広げた。

口元を隠しながらこちらに一歩ニ歩と近づく。

「それは、またどうして?『名前』を失くしたのは対策でしょう?魔物なき今、そんな風習に意味などないのでは?

それに、あなた方の村では必要なかったかもしれませんが、我々と共に来るのであれば名前は必要です。村に帰った時、また捨てたらよろしい。」

カパーは、呆れたような声でわざとらしく肩をすくめて見せている。表情は見えないが注意深くこちらを観察しているのはわかった。

「しかし……まっすぐ王都へむかうわけではないだろう?貴方の担当地域なら川や湖が多いはずだ。濃霧の中を進むこともあるだろう。ならば……。」

男も負けじと食い下がる。
赤い目で見つめられているわけでもないのに、なんだか、とても居心地が悪かった。

「だからこそ、ですよ。しかし貴方がそこまで食い下がるなんて珍しいですね……。
魔物無き今、何をそんなに……。」

カパーは、思案顔で黙り込むと、はっ、としたように声をあげた。

「まさか……貴方……名付けたのですか?『名前』を知って?あっははははははは。それはそれは。」

商人は男に口を挟む隙を与えず滔々と話し始めた。

「それで?どうでした?何か変化はありましたか?あったからこそ、今日ここにきたのですよね?よりにもよって、ワタクシの目を厭う貴方が来るなんておかしいと思ったのです。

なるほど。なるほど。通りで。『名前』がないことに気が付かないはずだ。人間の記憶とは、なんとまぁ曖昧なものなのでしょうね。

貴方は村人を勝手に名付け、心中でのみ、その名を呼んでいた。

誰の『名前』も口にしてはいなかったのですね。故に契約は成立していない。

そして、そんな貴方の記憶を覗いたワタクシは村人に名前があるものと勘違いをしていた。」

顔をぐいっと近づけてまじまじと見られる。相手の顔は扇で隠されており狐のような目しか見えない。 

赤い目ではないということは、記憶を覗かれているわけではないのだろう。

商人は純粋に男の表情をみていた。

川の魔物は対象の名前を呼び、川に引きずり込む。呼ばれた者は近しい者や会いたいと焦がれていた者の声を聞いたといわれている。

「そもそも名前が存在しなのであれば呼ぶことができない。誰も呼べないのであれば川の民はいてもいないのと同じこと。

であれば、ワタクシが彼に旅の間だけ仮の名を与えても何も問題ないのでは?村人が知らなければ良いだけの話でしょう?」

男はカッと目を見開き大きく息を吸った。

この子は!と大きな声がでる。
自分の声に驚いたように言葉を飲むと、ハァーと、息を吐き出してから話し始めた。

「この子は貴方の声で呼ばれたらフラフラと誘われてしまうでしょう。
それに……問題はモンスターだけではありません。我々は……平等でなければならない。

名前を付け、個として区別してしまうと等しくはなくなるのです。個としての感情が、嫉妬や妬み、情や愛着がわく。 

それらの感情はモンスター共のエサとなるのでしょう?我々は個ではなく群だからこそ生き残ってきたのです。

そこに個の意思は必要なく、皆、村として動かなくてはならない。そのために名前は……あってはならないのです。」

「それが、『名前』を知った貴方の答えですか?」

パチンと片手で扇をたたみ、そのまま男を胸をトンと押す。

「いいえ、『村』の答えです」

男は真っ直ぐに見返した

「そうですか。わかりました。
我々はあくまでも余所者です。これ以上村の方針にとやかく言える立場ではないでしょう。

但し、あなた方が村人を人として扱わないのであれば、我々も彼を仲間ではなく、荷として預かりましょう。

なぁに、曲がりなりにもプロです。何でも運んで差し上げますよ。」

そういうと商人は男にくるりと背を向け商隊の方へ歩き出す。

「待ってくれ。あの子を、どうするつもりだ?」

男は慌てて後を追う。

「ですから、荷として預かるんです。荷物は荷車に乗っているものでしょう?

あぁ、荷とはいっても食事は摂らせないと行けませんね。

扱いとしては家畜……といったところでしょうか?羊と牛どちらと一緒に乗せたいですか?今なら鶏もいますよ。」

こちらを見もせず、話は終わりだとばかりに手をヒラヒラとふられた。

男は呆然として商人を見つめた。村人を人間として扱っていない?何を言ってるんだ。

人として生きていくために選んだことだ。名前がないだけでどうして家畜とまで言われなくてはならないんだ。

「あんたは、村人全員を運んでくれと言われたら、俺達を荷物として扱うのか?」

うつむきがちに震える声で尋ねられる。拳を握り微かに震える姿を見てカパーの口角が僅かにあがった。

「嫌な質問ですね。ですが……そうですね。『名前』を嫌がるのであれば、荷物として管理するしかないでしょう。

我々は荷物だろうが命だろうが預かったものの安全を保証し、送り届けなければなりません。そのためにはなんだってしますよ。なんだってね。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

処理中です...