花炎繚乱奇譚~光華爛漫~

大和撫子

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第六話

暮色蒼然・その一

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「静かに!じっとして…」

 産土はいつもの銀縁眼鏡を外し、その腕に掻き抱く者に熱い眼差しを向ける。漆黒の瞳の奥に、情熱の炎が静かに燃ゆる。そして自らの腕の中で恥ずかしげに揺らぐ、薄花色の豊かな髪をかき揚げ、その雪のように白い首筋に己の唇を這わせた。

「あ……」

 水鏡は思わず短く声を上げる。

……その声。私を誘っている、と思われても文句は言えませんよ……

 産土は、右手に水鏡の髪のさらさら滑らかな感触を楽しみつつ、水鏡の左の首筋に唇を這わせ、しっとりした白い肌の感触を味わう。そしてゆっくりと吸い付いた。

「あっ」

 水鏡は更に声を上げた。


 彼らは今、人跡未踏の秘境の森に居る。産土はトネリコの幹に背中を預け、足を投げ出して座っている。水鏡は産土の膝の上。彼に背中を預けるようにして横座りに座る。そして背後から産土に抱きしめられ、首筋を吸われていた。

「……感じやすいのですね、相変わらず」

 産土は意味ありげに笑みを浮かべ、自らの唇を舐めた。しっとりと濡れる唇が、艶めかしい。そして水鏡の腰に右手を回し、彼が立つのを、助けるようにして共に立ち上がる。

「嫌ですねぇ。誤解されるような言い方、辞めて下さいよ」

 水鏡は苦笑しつつ、乱れた服の胸元を直し、素早く髪を手櫛で整えた。ふふふ、と産土は笑いつつ、傍らの苔に覆われた岩より、眼鏡を取る。そしてかけた。銀の縁が、木漏れ日を受けて柔らかく光る。

「……けどよぉ、知らない奴が見たら、二聖とも恋人同士だと思うだろうぜ」

 自らのポニーテールを両手で弄びつつ、瑞玉は口を挟む。そして

「大体さ、水鏡が『あっ』とか声あげると、なーんかさ。見聞きした奴は、いかがわしい事を想像しちまうんじゃねぇの?」

 とニヤニヤ笑う。

「……そ、それは! だって、くすぐったいんですもの、つい……」

 水鏡は恥ずかしげに、白き頬を薄紅色に染める。

「毎回毎回、感じて頂けて。私も遣り甲斐を感じますよ」

 と産土はニヤリと笑った。

「……もう、産土ってば」

 水鏡はプイっと左に顔を背け、頬を膨らませる。されどその天色の瞳は優しく輝いている。


…ふふふ、はははは…

 三聖たちの笑い声が、森に響いた。『土』を司る産土は、『水』を司る水鏡の過剰な情の調整を行っていたのだ。相殺の相性であるこの二聖だからこそ出来る技である。とめどなく溢れた水を、土の力で防波堤となるべく。
或いは、行き場を失くした水の器となるべく、土の力で調整するのだ。


 人類は自然との「共存」ではなく「操作・支配」を選ぶようになってから、確実に自然は汚染され、傷ついていった。自然には元々、宇宙の均衡を保つ為に自然治癒力が備わっていたが、もはやその機能が追いつかない程に
自然は汚染・破壊されて来ていた。

 五聖は宇宙の均衡を保つ為、自然の修復に全力を注いだ。その為、五聖は仕事後、或は仕事中に、互いの相殺または調和の相性を利用し、心身のバランスを整え合っていた。

『金』を司る瑞玉は、五聖中でも比較的安定した力を持つ為他の四聖達のバランスを見て、過剰・或いは不足に部分を指摘する役割を担った。彼自身はごくたまに、少し弱った時は、調和の相性である産土と水鏡に、または少し力が過剰過ぎる時は、相殺の相性である花香と火焔に、僅かに調整して貰うのみで十分だった。

 どのような方法でどう調整するかは、各聖霊達に委ねられている。そして示し合わせたかのように、三聖達は沈黙する。皆深刻な面持ちである

「……さて、問題は火焔ですね」

 産土が沈黙を破り、その理由を口にする。

「……ええ。相変わらず、自分以外の者には力を貸すのに、自身の体を調整する事を拒み続ける……」

 沈痛な面持ちで、水鏡が後を続ける。

「そろそろ、体にガタが来ちまうっつーのに、何を考えてるんだか」

 瑞玉が締めくくった。火焔はずっと、自分の体を調整する事を拒み続けていた。確実に、自らの体が蝕まれてきている事を知りつつ。

「……もう、本当にギリギリなんです。今日こそは、無理やりにでも!」

 水鏡は珍しく声を荒げた。

「つーか、もう強制的にしちまうしか、方法はないんじゃねーの?」

 と応じる瑞玉。

「……やむを得ませんね」

 冷静に切り出す産土。眼鏡の銀の縁が、キラリと瞬いた。その漆黒の瞳が、冴え冴えと輝く。三聖は頷き合うと、火焔の元へと瞬間移動した。
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