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第百八話
花影
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青のタチアオイの群生に取り囲まれているように感じる。天井に連なる藤の花房から、濃厚な甘い香りが漂う。何故だ? この藤は灯りの代わりの筈。今まで香りがした事はなかった筈なのに……。
……駄目だ、物凄く心地良い眠りが押し寄せてくる。目を開けろ、俺。起き上がってテレビを見るんだ! 戴冠式の様子を見ないと……
そう思うのに、体はベッドに縫い付けられたみたいに動こうとしない。瞳も閉じたまま、ともすると眠りの世界に意識を飛ばしそうになる。まるで引き潮みたいに眠りの世界へと……。
駄目だって、起きろ、俺! エイッと両手に力を入れる。そしてギュッと両目を瞑る瞼に力を入れる。それでも「このまま眠ってしまいたい」という抗い難い誘惑の波が全身に押し寄せて来る。その流れを無理矢理絶ち切るように腹筋に力を入れ、カッと目を見開いた。藤の花房とタチアオイが目に入る。花回廊というより、何だか花の……いや、それよりもまずは起きないとだ。
目を閉じてしまいたくなる誘惑を絶ち切るように、勢いよく上体を起こした。その勢いでベッドをおりる。タチアオイを掻き分けて別途から離れた。逃げるようにして応接用のソファに座る。時計を見ると、戴冠式が始まる時間の五分ほど前だった。危ねー危ねー。テーブルの上に置かれたテレビのリモコンを手に取る。電源を入れて、と。多分、どの番組でも生放送がされる筈だ。こういうところも、元居た世界と変わらない。不思議な気分だ。
画面には美しい山々と湖が映し出されている。戴冠式の生放送なでにまだまだ時間がある、と言う事で特にすることもないし……などとベッドに横になったのが運のツキだった。普段は香らない筈の藤から甘い芳香が漂って来て。その香りのせいのかついウトウトしちまったのだ。あのベッドに入ると、眠くなるのは分かっていたのに。
どうして、藤の花が香って来たんだろう? 今もまだ少し香っているような……薄く感じるのは慣れたせいなのかな。それとも、もう香っていないのに鼻に残っている香り……とか。
あ! 戴冠式が始まる! テレビの画面は噴水が勢い良く流れる様子が映し出され、同時に小太鼓の音が聞こえた。何となく『トレビの泉』を彷彿とさせるような広間の雰囲気だ。そこに集まる多くの人々は、どうやら花道を作って両サイドに分かれているようだった。これ以上は出るなと、黄色いテープが張られている。こんなところも、あちらの世界と変わらない。
画面は、青色の軍服姿の兵隊たちを映し出した。結構な長い列作っている。あぁ、王太子殿下を守るように取り囲んでいるのか。銀色の髪と純白の髪が見え隠れする。王太子殿下とダニエルだろう。あともう一人、ツンケンした男が王太子殿下の後に付き従っている。その周りを、四天王が囲んでいるようだ。
続いて画面は、王太子殿下の列の少し後を映し出した。今度はチャコールグレーの軍服姿の兵隊の群れ。見え隠れする金色の髪……。ドクンッと大きく心臓が跳ね上がった。誰? 知らない筈なのに、熱い想いが溢れ出す感覚。続いて見え隠れする鳶色の髪、赤毛、亜麻色の髪……。何だ? 動悸が激しい。目には膜が張り、かすむ。ポタッとテーブルに落ちる水滴。これは? 何で、涙が出るんだ? 悲しい訳じゃないのに……。
ザーーーーーッという音と共に、突然画面は砂嵐のようにグレーになった。
だが、それは一瞬の事で、画面がすぐに何事もなかったかのように王太子殿下を映し出した。……あれ? 今、物凄く大事な事を思い出しかけたような気がしたけど……何だったっけ?
藤の香りが、再び色濃く香り始めた。
……駄目だ、物凄く心地良い眠りが押し寄せてくる。目を開けろ、俺。起き上がってテレビを見るんだ! 戴冠式の様子を見ないと……
そう思うのに、体はベッドに縫い付けられたみたいに動こうとしない。瞳も閉じたまま、ともすると眠りの世界に意識を飛ばしそうになる。まるで引き潮みたいに眠りの世界へと……。
駄目だって、起きろ、俺! エイッと両手に力を入れる。そしてギュッと両目を瞑る瞼に力を入れる。それでも「このまま眠ってしまいたい」という抗い難い誘惑の波が全身に押し寄せて来る。その流れを無理矢理絶ち切るように腹筋に力を入れ、カッと目を見開いた。藤の花房とタチアオイが目に入る。花回廊というより、何だか花の……いや、それよりもまずは起きないとだ。
目を閉じてしまいたくなる誘惑を絶ち切るように、勢いよく上体を起こした。その勢いでベッドをおりる。タチアオイを掻き分けて別途から離れた。逃げるようにして応接用のソファに座る。時計を見ると、戴冠式が始まる時間の五分ほど前だった。危ねー危ねー。テーブルの上に置かれたテレビのリモコンを手に取る。電源を入れて、と。多分、どの番組でも生放送がされる筈だ。こういうところも、元居た世界と変わらない。不思議な気分だ。
画面には美しい山々と湖が映し出されている。戴冠式の生放送なでにまだまだ時間がある、と言う事で特にすることもないし……などとベッドに横になったのが運のツキだった。普段は香らない筈の藤から甘い芳香が漂って来て。その香りのせいのかついウトウトしちまったのだ。あのベッドに入ると、眠くなるのは分かっていたのに。
どうして、藤の花が香って来たんだろう? 今もまだ少し香っているような……薄く感じるのは慣れたせいなのかな。それとも、もう香っていないのに鼻に残っている香り……とか。
あ! 戴冠式が始まる! テレビの画面は噴水が勢い良く流れる様子が映し出され、同時に小太鼓の音が聞こえた。何となく『トレビの泉』を彷彿とさせるような広間の雰囲気だ。そこに集まる多くの人々は、どうやら花道を作って両サイドに分かれているようだった。これ以上は出るなと、黄色いテープが張られている。こんなところも、あちらの世界と変わらない。
画面は、青色の軍服姿の兵隊たちを映し出した。結構な長い列作っている。あぁ、王太子殿下を守るように取り囲んでいるのか。銀色の髪と純白の髪が見え隠れする。王太子殿下とダニエルだろう。あともう一人、ツンケンした男が王太子殿下の後に付き従っている。その周りを、四天王が囲んでいるようだ。
続いて画面は、王太子殿下の列の少し後を映し出した。今度はチャコールグレーの軍服姿の兵隊の群れ。見え隠れする金色の髪……。ドクンッと大きく心臓が跳ね上がった。誰? 知らない筈なのに、熱い想いが溢れ出す感覚。続いて見え隠れする鳶色の髪、赤毛、亜麻色の髪……。何だ? 動悸が激しい。目には膜が張り、かすむ。ポタッとテーブルに落ちる水滴。これは? 何で、涙が出るんだ? 悲しい訳じゃないのに……。
ザーーーーーッという音と共に、突然画面は砂嵐のようにグレーになった。
だが、それは一瞬の事で、画面がすぐに何事もなかったかのように王太子殿下を映し出した。……あれ? 今、物凄く大事な事を思い出しかけたような気がしたけど……何だったっけ?
藤の香りが、再び色濃く香り始めた。
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