王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第152話 救けは来ない

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あの逃亡劇から五日が経過していた。

数分の間にルシウスと致した僕は「避妊対策をする」と告げられ、何をされるのかと内心ビクビクしていたけれど、お医者さんに薬を一錠渡されてマナトさんの目の前で飲まされただけだった。
薬を飲んだ関係か、僕はそれからずっと放置されている。だけどもうすぐマナトさんが、僕を孕ませに来るのだろう。

ルシウスとの子どもならともかく、僕の子どもというところに利用価値はさしてないように思える。異国の女は珍しいから実験したいだけなのだろうか? それとも、ケンさんが反抗した時の保険として、僕をこの地に繋ぎ止めておきたいだけ‪……‬?

「はあ‪……‬」

絶望が口から漏れる。しくしくと泣きながら誰かの助けを待っていた。誰も来ないって、わかっているのに。
僕は自ら一人を選んだ。ルシウスにはもう期待してはダメだ。無理やりアイツをユーリから奪ったって幸せになれるわけない。だけどルシウスは優しいから、もしかしたらまた助けに来てくれるかも‪、なんて……‬。

どこまで女々しいのだろう。もう諦めるって決めたのに。性別の問題ではない、僕はどうしようもなく人間として情けない。一瞬は光明が見えたからまだ願ってしまっている。ここから逃げたいって。
だけど逃げたところで、ルシウスの態度を見る限りやはり僕に帰る場所はない。もうジャオや国民たちには僕の死が現実として伝えられているのだろう。僕をルアサンテに連れて帰るわけにはいかないという苦悩が滲み出ていた。
国は今どうなっているのだろう。気になるけれど‪……‬僕にはもう、関係のないことだ。

カチャ。扉が鳴る。しばらく待ったけれど扉はいっこうに開かない。おそるおそる開けると、外側のドアノブに黒い布の袋が引っかかっている。素早く取り外して扉を閉めた。
食事の類なら侍女が持ってくるはず。それ以外に誰かが僕に渡すものなんてないはずなのに。なんだ?
中を覗くと…………光の玉が入っていた。

「トルテ‪……‬?」

そうだ、ちょうど手の平大くらいのこのサイズ感。
自分の呟きにハッとさせられる。懐かしい暖かな光。

「トルテなの‪……‬?」

もう一度話しかけると、光の玉はわずかに収縮しながら音を発した。

「ベル? 聞こえてる?」
「トルテ‪……‬!」

それは紛れもなく、僕の娘トルテの声だった。少し大人びていたけどそれでもわかる。強気な口調も張りのある声もそのままだ。驚きと感動で涙が滲む。

「よかった。ルシウスからやっと話を聞き出せたから、私も少し話しておきたくて」
「ルシウスは無事に帰れたんだね?」
「ええ。‪……‬声を落として。その部屋は監視されているわ」
「えっ?」
「私を連れて布団にもぐって」

言われた通りにした。薄闇の中でトルテの光は一段と煌めいている。
懐かしい‪……‬思わず袋ごと抱き締めた。

「君は、トルテなの?」
「私だけど、この光の玉が私自身というわけじゃないわ。今は魔法道具で交信しているだけ」
「そうなんだ‪……‬」
「あのね、手短に済ませるからちゃんと聞くのよ」

相変わらず母親に対するものとは思えない態度だ。だけどトルテらしい。噛み締めながら、耳を傾ける。


「ルシウスはもう二度とそちらに行くことはないわ」


――――崖から突き落とされたような、そんな感覚だった。

頭のどこかでわかっていたことだし、諦めるべきだってさっきまで考えていたのに、やっぱり‪……‬どこかで期待していたみたいだ。
だってもう僕を迎えに来てくれるのはルシウスしかいない。ルシウスしか、いなかったのに。

「彼にはすでに新しい家族がいるの」
「そう‪……‬ユーリも、元気なんだ‪……‬」
「あの子は数ヶ月前に無事出産したわ。今はもう二人目を妊娠しているの」
「‪……‬‪……‬は」

何を、言っているんだ?
耳を疑った。言葉が止まった僕の心境を察してかトルテが続ける。

「実はヤマト国に旅立つ前に、実験的にユーリに女体化の魔法を施したの。成功するかわからなかったけれど‪……‬ルシウスが帰って間もなく妊娠したことで、私は希望する者達に次々と魔法をかけた。男の人同士のカップルが多いこの国で、ユーリのように子どもを産みたいと願う人達はたくさん居たから」
「そんな‪……‬ことが‪……‬」
「そう、だから‪……‬ルシウスはもう、あなたと生きることはできないの」

元を辿れば、僕が女体化したのだって召喚術が歪んで成し得たことだ。魔法の研究を続けているトルテにとっては造作もないことなのかもしれない。
ユーリはもう、そんな幸せの中にいるんだ。ずっとルシウスの子どもを産みたがっていたものな。そうか、よかった。よかった‪……‬。

「‪……‬‪……‬ごめんね」

必死に抑えたけど、僕の泣き声はあちらに伝わってしまったらしい。トルテが申し訳なさそうに呟いた。
ユーリの幸せを喜ぶ気持ちは本当なのに、同時に、とてつもなく悲しくて‪……‬置いて行かれた気持ちに、なった。

ルシウスとは結局ずっとすれ違いだったなあ。ずっと僕を想ってくれていたのに、僕はジャオとあっさり結婚してしまって。隠れて愛を育んできたこともあったけど、結局おおっぴらに愛し合えたのはヤマト国に来てからの少しの間だけだった。
もう、会えないんだね。
今さらこんなふうに思うのは勝手だけど、やっぱり‪……‬大好き、だったなあ‪……‬。

最後に顔を合わせた時のことが蘇る。ルシウスはモモタのことを僕に謝りたいと言っていた。僕と決別するためにお別れを言いに来たんだ。
僕の知らないうちに父親になって‪……‬あの時感じた、ミルクの甘い匂いもそういうことだったのだろう。ルシウスは未来へ向かって歩き出す決心をしたんだ。
それなのに僕は、この期に及んで未練たらたらで、最後の最後にルシウスにあんなこと‪……‬ユーリ、ごめん‪……‬‪……‬。

「‪……‬もう、男に頼って生きるのはやめなさい」

トルテが強い口調で言う。胸が張り裂けそうだったけれど、僕は歯を食いしばってトルテの声を聴いた。

「ジャオもルシウスももうあなたを助けない。もちろん私も‪。冷たい娘だと思うでしょうね。でももう、決めたことなの」
「そんなこと‪……‬ないよ‪……‬悪いのは、僕だ‪……‬」
「私も、悪かったのよ‪……‬」

苦々しい声だ。トルテもずいぶん大きくなったのだろうなと察する。
姿が見たいなあ。現実逃避するように思い浮かべた。だけどトルテはそんな猶予など与えず、僕に気持ちをぶつけてくる。

「あなたを何百年も縛り付けておいて、今さら‪解放したいだなんて願ってしまったから‪……‬ベル、私が近くにいたら、私はあなたを支配してしまう。あなたがあなたの人生を生きられなくなる」

大切なの、と囁く声は今にも消え入りそうだった。僕の考えの及ばないところで、トルテにはトルテの苦悩があるようだ。

「あなたには過ちを償う必要がある。その責任があるの」
「‪……‬うん」
「今あなたがそこにいるのはあなたの行動の結果。だから‪……‬私は助けちゃいけない。自分の力で、なんとかするの」
「わかってる‪……‬ううん、わかってるつもりで、わかってなかったのかも‪……‬ありがとう、ちゃんと理解できたよ」
「あなたは賢くて勇敢だわ。苦難は自分で切り開けるはず。もしも外に出られるようなことがあれば‪……‬もう一度会えるかもしれない」
「トルテ‪……‬」

会いたいよ。今すぐ助けに来てよ。甘えた声でそう言って縋ってしまいたいけれど、この上彼女まで巻き込むわけにはいかない。それにトルテだって苦しんでこの結論を出したに決まっているんだ。彼女の成長を、邪魔したくない。
だいたい、母親が娘にこんなことを言わせてどうする。しっかりしないと。そうだろう、僕。

「ねえトルテ。最後に聞かせて。ジャオや子どもたちは元気?」
「ええ。ジャオは国のためによく働いているわ。国民で一丸となってあなたを喪った悲しみを乗り越えようとしている。あの子たちも‪……‬すくすくと育っているわ」
「そう‪……‬アルベルもちゃんと大きくなっているんだね」
「あの子には私が直々にいろいろ仕込んでいるわ。少し魔力を持っているし、とても優秀なのよ」
「魔力を‪……‬!」

僕とジャオの子はトルテ以外、皆魔力など持っていない。それが当たり前なのだ。だけど‪まさかあの子が……。
‬アルベル、君もまた、トルテと同じように特別な存在なのかもしれない。どんなふうに育っているんだろう、会いたいな‪……‬。

「‪……‬皆、元気そうで良かった」
「国のことはジャオと私に任せて。ベル、あなたはあなたの人生を生きるのよ」
「‪そうだね‪……‬いつかまたトルテに会えるように、僕‪……‬生きるから‪……‬生きて、いくから‪……‬」
「‪……‬うん」

トルテは、わかっていたのかもしれない。僕がまたこれから生きる希望を失うこと。今度はマナトさんの子どもを孕まされて‪……‬また鬱々とした妊娠生活の中で、何度も死にたくなることを。
もう助けないと言ってもやっぱり彼女は僕を救ってくれるんだ。そんな彼女のために僕は、生きていきたい。自分の罪に押しつぶされて死ぬわけにはいかないんだ。

「それじゃあ、通信が切れたらこれを元通りドアノブにかけておいて。すぐに回収されるから」
「回収?」
「大丈夫よ。巻き込ませはしない。通信もこれっきりだから」
「‪うん‪……‬? わかった」

よくわからないがそう返事をしておいた。
少しの沈黙の後、トルテがはにかんだ声で言う。

「大好きよ、ベル。生きていてね」
「‪……‬うん。僕も大好きだよ、トルテ」

フッ。光が止んで、袋の中には小さなコンパクトミラーが残されていた。拾い上げようとするが、すぐに手を引っ込める。これは僕のものじゃない。無闇に触れるのはよくないと、なぜだか強く思ったのだ。
言われた通り、布の袋を外側のドアノブにかけておく。すると小さな足音がして、カチャ、と僅かにドアノブが揺れた。僕は扉の隙間から遠ざかっていく後ろ姿を覗く。

長い黒髪を靡かせた少女。愛らしくて慎ましい、お姫様の中のお姫様‪……‬。

そうだ、あの子がいたんだ。トルテが唯一この国で信頼し、心を預けていた。あの子もこの王家の血統だ。あの子がもしかしたら、この国を救ってくれるのかもしれない。
駆けていく小さな後ろ姿に、僕はそう、願わずにはいられなかった。
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