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第六話
沖つ風
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…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
海を見ていた。砂浜から。
いつもの場所だ。ちょっとした岩があって。そこにシートを敷いて座る。実家近くの海よりも、こちらの海の方が少し波が荒い。その分、浄化の力も強いんじゃないかと思う。
今日は日曜日。幸いな事に、今回も晴天だった。いつものように午前11時に当麻と待ち合わせだ。あたしの方は珍しく朝練が休みだった為、9時にはもう来てしまった。
まだ梅雨真っ只中。海開きの日はまだ二週間も先だ。人は数えるほどしかいない。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
早く、本物の海が見たかったのだ。咲喜から受けたアドバイスを、よく考えてみる為。
いや、嘘だ。きっと私は、当麻には何も言えない。勿論萌恵にも。こんな私なんかと付き合ってくれたのだ。感謝こそすれ、どうしてこれ以上の贅沢が言えよう? 萌恵を拒絶出来る男性など、この世にほとんどいないだろう。だから、自分の中に芽生えてしまった『疑念』『不信感』と言う名の、カンナの花と鬼灯を摘み取り、浄化する為に。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
胸の中のカンナと鬼灯を両手で一気に引き抜くイメージをしてみた。抜けない。相当根が深いのだろう。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
だから、先端がナイフのように尖った大きなスコップをイメージする。そのスコップの先端で、カンナと鬼灯の根元を抉り取るイメージをする。
ザクリッ
胸に痛みが走る。構わず抉り取る。スコップの上に力なく横たわるカンナと鬼灯。血まみれだ。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
スコップごと、海に投げ込むイメージをした。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
波は一瞬血で朱色に染まる。けれどもすぐに綺麗になった。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
醜い血の塊は、すぐに地球の鼓動と一体化する。そして宇宙の一部になるのだ。自然の力は偉大だ。少しだけ、胸が軽くなった気がした。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
…ピュー…ヒューヒュービューピュー…
不意に、沖から波に乗って強い風が吹いた。砂が風に乗って吹き付ける。すぐ目を閉じ、両手で顔を覆った。
「よく、ここに来てるね。海が好きなの?」
不意に、頭上から優しくて穏やかな男性の声が響く。ビックリして声の主を見上げた。
「ごめん、いきなりで驚かせちゃったね」
そう言って微笑んだ彼は、あたしの隣に腰をおろした。風は、いつの間にか止んでいた。
白い半袖シャツに白いハーフパンツというシンプルな服装の彼は、大体同じ歳か少し上か。身長は当麻と同じくらいで、細身の筋肉質な体型のようだ。色白で目鼻立ちの整った面長の顔。顎のあたりでカットし、全体的のシャギをー入れて軽くしたサラサラの髪は明るい茶色で、陽の光に透けて輝いている。取り分け目を引いたのは、澄んだ優しい瞳だ。奥二重のようだが、かなり大きめで黒目がちだ。
……木漏れ日の光が差す、茶色の泉……
そんなイメージをさせる明るい茶の瞳。優し気な美形と言えば玉岡樹先輩もそうだが、玉岡先輩はさながら森林浴のような癒し系。この男は、例えるなら天使の羽。どこか浮世離れしていた。
あたしの周りには、何故か男女を問わず見目麗しい方々ばかり集まる。困った。益々あたしが悪目立ちしてしまうな。内心、思わず苦笑してしまう。
「あんまり、海ばかりみていると、人魚に引きずり込まれちゃうよ」
と彼はそう言って微笑んだ。
……あ!……
やっとあたしは、彼に見惚れていた事に気付いた。思わず顔が熱くなる。
「あ、あのごめんなさい。私ったらボーッとして!あなたがあまりに美形だから、つい見惚れて、い、いえあの!すみません、初対面でいきなり!」
……大失態だ!初対面の男性に何を言ってるんだあたしは!……
思わず立ち上がって、彼に深々と頭を下げた。そんなあたしを、呆気に取られて見つめる彼……
「あっはっはっは!君、面白いね」
声を立てて笑いながら彼はゆっくりと立ち上がると、あたしの右肩を軽く叩いた。面白い?このあたしが? 今度はあたしがビックリして、彼を見上げる番だ。
「真面目なんだね。でも、そんな風に無邪気に見上げると、勘違いする男もいるから、気をつけて」
彼はそう言って、笑みを浮かべた。何を言われているのか全く理解が出来なかったが、先ほどの大失態を軽く流してくれているのは伝わった。
「僕はこの近くに住んでいる。名前は……」
と彼は言いかけると、ハッとしたように海の入り口を見つめた。
「どうやらナイトのご登場だ。また会おう」
彼は屈み込んであたしの右の耳元でそう囁くと、颯爽と去って行った。
「あ、あの…」
何か言いたかったが、言葉が出て来なかった。
…ピューーーーーーー…
突如、沖から再び激しい風が吹く。砂が舞い、あたしは両手で顔を覆った。
ザッザッザッザザッ
後ろから、走って来る足音。当麻だ。間違い無い。振り返ろうとしたあたしに、
「菜々!!!」
いきなり背後から抱きすくめる当麻。
「今のチャラそうな男、誰だよ???」
不機嫌そうに呟く。
……当麻?……
「知らないの。さっき初めて話しかけられたの。近くに住んでるんだって」
そのままの事を答えた。当麻は背後からあたしを抱きしめたまま、
「やたらと知らないヤツと話しなんかするなよ。アイツ、すげぇチャラそうじゃん」
当麻は依然として不機嫌そうに呟く。不意に、少しくすぐったい気持ちになった。
……もしかして、少しは妬いてくれてる……の?……
「うん。そうだね」
素直に答え、お腹にある当麻の腕にそっと両手を添えた。
「行くか!」
漸く当麻はあたしを離すと、左手を差し出す。右手を伸ばし、当麻と手を繋いだ。なんだかとても幸せだった。当麻が妬いてくれたの、初めてかもしれない。とても、とても貴重な瞬間。もう、二度と無いかも知れない。だから深く胸に刻み込んだ。彼の腕の感触、声。言葉、表情。
そして
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン
優しい潮騒のメロディ。絶対に、忘れない。
風は、いつの間にか止んでいた。
海を見ていた。砂浜から。
いつもの場所だ。ちょっとした岩があって。そこにシートを敷いて座る。実家近くの海よりも、こちらの海の方が少し波が荒い。その分、浄化の力も強いんじゃないかと思う。
今日は日曜日。幸いな事に、今回も晴天だった。いつものように午前11時に当麻と待ち合わせだ。あたしの方は珍しく朝練が休みだった為、9時にはもう来てしまった。
まだ梅雨真っ只中。海開きの日はまだ二週間も先だ。人は数えるほどしかいない。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
早く、本物の海が見たかったのだ。咲喜から受けたアドバイスを、よく考えてみる為。
いや、嘘だ。きっと私は、当麻には何も言えない。勿論萌恵にも。こんな私なんかと付き合ってくれたのだ。感謝こそすれ、どうしてこれ以上の贅沢が言えよう? 萌恵を拒絶出来る男性など、この世にほとんどいないだろう。だから、自分の中に芽生えてしまった『疑念』『不信感』と言う名の、カンナの花と鬼灯を摘み取り、浄化する為に。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
胸の中のカンナと鬼灯を両手で一気に引き抜くイメージをしてみた。抜けない。相当根が深いのだろう。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
だから、先端がナイフのように尖った大きなスコップをイメージする。そのスコップの先端で、カンナと鬼灯の根元を抉り取るイメージをする。
ザクリッ
胸に痛みが走る。構わず抉り取る。スコップの上に力なく横たわるカンナと鬼灯。血まみれだ。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
スコップごと、海に投げ込むイメージをした。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
波は一瞬血で朱色に染まる。けれどもすぐに綺麗になった。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
醜い血の塊は、すぐに地球の鼓動と一体化する。そして宇宙の一部になるのだ。自然の力は偉大だ。少しだけ、胸が軽くなった気がした。
…ザザー…ザブン…ザザーザブン…
…ピュー…ヒューヒュービューピュー…
不意に、沖から波に乗って強い風が吹いた。砂が風に乗って吹き付ける。すぐ目を閉じ、両手で顔を覆った。
「よく、ここに来てるね。海が好きなの?」
不意に、頭上から優しくて穏やかな男性の声が響く。ビックリして声の主を見上げた。
「ごめん、いきなりで驚かせちゃったね」
そう言って微笑んだ彼は、あたしの隣に腰をおろした。風は、いつの間にか止んでいた。
白い半袖シャツに白いハーフパンツというシンプルな服装の彼は、大体同じ歳か少し上か。身長は当麻と同じくらいで、細身の筋肉質な体型のようだ。色白で目鼻立ちの整った面長の顔。顎のあたりでカットし、全体的のシャギをー入れて軽くしたサラサラの髪は明るい茶色で、陽の光に透けて輝いている。取り分け目を引いたのは、澄んだ優しい瞳だ。奥二重のようだが、かなり大きめで黒目がちだ。
……木漏れ日の光が差す、茶色の泉……
そんなイメージをさせる明るい茶の瞳。優し気な美形と言えば玉岡樹先輩もそうだが、玉岡先輩はさながら森林浴のような癒し系。この男は、例えるなら天使の羽。どこか浮世離れしていた。
あたしの周りには、何故か男女を問わず見目麗しい方々ばかり集まる。困った。益々あたしが悪目立ちしてしまうな。内心、思わず苦笑してしまう。
「あんまり、海ばかりみていると、人魚に引きずり込まれちゃうよ」
と彼はそう言って微笑んだ。
……あ!……
やっとあたしは、彼に見惚れていた事に気付いた。思わず顔が熱くなる。
「あ、あのごめんなさい。私ったらボーッとして!あなたがあまりに美形だから、つい見惚れて、い、いえあの!すみません、初対面でいきなり!」
……大失態だ!初対面の男性に何を言ってるんだあたしは!……
思わず立ち上がって、彼に深々と頭を下げた。そんなあたしを、呆気に取られて見つめる彼……
「あっはっはっは!君、面白いね」
声を立てて笑いながら彼はゆっくりと立ち上がると、あたしの右肩を軽く叩いた。面白い?このあたしが? 今度はあたしがビックリして、彼を見上げる番だ。
「真面目なんだね。でも、そんな風に無邪気に見上げると、勘違いする男もいるから、気をつけて」
彼はそう言って、笑みを浮かべた。何を言われているのか全く理解が出来なかったが、先ほどの大失態を軽く流してくれているのは伝わった。
「僕はこの近くに住んでいる。名前は……」
と彼は言いかけると、ハッとしたように海の入り口を見つめた。
「どうやらナイトのご登場だ。また会おう」
彼は屈み込んであたしの右の耳元でそう囁くと、颯爽と去って行った。
「あ、あの…」
何か言いたかったが、言葉が出て来なかった。
…ピューーーーーーー…
突如、沖から再び激しい風が吹く。砂が舞い、あたしは両手で顔を覆った。
ザッザッザッザザッ
後ろから、走って来る足音。当麻だ。間違い無い。振り返ろうとしたあたしに、
「菜々!!!」
いきなり背後から抱きすくめる当麻。
「今のチャラそうな男、誰だよ???」
不機嫌そうに呟く。
……当麻?……
「知らないの。さっき初めて話しかけられたの。近くに住んでるんだって」
そのままの事を答えた。当麻は背後からあたしを抱きしめたまま、
「やたらと知らないヤツと話しなんかするなよ。アイツ、すげぇチャラそうじゃん」
当麻は依然として不機嫌そうに呟く。不意に、少しくすぐったい気持ちになった。
……もしかして、少しは妬いてくれてる……の?……
「うん。そうだね」
素直に答え、お腹にある当麻の腕にそっと両手を添えた。
「行くか!」
漸く当麻はあたしを離すと、左手を差し出す。右手を伸ばし、当麻と手を繋いだ。なんだかとても幸せだった。当麻が妬いてくれたの、初めてかもしれない。とても、とても貴重な瞬間。もう、二度と無いかも知れない。だから深く胸に刻み込んだ。彼の腕の感触、声。言葉、表情。
そして
…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン
優しい潮騒のメロディ。絶対に、忘れない。
風は、いつの間にか止んでいた。
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