王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第33話 運命を選ぶ

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涙が止まらない。

ジャオに別れを告げられたという事実が死に等しいほどつらい。

胸が痛くて、たまらない。





「フロズドぉ‪……‬」
「うわ」

フロストは心底面倒くさそうに、それでも僕を部屋に迎え入れてくれた。魔力絡みとなるとやはりコイツしか頼る者がいない。っていうか、異性とのそういう明け透けなことを話せるの自体、コイツしかいない。

「あなた最近ほんとよくきますねえ‪。もしかしてやっぱり私のこと好きなんですかあ?」
「脱ぐから‪……‬僕のからだ、みで」
「は!? エッちょっとガチでですか!? すみません私には成すべきことがあるので王子との恋愛はちょっとっっ」

なんだか知らないが慌てふためくフロストの目の前で、僕はためらいなくズボンを下ろした。女性用下着にギョッとするフロストを無視して、お腹部分をめくって見せる。相変わらずピンク色に発光している、僕の悩みの種はそこに在った。

「‪……‬‪あーーー」

フロストは一瞬ですべてを悟ったようだ。眉を垂れて、哀れみたっぷりの眼差しを向けてくる。

「やっちゃいましたねえベル様‪……‬」
「やっっっっってない!! 助けてよぉ‪……‬もうお前しか頼れないんだよ‪……!‬」
「えーと、要するに。他の男とおイタをしたらド派手な淫紋付けられて、ジャオ様にそれを見られてしまい、現在関係解消の危機にある、と‪‬」
「わざわざまとめなくてもいいだろおぉ!?」

なぜか一人でいる時よりも大泣きして僕は机に伏す。「強引にキスされただけだよお~!」とのたまうが「ご愁傷様です」と言わんばかりの合掌しか返ってこない。

「しかしキスだけで淫紋とはそうとう魔力のある御人とみました。おそらく唾液で胎内にマーキングされたのでしょうね」
「これ、お前なら消せるよなっ? 綺麗さっぱり消して、ジャオに申し開きできる状態にしてくれるよなっ!?」
「‪……‬ベル様って、結構ジャオ様のこと好きだったんですねえ‪……‬」

何を今さら。わかっててあんなにからかってくれたくせに、しみじみとしやがって。いいから早く消してくれ。お前なら消せるんだろう?
願いを込めた瞳で見つめるが、無情にも目の前の人物は首を横に振って見せた。

「専門外です。お引き取りください」
「そんな‪……‬!」
「魔力にも種類がありまして、そういうのは治癒系に強い御人でないと‪……‬」
「ええ~!? 知らないよそんなの!! お願い!! 消して消して消して!!!」
「ベル様キャラ崩壊してます‪~‬」

がくがくと揺さぶられてもフロストは余裕の笑みだ。クソッ。他人事だと思って。もうお前が敵でもなんでも許すから、とりあえずこの変な印を消してしてくれよお~!?

「消して差し上げたいのはやまやまですが‪……‬すみません、私には荷が重いです‪……‬」
「ウウッ‪……‬」
「城内に、その、いらっしゃらないのですか? 治癒系の魔力が高い御人は」
「治癒系‪……‬」

一人だけ浮かんだ。しかしその瞬間、頭痛と吐き気と立ちくらみが襲いかかる。頭を抱えるだけでは耐えられず、倒れ込むようにその場に膝を突く。

「うあああっ‪……‬!!」
「いらっしゃるんですね? すぐにその方のところへ」
「むり! むりむりむりむり!!」
「どうして?」
「は、母上なんだよ、僕の‪……‬! 母上に、そんな、下ネタどころか普通の会話だって緊張するのに、まさかこんなのを、ジャオ以外の男に付けられただなんて‪……言えるワケ、ない‬!!」

そう。あの潔癖な母上にこんな悩みを打ち明けるなんて、できるわけがないのだ。ただでさえ先日、父上や衛兵たちに襲われかけたのを怒られたばかりだ。自覚が足りないと説教されるか、もしくは‪……‬今度こそ軽蔑されて、父上よりも先に母上から勘当されてしまうかも‪……‬??????

「アアッ‪……!‬」
「‪……‬可能でしたらついて行って差し上げたいのですが‪……‬」
「‪……‬いい。母上に怒られるところなんか他人に見られたくない。一人で行く‪‬」
「あ、行かれるんですね‪……?‬」

いつになくフロストがやさしい。それほどに僕は絶望に満ちた顔をしているのだろう。
本当は行きたくない。だけど行くしかないんだ。今やさしくしないでくれ。そうやって背中をさすって励ましてくれるだけで、うう、泣きそうだ…………。

「じゃあ‪……‬決心ついたし行くよ、ありがと」
「ご健闘をお祈りします」

部屋から出て扉を閉めた後、ふと思いついてもう一度扉を開けた。フロストがきょとんとしてこちらを見ている。

「そういえば、体調はもういいのか?」
「……ええ。わざわざどうも」
「無理するなよ!」

自分のことばかりで相手のことを省みないのは、王子として失格だからな。
ふたたび閉ざした扉の向こうからくすくすと笑い声がしてきたが、気にせずその場を離れた。






「‪……‬よし」

フロストのおかげでだいぶ落ち着いた。涙も止まってくれたし、なんとか母上と冷静に話せそうだ。‪……‬途中でどちらかが取り乱してしまう可能性が高いけど‪……‬。
緊張に押し潰されそうになりながら扉をノックする。扉を開けた先にはいつも通り煌びやかなドレスを纏った母上がいて、今は執事は一人もいないようだ。

「ベル。どうしたの?」
「母上に折り入ってご相談が‪……‬」
「入りなさい」

僕のただならぬ様子を察したのか、母上は立ち上がって部屋の外を覗く。人目を気にしながら扉を閉める様子が彼女の神経質さを表していて、これから打ち明ける内容のことを思うと‪……‬気分が沈むばかりだ。

「座って。聞かせてちょうだい」
「はい‪……‬あの、実は‪……‬」

僕は丁寧に、言ってしまえばできる限りまわりくどく説明した。ある先輩に告白されたこと。断ったが強引に迫られてしまったこと。そして‪……‬。

「今この腹にある、淫紋? のせいで‪……‬ジャオに愛想を尽かされそうなんです‪……‬これ、消せませんか‪……‬?」

もう大丈夫なつもりだったが、最後のほうは涙目になってしまった。終始、この厳しい母の冷たい視線に晒されてすっかり自分が情けなくなっていた。
誰に聞いたって、隙を見せた僕が悪いと言うに決まっている。王族でオトメだなんて狙われて然るべき存在だ。幾度となく、実感してきたつもりだったのに‪……‬今までの信頼度だけで相手を測って、容易に、近付けてしまった‪……‬すべて僕の落ち度だ。
母上はしばらくしんみりとした表情で僕を見つめていた。気まずい沈黙。だが僕にこれ以上の発言は許されていない‪……‬ような気がする。黙って待っていると、やがて母上のほうから静かに話し始めた。

「あなたは‪……‬それを消して、英雄と以前までの関係に戻りたいのですね?」
「はい‪……‬」
「それで? 仲直りできたら結婚して子を成すのですか?」
「えっ‪……‬」

その口調はいつになく厳しい。僕は口籠もってしまう。子を成すだなんて、そんな大層なこと‪……‬こんなことで泣きべそをかいて母上に縋り付いている僕に、できるのだろうか‪……‬?
いや、できるできないじゃない‪……‬僕にはまだ、そう決断する勇気がないんだ‪……‬。

「あなたをたぶらかそうとしている男は高い魔力と魔法に対する知識を有していますね。彼との子を成したほうが、将来あなたの力になるのでは?」
「はっ? ‪……‬そ、そんな‪……‬」

ジャオではなくアルヤ先輩を選べと、母上はそう言っているのか。確かに、フロストも解決できないほどの呪いを、口づけだけで僕に刻み込むなんて、並大抵の術士じゃない。先輩の家柄や魔力の有無は知らなかったけれど、要するにそういうことなのだろう。
単純に優秀な子を成したいと考えれば、魔力を有していないジャオよりも遥かに優れた子が望める。だけど、でも‪……‬。

「僕は、跡継ぎを成すためにジャオといるわけではありません」
「‪ではなぜあの英雄でないといけないの?」
「‪……‬‪……‬好きなんです」

絞り出すような声。震えていてか細くて、情けない。だけど母上には素直に言わなきゃ。身分とかオトメとか関係ない。僕は、ジャオが心底好きなんだ。たとえ愛想を尽かされたってもう諦めるなんてできない。アルヤ先輩が僕を受け入れてくれたとしたって、僕は、きっとジャオを忘れられないだろう。

「ジャオが好きなんです‪……‬まだ、子を成すなんて約束はできません、けど‪……‬ジャオとずっと一緒にいたい。嫌われたくないんです。この呪いがあれば、僕の願いは叶いません」
「‪……‬この国の女人に、自由恋愛は認められておりません」

母の声が険しさを増す。だけどそれは泣き声のようにも聞こえて‪……‬僕は、途端に悲しくなる。

「子を成すために割り振られた相手の元に嫁ぐ‪……‬それがこの国の女人すべての運命です。淫紋を刻まれてなお抵抗するなど、この先よほどの覚悟がないと‪……‬あなたはまた掠め取られます」
「もう他の男に隙は見せません。ずっとジャオの側にいます。‪……‬ジャオが許してくれたら、ですけど‪……‬」

淫紋を消したからといってジャオが許してくれるとは限らない。他の男の体液をこの身に取り込んだのは事実だ。僕は穢れてしまった。
‪……‬それでも、心までは奪われていない。ジャオのところに還りたいと願って苦しんでいる。僕の心を護ってやれるのは、僕だけだ。

「ジャオじゃなきゃ‪……‬ダメなんです」
「‪……‬‪……‬そう」

母上が立ち上がる。もう乾いた僕の目元を、優しく擦ってくれる。先ほどまでと一変して、穏やかな顔つきで、僕を見つめている。

「あなたの信じた運命を私も信じます。協力しましょう」
「母上‪……‬」
「お腹を見せてみなさい」

この歳になって母上の前で脱ぐのは恥ずかしいが‪、‬そんなことは言ってられない。僕はベルトを抜いてズボンと下着を少しだけずり下げた。淫紋はまだ妖しく下腹で発光している。母上はそれに手で触れて深く、息をついた。

「相当の術師のようですね‪……‬でも時間をかけたらなんとか‪……‬そうね」

おもむろに僕に背中を向け、部屋の奥にある棚から、飾り瓶を取り出す。それを上から覆うようにして両手で包んだ。母上の手の平が白く発光して‪……‬瓶の中の水に、わずかな気泡が生じる。

「私の治癒魔法を込めた聖水です。一週間、少しずつ飲みなさい。」
「い、一週間‪……‬!?」
「諦めますか?」
「いえっ‪……‬やります! ありがとうございます‪……‬!!」

受け取った小瓶を大切に抱き締める。これが今は唯一の希望だ。これを成し遂げないと、僕にはジャオに許しを乞う資格すら与えられない。

「ベル」

ふわっ。頭の上に何かが乗る。トルテが着地した時に似ているその感触が、まさか母上に頭撫でられているからだとは、あまりに意外で僕は気付くのに時間がかかってしまった。

「母を頼ってくれて嬉しいです。『英雄』とではなく‪……‬あなたの好きになった人と、幸せになりなさい」
「はい‪……‬!」
「私たちの果たせなかった夢をあなたが果たしてくれれば、あるいは‪……‬この国の呪いは解けるのかもしれません」

母上はもう僕を見ていない。僕の髪に触れながらも、遠い過去に思いを馳せているようだ。長らく色を失っていた瞳が、窓の外に芽吹く木々の緑に染まっている。

「あなたは精霊の希望なのです。けっして、穢れた王族の血には屈しません」
「精霊の‪……‬?」
「話しすぎましたね。また、いつでも来なさい」

母上もまた、僕の知らない何かを知っている。だけれどそれは希望の一欠片に違いないと、彼女の血色のいい横顔を見て、確信していた。
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