海を見ていた「潮騒のメロディ」

大和撫子

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第四話 

カンナと鬼灯

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…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 あたしの胸の片隅に、カンナが咲く。そしてその隣に、ひっそりと鬼灯が色付く。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 梅雨……。やたら熱く、湿気が多い日が続く。この時期が旬な花々に取っては雨が不足しているのだろう。紫陽花が例年より小ぶりで、カサカサの花びらのものが多い。そしてこの時期は喘息持ちに取ってもキツイ。気圧の変化を敏感に感じ取るのか、吸入器が手放せない。幸いな事に、まだ部活中に発作は起こしていない。このまま発作を起きないで卒業まで行けたら、と思う。

『お家の庭に、今年も綺麗にカンナが咲いたよ(≧▽≦) 今年も鬼灯祭り、当麻と三人で行こうねー(^^♪ ママもパパも、同級生の友達だけで行かせるのは心配だけど、お姉ちゃんとなら安心だ、てさ!』

 夕べ届いた萌恵からのLINERが、脳裏を過る。正直、鬼灯祭りなど行きたくない。行けば埃と砂で発作が起きやすいのと、人混みが苦手なのと……。まるで連想ゲームのように、思い出しくも無いシーンが浮かび上がる。

『当麻ぁ、萌恵、好きな人が出来たんだよぉ』

 先日、唐揚げを食べに萌恵が来た時の話だ。甘えるように、当麻に抱きつく萌恵。小柄な萌恵、背の高い当麻ではどうしても彼のお腹に顔を埋める形になる。

…チクン…と胸に針が刺さったように痛みが走る。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

……ウソダ……

『こーら』

 とやんわりと萌恵に離れるように促す彼。

『おっ!良かったじゃないか!やっとまともに成長したか!』

 当麻は嬉しそうな笑顔で萌恵を見下ろす。

『んもぉ、いつまでも萌恵を子供扱いしてぇ』

 頬を膨らませる我が妹。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

……ウソダ……

 なんて可愛いのだろう?膨れ面もこんなに可愛いとは。思わず抱きしめたくなる。同性の私でさえそうなのだ。これが男性なら……。

……ウソダ……

 瞬間的に、好きな人が出来た、は萌恵の嘘だと直感する。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 萌恵は相変わらず抱きついたまま嬉しそうに当麻を見上げ、笑いかけると、

『当麻ぁ、萌恵、男心って分からないんだぁ。相談に乗って! LINER交換しよう!いいでしょ、お姉ちゃん』

 と有無を言わさない勢いで、萌恵は捲し立て、あたしに笑顔を向けた。その瞳は、あたしが拒否する訳が無い、という事を確信しているかのように鋭くあたしを射抜く。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

『それは拙いだろう、さすがに。いくら菜々の妹とは言え…』

 さすがに困り顔の当麻。萌恵は尚も鋭い視線をあたしに向け

『お姉ちゃんがいいよ、て言ったら、当麻と二人だけLINERでしても良い、て。パパとママが言ってたもん!』

 と怒りを露わにして、あたしを見据える。その瞬間を思い出した。


 小学校5年生の頃だ。一生懸命お小遣いを貯めて、自分の誕生日に自分で買ったバービー人形。欲しくて欲しくて。でも両親には言えなくて。コツコツと貯めたのだ。今は亡き祖父母から、毎年頂くお年玉の他に誰にも内緒で渡してくれたお金の威力が大きいが。萌恵は、欲しければ両親に言えば何でも買って貰えたけれど、あたしが何か欲しいと言えば、

「ただでさえ、萌恵の通院代で大変なのに、あなたの道楽に回せる余裕は無いのよ。相沢家の長女なら、そのくらい察しなさいね」

 とピシャリと拒絶されて終わりだったから。

……もう二度と、両親には何もねだるまい!……

 そう決意した瞬間でもあった。だから、必死で貯め たのだ。 漸く念願が叶って近くのおもちゃ屋さんに行き帰宅した途端…

『お姉ちゃんのお人形可愛い、萌恵に頂戴♪』

 拒否される事など、微塵にも思わない萌恵の無邪気な笑顔が迎える。何故かあたしは、その時異常に怒りが湧き上がった。

『これはダメ!お姉ちゃんだけのもの。萌恵は、他にいくつも…もっと可愛いの持ってるでしょ!』

 その時生まれて初めて、萌恵にNoと言ったのだ。自分で自分に驚いた。生まれて初めて、拒絶された事にただ茫然と目を見開く萌恵。続いて大きな目からみるみる涙が溢れ出し、続いて

『わーーーーーーっ! お姉ちゃんが虐めたーーーーっ!!』

 と火がついたように泣き出した。

『どうしたっ?萌恵』
『どうしたの?』

 その日は日曜日で家にいた父親。母親と同時に駆け付けた。

『萌恵!』

 と二人とも叫び声を上げ、慌てて萌恵に駆け寄り、抱き締める父親。母親はあたしに駆け寄り、

『萌恵に何てことするの!この役立たず!!』

バチン!あまりの痛みに、頭に火花が散った。母親は思い切りあたしの左頬を平手打ちし、バービー人形をひったくると、萌恵に渡した。ぶたれて尻もちをつくと、熱く腫れぼったくなった左頬を両手で押さえた。ショックで頭が真っ白だった。

……それから後は、あまりよく覚えていない。

 確か、正座させられて両親に説教されたのち、倉庫に閉じ込められ、外から鍵をかけられてしばらく放置されたのだ。だけれども、それは決して虐待ではないと思う。だって、倉庫に閉じ込めながらも、両親はお水のペットボトル、投げてよこしてくれたもの。私が悪かったのだ。お姉さんとして、萌恵にはよくしてあげなければいけないのに。


……そんな出来事が、瞬時に頭を駆け巡る……

「いいよ。当麻、萌恵の相談に乗ってあげて」

 あたしは当麻に微笑んだ。

「菜々…」

 躊躇いながらも、当麻は萌恵とLINERを教え合ったのだった。


…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 あたしの胸の片隅に、鮮やかな朱のカンナが咲く。そしてその隣に、ひっそりと鬼灯が色付く。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 カンナの花言葉は、妄想・疑い。鬼灯の花言葉は、偽り・誤魔化し。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 だからあたしは海をイメージする。そして朱に染まり始めた胸の一部を、イメージのナイフで抉り取る。そしてその血のような朱の醜い肉の塊を、波に乗せるのだ。

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…

 果たして、偽り、誤魔化しているのは誰なのだろう…?

…ザザー…ザブン…ザザ…ザブン…
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