海を見ていた「潮騒のメロディ」

大和撫子

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第九話

梅雨晴れ

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 暑い。とにかく暑い。まるで熱湯の中を泳いでいるように湿気がまとわりつく。まだ梅雨明けしていないのにこの暑さだ。梅雨明けしたら、恐ろしい暑さになりそうだ。まさに文字通り猛暑となるだろう。梅雨の中休みだ。または梅雨晴れ、とも言うらしい。

 紫陽花が、見頃を迎える前にドライフラワーと化している。日陰に咲く紫陽花は、まさに満開の時を迎え匂い立つようにして艶めき、咲き誇っている。こうなると、置かれた環境がいかに重要であるか思い知らされる。植物は、自らの意志で望む環境に移動する事は出来ない。彼らはどのような環境に置かれても、ただ只管自分の花を咲かせているだけだ。例え突然に、人間の手で手折られようとも。町興しの為に、機械で引き抜かれようとも。ただ只管、自分の命を輝かせる。出来れば見習いたいものだ。

 かくいうあたしは鏡を見ながら、髪を梳かしている。相変わらず、真っ黒で一本一本が太い。量が多いので梳くのも一苦労だ。可愛い萌恵と比べられるのがウザくて、中学の頃はベリーショートにしていた。同じように髪を伸ばしていると、特に比較されやすいからだ。

「俺、菜々の髪好きだ。艶々してて。また、伸ばせよ。お前が嫌じゃなければ、だけど」

 照れて赤くなりながら話す当麻が、なんだかとても可愛くて、言われるままに伸ばしてきた。あれからもう三年も経つのだ。その間、毛先を切ったりしてなるべく傷まないようにしてきた。今はもう、腰まで伸びている。我ながら、よく頑張ったと思う。途中で何度切りたい衝動に駆られた事か。不思議な事に、髪だけは様々な人から褒められる。だからあたしも、数少ない美点の貴重なる一点として、髪は念入りに手入れをしている。

 いつものように、髪を右側に一つに纏め、ルーズな三つ編みに編んだ。そして部屋を出る。学校に行くのだ。短大の講義は意外に過密だ。それはそうだろう。学部が四年で学ぶ事を、二年間に凝縮するのだ。秋にはもう、保育実習が始まる。だから、うだうだ悩んでいる暇など無いのだ。無理に自分を追い立て、奮い立たせる。毎朝の習慣だ。

 当麻と萌恵が、LINE登録し合ってからというもの、二人の事から意識を遠ざける為に、尚更忙しく行動した。

……二人は、どんな会話をしているのだろう?……

 本当は、気になって仕方無かった。

「夏祭り、皆で浴衣着て行かない?」

 昼休み、咲喜が目を輝かせて提案する。約二週後の日曜日、大学の近くで祭りがあるようなのだ。

「あたしの彼と、菜々子の彼で。うちの彼がね、当麻君に会ってみたいって」

 と咲喜は続けた。咲喜の話はよく当麻にも話していたし、社会人の彼について、当麻もまた、興味を示していた。だから、それはとても楽しい計画に思えた。

「へぇ、良いね! 早速当麻に聞いてみるね!」

 バッグから携帯を取り出し、その場でLINERを打ち始める。

『当麻、お疲れ様(^-^)/今、咲喜と話してたんだけど。二週後の日曜日、咲喜と咲喜の彼と当麻とあたしで夏祭り行かない? 行きたいなぁ(//∇//)』

 すぐに既読になった。きっと大勢の仲間達と、賑やかな昼休みを迎えているのだろう。

『お疲れ様(^^)/ 今ちょうど飯食い終わったとこだぜ。二週後の日曜日か、楽しそうだな。菜々の友達にも挨拶しなきゃと思ってたし。社会人の彼氏とやらに、直接聞いてみたい事あったし。ヨシ!行こうぜ!』

 あたしはとても嬉しくなって、

「行くって!」

 とすぐに咲喜に伝える。

「やった! 楽しみだね。浴衣の着付けとヘアメイク、出来る? ちなみにあたしは無理なんだけど」

 と咲喜は笑った。

「あたしも無理だよ」
「じゃあさ、美容室一緒に予約しようよ」

 と咲喜は提案してくる。そうしよう、と答えようとした時、再び当麻からLINERが届いた。

『そうそう、今朝萌恵から…ちょうどその日、実家近くで祭りがあるから来い、てLINERがあってさ。どうしようかお前に相談しようと思ってたんだ。断る良い口実が出来たな! 咲喜さんに宜しくな(^^)』

…萌恵…

 その一文字を見た途端、胸が凍てついた感覚がした。

……二人で、LINEしあってるの? この話が無かったら、二人で会うつもりだったの? それに萌恵、あたしにはそんな話は一言も………

「菜々子?どうしたの?」

 明らかに硬直し、強張った表情だったのだろう。咲喜が気遣わしげに声をかける。慌てて携帯を隠すように持つと

…ザザー…ザブン…ザザー…ザブン…

 すぐに波をイメージしつつ

「ううん、何でもない。咲喜に宜しく、てさ」

 と笑顔で咲喜を見つめた。

「美容室、どこに……、っ!!」

 言いかけた時、急に胸に詰まって強いヒリつきを感じた。

(マズい!発作!)

 急いで携帯を机に置き、バッグの中から吸入器を手にする。こんなところで発作を起こす訳には行かない!

「菜々子?」

 再び気遣わしげに声をかける咲喜。だが、今は答えるより先に吸入…

…ゴホッ…ゲホゲホッゴホゴホッゴホッゴホゴホ…

 間に合わなかった…苦しい、息が出来ない…

「菜々子!どうしたの?大丈夫?」

 咲喜はすぐに席を立ち、背中をさすり始める。あたしは右手で口を抑え、左手は吸入器を握りしめながら胸を抑え机に身を預けるようにして前屈みになった。無意識に、少しでも空気が取り込める姿勢を探す。

 …ゴホゴホ…ヒュー…ゴホゲホッ…ゼィ…ゴホッ…い、息が出来ない…

「菜々子っ!やだっ、しっかりして!!」

 咲喜の悲痛な叫び声を聞ききつつ、そのまま意識を手放した。
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