天寿の全うが目標です

もやし

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 昨日の件もあり、へデラは睡眠もそこそこに早朝より龍の様子を見に来ていた。
自身も魔力を使い果たしており、身体には未だ重さが残っているものの、龍の動向がどうにも気になって仕方がなかったのだ。

「とりあえず今のところは問題ないか・・・」

 見上げる巨体はいつもの通り伏せられている。
あたりに散る血痕は乾き、歩く度にパリパリとひび割れる音が鳴った。
 感じられる龍の呼吸は安定しており、瞳は閉じられているものの、麻酔薬による後遺症があるようには見受けられない。
せめて夢の中だけでも、この龍が自由であるようにと願うのは傲慢であろうか。

 へデラが唇を噛み締めた時、不意に龍が身動いだ。
ぐぐぐと低い唸り声を上げ顔をもたげる。
その瞳は見開かれ、何故か酷く驚き、狼狽え、かつ期待が込められているような、そんな感情を移して虹彩が揺れている。

 龍には殆ど抵抗する力は残っていない筈である、とは言え実際どうなのかはわからない。
封枷を強化する為の魔力を身の内から搾り出すべく意識を集中する。
龍はその間も何かを探すように思考した様子を見せた後、その視線をこの空間唯一の入口へと向けた。
今か今かと待ちわびるような、そんな光を瞳に宿す様子に呆気を取られはしたが、釣られ、へデラもそちらを見やった。
ほどなく、小さくパタパタと、忙しなくも軽く階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。





 息切れしつつ駆け込んで来た娘を驚きとともに見やる。素朴な旅服を纏った、明らかにまだ成人前の幼い少女が何故こんなところに迷い込んだのか。
 良く見れば、埃や汗にまみれており、いくつか軽いながら怪我をしているようで、随分長い間彷徨っていた事が伺えた。

 少女は、目の前に龍がいるのだから当然のことかもしれないが、近くで彼女を観察しているへデラには全く気づく事なく、その場で驚き固まっていた。
 しかし、何か感じるものがあったのか、その幼い顔を上げれば、彼女を凝視していた龍と視線を交わすことになったようだった。

 驚くべき事に、龍が彼女を見つめていたのだ。

 へデラが此処に来るようになってから、龍と視線を交わすことなど皆無であったというのに、彼女はいとも簡単に龍の視線を自分に向けたのだ。
 彼女の何が龍を引き付けたのかわからないが、彼女自身が目を見開き、一歩踏み出したところで、へデラはハッと我に返った。

 刹那、魔力で少女の意識を昏倒させる。
頭は打たぬように少し魔力で倒れる勢いは殺してやった。

 厳重に隠されていた筈のこの場所に、何故入ってこれたのか。少女は何者か。
気になる点は多々あるが、この龍を見られた以上、彼女をこのままにしておくわけにはいかない。
 この都市を守る為という大義名分のもと、尋問に掛けられた上で秘密裏に処分されるか、あるいは他の方法を取られるか。
どちらにしても、幼い少女に耐えられるものではないだろう。

この少女が潔白であるならば、へデラ自身がなんとか保護してやれるだろうか・・・。


 驚くほど呆気なく、くたりと倒れた彼女の傍に行こうとするがしかし、そうする前に龍が激しく動き始めた。ガチャガチャと鎖が音を立てる。
 へデラが近づこうとすればするほど、顎門を大きく開き、もはや唸り声ではない咆哮を上げながら、なんとか彼女の服の一部でも爪や歯で引っ掛けて自分の方に寄せようとしているようだった。
 勿論、昨日ほどの力は残っておらず、食い込む枷は引きちぎられそうな気配はない。出血が止まり始めていた箇所からは、再び勢いよく血が吹き出し始めていた。

 小動物がやったなら、雛鳥を守る親鳥のように見えたのかもしれない。
しかしながら、相手は巨大な龍。
鬼気迫るように、ガチリガチリと合わさる鋭い牙を前に、自分の獲物を取られまいとする行動のようだと感じるのは無理もなかった。



この日、へデラは人生で最悪の勘違いをした。



「この娘は龍の贄か」

 龍が贄を欲するとは聞いた事が無かったが、龍の生態が詳細に調べられているわけではない。必死に捕食しようとする様子を見れば、事態は明らかだろう。
これまであらゆる食料を捧げていたが、終ぞこの龍が食しているところを見る事がなかったのは、こういう事だったのか。


 少女をそっと抱き起こし見つめる。

 どう見ても普通の少女だった。見る限り武装もしていない。とても軽い。

 この少女は、どういう理屈かわからないが、龍の贄足る何かを持ち合わせているのだろう。
少女自身が潔白であれ、龍を見た時点で、この都市にあって、これから平坦な人生を送れるわけもない。おそらくは苦痛に満ちたものになるだろう。

誰のせいでもない。
へデラがそうするのだ。



ならばせめて。



「礎の龍よ。私は常々貴方に誓約していた。外に出る以外で望む事があるのであれば叶えよう、と。」

左腕で少女を抱きかかえたまま跪く。
少女の仰け反った首が白く晒された。

「この娘は捧げましょう。しかしせめてもの慈悲を彼女に与える事をお許し願いたい」

右手で腰から短刀を抜いた。

「牙に砕かれる苦痛の中ではなく、眠りの中で息絶える事を、同胞として、せめてもの慈悲として」

軽く下ろす。
良く研がれた煌びやかな短刀は、装飾用とはいえ、短刀としての役割をこの上もない斬れ味で魅せた。
抵抗はほぼ感じなかった。


音もなく、短刀はその刀身を少女の胸に埋める。






龍の瞳が見開かれた。


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