押し花の記憶

大和撫子

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第三話

牡丹とマツバボタン

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「その方は、茶道家元のお嬢様でね。泰隆さんの事は、憎からず想ってらっしゃったご様子。彼と二人で連れ立って歩く姿を、よくお見掛けしたねぇ。彼は色んな女性と浮名を流していたけれど、このお嬢様だけは、特別だったらしくてね。わかる気はしたねぇ。何せ、格別に綺麗な人だったからねぇ」

 と、祖母は夢見るように語り始めた。

(お祖母ちゃん、目がキラキラしてる。恋のライバルでしょ?悔しくなかったの?)

 やよいは疑問に感じたが、黙って祖母の話を聞く事にした。何故か、素敵なお話を語るかのように祖母は微笑んでいたからだ。

「その人は、本当に美しい方でねぇ。女の私でも惚れ惚れしちゃうくらいだったねぇ。頭も良くて。でも決して前に出過ぎる事も無く。私も憧れる女性だったねぇ」

 懐かしむように、言葉を紬ぎ始めた。

「背はそう低くも無く、高くも無く。泰隆さんと並んで歩く姿は、一枚の絵みたいに綺麗で。とってもお似合いのお二人だったねぇ。彼女のお名前は瑠璃子さんと言ってね。私より一つ年上のお姉様だったんだよ。真っ黒で艶々した髪を肩の下まで伸ばしていてね。ハーフアップ、と言うのかね? そして大きな赤いリボンで結んでいて。
目はパッチリと大きくて、色白で。目鼻立ちがクッキリした美人さんだったねぇ。少し目尻が上がり気味で、勝ち気で誇り高い御姉様だったね。橙色の小袖と真っ赤な袴姿がよく似合っていたねぇ」

 本当に懐かしそうに語っている。

「だけどねぇ……」

 不意に、声のトーンを落とし、沈んだ面持ちになった。思わず話に惹きこまれるやよい。

「瑠璃子御姉様にご両親が決めた縁談は、泰隆さんでは無かったんだよ。当時は、親の言う事は絶対だったし、茶道家元というお家柄、色々な事情が絡んでいたみたいでねぇ。二人は大人の事情で、引き裂かれてしまったんだよ」

 と哀しそうな目をして、やよいを見つめた。

(不思議なお祖母ちゃん、お祖父ちゃんの事、ずっと大好きだったんでしょ?)

 疑問に思いながらも、黙って話に耳を傾けた。

「その後、私との縁談が舞い込んで。泰隆さんにしたら、やけっぱちだったよねぇ。瑠璃子さんじゃなければ、誰でも同じだ! て感じになるよねぇ。でもね、お陰で私との縁談が成立したんだよ。私は、ラッキーだったけどね。泰隆さんは、憧れの人だったし」

 うふふふふっ、と祖母は嬉しそうに笑った。

「泰隆さんは、結婚しても相変わらず色んな女の人と浮名を流したねぇ」

 祖母は懐かしそうに目を細め、アルバムを見つめる。

(おばあちゃん、嫌じゃ無かったのかなぁ。私なら嫌だな。旦那さんが、他の女の人と、なんて)

 やよいは思う。しかし、口を挟まずに話に聞き入った。不思議な程、穏やかな祖母だった。

「結婚しても、片想いの日々だったから、アルバムにね、あの人の想いを綴ろうと思ってね。アルバムに出て来るこの金の蝶々は泰隆さん。押し花達は彼を取り巻く女性達を現したんだよ。蝶は特定の花を持たないからねぇ。
ほら、藤色の小さな蝶々、いつも金の蝶々に寄り添ってるだろう?」

 と祖母はアルバムを指さした。

「あ! 本当だ! よく見ると金色蝶々の隣に寄り添っている」

 やよいは声を上げ、アルバムを捲った。その全てに押し花と金色蝶々、その隣にひっそりと寄り添うようにして舞う藤色の蝶々がいた。

 そう言えば、祖母は藤色がよく似合う。今着ている小袖も藤色だ。

「せめて、アルバムの中だけは、あの人の傍にいたくてねぇ」

 そう言って祖母は、照れたように笑った。心もち頬を染め、まるで少女のようにはにかんだ笑顔。思わず見惚れてしまうくらいに可愛らしかった。

 アルバムは、梅や桜、菫や露草、月見草など、小ぶりな花を金色蝶々と寄り添う藤色の蝶々の周りに品よく綺麗に咲かせている。どのページも、溜息が出る程だ、まさに芸術品だった。そしてその花の一つ一つに、祖母の想いが込められている。

 少女のピュアな想い。ただ、泰隆さんが好き。もし彼を取り巻く花々に、嫉妬や恨み等があったなら、これほどまでに純粋で美しい押し花は作れまい。そして見る人を優しい気持ちにさせる事等出来ないであろう。物には、作りての魂が宿るという。本当にそうだ、とやよいは感じた。

 ページを捲っていくと、そこだけ異質のページがあった。紅の牡丹の押し花に、この小さな可憐な花。これは……?

「あー、懐かしいねぇ。それは泰隆さんが初めて私を花に例えてくれた時にねぇ」

 祖母は嬉しそうに語り始めた。



「……あれは、四月の後半だったかねぇ。庭の白いハナミズキが見頃を終えてね。菖蒲や牡丹が花開き始めたんだよ」

 祖母は本当に懐かしそうに目を細め、アルバムをみつめる。

「私は牡丹の花が格別に好きでねぇ。特に紅色のがね。このアルバムの牡丹は、牡丹の花びら数枚で作ったんだけどね。その日、いくつかある内の中の一輪だけ。紅色の牡丹が綺麗に花開いてねぇ。妙にそれが嬉しくてね。丁度、昼前に帰ってきた泰隆さんが庭を通ったんだよ」

 当時の事が、目に浮かんでるかのように瞳がキラキラと輝く。

「『お帰りなさい、あなた。ご覧下さいな。今年も牡丹が見事に咲きましたわ』」

 と声をかけたんだよ。そしたらあの人、何故か生まれて初めて私に会ったかのように呆然として私を見てねぇ。
穴の空くように見つめるんだよ。どうしたんだろう? とは思ったんだけどあんまりにも呆然としているから、そのまま黙って様子を見ていたんだよ。そしたらね……」

 ウフフフ、と祖母は少し照れたように笑い、

「何を血迷ったのか私を急に抱きしめてね」

(うわぁ、おばぁちゃん、可愛い。ほっぺがピンクになってる)

 やよいはそんな祖母に見とれた。そして話の続きを待つ。

「しばらくそうしててね。いきなり照れたように離れると、『お前、最初は白いマツバボタンみたいだ
と思ったが、そ、その、えーと、なんだ、そ、その紅の牡丹みたいだったんだな!』と、ひどくぎこちなく言ってね。何故か真っ赤になってたねぇ。そして家の中に走ってちゃってね。……それからだねぇ。その日を境に、他の女の人の家には行かなくなってね。真面目に家業に精を出すようになって。もう、沢山の女の人と遊ばなくなったんだよ。理由は、話してくれないんだけどね。初めてあの人が、私を花に例えてくれたのが嬉しくてねぇ。思わず記念に押し花にしてみたんだよ」

 そう言って照れたように笑みを浮かべる祖母は、まるで恋する乙女のように可愛らしかった。


「お母さん、夕飯どうしますか?」

 不意に、階段の下から母の声が響く。

「はい、今行くよ」

 と祖母は階段の下に向かって答える。

「じゃね、やよいちゃん。お話付き合ってくれて有り難うね。夕飯は、やよいが好きな鳥の唐揚げ、作るからね」

 と右目を軽く閉じ、ウィンクするとタッタッタ、と元気よく階段を降りて行った。やよいはワーイ!と嬉しそうに答えると、再び押し花のアルバムを見続けた。
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