王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第109話 ピンクダイヤモンド

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ヤマト国に滞在する間、僕らが貸してもらう部屋は三つも用意されていた。僕とトルテは特別に大きな部屋を一部屋、フロスト、ルシウスはそれぞれに個室だ。
まだ別の仕事があるから、と行ってしまったマナトさんの代わりに、それぞれ可愛らしいモノトーンの制服を着た女人(侍女というらしい)が部屋まで案内してくれた。

扉が開け放たれた瞬間、僕とトルテが借りる部屋の、大袈裟なまでの広さと豪華絢爛な装飾に驚愕した。僕とジャオの寝室の三倍はある‪……‬だだっ広い空間には五人掛けほどのソファとキングサイズのベッドが鎮座していて、それでいてなお歩くスペースは十分すぎるほどにゆったりと取ってある。
奥の部屋には立派な鏡台、ガラスケースには色とりどりの化粧品が収納されていて、壁には立派な絵画まで飾ってある。青を切り裂くような白い鳥の滑空が、キラキラと光る砂の入った絵の具で描かれていて、眺めるだけで爽やかな風に包まれる心地だ。

「こんな立派なお部屋を‪……‬よろしいのですか?」
「もちろん。一国の女王様にご満足いただけるものであればよいのですが」
「恐れ多いくらいです、ありがとうございます」

トルテも上機嫌で部屋中を見回している。馬車での生活が思いの外長かったものな。苦労した分、トルテにもゆっくり休んでもらいたいものだ。
侍女が下がると、トルテは荷物を漁ってすぐに着替えを始める。

「どこかへ行くの?」
「お城探検。子どもが無邪気に歩き回っていたって怒られないでしょ。内情視察してくるわ」
「お前って子は‪……‬ホント、よく頭が回るよね‪……‬」
「ベルに似たんじゃない?」

絶対に違うだろ。嫌味で言っているのが丸わかりだぞ。

「でも気をつけてね。まだあちらが何を考えているかわからないんだから、くれぐれも人気のない場所には」
「誰に言ってるの?」

愚かな小言を言う僕を嘲笑するように、片方だけ口角を上げた憎たらしい笑顔を残して、トルテは行ってしまった。
まあ、心配するだけ無駄か‪……‬トルテの魔力なら、たとえ武装した軍人が何人かかろうと片手でポイだ。国内最強であるルシウスとだって比べものにならないというのだ、僕なんかには推し量れない強さなのだろう。

部屋を一周して、ぽすんとベッドに腰を下ろす。
こんな最高級の客室をあてがってもらえるなんて‪……はじめての異国訪問にしては上出来ではないだろうか?

ルアサンテ王国のオトメ召喚の儀式は、どうやらどの時代においてもヤマト国の女人が対象だったらしい。(と、死に物狂いで調べたフロストが言っていた)
しかし、ルアサンテ国にとっての“異国”はもちろんヤマト国以外にも存在するのだ。

今回旅をして思った。世界って広い。
自国の端に行くことすら許されていなかった僕にとっては驚きの連続だった。ここに来るまでには、国境が複雑に絡まっている関係で一瞬まったく違う国領に入って、ヤマト国とはがらりと違う情緒の町に訪れたりもした。
まだここは始まりでしかないんだ。僕はもっと、世界を見てみたい。

「ベールっ」

いつの間にか音もなく扉を開かれていたらしい。ルシウスが満面の笑みで部屋の入り口に立っていて、僕はビクーッと跳ね上がってしまった。

「ルシウス!‪ ……‬ノックくらいしろ、まったく」
「あれ。トルテちゃんは?」
「お城探検‪、‬という名の偵察だってさ」
「抜け目ないねえ。じゃあ俺らは城下町にデート‪……‬視察に行かない?」

わざと下心を覗かせる誘い方。いちいち反応して大騒ぎするのはあちらの思う壺だ。内心ドキドキしているのをごまかすように顔を逸らした。

「フロストは?」
「俺の隣の部屋なんだけど、侍女と話し込んでたよ。あの人はあの人で探り入れてるみたいだな」
「ふうん‪……‬まあじゃあ暇だし、行こうかな」
「そうこなくっちゃ!」

パチンと指を鳴らして、ルシウスは僕の手を握る。軽薄な奴め。誘いに乗ったのはただの暇つぶしだからな‪。僕にはまったく他意なんてないんだぞ。
差し出された手を勢い良く振り払って部屋を出る。それでもルシウスは、ニコニコと嬉しそうに後ろからついてきた。






市場の店はどれも立派で、露店だけでなくしっかりと戸建で商売をしているのに驚いた。
なぜって、ルアサンテ王国には露店しかないのだ。佇まいだけでは何の店だかわからない建物に、人々が楽しそうに出入りしているのを見ると無性に気になった。

「クッキー屋さん? クッキーだけで生計を立てているんだ‪……‬!?」
「国民もみんな豊かなんだなあ」

僕が知るお菓子屋さんは、王国で作るのが可能なお菓子をかき集め、いろいろな種類のものを置いてようやく成り立っている。クッキーだけに専念できるなんて、さぞ美味しいのだろうな‪……‬。

「行こうぜ」

生唾を飲み下した音が聞こえたのか、ルシウスが僕の手を掴んで軒先に歩き出した。すぐに振り払うべきではあるが‪……‬入店したい気持ちにはどうにも逆らえない。僕は甘んじてルシウスに手を引かれて、念願のクッキー屋さんへと足を踏み入れた。

扉を開けた瞬間、鼻腔を通り抜ける芳醇なバターの匂いに、一瞬で虜になった。続いて目に飛び込んできたのは色とりどりの装飾がなされたクッキー‪……‬どうやって作っているのか、すぐさま店主に問いただしたいほどには魅力的な光景だった。
カラフルな何かがクッキー生地の上に乗っていて、食べられる小さな絵画をガラスケースの中に呈している。店内の誰もが目を輝かせてその作品たちに夢中になっている。かくいう僕もガラスケースにかじりついて、もうどれを買おうかなんて吟味し始めていた。

「かわいい~! ルシウス、これすごくかわいくないか!?」
「うん」
「これも!」
「そうだな」
「こっちも!」
「うん、スゲーかわいい」

同じようにガラスケースを向いているにしてはルシウスの声が直接こちらに飛んできている。不審に思って隣を見ると、奴はからかうようなニヤニヤ顔でじっと僕の横顔を見つめている。
そこでようやく、直前に発された奴の言葉が僕に向けたものだと気付き‪……‬どかんと顔面が爆発した。

「か、かわ‪……‬」
「女の子の反応してるベル、かわいー」
「な‪……‬」

よしよしと頭を撫でられて……居た堪れなくなる。
確かに今僕、完全に女の子だった。もう子持ちだし大人なのに。
ルシウスといると、男であった時のプライドも出てしまうから余計に恥ずかしかった。顔を上げられない僕の気を引くように、ガラスケースの中を指差す。

「買っていくんだろ?」
「う、ん‪……‬」
「トルテちゃんへのお土産もここで選ぼうぜ。どれがいいかな~」
「‪……‬この、お花の」
「お花のな~」

頭を撫でてくる手が煩わしくて頭をぶんぶんと振った。ルシウスの視線が絡みつく中、僕は自分の欲しいものも選んで店員さんに伝える。
自国とここでは当然通貨も異なっていたが、なんとマナトさんがお小遣いをくれた。だからここでも十分に買い物ができる。侍女伝いだったから、後でちゃんとお礼を言わないとな‪……‬。
受け取った紙袋を抱き締めて、じんと収穫の喜びに浸る。

「どんな味だろ‪……‬」
「よかったな」
「‪……‬ニヤニヤすんな」

じとっと睨むけれどコイツには効果がない。むしろよりいっそう笑みを深めて寄り添ってくる。

「‪……‬お前はいいの。買わなくて」
「ああ、俺は欲しいものがあるから」
「‪へえ」

ルシウスは何を買うんだろ。食べ物? 服? 見当もつかない。ユーリの好きなものならいっぱい思い浮かぶのに、
そういえば僕ってルシウスのことあまり知らないんだよな‪……‬ずっと一緒にいたのに‪……‬ルシウスが、知られないようにしていたのかな‪……‬?

「行くぞっ」

意気揚々と手を握られたので、お約束として振り払う。
挨拶みたいなこのやり取りすら、なんだか愛着が湧いてきてしまった。
よくないな。ルシウスとのコミュニケーションは、もっと健全なものでないと。





その後も二人で適当に市場を見て回った。ルシウスは自分の欲しいものとやらを躍起になって探そうとしていないようで、ただただ僕が衝動買いした荷物が増えていくだけだった。
珍しい食べ物を一緒に買い食いしたり、トルテの好きそうなものが見つかったら「今度連れて来てあげよう」なんて思い浮かべたりもした。

ルシウスが「デートしよう」だなんて言ってきたから警戒していたけれど、会話はごく普通の友人同士のものだし、僕自身もつい、何をしてもトルテのことを思い出してしまって、まったく変な雰囲気にはならなかった。
よかった。このままいけば、あの淫蕩とした馬車生活を忘れられそうだ。

「お」

ルシウスが吸い寄せられるようにある露店に入っていく。真っ白なテントの下に若い美人なお姉さんがいて、てっきりその人目当てかと思ったけど、その眼差しは最初からじっと商品棚に注がれていた。
木製の机には色とりどりの水晶が置かれていて、そこにひっかけるようにブロンズのチェーンや小さな石が飾ってある。よく見ると、指輪やネックレス、髪飾りなどのアクセサリーだ。

「なに。ユーリへのお土産?」
「んー」

肘で小突いて冷やかしてみるが軽く受け流される。あまりに真剣な眼差しで選んでいるので僕も黙って棚を見ていた。
アクセサリーって、僕が公の場に出る時は、母上や新しく城に雇った女人たちが張り切って揃えてくれていたけど、僕自身はピンとこないんだよな‪……‬もともと男だったせいもあるのか、最低限服さえ着ていれば、あとは邪魔になってしまうのでは‪……‬と思ってしまう。
まあ僕には、前世のジャオがくれたこの指輪だけで十分だしな。すり、と左手の薬指を撫でる。

ユーリはアクセサリー興味あるのだろうか。まあアイツならたとえ女性ものでも似合いそうだよな。小柄だし、顔も可愛いし‪。
ルシウス、実はまめに贈り物をしたりしているのだろうか? だけどユーリが目立った装飾品を付けていた記憶は、ないんだけどな‪……‬。

「これにしよー」

ルシウスが手に取ったのはビビッドピンクの石が輝く、繊細なチェーンのペンダントだった。ルシウスの髪色よりはだいぶ濃い彩りだが、僕の中でピンクといえばルシウスだ。きっと本人からしてもそうだろう。自分の色を贈り物に仕込むなんて、なかなかロマンチストじゃないか‪……‬。
いつからかってやろうかとニヤニヤしながら窺っていると、ルシウスは包もうとする店主に断りを入れて、金だけ払い店を出た。慌ててついていく。

「いいのか? 包んでもらわなくて」
「いいんだ。今着けて」

そう言うとそれを僕に差し出してはにかむルシウス。見慣れない奴の赤く染まった頬に、僕は一拍遅れて、自分がとんでもない勘違いをしていることに気付いた。

「俺からベルに‪……‬受け取ってくれる?」
「なっ‪……‬ぼ、僕‪……‬‪……‬?」
「うん。ダメ?」

どうしよう。完全に不意を突かれた。だってユーリに買うと思うじゃん。すぐ横にいる僕に宛てるものだとは、絶対に思わないよな‪……‬!?

「えっ‪……‬と‪……‬」

そんなの受け取れない。返してこい。模範解答は浮かんでいるのに、人からの贈り物を無下にするなどと真面目な自分が喝を入れてくる。
それに、目の前のそのペンダントが、ルシウスからのかけがえのない想いがこもった一品だと知っているからこそ、僕は‪……‬

欲しい、と、思ってしまった。


「ダメじゃ‪……‬ないけど‪……‬」
「やり~。じゃあ着けてやるよ。後ろ向いて」
「うん‪……‬」

心臓が背中寄りでなくてよかった。鼓動がうるさい胸を両手で抑える。
ルシウスの手が僕の髪をかき分けて、チェーンを首に通し、留め具を付ける感触が‪……‬なぜだがとても大切なもののように思えて、噛み締めてしまう。

「できた」
「あ‪……‬」

見下ろすと、先程まで僕ではない人のものになると思っていたビビッドピンクの石が‪、僕の胸元で燦然と煌めいている。陽の光に反射して、蠱惑的な色の影を僕の肌に落とす光景に‪……‬僕はまるで魔法にかかったかのように、じっと見惚れてしまった。

「この国にいる間はずっと着けていてよ」
「え‪……‬」
「お願い」

僕の両肩に手をかけて、ルシウスは切なそうに微笑む。こんな顔されたら‪……‬断れるわけ、ない。

「‪……‬わかった」
「へへ、やった。指輪じゃベルしてくれないって思ってさー」
「当たり前だろ‪……‬」

ぶつくさと非難しているうちに手を握り込まれて振り払う機会を逸してしまう。ルシウスの体温が、合わさった手の平からしっかりと、伝わってくる。
ルシウスにとってこのペンダントは、指輪の意味合いなんだと考えるとドキドキして‪……‬手に、力が入らない。戸惑っているうちに、僕はルシウスのペンダントも、手繋ぎも受け入れる格好になってしまっていた。
こんなふうに道端でもじもじしている僕らは‪……‬この国では確かに、ただの恋人同士だったのだと、思う。
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