海を見ていた「潮騒のメロディ」

大和撫子

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第七話

五月雨

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 雨が降る……。相変わらず雨が降り続ける。望むと望まないとに関わらず。この地域に住む者には平等に雨は降り注ぐ。

 旧暦の時代は、梅雨は5月だったらしい。だから『五月雨』と言えば、梅雨の雨を指したのだ。ちなみに、梅雨明け直前に激しい雷雨が降る事を『送り梅雨』と呼ぶらしい。地域によって様々な呼び名があるようだ。それだけ、梅雨は命を育む上で重要だったのだろう。

 そしてあたしはこの時期はよく眠れない。決まって明け方、発作を起こす。仕方無い。気圧の変化に敏感に反応するのだ。この時期、喘息持ちには辛い時期だろう。仰向けに寝ると苦しいので、椅子の背もたれの部分を胸に抱くようにして眠る。すると、かなり呼吸が楽になるのだ。背もたれ部分に毛布とタオルを巻き付け、クッションを敷き、布団を被って眠る。
 最初は寝にくかったが、今は案外快適だ。『慣れ』とは恐ろしいものである。発作を起こしている際中、ふと

……このまま呼吸が出来なくて死ぬのではないか?……

 という恐怖が幾度となく芽生える。そして、どこかでそれを望んでいる自分も……。けれども、結局吸入器を手放さない。何だかんだ甘った れている自分。悲劇のヒロインは、美人がやってこそ絵になるのに。 あたしがやったら、たちどころにコメディーに早変わりだ。

……当麻……

 発作が治まると、あたしはすぐに彼を想う。あたし達はまだ、結ばれてはいない。フレンチキス止まりだ。まだ正式に付き合ってから半年にも満たない。別に、焦っている訳でも無い。いつまでに結ばれるべし、なんて法律も存在しない。
 ただ……。あれは、互いの引っ越しが落ち着いたある日。あたしの部屋で。自然な流れで、そうなりそうになった。キスから始まり、当麻の手が、あたしの胸に伸びる……。

ゴホゴホゴホッゲホッ……ゴホゴホッ……

「菜々!!!」

 当麻は弾けるように、テーブルに置いてあった吸入器を取り、あたしに差し出す。そして背中をさすり続ける。

……ゴホッゴホゲホッ……とう、ゴボッ……ま、ゼイゼイ……ゴホッご、ごめ……ゼイゼイ……

「しゃべるな! 大丈夫だ、分かってるから」

 発作が治まるまで、背中をさすり続けてくれた。咳き込んで自然に溢れた涙と、当麻に申し訳なくて、自分の体が情けなくて流した涙と。そんなあたしを、ただ優しく抱きしめてくれた。それ以来、当麻は軽いキスしかして来ない。分かってはいる。彼はあたしの体を気遣ってくれているのだ。そして別に、それが目当てで付き合っている訳ではないと言う事も。

 けれども時々思う。もし、身も心も深く結ばれる事が出来たなら、この不安と疑念も払拭する事が出来るのだろうか……?

……答えは「否」だ……

 どれだけ深く繋がれても、人の心は縛り付ける事は出来ない。操作・支配する事も不可能だ。最近は、相手を思い通りに操る心理学のような方法も出回っているようだが……。そこまでして手に入れたもので、果たして本当に満たされるのだろうか?人の欲望は際限がない。最初は、そばにいられるだけで幸せだった。付き合えるだけであたしには過ぎた夢だと思っていた。それなのに……。当麻は、女性と付き合ったのはあたしが初めてらしい。あたしも勿論、当麻が初めてだ。当麻の周りには、彼を欲している美しき花があまたいる。萌恵もその中の一人だ。

……あたしはきっと、当麻が最初で最後……

 そんな焦燥感が、彼への独占欲を掻き立てるのかもしれない。

 アタシハミニクイ。ヨウシダケデナクココロマデモガ。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン… 

 我ながら、ウジウジと暗い女だと反吐が出そうだ。明日は一限が休講だ。

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 海へ行こう!雨が降っていても、構うものか。こんなジメッとした暗い感情など、海に流してしまえ!

雨が降る。雨が降り続ける。

 いけない!もうこんな時間だ。慌てて学校へ行く準備を始めた。
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