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第三話
糸遊・その一
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藍の帳に辺りは包まれ、木々や花、動物達はまだ眠っている。地上の妖精達も、まだ夢の中だ。森の中は、まだ濃藍の帳に包まれ、月の跡が朧げに残る。
……大丈夫。宇宙は均衡を保っている……
ホッとしたように微かに笑みを浮かべ、傍らに眠る白き山百合に手を伸ばした。白百合も恥じらうその青白く透き通る腕。それは細く儚げで、今にも消え入りそうだ。花笑み……その言葉の語源はこの男聖から発せられた。
花がその花弁を開くような微笑み。見る者全てを瞬時に笑顔にし、そしてその美しさに見惚れる。花香はそっと立ちあがると、目前にそびえ立つトネリコの木を見上げた。ハラリと長い銀色の髪が揺れる。
「火焔……」
愛し気に、その名を呟く。青紫色の瞳が、悲し気に揺らめいた。
火焔はトネリコの頂上で、己の司る「火」の状態を確認していた。両手で素早く印を結び、目を閉じ、意識を集中させる。
……大丈夫だ。しっかり均衡が保てている……
安堵の溜息をつき、朱の長い睫毛の帳を開けた。その瞳は激しく燃ゆる炎を宿し、赤々と輝く。そして不意にその炎が、優しい癒しの炎へと変貌を遂げた。
「花香」
愛し気に、その名を呟く。普段の猛々しい表情は陰を潜め、優しく辺りを照らす焔へと変わる。そして彼はその場から消えた。
「花香……」
火焔は愛し気にその名を呼びつつ、花香の背後に姿を現した。
「火焔……」
花香は嬉しそうにその名を呼び、後ろを振り返る。そして見つめ会う二聖。花香の青紫色の瞳が、濡れたように艶めき、その薄紅色の唇が、熱き炎を求めてしっとりと濡れる。青白く透き通る頬が、心持ち紅を差し、そこはかとなく艶めかしい。
……抱きしめたい。そしてそのまま、俺のものにしてしまえたら……
火焔の胸に、激しい炎が燃え盛る。だがそれは、決して許されぬ事。己の身勝手な行動で、花香を、他の聖霊始め仲間、そしてこの宇宙に息づいた全ての命あるものを、滅ぼす訳には行かなかった。一瞬目を閉じ、自らの激情を制する。そして慈愛に満ちた眼差しで花香を見つめた。
……火焔。私は時々思うのです。あなたの腕の中で燃え尽きたい、と。こんな事、思ってはいけません。でも、あなたに見つめられると、その胸にこの身を預け、身も心も捧げ尽したくなる……
花香は、自分の名を呼ぶ火焔の情熱的な声に酔いしれ、赤々と燃ゆる瞳にクラクラした。朱の睫毛の帳を閉じ、その瞳が己の激情を意志の力で抑え、穏やかな優しい炎に変化していく。その変貌を目の当たりにした時、
……この人の為なら、この身が朽ち果てても構わない……
そう感じた。二聖はどちらからともなく歩み寄るとそっと、そして静かに両手を伸ばし、互いの袖に触れた。それが、精一杯の二聖の触れ合いだった。
それはまだ、人間が狩猟生活をしている時代。
……まだ、大丈夫。まだ、宇宙はしっかりと均衡が保たれている……
口には出さずとも、互いにそれを気にしながら。
……大丈夫。宇宙は均衡を保っている……
ホッとしたように微かに笑みを浮かべ、傍らに眠る白き山百合に手を伸ばした。白百合も恥じらうその青白く透き通る腕。それは細く儚げで、今にも消え入りそうだ。花笑み……その言葉の語源はこの男聖から発せられた。
花がその花弁を開くような微笑み。見る者全てを瞬時に笑顔にし、そしてその美しさに見惚れる。花香はそっと立ちあがると、目前にそびえ立つトネリコの木を見上げた。ハラリと長い銀色の髪が揺れる。
「火焔……」
愛し気に、その名を呟く。青紫色の瞳が、悲し気に揺らめいた。
火焔はトネリコの頂上で、己の司る「火」の状態を確認していた。両手で素早く印を結び、目を閉じ、意識を集中させる。
……大丈夫だ。しっかり均衡が保てている……
安堵の溜息をつき、朱の長い睫毛の帳を開けた。その瞳は激しく燃ゆる炎を宿し、赤々と輝く。そして不意にその炎が、優しい癒しの炎へと変貌を遂げた。
「花香」
愛し気に、その名を呟く。普段の猛々しい表情は陰を潜め、優しく辺りを照らす焔へと変わる。そして彼はその場から消えた。
「花香……」
火焔は愛し気にその名を呼びつつ、花香の背後に姿を現した。
「火焔……」
花香は嬉しそうにその名を呼び、後ろを振り返る。そして見つめ会う二聖。花香の青紫色の瞳が、濡れたように艶めき、その薄紅色の唇が、熱き炎を求めてしっとりと濡れる。青白く透き通る頬が、心持ち紅を差し、そこはかとなく艶めかしい。
……抱きしめたい。そしてそのまま、俺のものにしてしまえたら……
火焔の胸に、激しい炎が燃え盛る。だがそれは、決して許されぬ事。己の身勝手な行動で、花香を、他の聖霊始め仲間、そしてこの宇宙に息づいた全ての命あるものを、滅ぼす訳には行かなかった。一瞬目を閉じ、自らの激情を制する。そして慈愛に満ちた眼差しで花香を見つめた。
……火焔。私は時々思うのです。あなたの腕の中で燃え尽きたい、と。こんな事、思ってはいけません。でも、あなたに見つめられると、その胸にこの身を預け、身も心も捧げ尽したくなる……
花香は、自分の名を呼ぶ火焔の情熱的な声に酔いしれ、赤々と燃ゆる瞳にクラクラした。朱の睫毛の帳を閉じ、その瞳が己の激情を意志の力で抑え、穏やかな優しい炎に変化していく。その変貌を目の当たりにした時、
……この人の為なら、この身が朽ち果てても構わない……
そう感じた。二聖はどちらからともなく歩み寄るとそっと、そして静かに両手を伸ばし、互いの袖に触れた。それが、精一杯の二聖の触れ合いだった。
それはまだ、人間が狩猟生活をしている時代。
……まだ、大丈夫。まだ、宇宙はしっかりと均衡が保たれている……
口には出さずとも、互いにそれを気にしながら。
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