上 下
38 / 41
第二章 謎の組織、聖王国へ使者として赴く

悪事38 謎の組織、竜鱗族の子供を拾う

しおりを挟む
 『統領』は真夜中にも拘わらず、急いで食事の用意を始めた。
 正直、固形栄養食が手間的にも栄養的にもベターな選択だということはわかっていた。

 しかし、対象はお腹を空かせた子供が10人。
 今求められるのは温かい食事ということ、そして量なのである。

 使う予定はなかった空間倉庫を解放して、様々な食材と調理器具を取り出していく。
 見慣れないグロウンバードの巨大な卵を取り出した時にはどよめきが上がった。

 ガルたちに増やしてもらった焚火の1つに寸胴を設置し、お湯を沸かすと同時にフリーズドライのスープの素を大量に放り込む。徐々に水の温度が上がるのに連れて、周囲にはいい匂いが立ち込め始めた。

「待ってる間は、これでも食べておけ。皮が少し硬いので頼めるか?」

 スープの匂いで子供たちの腹の虫が大合唱になってしまったので、ガルたちには島で採っておいたナババを剥いて与えておいてもらう。
 味はそこそこだが、食べ応えがあって栄養価の高い果実は空腹には打って付けである。

 子供たちが我先にとガルたちに殺到するのを、イピピと呼ばれていたリーダーが小さい子たちから順番に食べる様に促していたのが印象的だった。

 『統領』は温まってきたスープの寸胴に細かく刻んだ野菜を追加して火を通し、次にコメと呼ばれる穀物を投入して、更に煮る。最後にグロウンバードの卵を溶いて流し込めば、どこかの惑星の料理、野菜たっぷりタマゴ雑炊の完成である。

「ボス様って何気に料理がお上手なんですよね。私も習おうかしら……」

「お嬢様……それは私の仕事ですので、習うのはお止めください」

 料理が完成する前に、子供たちは既にナババを食べつくして『統領』が作るものを遠巻きに凝視していた。近づきたいけど近づけない、そんな様子だった。

「よし、小さい子と女の子から順番に並べ。量はたくさんあるから心配しなくていいぞ」

 『統領』が子供たちに声をかけると歓声をあげて並び始めたので、木の器に半分だけ注いで順番に木の匙と一緒に手渡す。ちゃんと言いつけ通りに小さい子が前だ。

「おじちゃん……これ食べていいの?」

「おじ……まぁいい。熱いから、少しずつゆっくりと食べるんだぞ。おかわりはいっぱいあるから急がなくていい。無くなっても材料はまだあるから、もっと作れるぞ」

「うん! ふーふー、ふーふー、はふはふ……おいちい!」

 本当に嬉しそうに食べる子供たちを見て、『統領』は頬を緩ませる。
 そして、小さい子が見上げてきたので襤褸切れの中身が見えてしまった。

(人間じゃなかったのか……スキャン結果は、竜鱗族? ニッグの親戚か?)

 しばらく黙々と食事が続き、食べ終わった1人がおずおずと空の器を持ってきたのをきっかけにおかわり合戦が始まった。

 子供たちは、どこにそんなに入るんだと思う量を食べつくして、大きな寸胴で作った雑炊はあっという間に完売してしまった。もともと大食漢な種族なのか、それともずっと何も食べてなかったのか、恐らくは後者だと思われる。

 満腹になって人心地がついたのか、子供たちは固まる様に地面に座り込んでウトウトし始めていた。

「あの……おっちゃん、ごめんなさい!」

 突然、イピピと呼ばれていたリーダーの子供が『統領』の元に歩み寄ると、足元にがばっと蹲って謝罪を始めた。

「人間が! 俺たちを助けてくれるなんて思わなかったから! 俺、おっちゃんに酷いことを! ごめん! ごめんなさい! 許してください!」

 ぶるぶると震えながら必死に許しを請う小さな背中は、痛々しくて見ていられなかった。
 そんなイピピに倣うように、次々に子供たちが地面に蹲っていき、ついには小さい子も含めて全員が土下座するようになってしまった。

「よかろう。では、お前たちに罰を与える」

「そんな! ボス様! それはあまりにも無体です! 相手は子供ですよ!?」

「いいんだ! 悪いのは、俺たちのほうだから!」

 子供たちに対しての無慈悲な宣言にメアが非難の声を上げたが、それに構わず『統領』はこう告げた。

「これを1人1個、残さずに食べること。全員が食べ終わったら、全てを許そう」

 そう言って『統領』が空間倉庫から出したのは、10個のアプレット(レベル1)の実。
 あまりにも予想外の言葉に頭を上げてポカーンとする子供たちに1つずつ手渡していく。

「どうした? 食べないのか? それは許されたくないということか?」

 『統領』が促すと、我先にとアプレットに齧り付く子供たち。
 アプレットを一口食べ、全員がその味に驚き、その後は夢中で食べつくしていった。

「ふふふ、ボス様ったら人が悪いです。危うく、嫌いになってしまうところでした」

「お嬢様、ボス様がそのようなことをなさるわけがありません。許嫁のお嬢様が殿方を信じてあげずしてどうするのですか? 私は初めからわかっていましたよ?」

「嘘です、アリスだって目つきが鋭くなっていたのはわかっていますよ? そのように感情が顔に出てしまうのはメイド失格ではありませんか?」

 照れ隠しでメアとアリスが小競り合いを始めたのだが、『統領』は子供たちがどこから来たのか、そして今後の身の振りをどうするのかを考えるのに忙しかった。

(ガルたちからの情報では、ラティス聖王国は人間以外を国民と認めないという。それならば、なぜ竜鱗族という異種族がここにいる? それになぜ子供だけなのだ? 大人はどうした? これは、場合によってはニッグに島まで飛んでもらう必要があるかもしれん)

 アプレットを食べ終わった後も夢見心地で呆けていた子供たち。

「む? 皆、食べ終わったようだな。それでは、先ほどのことは許そう。それと、今日はもう遅いから全員休め。メア様、アリス殿、キューブハウスに子供たちをお願いしてもいいですか?」

「もちろんです、お任せください! ささ、みんな、こっちですよ」

 こんな夜更けに歩いて移動していた子供たちが疲れていないわけがない。先ほども、何人かはウトウトしていたくらいなのだから早めに寝かしたほうがいいだろう。話を聞くのは明日でもできるのだから。
 イピピだけは何かを言いたげだったが、メアとアリスが少々強引に連れて行ったので何も会話できないままになってしまった。

「いいのか? あれは随分と訳ありだと思うぜ」

「どんな理由があったしても、目の前に困っている子供がいるのに助けない大人がいるわけがない。問題があるなら、それを解決すればいいだけの話だ」

「あはは、さすがだ。ボスさんなら、そう言ってくれると思ってたよ。俺たちにも出来る範囲で手伝うぜ。さ、時間まで仕切り直しだな」

 ガルは『統領』の肩をバシバシと嬉しそうに叩いてから夜営に戻っていった。

 そう、『統領』たちはこの地に理想郷を作るために来たのだ。
 子供も大人も、どんな種族もお互いに手を取り合い、何よりもが虐げられることのない理想の地を求めて。

 それが、あの日5人で決めた約束なのだから。
しおりを挟む

処理中です...