王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第92話 僕の可愛い

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気付けば、戦争から数ヶ月が過ぎていた。
先の災害で出た被害も、英雄や衛兵、それに有志の国民の働きでほぼ元通りになったといってもいい。ようやく、国の再興と僕らの門出を迎える時がやって来たのだ。

国の突き出し櫓にやって来たのはあの儀式以来のことだった。あの時は突然女人にされて、現実を受け入れられなかったからずっといやな場所として記憶されてしまっていた。
様々な葛藤や陰謀を乗り越えて、女人である自分を受け入れられた今――――ようやく己の迷いを払拭できたような気がする。



眼下には、見慣れた小さな城下町の風景。詰めかけた国民達が、割れんばかりの歓声で僕らを迎えてくれる。僕は小さな拡声器を両手に握り締めて、スゥと息を吸った。

「ルアサンテ王国の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。この度王位を継承いたします、女王のベルと英雄のジャオです」

ふたたび、喜びに満ち溢れた歓声が広がった。
皆が、僕とジャオを見ている。これからは僕が、彼らを、彼女らを守っていくんだ。

緊張しすぎて一瞬呼吸ができなくなるが、ジャオに背中を撫でられてすぐに自分を取り戻す。いけない。国民が不安にならないように、堂々とした態度でいなければ。
自分を「女王」と呼称したこともはじめてで、心臓がドキドキとうるさい。だけどこれも僕の決意の表れだ。僕はこれから女人として生きていく。子を儲けてこの国に跡継ぎを残し、且つ、女人にしかわからない目線で国政を執り、この国を豊かにするのだ。

「気負いすぎるな」

ジャオが目線を真っ直ぐと前に向けたまま、僕に囁き掛ける。思わずジャオを向くと、ジャオも応えるようにこちらを向いて、いつもの穏やかな笑顔で返してくれた。

「綺麗だ、ベル」

聞き慣れたこの言葉も今日は格別だ。やっと辿り着けたこの瞬間が感慨深くて、鼻の奥がツンとなるのを必死で堪えた。
この日のために誂えたドレスは真っ赤な赤で、左右非対称に大きな薔薇の模様があしらえてある。土壇場になって赤を熱望したのは僕だ。ジャオの綺麗な赤髪に似合う姿で、隣に並びたかったのだ。
英雄は代々、蒼い髪で産まれてくるのが常だった。ジャオのお父さんも、お祖父さんも、どこまで遡っても赤髪の英雄などいない。当然ミヤビさんも赤髪ではないので、ジャオが産まれた当時はかなり疑惑の声もあったらしい。
だが赤髪の国民などそもそもこの国にはおらず、夫婦仲は全国民が知るほどに良好だ。英雄の子に間違いはなく、赤髪であること以外にジャオの出自を疑う余地などなかった。
それでも心ない者は幼いジャオを捕まえて「穢らわしい赤髪」「英雄一族の面汚し」と罵ったらしい。もちろん前世から赤髪であるジャオは気にも留めなかったがというが‪……‬最近になって僕に話してくれたということは、やはり少なからず思うところがあったのだろう。
それでもジャオは名実ともにこの国を救った【英雄】だ。僕はできることならすべての国民にそれを、認めてもらいたい。そういう想いで赤を纏ったこと、ジャオは知ってくれているから‪……‬誇らしげな笑顔の彼を見ると勇気が湧き上がってくる。自己満足かもしれないけれど、国民にも少しでも伝わるものがあればと、僕は願ってやまない。

「王が不在の中、先の戦争が起こってしまい、皆さんを不安にしてしまったこと、お詫びいたします」

二人で深く頭を下げる。戦争は本意ではなかった。でも‪……‬ああするしかなかった。
犠牲は僕の大切な友人、トルテだけに留められた。死んだはずの国民が蘇ったのもすべて彼女のおかげだ。だからこそ僕はこの国を、建て直したい。

「ベル様ー!」
「ジャオ様ー!」

叫ぶ声があちらこちらから聴こえる。聴こえるのだ。僕らは国民の声にこうして耳を傾けることができる。このことを忘れずに、歩んでいきたい。

「‪……‬まだ未熟な僕らを、こうして歓迎してくださって本当にありがとうございます。躓くこともあるかもしれませんが、今後は【異国】と呼ばれる諸外国とも積極的に交流を図り、さらなる文明の発展を進めてまいります。皆さんも好きに出入りしていただいて構いません。ともに、新しい一歩を踏み出しましょう」

驚きの声が上がるが、僕は平静を保って遥か彼方、地平線の向こうを見つめていた。
この国にはバリアなどなかった。自由に、どこに行っても、またいつ帰ってきてもいいのだ。それを伝えたかった。

「困ったことがあれば、いつでも城にご相談にいらしてください。王族と国民に垣根はありません。今後は僕も何か新しいことをする前には、こうしてここで皆さんにお話をして決定します。一丸となって、より良い国にしていきましょう」

泣いている‪……‬‪……‬歓声の中で、多くの人が‪……‬王政に圧迫されて、声を上げられず、苦しい思いをしていた者たちが‪……‬僕の位置からは、手に取るようにわかってしまった。
その涙が、希望の証なのだと信じたい。失ってしまった時間は戻らないけれど、僕らには未来があるのだから。

「放送で国中にこの演説が流れているとは思いますが、私は皆様に直接お会いして、王位継承と婚姻のご報告をしたいと考えております。従って、北地区、東地区、南地区、西地区のそれぞれを訪問し、皆様の御前でご挨拶させていただきます」

惜しみない拍手が返ってくる。今この場にいない地区の人達にも、喜んでもらえているだろうか。国を変えるためには皆の信頼を勝ち取るのが何より重要だ。王座にふんぞり返ってばかりではいられない。積極的に国民の前に姿を見せて、より近い距離で対話をしていきたい。これが一般的な政治なのかも定かではないが、外国とも交流をしつつ、少しずつ、見極めていこうと思う。

「‪……‬ッ」

息が詰まる。大勢の前に立って緊張状態が続いたから、疲れてしまったのだろうか。ジャオがすぐに寄り添って背中を支えてくれる。僕から拡声器を優しく取り上げて、そして、真っ直ぐに国民に向ける。

「私は愛するベルを生涯支えていくことをここに誓います。国政についてはベルに任せてしまうことも多くなりますが、私は今まで通り皆様の元にすぐ駆けつけ、日々の暮らしに寄り添う英雄として、仕事を全ういたします」

ふたたび拍手が巻き起こる。皆、ジャオの声も聴きたかったのだろう。英雄としては異端なジャオだが、受け入れられているようで安心した。その横顔が泣きそうに歪んでこちらを見る。そして僕の心を読んだかのように、囁く。

「――――ベルのおかげだ」
「ジャオ‪……‬」

僕らは寄り添って、深く一礼をした。温かな国だ。皆がやさしくなれるように、僕らが頑張らなきゃいけないよな。
城の中に下がると、途端に呼吸が浅くなって思わず胸を抑える。控えていたフロストがすかさず背後から僕の肩を掴んで、倒れないようにもたれさせてくれた。

「ベル様。お疲れ様でした」
「‪……‬ありがとう」
「ジャオ様、ベル様を寝室にお連れください。すぐにお休みになったほうがいい」
「わかった‪……‬」

目を見合わせて微笑み合う僕とフロストを見て、ジャオが一瞬たじろいだ。他の男が僕に近づくのがまだ慣れないらしい。だがすぐに冷静を取り戻して、フロストから僕の右手を受け取る。

「大丈夫か?」
「大事な、日だったから‪……‬気を張りすぎちゃったかな?」

城の者が大勢いる中でなんと言っていいか分からず、曖昧に笑い返す。広間を出て廊下を歩く道中も、ジャオは僕の腰に手を回してしっかりと支え、僕は甘えるようにジャオの腕に絡みついていた。
いつもと同じ情景がひどく長く感じて、もどかしい。

「ジャオ、あのね。僕、今、すごく幸せなんだ」
「‪……‬ああ、俺もだ」

顔を覗き込んで言うと、大きな手が前髪を撫でてくれる。これで名実ともに僕とジャオは夫婦だ。同時に、この国を取り仕切る資格も得た。大きな責任は伴うけれど、ようやく国のために働ける。今はそのことが、ものすごく嬉しい。
考えていることはたくさんある。僕は、僕の周りにいる凄い人たちを巻き込んで、彼らが輝ける場所を作る。そうすることによって国民たちも、自分の輝ける場所を見出す筈だ。難しいことはしなくていい。まずはお手本になればいいだけ。そこから仕組みづくりが必要になってきたら、その都度考えて一から作ればいい。
忙しくなりそうだ。今からもう、昂る気持ちが抑えられない。





部屋に着くと、ジャオは僕をベッドの上に座らせて、自分も隣に座る。そして神妙な顔で、一度だけ軽くキスしてくれた。

「少し眠るか?」
「うん‪……‬でもその前に、ジャオに話しておきたいことがあるんだ」

なんだか今さら照れてしまって俯きがちになる。それでも顔を向けて聞く体勢でいてくれるジャオが、視界の端に見えてドキドキした。
両手の指を絡めて、とすんと、お腹の上に置く。

「赤ちゃん、来てくれたんだ」
「‪……‬‪……‬ぇ、」
「僕たちの赤ちゃん、今いるんだよ、ここに」

改めて、手の平で自らのお腹を包んで顔を上げた。なんだか緊張して、恥ずかしくって、でも待ち望んだ時だったから、勇気を出してジャオと目を合わせる。
‪……‬泣いている。音もなくスウッと褐色の肌を滑り落ちたそれは、引き寄せられた僕の手を温かく濡らしていく。

「ありがとう‪……‬!」
「‪……‬ふふ。僕こそ、ありがとう。まさかこんなに早くデキるなんて思わなかったけど」
「はあ‪……‬嬉しい‪……‬ベル‪……‬愛してる‪……‬」
「ジャオ‪……‬」

抱き寄せられて、耳元に彼らしからぬ震えた声が囁かれる。僕まで胸がグッと締め付けられて涙が滲んでくる。こんなにも赤ちゃんを喜んでくれる人と、結ばれることができてほんとうによかった。
ジャオは僕だけじゃなくて、お腹の中の赤ちゃんまで抱いてくれているように、いつもより下のほう、腰に腕をまわしてしっかりと包み込んでくれる。

「予定日、いつだ?」
「それがね、わからないんだ‪……‬」
「わからない‪……‬?」
「今までこの国では三ヶ月で出産時期が来ていたけれど‪……‬この子は明らかにそれより成長が遅いみたいなんだ。国にかけられた呪いが解けたからかもしれない」
「確か、異国では通常‪……‬」
「十月十日らしいね。長すぎて気が遠くなっちゃう」
「そうか‪……‬ああ、なんでもいい‪……‬無事に育ってくれたら」

ジャオは抱擁を解き、僕のお腹に手をあてる。まだそこにいるなんて信じられないくらいにいつも通りだけど‪……‬ちゃんと医師に診断してもらったから間違いない。その時の医師と、付き添ってもらったフロストだけが、今のところこの事実を知っている。

「母上にはもう少ししたら言おうかな。あの人、喜びすぎて言いふらしてしまうだろうから」
「‪……‬そうだな。国民に発表する場も改めて設けよう。もう少し安定したらだな」
「うん。皆また喜んでくれるかな。楽しみ」

ジャオの手の上からお腹をさする。ちゃんと報告できてよかった。赤ちゃんにも、伝わっているといいな。
あなたのお父さんとお母さんだよ。わかるかな。早く会いたいな。待っているからね。

「男の子かな。女の子かな」
「女の子だ」

自信に満ちた声でそう宣言される。僕が驚いて顔を見ると、表情まで自信に満ちていたので思わず吹き出してしまった。

「そうなの?」
「ああ。もう名前も決まっている」

また笑い出しそうになった。だけど同時になぜだか泣いてしまいそうで、僕は口元を隠す。ジャオは温めるように僕のお腹に手を置いたまま、そっとそこに投げかける。



「トルテ。俺たちの娘、トルテだ」


「あ‪……‬‪……‬‪……‬?」

一瞬、頭が真っ白になって‪……‬‪……‬理解する前に、涙が、溢れてきた。
そうだ。どうして忘れていたんだろう。僕はすべて忘れてしまったはずなのに、ジャオの言葉で、その事実だけが確かに記憶として蘇ってくる。

「トルテ‪……‬‪……‬?」「トルテ、なの‪……‬?」

僕もお腹に手をあてて、話しかける。温かい。僕の体温だけでない、不思議と、手が触れているそこだけが熱を帯びているかのように感じる。まるで、赤ちゃんが何かを伝えたがっているように‪……‬。

「トルテ‪……‬なんだね‪……‬‪……‬」

ああ、そういうことだったのか‪……‬‪……‬だからトルテは、ずっと僕のそばに‪……‬。
遠い昔、僕と、お腹の中のトルテが死んでしまって‪……‬トルテの魂は深い無念から精霊に姿を変えて、僕の魂を抱え、ずっと‪……‬この地に留まってくれていたんだ‪……‬‪……‬。

図書館の歴史書に載っていた【ベル】が描いた少女の肖像画を思い出す。
美しく育ったトルテは、僕の想像上の姿だった。けれど確かに彼女は当時、僕のお腹の中に存在していて、すでに名前もつけられていて‪……‬僕らは、それほどまでに彼女が産まれてくるのを待ち望んでいたんだ‪……‬‪……‬。

「トルテ‪……‬ようやく、会えるんだな‪……‬」

すり。ジャオが撫でるとお腹が小さく脈打つ。僕と、触れているジャオにしかわからないほどに小さいけれど、確かに。彼女がそこに居るんだと、僕らに教えてくれている。

「‪……‬まだ、胎動なんてないはずなのに‪……‬」
「トルテは普通の子じゃないんだ。これくらい簡単だろう」
「親ばかなんだから‪……‬でも‪……‬そうだよね。トルテだもん。当たり前か‪……‬」

産まれてくることもできなかった存在なのに、母である僕を護り、導き‪……‬ここまで連れて来てくれた。普通の子じゃないのは明らかだ。執念すら感じてしまう。

「‪……‬性格は、きっとジャオ似だろうね」
「ずっと聞いてみたかったんだが‪……‬妖精のトルテはどんな娘だったんだ?」
「ふふ。綺麗な金髪を一つに括っていてね、大きな青い瞳が可愛いんだ。肌は抜けるように白くて、笑顔がすごく‪……‬」
「ああ‪……‬!」

辛抱たまらず、といった感じでジャオが抱き締めてくる。僕の腰より下を。お腹に顔を埋めて、愛おしそうに頬擦りしている。

「ベルに似て美人なんだな‪……‬今から心配だ‪……‬」
「自分ではそうは思わなかったけど、似てる、のかな‪……‬目元はジャオに似ている気もするなあ」
「ベルが羨ましい‪……‬俺も早くトルテに会いたい」
「もうすぐ会えるよ。そっか、トルテかあ。嬉しい」
「ああ、トルテだ。トルテ‪……‬今度は絶対に幸せにするからな。安心して産まれておいで‪……‬」

ジャオはずっと、僕だけじゃなく、娘であるトルテの死も背負っていたんだ。それを隠して生活していた彼の心境を思うと胸が張り裂けそうになる。
けれど‪……‬ようやくその日々も終わりを迎えるんだな。

必ずトルテを無事に出産する。今度は僕が護るんだ。
情けないお母さんで今まで迷惑をかけたね。ごめんね。
今度は絶対に、絶対にちゃんと産んであげるからね。トルテ。




トルテ。
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