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第71話 使い捨ての命
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それは、突然だった。
「であえ! であえー!」
逞しい衛兵の雄叫びに、夕食をとっていた僕と母上は同時に喉に物を詰まらせそうになる。
敵襲か。城の廊下は慌ただしく駆け抜ける衛兵で溢れ返り、休憩を取っていた者も皆、等しく装備を整えて城の外へと出て行く。
「王妃様! ベル様!」
母上付きの執事が焦った様子で、廊下を覗く僕らに駆け寄ってきた。
「魔導士の群れが城の周囲を占拠しています!」
「あの人の差し金ですね!?」
「おそらく! お二人は安全なところへ……ベル様!?」
執事の腕に阻まれる前に、走り出していた。僕が行ったって何もできないのはわかってる。それでも、僕だけ安全な場所で待っているなんてできない。
どうせ父上達が優勢になってしまえば城に攻め込まれて、僕も母上も殺されてしまうのだ。そんなことになるくらいなら、僕も戦場で皆と一緒に闘いたい。
衛兵の群れに紛れて外に出る。夜空には厚い雲が垂れ込み、星々は一切の姿を隠している。表ではすでに激しい闘いが火蓋を切っていた。あちこちで激しい剣戟が繰り広げられ、魔法で宙に浮かべられて地面に叩きつけられている者もいる。
さっそく劣勢か。城の壁に張り付いて、なるべく目立たないように彼らの闘いを見守った。
僕に魔法が使えたら……もしくは優れた武術か剣術か……恵まれた環境にいながら何一つものにできなかった自分に苛立ちが募る。せめて足手まといにはならぬよう、周囲の視線に気を配ってすぐに逃げられるよう身構えた。僕が捕まれば一気に城に攻め込まれる。それだけは避けないと。
「英雄様だー! 英雄様がご到着なさったぞおーーー!!」
ある衛兵の報せに、我が軍が一斉に「オオッ!」と歓喜の声を上げる。敵軍の中央が避けて、そこからジャオとジャオの父親が姿を現した。不意打ちで魔導士らに接近戦を挑んで次々と薙ぎ倒しているようだ。
ジャオ……!
数日ぶりの姿に胸がときめく。名前を呼んで飛びつきたい衝動をグッと堪えた。
無事に帰ってきてくれた。そして、僕らを助けに来てくれた。それだけで胸がいっぱいだ。躍る鼓動が、沸き立つ血が、全身全霊でジャオを応援する。我が軍の士気も一気に上昇した。やはり英雄の存在は皆の希望だ。二人とも英雄たる信念を持って鍛錬を怠らなかった。まさに鬼神のような強さで相手軍の数を減らしていく。
「ん……?」
倒れた魔導士を見ていると、他の魔道士に何やら魔法をかけられている。ほんの数秒の詠唱、それだけでなんと……意識の無かった魔導士は、あっという間に完全回復してしまった。二人してすぐに前線に戻って行く。
……厄介だな。これではキリがないぞ……!
「あの!」
「ぬっ? ……べ、ベル様!?」
慌てて自軍の衛兵を呼び止めた。いきなり腕を掴んだから振り払う仕草をされたが、僕の姿を認めるとすぐに傅いてくれる。
「とんだご無礼を……!」
「今はそういうのいいから! ……あの長い黒髪を括った白いローブの魔道士、わかるか?」
「はっ……」
「あいつは回復魔法を使うから先に処理したほうがいい。他の者にも伝えてくれ。ああ、あと倒れた者も回復されないようになんとか回収したい……ひとまず我が軍の負傷者をここに集めてくれ。回復薬を飲んでもらってから僕が指示する」
「わかりました……!」
皆、次から次へと襲い掛かる敵をかわすのに必死で、倒れた者のことなど見ていない。戦に参加できない者はできない者なりに出来ることがあるのだ。僕はドキドキと高鳴る胸を抑えながら、遠くで暴れ回るジャオを見守る。
「ベル様!」
「もっとちゃんとお隠れになってください……!」
じきに数人の衛兵がやって来た。回復薬を飲んでもらいながら作戦を話す。倒れた敵の回収。城の地下牢に詰め込めるだけ詰め込む。
「僕も一緒にやるから」
「ベル様は危険です! もしも運んでいる最中に敵が目を覚ましたら攫われてしまいます!」
「私がお守りします!」
「私も!」
「……わかった。僕は役目から外れる。けれど僕に割く人員はもったいない。全員、敵の回収にあたってほしい」
「そんな、ベル様」
「もしもあなた様に何かあったら……!」
「一人のほうが動きやすいんだ。もしまた気付いたことがあったら指示を出す。だから頼む、行ってくれ」
声を荒げず、静かにそう告げた。衛兵たちは顔を見合わせて困惑しているようだが、やがて諦めて散らばっていく。
よかった。僕に何かがあったとして、誰にも責任を負わせたくはないんだ。もちろん死ぬつもりはない。だがあらゆる可能性を考慮すれば、僕の傍には誰もいないほうがいい。
「ウオオオオオオ!!」
ジャオの雄叫びに衛兵らも「オオオオオッ」と応えて魔導士らと距離を詰める。相手は接近戦を嫌がるので効果的だ。ライオンのように俊敏に地面を蹴り、獲物に次々と拳で食らいついていく。よし、ジャオの到着で完全に巻き返したぞ。
安堵していると、逆方向からドカン!と爆発音が響く。
耳が、効かない、痛い……僕より近くで巻き込まれた衛兵らは皆一様に耳を覆い、また火傷で負傷している者もいる。助けに走るか。そう思慮していると、次にこの戦場には似つかわしくない、子どもの泣き声が聞こえてくる。
「あああああん、あああああん……!」
どこから紛れ込んだんだ。早く連れ出さなければ。ぐるりと見渡すと、衛兵たちが無惨に倒れる輪の中央、一人だけ立っているのがその子どもだった。服が焼けて破れている……怪我をしているのか。僕が走り出そうとした刹那、一瞬早く他のところから衛兵が駆け寄った。
「坊や! 大丈夫だよ、今……」
「うわああああああ」
子どもは泣きながら衛兵の額に手の平をあてる。次の瞬間、僕は目を疑った。
ドカン!
ふたたびの衝撃波。子どもは相変わらず泣き喚いていて、助けようとした衛兵の頭に――――風穴が空いている。
「ウワアアアアアアッ」
「あの子ども、魔導士の手先だ!! 弓矢部隊を呼べ!!」
あの子が、魔法を撃ったのか…………?
魔力の強さに年齢は関係ない。鍛錬すれば増幅させることができるが、やはり才能がものを言う。……見たところまだ五歳くらいだが、相当な魔力を有しているのだろう。
衛兵らは殺気だって子どもに矢を向ける。それはそうだ。一瞬にして同胞が殺されたのだ。そう、死んだ……死んだ? 僕の城の衛兵が……顔、見たことある……挨拶だって何度も……今だって真っ先に子どもを助けに向かった、心優しい男が……僕の目の前で。死んだ?
「矢を放てー!!!」
「待って!!!」
考える前に声を放っていた。人が死んだ。怖い。僕の目の前で。子どもが殺した。泣きながら。頭にぐるぐると今の状況が混じり合って完全に正気を失っているのに、なぜだか今僕はきわめて冷静な顔で弓矢部隊の正面に立ちはだかっている。
「ベル様! 危険です、おさがりください!!」
「ダメだ! 子どもは殺すな! あの子は……攫われた子どもだ!!」
そんなことは皆、わかっていたのかもしれない。それでもたじろいで一斉に矢を下ろす。
「あの子はやらされているんだ……! 無事に取り戻したい!」
「そうは言われましてもあの子ども、ウワッこっちに撃ってくるぞ!! 伏せろ!!」
誰かにガッと足を蹴り出された僕はその場にすっ転んだ。上に何人もの衛兵が折り重なる。ああ、また護られるのか。情けない……。
ドッ。気流が大きくこちらに襲い掛かる。何発も撃たれる中で、姿勢を低くした集団で僕を安全に身体の下で転がして遠くに避難させてくれる。
「ベル様……! やらなければこちらがやられます! わかってください!」
「だが……!」
「リイヤ!!」
女性が絶叫する。泣きじゃくる子どもに近づく若い女人が一人。あの人は確か……僕に「五歳の子どもが攫われた」と訴えかけてきた……。
「リイヤ、怖かったね、もう大丈夫よ。お家に帰ろうね?」
「ママ……ママ、ママ……」
じりじりと歩み寄る母親。しかし子どもは錯乱しているのか母親にまで手の平を向けて攻撃の準備をしている。
「ママ、悪い、言ってた、パパ」
「リイヤ…………」
「あっ……」
不意に、炸裂した。子どもの魔法が母親に直撃する。あっという間のことで今度は誰も間に入れなかった。母親は……その場にゴトンと嫌な音を立てて倒れる。
「ああ……ママごめんなさい、ママ……」
「射てー!!!」
弓矢部隊が放った無数の矢が少年に突き刺さる。
パタリ。小さな体はあっけなく……衛兵たちの骸の上に、伏せる。
ウソだ、あんな小さな子が……なぜだ? なぜ人がこうも次々と……。
「ああ、あ……」
戦争だ。これが戦争なのだ。僕は何もわかっちゃいなかった。命のやり取りなのだ。汚い策略だってある。子どもだろうが大人だろうが。弱い者が死ぬ。弱い者が、死ぬんだ。
「ああああ、あ」
「ベル様伏せて!」
衛兵が僕の上に飛び込んできて庇ってくれる。僕は無力だ、僕は……護られる価値なんて、あるのだろうか……?
「落ち着けよ! お前!!」
衛兵の怒号が飛ぶ。向かい合うのは彼と同じ年頃の魔道士だ。二人とも……泣いている。
「やらなきゃ……家族を殺される……」
「この戦争に勝てばお前も家族も元通りだ! 戻って来い!!」
「無理だ、だって王は……勝てるわけない、あんなのに……!」
魔道士が友人だったであろう衛兵に魔法を放つ。目を閉じたせいで軌道が逸れた。衛兵がその隙を突いて峰打ちで失神させる。
「地下牢へ!」
「地下牢へ運べー!」
家族を護りたかっただけの人もこうなれば犯罪者だ。もっと悪ければ友人を殺していた。
その人の命の価値は人によって違う。誰にも最優先させたい家族が、恋人がいる。友人は二の次なのかもしれない。……そんな見たくもないものが可視化される戦争は、やはり間違ってる……!
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「俺は悪くない!!」
「みんな逃げて!! 逃げてください!!」
謝りながら、責任逃れしながら、避難を促しながら……攫われた魔力持ちの人達が涙ながらに我が軍に魔法を放ってくる。やはり自然界の力を用いた魔力に生身の人間は勝てない。どれだけ鍛えていても、直撃すれば致命傷は間違いナシだ。
見ていられない、惨状だ……味方であったはずの者達が、苦しみながら、僕らを攻撃してきている――――なぜ? なぜこんなことに?
誘拐された彼らを盾にして、王付きの魔道士らはニヤニヤとその様子を見守っている。あいつら、どんな神経をしているんだ、もう、あんな奴ら――――人間じゃない。
はじめて、人に殺意を覚えた。話し合いで和解できる相手ではない。父上はああいう輩の親玉だったのだ。分かり合えるわけが、なかったのだ。
そういえば父上はどこに行ったのだろう。この戦争を仕掛けた首謀者は間違いなく奴だ。自分は出るまでもないということか……?
「行けっ!!」
魔道士軍団から声が上がる。その瞬間、恐るべき風圧に我が軍は思わずしゃがみ込み――――頭上から、黒く巨大な影に覆われた。
「であえ! であえー!」
逞しい衛兵の雄叫びに、夕食をとっていた僕と母上は同時に喉に物を詰まらせそうになる。
敵襲か。城の廊下は慌ただしく駆け抜ける衛兵で溢れ返り、休憩を取っていた者も皆、等しく装備を整えて城の外へと出て行く。
「王妃様! ベル様!」
母上付きの執事が焦った様子で、廊下を覗く僕らに駆け寄ってきた。
「魔導士の群れが城の周囲を占拠しています!」
「あの人の差し金ですね!?」
「おそらく! お二人は安全なところへ……ベル様!?」
執事の腕に阻まれる前に、走り出していた。僕が行ったって何もできないのはわかってる。それでも、僕だけ安全な場所で待っているなんてできない。
どうせ父上達が優勢になってしまえば城に攻め込まれて、僕も母上も殺されてしまうのだ。そんなことになるくらいなら、僕も戦場で皆と一緒に闘いたい。
衛兵の群れに紛れて外に出る。夜空には厚い雲が垂れ込み、星々は一切の姿を隠している。表ではすでに激しい闘いが火蓋を切っていた。あちこちで激しい剣戟が繰り広げられ、魔法で宙に浮かべられて地面に叩きつけられている者もいる。
さっそく劣勢か。城の壁に張り付いて、なるべく目立たないように彼らの闘いを見守った。
僕に魔法が使えたら……もしくは優れた武術か剣術か……恵まれた環境にいながら何一つものにできなかった自分に苛立ちが募る。せめて足手まといにはならぬよう、周囲の視線に気を配ってすぐに逃げられるよう身構えた。僕が捕まれば一気に城に攻め込まれる。それだけは避けないと。
「英雄様だー! 英雄様がご到着なさったぞおーーー!!」
ある衛兵の報せに、我が軍が一斉に「オオッ!」と歓喜の声を上げる。敵軍の中央が避けて、そこからジャオとジャオの父親が姿を現した。不意打ちで魔導士らに接近戦を挑んで次々と薙ぎ倒しているようだ。
ジャオ……!
数日ぶりの姿に胸がときめく。名前を呼んで飛びつきたい衝動をグッと堪えた。
無事に帰ってきてくれた。そして、僕らを助けに来てくれた。それだけで胸がいっぱいだ。躍る鼓動が、沸き立つ血が、全身全霊でジャオを応援する。我が軍の士気も一気に上昇した。やはり英雄の存在は皆の希望だ。二人とも英雄たる信念を持って鍛錬を怠らなかった。まさに鬼神のような強さで相手軍の数を減らしていく。
「ん……?」
倒れた魔導士を見ていると、他の魔道士に何やら魔法をかけられている。ほんの数秒の詠唱、それだけでなんと……意識の無かった魔導士は、あっという間に完全回復してしまった。二人してすぐに前線に戻って行く。
……厄介だな。これではキリがないぞ……!
「あの!」
「ぬっ? ……べ、ベル様!?」
慌てて自軍の衛兵を呼び止めた。いきなり腕を掴んだから振り払う仕草をされたが、僕の姿を認めるとすぐに傅いてくれる。
「とんだご無礼を……!」
「今はそういうのいいから! ……あの長い黒髪を括った白いローブの魔道士、わかるか?」
「はっ……」
「あいつは回復魔法を使うから先に処理したほうがいい。他の者にも伝えてくれ。ああ、あと倒れた者も回復されないようになんとか回収したい……ひとまず我が軍の負傷者をここに集めてくれ。回復薬を飲んでもらってから僕が指示する」
「わかりました……!」
皆、次から次へと襲い掛かる敵をかわすのに必死で、倒れた者のことなど見ていない。戦に参加できない者はできない者なりに出来ることがあるのだ。僕はドキドキと高鳴る胸を抑えながら、遠くで暴れ回るジャオを見守る。
「ベル様!」
「もっとちゃんとお隠れになってください……!」
じきに数人の衛兵がやって来た。回復薬を飲んでもらいながら作戦を話す。倒れた敵の回収。城の地下牢に詰め込めるだけ詰め込む。
「僕も一緒にやるから」
「ベル様は危険です! もしも運んでいる最中に敵が目を覚ましたら攫われてしまいます!」
「私がお守りします!」
「私も!」
「……わかった。僕は役目から外れる。けれど僕に割く人員はもったいない。全員、敵の回収にあたってほしい」
「そんな、ベル様」
「もしもあなた様に何かあったら……!」
「一人のほうが動きやすいんだ。もしまた気付いたことがあったら指示を出す。だから頼む、行ってくれ」
声を荒げず、静かにそう告げた。衛兵たちは顔を見合わせて困惑しているようだが、やがて諦めて散らばっていく。
よかった。僕に何かがあったとして、誰にも責任を負わせたくはないんだ。もちろん死ぬつもりはない。だがあらゆる可能性を考慮すれば、僕の傍には誰もいないほうがいい。
「ウオオオオオオ!!」
ジャオの雄叫びに衛兵らも「オオオオオッ」と応えて魔導士らと距離を詰める。相手は接近戦を嫌がるので効果的だ。ライオンのように俊敏に地面を蹴り、獲物に次々と拳で食らいついていく。よし、ジャオの到着で完全に巻き返したぞ。
安堵していると、逆方向からドカン!と爆発音が響く。
耳が、効かない、痛い……僕より近くで巻き込まれた衛兵らは皆一様に耳を覆い、また火傷で負傷している者もいる。助けに走るか。そう思慮していると、次にこの戦場には似つかわしくない、子どもの泣き声が聞こえてくる。
「あああああん、あああああん……!」
どこから紛れ込んだんだ。早く連れ出さなければ。ぐるりと見渡すと、衛兵たちが無惨に倒れる輪の中央、一人だけ立っているのがその子どもだった。服が焼けて破れている……怪我をしているのか。僕が走り出そうとした刹那、一瞬早く他のところから衛兵が駆け寄った。
「坊や! 大丈夫だよ、今……」
「うわああああああ」
子どもは泣きながら衛兵の額に手の平をあてる。次の瞬間、僕は目を疑った。
ドカン!
ふたたびの衝撃波。子どもは相変わらず泣き喚いていて、助けようとした衛兵の頭に――――風穴が空いている。
「ウワアアアアアアッ」
「あの子ども、魔導士の手先だ!! 弓矢部隊を呼べ!!」
あの子が、魔法を撃ったのか…………?
魔力の強さに年齢は関係ない。鍛錬すれば増幅させることができるが、やはり才能がものを言う。……見たところまだ五歳くらいだが、相当な魔力を有しているのだろう。
衛兵らは殺気だって子どもに矢を向ける。それはそうだ。一瞬にして同胞が殺されたのだ。そう、死んだ……死んだ? 僕の城の衛兵が……顔、見たことある……挨拶だって何度も……今だって真っ先に子どもを助けに向かった、心優しい男が……僕の目の前で。死んだ?
「矢を放てー!!!」
「待って!!!」
考える前に声を放っていた。人が死んだ。怖い。僕の目の前で。子どもが殺した。泣きながら。頭にぐるぐると今の状況が混じり合って完全に正気を失っているのに、なぜだか今僕はきわめて冷静な顔で弓矢部隊の正面に立ちはだかっている。
「ベル様! 危険です、おさがりください!!」
「ダメだ! 子どもは殺すな! あの子は……攫われた子どもだ!!」
そんなことは皆、わかっていたのかもしれない。それでもたじろいで一斉に矢を下ろす。
「あの子はやらされているんだ……! 無事に取り戻したい!」
「そうは言われましてもあの子ども、ウワッこっちに撃ってくるぞ!! 伏せろ!!」
誰かにガッと足を蹴り出された僕はその場にすっ転んだ。上に何人もの衛兵が折り重なる。ああ、また護られるのか。情けない……。
ドッ。気流が大きくこちらに襲い掛かる。何発も撃たれる中で、姿勢を低くした集団で僕を安全に身体の下で転がして遠くに避難させてくれる。
「ベル様……! やらなければこちらがやられます! わかってください!」
「だが……!」
「リイヤ!!」
女性が絶叫する。泣きじゃくる子どもに近づく若い女人が一人。あの人は確か……僕に「五歳の子どもが攫われた」と訴えかけてきた……。
「リイヤ、怖かったね、もう大丈夫よ。お家に帰ろうね?」
「ママ……ママ、ママ……」
じりじりと歩み寄る母親。しかし子どもは錯乱しているのか母親にまで手の平を向けて攻撃の準備をしている。
「ママ、悪い、言ってた、パパ」
「リイヤ…………」
「あっ……」
不意に、炸裂した。子どもの魔法が母親に直撃する。あっという間のことで今度は誰も間に入れなかった。母親は……その場にゴトンと嫌な音を立てて倒れる。
「ああ……ママごめんなさい、ママ……」
「射てー!!!」
弓矢部隊が放った無数の矢が少年に突き刺さる。
パタリ。小さな体はあっけなく……衛兵たちの骸の上に、伏せる。
ウソだ、あんな小さな子が……なぜだ? なぜ人がこうも次々と……。
「ああ、あ……」
戦争だ。これが戦争なのだ。僕は何もわかっちゃいなかった。命のやり取りなのだ。汚い策略だってある。子どもだろうが大人だろうが。弱い者が死ぬ。弱い者が、死ぬんだ。
「ああああ、あ」
「ベル様伏せて!」
衛兵が僕の上に飛び込んできて庇ってくれる。僕は無力だ、僕は……護られる価値なんて、あるのだろうか……?
「落ち着けよ! お前!!」
衛兵の怒号が飛ぶ。向かい合うのは彼と同じ年頃の魔道士だ。二人とも……泣いている。
「やらなきゃ……家族を殺される……」
「この戦争に勝てばお前も家族も元通りだ! 戻って来い!!」
「無理だ、だって王は……勝てるわけない、あんなのに……!」
魔道士が友人だったであろう衛兵に魔法を放つ。目を閉じたせいで軌道が逸れた。衛兵がその隙を突いて峰打ちで失神させる。
「地下牢へ!」
「地下牢へ運べー!」
家族を護りたかっただけの人もこうなれば犯罪者だ。もっと悪ければ友人を殺していた。
その人の命の価値は人によって違う。誰にも最優先させたい家族が、恋人がいる。友人は二の次なのかもしれない。……そんな見たくもないものが可視化される戦争は、やはり間違ってる……!
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「俺は悪くない!!」
「みんな逃げて!! 逃げてください!!」
謝りながら、責任逃れしながら、避難を促しながら……攫われた魔力持ちの人達が涙ながらに我が軍に魔法を放ってくる。やはり自然界の力を用いた魔力に生身の人間は勝てない。どれだけ鍛えていても、直撃すれば致命傷は間違いナシだ。
見ていられない、惨状だ……味方であったはずの者達が、苦しみながら、僕らを攻撃してきている――――なぜ? なぜこんなことに?
誘拐された彼らを盾にして、王付きの魔道士らはニヤニヤとその様子を見守っている。あいつら、どんな神経をしているんだ、もう、あんな奴ら――――人間じゃない。
はじめて、人に殺意を覚えた。話し合いで和解できる相手ではない。父上はああいう輩の親玉だったのだ。分かり合えるわけが、なかったのだ。
そういえば父上はどこに行ったのだろう。この戦争を仕掛けた首謀者は間違いなく奴だ。自分は出るまでもないということか……?
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