押し花の記憶

大和撫子

文字の大きさ
4 / 4
第四話

お祖父ちゃんと紅色牡丹

しおりを挟む
(う~ん、気になる!)

 やよいは押し花のアルバムを前に、考え込んでいた。アルバムは、紅色牡丹と白いマツバボタンのページが
開かれている。

(お祖父ちゃんに、一体何があったんだろう?急にお祖母ちゃんひとすじになった訳。気になる。とっても気になる……)

 やよいはやがてニッコリ笑うと、

「よし!」

 と言って立ち上がった。そしてアルバムのページを丁寧に閉じると、屋根裏部屋を後にした。



 その庭は、身の丈5m程の立派な松の木を中心に、10種類程の盆栽が木製の台にセンス良く並べられている。かなり広い庭で、直径約3m程の池があり、赤と白、金色の錦鯉が5,6匹程優雅に泳いでいる。庭の所々に、牡丹や百合、薔薇、紫陽花等の花々、椿やハナミズキ、芙蓉などが植えられている。四季折々の花々をゆるりと堪能出来る。

 そう感じさせる庭だった。そして花々や木々の配置が、かなり斬新だ。それでいて調和が保たれている。持ち主の好奇心旺盛かつセンスの良さも窺い知れる。

 泰隆は、そんな庭の様子を縁側に腰掛けて満足気に眺めていた。妻の三千代が煎れてくれたお茶を飲む。ニコニコ上機嫌のようだ。初孫のやよいが来ているのだ。顔が自然に綻んでしまう。

 心持ち日焼けした艶々した肌、彫りの深い顔立ち。涼やかな瞳。上品な白髪は清潔にオールバックにされている。背筋がピンと伸び、手足は長い。若かりし頃はさぞやモテたであろう。藍色の着物がよく似合っている。

 タッタッタッタッ

 と、庭の砂利を踏む軽快な足音が響く。泰隆がその方向に顔を向けると、見る見る満面の笑みが浮かび上がった。目に入れても痛くない、そんな表情だ。

「お祖父ちゃん、お祖父ちゃん、いたいた!」

 やよいは探し人を見つけ、笑顔を見せた。そして祖父の左隣に腰をおろす。

「やよい、どうした?」

 泰隆は笑顔で問いかけた。そしてお茶を一口飲むと

「お茶、三千代に煎れて貰おうかね?」

 と穏やかに問いかける。やよいは首を横にふりつつ、 

「ううん、いらない。屋根裏部屋でお祖母ちゃん特性バナナジュース飲んできた。それより、あのねお祖父ちゃん、やよい、どうしても聞きたい事あるの!」

 とやよいは急き込む。瞳をキラキラさせて。

「どんな事だい?」

 泰隆は可愛くて仕方ない、といった眼差しを向ける。

「ねぇねぇ、どうしてお祖父ちゃんは、急にお祖母ちゃんを紅色牡丹に例えて、抱きしめたの?」

 ブーーーッ

 泰隆は思わず口にした茶を吹き出してしまった。

「もう、お祖父ちゃん汚いなぁ」

 しょうが無いな、と言うように、縁側に常備されている白いタオルで濡れた祖父の着物を拭き取る。

「すまんすまん、いきなり聞かれたもんでな」

 自分でも顔や茶碗、床を拭き取りつつ苦笑した。

「……で、どうなの?」

 やよいは待ちきれない、というようにたたみかける。

「あ、いや……その話はなぁ。誰にも話さない事にしとるのだよ」

 困ったように、泰隆は告げる。

「どうして? やよい、誰にも話さないよ?」

 と不思議そうに問いかける。その瞳は澄み切っていて、邪気は無い。泰隆はやれやれ、と微かに溜息をつくと、
渋々語り語り始めた。誰にも話した事は無いのだが、他ならぬ、可愛い孫の願いなのだ。

「……これは、ワシとやよい、二人だけの秘密だぞ?」
「うん、任せて!」

 やよいは大きく頷く。泰隆はしっかり前置きしてから、語り始めた。



「……その日ワシは、いつものように遊んで昼くらいに帰って来たんだ……」

 泰隆は遠くを見るような眼差しでゆっくりと話し始めた。



~・~・~・~・~・~・~


……あの女、まぁまぁだったが、二回目は無しだな……


 泰隆は昨夜の秘め事を思い出しながら、庭を突っ切ろうとする。玄関までの近道なのだ。

……三千代?……

 妻が、庭に佇んでいた。

……チッ、地味でつまらん女を娶っちまったぜ。俺が何をしても、何も言わないで尽くす。ま、所帯を持たないと世間様にゃ一人前とは認められないからな。便利な女だぜ……

 と思いながら玄関に向かおうとした。晴天だった空。突如雲が太陽を遮る。少し日陰が多くなる庭。その時、三千代が気配に気付き、顔を上げた。ドキン、と鼓動が跳ねた。ただ妻が見上げただけだ。それだけなのに、胸が高鳴った。そして三千代は、愛しい夫の帰宅に本当に嬉しそうな笑顔を向ける。

……み、三千代? だよな?……

 抜けるような色白の肌、薄紅色の小さな唇、高く上品な鼻、優しい三日月眉。漆黒の艶髪は奥床しくアップスタイルにまとめられている。薄紅色の着物、紅色の帯。初々しい乙女のようだ。嬉しそうに自分を見つめる漆黒の瞳は、黒水晶のように深く澄んでいる。

 いつも見慣れている妻なのに、何故か初めて見る女性に見えたのだ。

「お帰りなさい、あなた。ご覧下さいな。今年も牡丹が見事に咲きましたわ」

 と、一輪だけ早咲きした紅色の牡丹を左手で指し示す。

 その時、雲に隠されていた太陽が顔を出す。そしてその光は三千代の背後を照らし出した。

……三千代って、こんなに美しい女だったのか……

 改めて、見とれる泰隆。光を背にする三千代は、まるで吉祥天女のように神々しく、気高く、そして最高に美しかった。ドキンドキンと荒波のように全身に血液が駆け巡った。

 泰隆が、三千代に恋に落ちた瞬間だった。



~・~・~・~・~・~・~



「……で、三千代があまりに綺麗だったんでな。その、なんだ、思わず抱きしめてしまってな。それでワシは照れてしまって。咄嗟に出た言葉がな、『お前、最初は白いマツバボタンみたいだと思ったが、そ、その、えーと、なんだ、そ、その紅の牡丹みたいだったんだな』だったんだよ。でも、どうしても三千代に気持ちを伝えたくてな」

 と泰隆は照れたように笑った。

「その瞬間から、三千代一筋、と覚悟が決まってな。その日から、真面目に仕事に精を出すようになったんだ。一緒にいればいる程、三千代に恋をしていった。今まで、どうして気付かなかったのか、と思うくらい、三千代は魅力的だった」

 泰隆は恍惚とした表情を浮かべる。やよいを通して、妻を見ているように。

「もしかして、今もずっと、お祖母ちゃんの事。毎日恋に落ちてるの?」

 無邪気にやよいは問う。

「あぁ、毎日恋してるよ。アレは、最高の女だ。若い頃は紅色牡丹みたいだったが、年齢を重ねていくとな、なんというか、藤の花みたいにしっとりした艶が出てきてな」

 泰隆はハッキリと言い切った。そして再び、照れたように笑うと

「皆には内緒だぞ、特に三千代にはな」

 と念を押す。

「うん、任せて。お祖父ちゃんの大切な思い出、踏みにじるような事しないよ」

 とやよいは笑った。



『……もう、しっかりと聞いてしまいましたよ。盗み聞きなんてはしたないけれど。最高のプレゼントでしたよ、あなた』

 家の壁に身を潜め、三千代は心で呟く。お茶を煎れ直そうとやって来た三千代。ほとんど全て聞いてしまっていた。

『私は幸せ者ですね。大好きな人に愛されて、五人も子宝に恵まれ、全員無事独り立ちして……』

 三千代の瞳に、キラリと雫が光る。そして涙を拭くと、歩き始めた。

「あなた、お茶を煎れ直しますよ」

 いつものように涼やかな声で。日本茶のセットを乗せた朱赤の漆塗りのお盆を手に、三千代は声をかける。優雅に、上品な仕草でお茶を煎れる三千代。それに見とれる泰隆。

 見ているやよいも、ほっこり幸せ気分になった。

(お祖母ちゃん、長年の初恋、実って良かったね! お祖父ちゃん、運命のヒトは身近に居たね! 秘密、誰にも言わないよ!)

 やよいは、心の中で夫婦に話しかける。

(押し花のアルバム、もう一度見てみよう。丁寧に、大切に。この二人の夫婦の、愛の軌跡なのだから)

 やよいはそう思った。


 陽の光が、優しく庭を照らす。夏の風が、嬉しそうに庭を散歩し始めた。



【完】

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい

99
ライト文芸
奥手で引っ込み思案な新入社員 × 教育係のエリート社員 佐倉美和(23)は、新入社員研修時に元読者モデルの同期・橘さくらと比較され、「じゃない方の佐倉」という不名誉なあだ名をつけられてしまい、以来人付き合いが消極的になってしまっている。 そんな彼女の教育係で営業部のエリート・幸崎優吾(28)は「皆に平等に優しい人格者」としてもっぱらな評判。 美和にも当然優しく接してくれているのだが、「それが逆に申し訳なくて辛い」と思ってしまう。 ある日、美和は学生時代からの友人で同期の城山雪の誘いでデパートのコスメ売り場に出かけ、美容部員の手によって別人のように変身する。 少しだけ自分に自信を持てたことで、美和と幸崎との間で、新しい関係が始まろうとしていた・・・ 素敵な表紙はミカスケ様のフリーイラストをお借りしています。 http://misoko.net/ 他サイト様でも投稿しています。

処理中です...